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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第二幕 【 王都での生活 】
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2-1.クロスの悩み


 どんなに辛い激務であろうとも、それが常態化すれば体の方が慣れてしまおうとするのだろう。人間の適応力というものはなかなかにデタラメなものだ……。

 そうどこか納得しつつも、自分の中ではすでに日常的になりつつある倦怠感と目眩、頭痛に吐き気に眠気と色々な物と闘いながら、今日も今日とて日々の生活費を稼ぐべく、クロスは冒険者ギルドに顔を出していたのだが。


 ……駄目だ。ロクな依頼がない。


 掲示板の依頼の紙を眺めた結果、思わず舌打ちしそうになったのを何とか抑えこんで、声に出せない文句を内心で呟きながら、今日も一つタメ息をつく。

 そんなクロスの目の前にはいつもと変わらない掲示板があり、そこには今日も沢山の依頼の紙が貼りだされていたのだが……。クロスが探しているようなお手軽かつ堅実なEランク以下の簡単そうな仕事は殆ど残っていなかった。


「いよぉ。今日も相変わらずヒデェ(ツラ)してんなぁー」


 そんな渋い顔をしていたクロスに、いつものようにアーノルドが声をかけてきた。


「……そんなに顔色が悪いですか?」

「当社比で倍とまではいかなくても……。そうだな。三割増しって所か」


 せっかくの美人顔も、目の下の派手なクマとげっそりとしたやつれっぷりで価値半減って所だな、などと軽口を叩きながらバンバン肩を叩かれては体調のせいもあってか、それだけでフラフラしてしまうクロスである。


「昨日、そんなに忙しかったのか?」

「ええ、まあ。……遅くに急患がありましたので」


 教会の治療院は、基本的に朝日が昇るのと同時に入り口が開くのだが、日が暮れて月が空に昇るくらいまでというなかなかにアバウトな時間まで営業しており、夜から朝までは夜間の緊急対応要員としての司祭に、その日に仕事をしていなかった宿舎暮らしの治療師や夜勤担当の治療師などが協力するといった形で原則、命にかかわる大怪我をした急患のみに対応しているのだが、その日の営業が終わる頃になって全身が焼け爛れた急患が運び込まれてきたのだ。

 簡単なケガや部分的な深手ならば、さほど大した手間をかけずに直せるのだが、全身が火傷を負っているという厄介な状況では再生治療が可能なクロスが最初から最後までほぼ付きっきりで対応せざる得なかった。そのせいもあって、今日の賦活の後遺症はいつも以上に酷い状態となっていたのだろう。


「……もう今日は教会の方はいいんだよな?」

「はい。今日はお休みの日ですから……」


 魔力と疲労の回復のために用意されたインターバルの休息日とはいえ、朝早くから冒険者ギルドの方に顔を出せるという訳でもなかった。

 教会の宿舎で寝泊まりしている以上、朝のお勤めは全員で行わなければならなかったし、朝に行われている建物や周辺の清掃活動をすっぽだす訳にもいかず、どうしても休日の自由時間は昼も近い時間帯からにならざるえなくなっていたのだろう。


「修士っつーのも色々面倒臭いもんなんだなぁ」

「教会の外に居を構える独立系の治療師なら、もうちょっと時間も自由になるのですが……」


 教会に通いながら仕事をしている独立系の治療師でなく、聖職者でもあるクロスは教会の宿舎暮らしである事もあって、どうしても教会での生活スケジュールや様々な職務と義務に縛られてしまうのは仕方なかったのだろう。

 もっとも、治療師としてのみ仕事をする分にはそれでも問題はなかったのだろうが、低ランクの冒険者としては色々と都合の悪い時間の不自由さだったのかもしれない。


「……問題は依頼の確保ですね」

「原則、早い者勝ちで、自分のためにしか確保しないってのが原則(ルール)だしなぁ」


 Fランクなどの低ランクな依頼は、基本的にスラムに住んでいる等の理由から正式登録出来ないでいるZランクの者達によって奪い合いになっているという状況にあり、こんな時間に訪れても余程特殊な事情や背景がある依頼以外には残されていないというのが常だった。

 それこそ、先日あったような小さな男の子のヌードモデル募集だの、子供相手の読み書きの講師だの、護衛という名の我儘娘の買い物のお付き合いといった、かなり特殊な何でも屋系の依頼などのように。

 それが嫌なら他のZランクの者達のように、朝日が昇る前から掲示板の前に待機しておき、まともな依頼が張り出される端から我先に手にして目ぼしい依頼を奪い合ってしまえば良いのだろうが……。


「どれだけ急いでも、どうしてもこの時間になってしまうので……」


 それをしたくても、この通り出来ないから現在進行形で困っているのだろうし、それだけになかなかに辛い状況にあると言えたのだろう。

 どうしても依頼確保の競争に勝てないというのであれば、あるいは代理人を立てて依頼の確保に当たるのも作戦としては有りなのかもしれないのだが……。そこで邪魔になるのが冒険者の暗黙の了解という名のルールであり『原則として自分が受ける依頼だけを手にすること』というマナー的なシキタリの存在だった。

