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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-20.奇跡の出会い


 なんとか仕事の納期が間に合いそうだよ。

 そう口にする青年の言葉に対して、椅子に腰掛けた少年は僅かに首をかしげていた。

 恐らくは、言われた言葉の意味が良く分からなかったのだろう。


「……ああ、そうか。君には言ってなかったんだっけ……?」


 そう納得したように頷くと、ゴソゴソと足元においていた大きめの肩掛けバックから、羊皮紙を束ねたらしき小冊子を取り出して見せていた。


「これを見てくれるかな?」

「それは?」

「企画書のような物だよ。提案書とも言えるかな……」


 相変わらず、手枷に足枷といった風に四肢が拘束されているせいで上手いこと身動きが出来なくても手が届くような位置にまで歩み寄りながら冊子を手渡すと、すぐ側にまで空いた椅子を引き寄せて腰掛けていた。


「今、動いている企画には、最低でも人物画が十枚……。それも全身を収めたタイプの物を収めないといけない事になっていたんだ。……まあ、君も既に知っての通り、僕の方にあった特殊事情から自力調達が難しい事が予想出来てたんで、様子をみて知り合い数人に外注って形になるかなって思ってたんだけどね……」


 そんな説明を聞きながらペラペラと冊子をめくると、そこには色々と打ち合わせを重ねてきたのだろう、様々なメモ書きや走り書きなどが書き込まれているのが目についた。


「……お店の一角を借りて、絵画展でも開くんですか?」

「ん~……。まあ、似たような物かな」


 しかし……。なるほど、ね。全くの予備知識のない人だと、こういう展示を見て、そういった風に受け取る可能性があるのか。予想外の部分で参考になったかもしれないな……。

 そう変に納得した様子を見せるフィルクの苦笑にますます首の傾きが大きくなるクロスである。だが、そう感心されても仕方ない反応だっただと、その直後に教えられる事になった。


「絵画で……。広告?」

「そう。絵を使って、商品そのものを宣伝するんだよ」


 服を着た『人物』の方が主役ではなく、人物の着ている『服』の方こそが主役となる。

 そんな発想で描かれる事になるであろう一連の絵は、主役が人でなく服であるからこそ、従来の絵画とは全く趣や意味、趣向などが異なっており、その絵の持つ趣旨と、特異な性質上、服を着ている姿を描かれる事になるモデルは、可能な限り全ての絵で共通していることが望ましく、出来ることなら同一人物で、服装だけが異なっている絵を何枚も用意したい所だ、と。

 そう、フィルクは考えていた。

 それが企画の開始までの猶予期間的に難しいというのならば、モデルも複数用意して何とか体裁を整えようかと妥協案も視野に入れていたのだが、ここ数日の成果物(言うまでもないだろうが、クロスをモデルにした自作のラフ絵のことだ)を見るに、どうやらそっちのほうは、おそらく心配しなくてもイケるだろうと思われたのだが……。

 ……そう、まくし立てるようにして早口で口にされた言葉の数々のもつ意味は、まだ十分には理解出来ていなかったのだろう。何故ならば、そんな奇妙な真似をしている店舗など、これまでにお目にかかったことはなかったし、そんな真似をしようとした商人にもお目にかかった事がなかったからだった。


「絵画を広告の媒体、宣伝手段として使ってはみてはどうかというだけの、結構単純なお話なはずなんだけど。……店で売ってる品物を身につけている人物の絵を展示して宣伝するのって、そんな突飛な発想だったかな?」

「おそらくは、かなり突飛な発想なんじゃないかと……」


 そう、何やら酷く苦い物を無理やり噛み潰しながら浮かべているような、そんな引きつった笑みを見せるのも無理もなかったのだろう。

 通常、絵画というものは手間暇と多大な時間をかけて、単一目的のために描かれる一品物である場合が多く、その殆どの場合において、ある種の自己満足のためだけに貴族や豪商、王族といった財力の有り余っている物好き……。いわゆる富裕層の人々が、自分の趣味や楽しみ、娯楽のために囲っていたりする芸術家や画家といった芸術家に描かせている物であるのだ。

