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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-22.衣装合わせ


 なんだか股ぐらがスースーする。

 それが生まれて初めて“女性用の下着”とかいう代物を着けた時の感想だった。

 生まれてこの方、色々な意味で恵まれ過ぎていた体や、逆三角形の超筋肉質な体型等といった諸々が原因となって、これまで男の格好しかしたことがなかったのだ。

 そんな自分が、初めて全身オーダーメイドという特別過ぎる体格を前提とした総仕立て服によって、下着から何から全て自分専用の特殊なボディラインでデザインされた、そういった特殊体形を前提としたデザインで作って貰った。

 その結果が、今、こうして目の前に広がっていた。


「素晴らしい」


 それを見た男の口から思わず漏れてしまった言葉も無理もなかったのかもしれない。

 この部屋に初めて入ってきた時には、自身の感じまくっていたプレッシャーや緊張感、なによりも恐ろしく不機嫌だった事が原因となって、異様なレベルの威圧感を周囲に振りまいていたのだ。

 しかも、格好こそいつもの全身鎧は流石に着ていなかったが、無骨極まりない男物の騎士服であったのだから、ただの洋服職人と下働きのスタッフに過ぎない女達にしてみれば、目の前に飢えた巨獣(言うまでもなく牙を向き威嚇してくる肉食獣だ)が姿を見せたのと、そう変わらない有り様であったに違いなかったのだろう。

 それに加えて、その直後に浮かべた笑みの表情は盛大に引きつっていた上に、ひどく不機嫌そうな青筋を浮かべているという、超がつくレベルで不機嫌そうな拗ね顔であって。

 そんな恐ろしげな顔に、ありありと浮かべられているのは『心の底から不本意です。大いに不満を感じています』といった表情である事にくわえて、視線はまるで相手を睨み殺そうとするかのような鋭い代物であったのだ。

 これで怖がるなという方が無理があったのだろう。


「……ジャンヌだ。そちらに指定された通り、衣装合わせとやらに来てやったぞ」


 そう忌々しそうに口にされた途端に、背後から鋭いツッコミによる“ゴツッ”といった異音が響いていた。

 音からして、おそらくは振り上げた拳による一撃だったのだろう。だが、その頭部と大して変わりない横幅を持つ太い首の上に鎮座していた頭部を、僅かにではあるものの傾けさせた程の強さで一撃を受けておきながら、それが痛くないはずがなかっただろうに、それでもジャンヌと名乗った女は僅かに眉をしかめただけで、比較的平然としていた。

 そんな痛覚がないのかと思えるほどに鈍感な、頑丈にも程がある女とは対照的に、自分の目線よりも高い位置にある女の後頭部にゲンコツによる一撃を入れたらしき男は、殴った拳を痛そうにぶらぶらとさせながら、部屋の入口前に立ち塞がっていた女の背後から強引に体をねじ込むようにして前に出てくると、やれやれとばかりに大きくため息をつきながら、小さく頭を下げて目礼をして見せていた。


「今日は世話になる」


 そう謝罪混じりのニュアンスを込めながら、改めて挨拶をしたのは、先ほど失礼すぎる挨拶を口にしたジャンヌの上司であるアレスだった。


「……」


 そんなアレスの後ろでは、相変わらず不貞腐れて明後日の方向に視線を向けている大女(ジャンヌ)が居て。そんな二人が訪れた部屋の中には、そんな無礼過ぎる大女のために用意されたと思わしき様々な衣装が用意されていたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 さて。そんな一悶着こそ冒頭にあったものの、アレスが「あくまでもこれは騎士団としての『仕事』の一環であるので、部下であるお前は、上司である私の命令に黙って従っていれば良いのだ」と無理やりすぎる理屈ではあったものの、どうにかこうにかジャンヌを納得させることが出来た事で、その後はようやく素直に協力的な態度を見せるようになっていた。

 そうなれば、事前に入念な打ち合わせ等で全体的な作業の流れなどを何度も予め説明されていたこともあってか、ひどくスムーズに衣装合わせが進んでいこうとしていたのだが……。