 その意味は読んだままなのだが「依頼用紙は自分が受ける物だけしか取らないで、他は出来るだけ別のヤツに譲ってやれよ」いう教えであり「他のやつの迷惑になるから、依頼は複数同時に申請するなよ」という教えもあって、それは「みんなで仲良く仕事を分け合おうぜ」という尊守すべきルールだった。

 つまり、教会の朝の清掃などのために自由に動けないクロスのためにアーノルドが代理で依頼を確保しておく等のズルがルール違反として禁止されているのだ。


「思わぬ形でルールが壁になってるなぁ」

「……これも一部の人に依頼が集中しないための措置ですからね」


 いくらクロスが将来有望な治療師とはいえ、この部分では特別扱いは出来なかった。もし代理人による依頼確保を認めてしまうと、折角、依頼を受けている間は他の依頼を受けられないようにして目ぼしい依頼を一部の有能な冒険者が独占してしまわないようにしてあったのに、その独占禁止のルールの意味がなくなってしまうからだ。

 無論、アーノルドやクロウが自分のクエストを諦めて代わりにFランクのクエストを確保しておいてやれば、そういった事も出来なくもないのだが……。残念ながら、二人にも自分の生活という物があるため、そこまでしてやる事は出来なかった。


「……魔力さえ枯渇していなければ皆さんのお手伝いも出来るのですが」


 本来であれば二級治療師ほどの腕があれば、高ランク冒険者と一緒に行動して彼らを癒す事で依頼の報酬の分け前を得たり、一緒に迷宮に入ったりして分け前を得たりする事が多いのだが、それをやるためにはどうしても必要になるものがあったのだ。それは言うまでもないのだろうが、魔力だった。

 日頃限界まで体力と魔力を使いきって仕事をしているせいで、その翌日の休日……。冒険者として活動している日には、基本的に魔力が枯渇しているという状況が常態化してしまっているせいもあって、当初は大型新人と色々と期待されていたクロスであったのだが、無償奉仕期間が終わって魔力に余裕のある日が出来るまでは自分たちの役には立たないと判断されたらしく、無能な新人と見られてしまっていた。

 そういった事情のせいもあったのだろう、最近ではクロウやアーノルド以外にはまともに構う者もいなくなっていた。いくら腕が良くても魔力が枯渇していては誰も癒す事はできないのだ。唯一の取り柄な治療魔法が使えない上に子供のような貧弱な体では荷物持ちすら出来はしない。今の貧弱な子供同然の役立たずな自分では、そんな役立たずの新人扱いを受けても仕方ないと自覚しているだけにクロス自身に文句は言えなかったのだが、果たして、こんな自分に何が出来るのだろう……。そう思い悩んでしまうのも仕方ないのかもしれない。

 何よりも、このままでは(何とも情けない話ではあるのだが)食うに困ってしまう。教会の宿舎で雨露を凌ぐことは出来ても、そこでは食事まではさせてもらえないのだ。食べていくためには何らかの“飯の種”を確保するしかないのだが……。


 ──いざって時には僕と同じことすればいいよ!


 クロウの脳天気なアドバイスの台詞も脳裏に蘇るが、クロウのようなZランクの冒険者達ならともかくとして、正式登録されている上にEランクのライセンスを持つ自分が、そこに混ざることは流石に許されないだろう……。そんな空気を敏感に感じ取っているクロスは大真面目に食うに困る状態が目前に迫っていたのだ。


「……冗談でねじ込んだ依頼だったんだがなぁ」


 クロスの懐には、捨てるに捨てられないで持ったままになっている“とある依頼”が……。例のアーノルドによって押し付けられたヌードモデルの依頼用紙が丁寧に折りたたまれた状態で眠ったままになっていた。「こんなの絶対に受けない!」と硬く誓っていたはずなのに、それでも依頼用紙を捨てる事ができないでいるのは、今の困窮ぶりが根底にあったのだろう。


 ──このままでは飢えてしまう。プライドをかなぐり捨てて、最後の手段としてコレに頼るしかなくなる……。場合によっては特別ボーナスとやらにすら縋ることにも……。いや、流石に……。いくらなんでも、聖職者が、そんな男娼の真似事をする訳には……。し、しかし。しかし、このままでは……!


「で? どうするんだ?」

「……どうしましょうか」

「はぁ……。手詰まりか。こりゃあ、そろそろ大真面目に考えるしかないかもしれんなぁ」


 青白い顔を更に真っ青にして震えるという器用な真似をするクロスの頭をポンポン叩きながら、とりあえず不安とプレッシャーに押しつぶされる前にせめて飯くらいしっかり食わせとくかと「とりあえず、飯でも食うか?」などと慰めていた所に、別の声が割り込んできた。