 そんな、ある種の縛りとも言える枠から外れて生きているような、財力にある程度余裕のある物好きから任意で仕事を受けている様な、いわゆるフリーの画家などを筆頭とした文化人達にしても、様々な制約……。主に宗教的な縛りや、倫理的な制限、そして、何よりも大きいのが資金的な問題を抱えながら、大衆受けや、特定の人物(主に出資元、いわゆるパトロンと呼ばれる人々のことだ)に向けた作品を製作する以上は、どうしても出資元への媚を含んだものにならざるえないといった性質による制約を多分に含んでしまっているのが、その手の品の持つ宿命とも言える物だったのだろう。

 端的に言ってしまえば、絵描きという仕事には、色とりどりの絵具などを筆頭として、作品を仕上げるまでに様々な、そして多大なコストが掛かる事になるのだが、それだけの投資を必要とする割には、それに見合うだけの成果が(何よりも依頼主の満足感とでもいうべき最も重大な成果物が)なかなか得にくいという類の仕事だったのだ。


 例えば、とある貴族が自分の肖像画を画家に頼む場合について考えてみよう。

 まず出来上がる絵が必ずしも自分の思っていた通りの物になる保証がない。仮に、構図などが全て思い描いていた通りになっている絵であったとしても、それが必ずしも自分の好みな絵になってくれているという保証もまたない場合が多いのだ。

 なぜなら、先ほども挙げた通り、絵画とは基本、人の手によって描かれている物であり、いわゆる一品物の創作物であるからだ。

 そういった人の手によって作られる作品である以上は、必然として出来の良し悪しから始まり、作風が強く出たり出なかったりといった癖の部分に至るまで、おおよそ思いつく限りの作風とでも言うべき部分が強く出てしまうのが当たり前であり、そういった前提がある以上は、必ずしも狙ったとおり、思った通りの出来となってくれる可能性は低い代物なのだ。

 むしろ、作者が描きたい物を好き勝手に描いている訳でなく、依頼主が自分が欲しい物を依頼して描かせているという性質上、いろいろな部分で自分がイメージしていた物とはかなり違った代物になってしまうことも前提として受け入れておく必要があるのだ。

 きっと、これは、そういった類のギャンブルさえも含んでしまっている類の話なのだから。


「出来上がりの絵に対する『好み』の問題、単純な『作風』の問題、何よりも依頼主の依頼内容をどこまで描き手が汲み取れるかの『理解力』と『再現力』の問題……。おおよそ、それら全てがトラブルの原因になる要素ではあるね」


 きっと僕も依頼主から指示された絵を描くといった仕事をすれば、同じように色々とトラブルを起こせる自信があるよ、と。そう苦笑して見せながらも、これがリスクの高いやり方であることを暗に認めて見せていた。


「絵という物が、そこまで万能ではなく、むしろ融通が効かない不便な代物に過ぎないということは、絵描きを自認している以上は、人並み以上には分かっているつもりだ。……絵画は音楽とは違うということもね。感性に訴えかける部分が弱いせいで、音楽のように依頼主を成果物の出来の力で、無理やり納得させるといった荒業を使いにくいのも分かってはいるんだよ」


 だからこそ、危険な橋を渡るのは最小限に抑えておく必要がある。

 そう、フィルクはクロスの苦言を必要以上に真摯かつ真剣に捉えて見せていた。


「これでもリスクは出来るだけ抑えてあるんだ」

「そうでしょうか……」


 素人考えになってしまうが、自分から見ると、どうしても『絵を使う』という部分に危うさを感じてしまうと。そう不安を口にするクロスであったが、それでもフィルクにも引けない都合というものはあったのかもしれない。


「確かに、誰もやったことのない試みなだけに色々と不安はあるさ。特に、僕がやろうとしている『企画』が何処まで来店者に理解して貰えるか、受け入れてもらえるか、期待した宣伝効果を上手く発揮できるかって部分とか、色々と不安があるのは認めるよ」


 でも、と。それでもやりたいのだ、と。そう、フィルクは力説していた。


「僕にとっては、これは最初で最後の賭けなんだ」


 自分の中に見つけた唯一と言って良い大きな才能。

 それは絵描きとしての稀有なレベルの才能だった。

 生まれてこれまで、ずっと本家の跡取りの『予備』扱いの人材として生きてきた。

 ずっと、母と二人で。ずっと、日陰の身で。ただ、本家の血を残すための道具として。本家の男に何かあった時の備えとして。……ただ、それだけのために生かされていた。ただ、それだけの理由で存在を許され、養われても居た。そして、そうやって生きていくことを強いられてもいた。