「……色々と想定外の結果でしたな」


 そう口にするのは、ジャンヌの衣装一式の制作を依頼された服装職人の男だった。


「今回依頼された内容は、いささか条件が特殊ではありましたが、それでも女性用の物だと聞いていましたのでね……。下手に男に世話を焼かれるよりは良かろうと思って、アシスタントとしてウチの針子達を何人か連れ来ておいたんですが……」


 そんな男の視線の先には、屈強な男達に周囲を囲まれるようにして黙々と服のサイズを確かめている半裸状態の女の姿があった。

 ちなみに、そんな男たちが小柄に見えてしまうほどに、その環の中心に立っている女の体格は縦にも横にも大きく。そして、存在感とでもいうべき物からして違ってしまっていた。


「予想外に大柄な御方で……。うちの子達の背丈が足りなくなるとは、流石に思っていませんでしたよ」


 そう職人の男が口にするのも無理もなかったのだろう。

 まさか衣装合わせの手伝いをさせるためにつれてきた女達の背が低すぎて、まるで背が足りない上に、使われている布地の素材と面積の大きさによるものか、想定外の衣装の総重量を支えきれなくなる程に疲労困憊の様子を見せるとは、流石に想定していなかったのだ。


 ──確かにパーツ単位で縫ったりしているときから、なんだか今回の服は全部繋ぎあわせたら、すごい重さになりそうだなぁって予感はあったんですが……。


「……それに、まさか女の子たちが押しつぶされそうになる程に重たい代物になろうとは、ね……。流石に思っていませんでしたから……」


 たかが布、されど布、ということだったのだろう。

 もともとの求められたサイズでの歪んだフォルムを立体上で実現させようとした際に、型や着た時のラインなどを自重などによって崩されないためにも相当に頑丈に作ってはいたらしいのだが、それでも縫製上の問題などから、かなり頑丈であるが、その分重量がかさみやすいという欠点を抱えている素材を大量に使って作り上げられたという、素材からしていささか問題の潜んでいそうな……。ある意味、これを着こなすために求められる筋力やら体力やらといった要求スペックについては一切考慮する必要なしという、色んな意味で『ジャンヌ専用』として仕立てられた特別製だったのだ。

 それでなくとも、その服に使われている布地の量だけでも相当な代物であったのだ。仮に普通の素材だけを使っていたとしても、それでもかなりの重量になっていただろう事が予測出来ていたし、それを着せなければならない相手が自分よりも遥かに上背がある上に、下手な男よりもよっぽど広い背中を持っているような、実にご立派な体格を誇っている大女であったのだとしたならば……。


 ──まあ、こうなるんだろうな。……常識的に考えて……。


 日頃、針やハサミなどよりも重いものなど滅多に扱うことがなかったであろう針子の女達が、その巨大なカーテン等と同等の重量を誇るであろう布の塊を、精一杯爪先立ちしてプルプル震えながら、どうにかこうにか肩のあたりまで手が届くかどうかすら妖しいほどに背が高いという相手に着せようと、必死に奮闘しながら、あっちにふらふら、こっちにふらふらして、ヒーヒー言って泣きそうになっている姿を前にしてしまっては……。

 流石に「もう良いから。やめておけ」と口出ししない訳にはいかなかったのだろうし、あまりの惨状っぷりに思わず顔をしかめていたジャンヌ自身のことも見かねて「ウチの若い衆に代わらせようか?」と提案せずには居られなかったのだろう。