「うん! たべるー!」


 そんなにっこり笑って、いつものようにクロスの背に抱きつきながらアーノルドに答えていたのは、言うまでもないだろうがクロウだった。


「お前に言った訳じゃないんだがなぁ」

「……だめ?」

「あーあー、わかった、わかった。そんな泣きそうな顔すんな。そのかわりお前ら二人で一人分だからな。大盛りにしてもらうから、それ分けて食べろ。いいな?」


 それを聞いて「やったー!」と単純に喜んで見せるクロウに苦笑を浮かべながらも、アーノルドは、そんな脳天気さを少しはクロスにも分けてやれれば良いのにとでも考えていたのかもしれない。その視線のお陰で気がついたという訳でもないのだろうが……。


「ん? どーしたの?」


 その頃になって、ようやくクロウはクロスに元気がないことに気がついたのだろう。顔色の悪いクロスの顔を下から覗き込むようにして尋ねていた。


「今日も元気ないねぇ。顔色も酷いし。……また昨日、忙しかったの?」

「まあ、少しだけ、忙しかったですね」


 疲労も限界を超えた状態で、全身大火傷という体全体に再生治療が必要になるクロスにとっては悪夢のような急患が担ぎ込まれてきたせいで、その処置を終わると同時に限界を超えて、白目をむきながら痙攣して泡を吹いてぶっ倒れたのが“少しだけ”なのなら、あるいはそうだったのかもしれないのだが……。


「クロちゃん。ちゃんと夜、寝てる?」

「……ええ」


 賦活が切れた直後から襲い掛かってくる頭痛と吐き気、倦怠感に虚脱感と盛大に邪魔をされながらの眠りではあったが、それでも雨露を凌げているだけでもマシと考えていた。


「あんまり無理しちゃ駄目だよ?」

「分かっています」

「……わかってないよね?」

「分かっていますよ」

「わかってないよ。クロちゃん」


 そうクロウに苦笑されるのは、これが毎回のやりとりだからなのだろう。


「辛い、苦しい、もう嫌だ。……それを口にしてしまっては誰も救えませんからね」


 だからこそ治療師は時として魂すら削って治療魔法を使ってしまうのかもしれない。この街に限らないが、多くの場合において、治療師はその平均寿命を全うすることなく早死する者が多かった。……もっとも、クロスの場合には、人間よりも遥かに寿命の長い魔族の血が混じる亜人だからか、そういった寿命に関する心配はしたことはなかったのだが、周囲はそうではなかったのだろう。


「えーっと『自分を救えないヤツに他人を救えるか』じゃなかったっけ?」


 そう、うろ覚えながら治療師の心得を注意されるのだから世話はなかったのだろう。


「救えていますよ。……いえ、違いますね。救わないと、救われないんですよ」


 それは「他人を救うことが出来なければ自分は救われない」の意味だったのだろうか。あるいは「人を救うことが出来て初めて自分は救われる」の意味だったのだろうか。

 亜人であるクロスが……。亜人の中でも特別に忌避される魔族の血が色濃く混じっている容姿をもつクロスの言葉だけに、その台詞の重さに、思わずアーノルドは視線を逸らしてしまったのだが。


「う~ん……。くらいなぁ。くらいよ、クロちゃん!」


 そう「わらえー」と言いながら、むにぃ~とほっぺを引っ張るクロウに、おもわず目を白黒させてしまうクロスである。


「ひらいえふよ、ふろう」(いたいですよ、くろう)

「そりゃ痛いよ、痛くしてるんだから」

「はらひえくあぁい。ひらいえふ」(はなしてください。痛いです)

「もう、そんな泣きそうな顔をしないなら許してあげる」


 その言葉に思わず目を見開いて固まってしまったクロスを解放しながら、クロウは笑顔で告げていた。


「何があったか知らないけどさ。……泣いちゃ駄目だよ。ね?」


 クロスは泣いてはいない。むしろ自嘲気味に笑っていたほどだ。それなのにクロウは泣くなという。その言葉の意味は、自分を責めるなであったのだろうか。それとも、もう自分を虐めるなだったのだろうか。


 ──いや、そんな意味であるはずがない。


 そう思わず脳裏に浮かべてしまった甘えた考えを即座に否定する。知り合って間もないクロウがクロスの過去など知るはずもなく、クロスの過去を知っているなら尚更、このような甘い台詞を言うはずがないからだ。


 ──私は、永遠に許されない罪人。もっと、それを自覚しろ。


 思わず歯を食いしばり、目の前で笑みを浮かべるクロウの顔を見る。


 ……甘えるな。優しさに溺れるな。未だ贖罪は何も終わっていない……。


 そう自戒を込めながら俯いて。ギュっと目をつむって想いを。記憶を反芻して。……次の瞬間には、もう顔を上げていたが、その顔には笑みを浮かべていて。そして、その笑みにはもう暗い陰はなかった。


「……そうですね。自分の苦境を笑うような愚かな真似は止めましょう」


 だから、周囲も安心した。


 ──我が罪は永遠に赦されることはなく、この身に罪の証を刻まれた永久の咎人(とわのとがびと)


 だから、見逃してしまっていたのだろう。


 ──私は茨の王(エレナ)の虜囚なのだから。


 その手が顔の右側を。右の目を不自然に覆い隠していたことを。その行為の意味にも、誰も気がつくはずもなかったのだ。



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