「しかし、立派なモンですなぁ」


 そう男が惚れ惚れとばかりに評価してみせるのは、恐らくは見事な曲線美を描いている胸の膨らみだけを指していた訳ではなかったのだろう。


「後学のために聞いてみたいんですが……。どんな鍛え方をしたら、あんな凄い体になるんでしょうかねぇ?」


 自分を取り巻く数人の屈強な騎士服姿の男達。その輪の外側で男達の手伝いをしている針子の女達。更に、そこから少し離れた壁際に立ち尽くしている職人と騎士団長……。

 それら全員の視線に下着姿が晒されているにも関わらず、その女は僅かに頬を上気させている他には、何一つ感情らしき物を表情に浮かべていなかった。


「凄まじいの一言ですな」


 見ただけでも「凄まじく強いのだろう」と理解出来る。させられる。させられてしまう。

 そんな人としての限界近くにまで鍛えあげられているのだろう、大小様々な筋肉という名の鋼線の束をより合わせて人の形にしたかのような、そんな見事な肢体であった。

 これほどの凄みを秘めた肉体を鍛錬によって生み出したのだとするのならば、是非、その内容が知りたいと思うのは、むしろ自然な事であったのかもしれない。


「……しっかし、立派な物です」


 僅かな沈黙を挟み、再び口にされる感嘆の台詞。それは、これまでのような単純なわかりやすさによるもの……。その表面的な見た目だけを賞賛している物ではなく、あるいは本人の平然としている態度そのものをも含んでいたのかも知れない。


「我らが団において支給されている鎧は、いささか作りが特殊なせいもあってか、構造面でもいろいろと複雑な代物でな。それだけに着脱の際にはひどく面倒な……。それこそ一人ではどうにもならないような複雑な手順が必要になる部位も多いのだ」


 奴が日頃好んで身に付けている重鎧も、どれほど器用な者であっても一人では決して着脱が出来ないだろうと言われているような面倒な代物でな……。造りが恐ろしくややこしい代物であるだけに、留め金などの弱点になりやすい部分が残らず内側に配置されていたりして見た目以上の強固さを誇っているほか、他の重鎧ではまずありえないだろうレベルの関節部や接合部の可動域が確保されていたりと、他の追随を許さない性能を見せつけているのだが……。

 そう、目立ちやすいがゆえに分かりやすい、理解しやすいメリットを口にして見せながら。


「そういった利点がある反面、扱いが厄介という問題を抱えた装備を日常的に身につけざる得ないという立場にあったからこそ、ヤツは、ああして従者の者達に肌を晒す事に慣れざるえなかったのだろうし、重い鎧のパーツを自由自在に取り扱える筋力を備えた従者となると、必然的に男に任せるしかなったこともあったのだろう」


 それら環境面からの必要性と必然性の結果、好む好まざるに関わらず、ああして異性に肌を見られる事へ慣れてしまうしかなく。その事への忌避感など、とっくの昔に麻痺してしまっていたし、性別など殆ど感じさせられる事のない実力主義の極みのような職場環境にもよるものか、男の前であっても平気で服を脱いで素っ裸になっては、共に汗を流したり出来るようになってしまっていた。

 そして、それは当然のように女側だけの特殊事情な話であるはずもなく、男側にしてみた所で同じ団に居て四六時中顔を突き合わせているような相手の裸や下着姿を見たからといって、それに特別な劣情や性的な興奮など覚えられるはずもなかったのだろう……。


 ──まあ、男所帯の騎士団という場所柄、必然ともいうべきな男女比のいびつさがある分、まだ男側の方が多少なりとも女の肌や下着に対して忌避感や羞恥心、見栄などを保っているような気もするが……。


 いや。それも、まだ若い連中に限った話かもしれんな、と。そう苦笑混じりに自己完結して結論付けてしまう。


「……必要に迫られた結果とはいえ、こういった時の割り切れ方というか……。肝の座り方とでも言うべき物かな。そういった内面的な部分では、あるいは女達の方が我々男よりも、遥かに優れているのではないか。……我々に混じって、ああいった風に平気で裸になったり、訓練後などに一緒に汗を流したり、男に手伝ってもらいながら着替えたりしている団の女達の姿を見ていると、そう思えて仕方がない時がある」


 結局の所は、性別差などすぐにどうでもよくなってしまうほどに厳しい職場環境にこそ、おおよそ、ああいった風になってしまう原因そのものあるのかもしれない。……そう、結論づけるしかなかったのだから。


 ◆◇◆◇◆


 さて。そんなこんなで慌ただしい時間が過ぎ去った結果、夕日は完全に沈み、部屋の窓から月明かりが差し込み始めていた。そんな頃のことである。


「……」

「……」


 誰もが無言だった。

 部屋の中央付近に立って鏡を見つめている女も。

 そして、そんな女の周囲に立っている男達や、その男達の脇に控えている女達も。

 その集団を遠巻きに眺めている者達もまた、同じように無言なままだった。


 ──そういえば……。今更過ぎる話かもしれんが、元々、顔の出来そのものは、かなり良かったんだよな……。化粧っ気とか皆無で、オシャレとかに無縁だっただけで。それに、髪も男みたいに短かかったし……。平気で裸とかになってたし……。そのせいもあって、これまで、そのことを誰も気にしてなかっただけだったって事か……。


 そう思い直されたのには、他にも幾つか理由はあったのだろう。

 流石に、日頃、まともに手入れされていないせいもあってか、髪そのものは、若干傷みが見て取れてしまっていた。だが、もともとの髪質の良さに加えて、生家が一応は爵位を持っていた事もあってか(おそらくは家人達の手によるものだろう)日々の髪の手入れは入念な代物であったのだろうし、長さそのものも王宮の貴婦人達のように長ぁく伸ばしていた訳でもなかったため、髪の傷みそのものが比較的目立ちにくかったということもあったのだ。

 そして、整髪料などによって綺麗に髪型を整えられた上で、髪の傷みを目立たたくなくする様々な手段を複合的に使用された事によって、その髪は元々の生まれ持った髪質の良さを万全な状態に近い所にまで取り戻しており、それは見事なまでの艶やかな輝きを取り戻してしまっていて、見る者にハッとさせるような彩りを加える事にも成功していたのだった。

 そういった改善に加えて、もともと無駄な贅肉など殆どついていない限界にまで鍛えあげられた肢体の持ち主ということもあって、尖すぎるほどに整ったフェイスラインは言うまでもなく整った容姿を構成するための重要な要素の一つであって。そこに多少目つきが悪く、睨んでいるような表情になりがちだったせいもあって、つい怖く見えてしまいがちな吊り気味の目があったとしても、だ。

 それを眉の形を整え、化粧などによってアイラインなどが優しく見えるように垂れ目気味になるように調整したりといった涙ぐましい努力の成果として、そこには見た者に『なんで、コレこれまで気が付かなかったかなぁ』といった己の不覚を悟らせるのに十分な『作品』が出来上がっていたのだと思われた。


「女は魔物だぞとか、女は化けるから気をつけるんだぞとか、化粧は女の戦化粧だからなとか……。昔から良く言われているらしいが。……今日ほど、それを納得出来た日はないな」


 そう些か斜に構えた評価を口にする男に、満足そうな笑みを浮かべてみせるのは、日頃『こういうこと』をやりたくても、面倒くさがられて満足にやらせて貰えていなかった家人の女達であって。

 彼女らの、それはもう、ものすごぉ~く嬉しそうな顔や、やりきった感が溢れているドヤ顔などを見るまでもなく、その表情の向こう側で大きな声で言いたがっている事は、あからさま過ぎる程に明らかであったのだから。


『そうですよ! お嬢様は、もともと、すっごく綺麗な方なんですから!』

『良い物持って生まれてきたんですから、それを生かさないと勿体無いですよ!』

『体型だって、そんじょそこらの女どもなんか目じゃないくらいに整ってるんですから!』


 もっとも、そんな無言の我が家のお嬢様の潜在的女子力アピールの最後には毎度の如く『嗚呼、これでムダ肉(きんにく)さえついてなかったら、マジで完璧なのに……』といった悔し涙の滝がもれなく付いてくるのだろうが……。


「……私が私じゃないみたいだ」


 そう自分で評価したのには、専用の衣装によって色々な物が覆い隠されてしまっている視覚的効果のせいもあったのだろう。

 もともと太すぎる感しかなかった首周りや、いくらなんでも盛り上がり過ぎだろというほどに異常に鍛え上げられていた肩周り。その肩部分ほど異常ではないものの普通以上に鍛え上げられた太すぎる腕や足。それらの部分から見ると若干大人しめではあるものの、女特有の柔らかさを微塵も感じさせないヒップラインと事実硬そうな肉しか見当たらない臀部などは言うまでもなく横に大きく広がっていて。

 それらアンテナマーク型とでも表現すべき逆三角形の上半身と寸胴的太さの均一さをみせている下半身とをつないでいる腰回りは、見事なまでに割れて六つに盛り上がっているのだが、その太さは「コルセットでも付けてるのかよ」と言いたくなる程に逆に細くなってしまっているといった具合であって……。

 その異常なほどに鍛え上げられた体を一言で表現するなら、やはりアマゾネスとかバーバリアンとかいった“歩く脳筋(まっちょにくにく)”といった表現こそが恐らくは相応しかったのであって。

 そんな肉の塊だった体が、女らしさを強調してくれると近頃王都でも話題沸騰中なクラリック商会製の新商品、いわゆる『寄せて上げて谷間を演出してくれる』女性用の下着を身につけて、見た目に厳しい部分を覆い隠してくれるような造りの服で、その最大の問題点だった筋肉の束を覆い隠してしまったなら、そこには『首から上だけお嬢様』と評されていた事など忘れてしまいそうになる程のお嬢様然とした年頃の女が立っている訳であって。


 ──まあ、それでも隠し切れてない部分は多々あったりする訳だが。


 服の構造上、腰から下については、ふんわりと広がっているスカートによって上手いこと覆い隠せているのだが、どうしても腕の部分などは隠し切れていない部分であって。服のデザイナーは、その誤魔化しきれていない部分を手袋によって覆い隠す気だったらしいのだが、他の部分と違って肘の上の辺りまである手袋は、比較的肌にくっついているせいもあって、鍛えられた腕のゴツゴツとしたラインを誤魔化しきれていなかったのだが……。


「意外に腕の太さが目立ってないな……」

「肩の部分を必要以上に大きく強調する様に作ってありますのでね。そっちを基準にして見ると案外、細く見えてしまうせいもあるんでしょう」


 いわゆる錯覚効果という話であったのだろう。

 手袋を単体で装着しただけなら、その腕の太さを到底、誤魔化せる筈もなかったのだ。だが、異常発達してしまっている肩の部分の覆い隠す為に、その部分は必要以上に大きく、太く、そして頑丈に型を保つ様に作られてあって。そんな肩の部分よりは、当然のように腕の部分は細い訳であって……。


「これもまた我が師からの教えでして……。腕や足といった部分は、比較的分かりやすい部分なだけに誤魔化しの難しい部分でもあるのですがね。そこを、その部分だけでどうにか工夫して覆い隠そうとしても、やはりどうしても限界がついてまわる物でしてねぇ……。だからこそ、他の部分の誤魔化し方とか細工とかと組み合わせてやって、ああして見る者に上手いこと錯覚させて勘違いって奴を引き起こしてやるんですよ」


 えてして、太いはずの物であっても、より太かったり大きかったりする物が側に現れると、それとの比較によって、前者の方が細く、小さく見えてしまうものなのだから。


「男ばかりの中に同じ格好をさせて放り込めば違和感も少なくなるといった具合にか?」

「なるほど、確かに似ていますねぇ。……他には、たとえば重犯罪者などであっても、聖職者の格好をさせて教会にでも放り込んでおけば、何となく、それっぽく見えてしまうものでしょう? たとえ、善良な一般市民の群れの中であったとしても、制服のほうが目立ってしまって、とんがった個性が殺されて……。その結果、目立たなくなる。そこに居るはずなのに、それが見えなくなってしまう……。なぁんてのも、ある種の詐術の類としては、比較的、常套手段ではありますがねぇ……?」


 まあ、本職の方に、こんな初歩的な事を偉そうに言ってみた所で、あなた方にとっては常識レベルの話でしかないのかもしれませんが。

 そう何かを示唆しているかのような気持ちの悪い含み笑いを浮かべてみせる男の職人に、ピクリと片眉だけを上げて見せながら。


 ──例え、羊の格好をして、群れの中で羊の真似をしながら大人しくしていても……。それでも、狼の存在感を完全には消し去る事は出来ない。……そして、我々のような猟犬の目と鼻は、その程度のことでは決して誤魔化し切れはせんさ。


 そう内心で考えつつも、それでも男は苦笑交じりに「そうだな」とだけ短く答えてみせたのだった。



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