 ……そんなひどく肩身の狭く感じられる日陰者な身の上で、将来の夢など大それた物を抱く事など許されるはずもなかったがゆえに、青年には胸に秘する大きな夢を育んでいたのかもしれなかった。


『僕は、絵を描く仕事につきたいです』


 あの日、口にされた幼き日の願い。

 それは誓いでもあったのかもしれない。

 それを実現出来るまで、あと少しの所まで来ていた。

 日陰者、本家の予備、備えの血筋、仕方なしに養われてきた妾腹の子……。

 そういった扱いから、ようやく自由に生きて良しと開放される目が出てきた。

 そんな矢先の出来事だった。

 父に向かって己の夢を口にした。

 そんな自分の目の前には、己の全てを賭けてでも全力で挑んでみたいと願った(ゆめ)だけが、果てしなく広がっていた。

 どこまでも、視界の果てまで続いているかのような、果てしなく伸びてゆく道。

 一人の絵描きとして、そこを生涯をかけて歩み、生きていくのだと信じられた。

 そんな道を歩みだし、己の才覚一つで勝負に出ようとしていたのだ。

 そんな矢先での出来事だった。

 意気揚々と足を踏みだそうとしていた青年の前に、これまでにないレベルの大きな試練の壁が立ち塞がろうとしていた。

 自分の中に潜んでいた大いなる欠陥が……。風景画の時に片鱗を見せていた重大な欠陥が、いよいよ本当の姿をもって、人物画の方でも全容を現そうとしていたのだ。

 描かれたモノが秘めていた悪意とでもいうべきモノを。その者の心の闇を。人が心に抱いて底に沈めていた秘めた想いや闇すらも……。青年の筆は、情け容赦なく、キャンバスの上に、それら“全て”を無情にも描き出してしまっていたのだ。

 それは、人物を描く画家としては余りに致命的な欠点であり、弱点でもあり、致命傷となりうるほどの欠陥であって。

 よりにもよって、このタイミングで、その問題が発覚してしまったのだ。


 ──どうする……。どうすれば良い……。もう企画は動き始めているのに……。


 薄暗いアトリエの中に。部屋に差し込む月明かりの中。薄ぼんやりと視界の中に浮かび上がる無数の残骸達。それはまさに夢の瓦礫とでもいうべき代物達だった。

 十字に切り裂かれ、バツの形にも切り裂かれ、時として素手で引き裂いたり破ったりしたのだろう指の形すらも幻視出来てしまうような無残な痕跡が……。素手で引き裂かれたらしき痕跡すらも残したキャンバスの残骸が、部屋中に散乱していた。

 無数の切り裂かれたキャンバスには、微笑みを浮かべたモデル達が、老若男女問わず様々な構図で描かれていた。

 それらは全て美しく着飾り、ひとつ残らず微笑みを浮かべた絵でありながらも……。それでも、何処かひどく違和感を感じさせる絵でもあった。

 微笑んでいるはずなのに嘲笑を浮かべているように感じられたり、微笑んでいるはずなのに酷い疲れを感じさせたり。そうかと思えば、同じように笑みを浮かべているのに、ひどい怯えや恐怖を感じさせる物であったり、あからさまに悪意を……。怒りや侮蔑といった悪感情を滲ませた物すらも散見されていた。


 ──今更、なかったことになんて出来るはずがない。


 フィルクはただ、大きなため息をつくことしか出来なかった。

 ……やはり、父を……。本家に頼った事は、間違いであったのかもしれない。

 そう今更ながらに、心の奥底の方から反省と後悔の想いがにじみ出してくる。


『……そうか。人の絵なら上手くやれそうなのか』


 脳裏に思い浮かぶのは、何処かホッとしているような、嬉しそうに微笑む父の顔。

 それは風景画に大きな欠点が見つかり、その道を諦めるしかないと知らされていた上で、なんとか人物画の方なら見れる物になりそうだと……。こっちの方面なら、なんとか上手くやれそうだと、そんな感触を掴めたことを報告した時のことだった。

 一度は長年の夢を捨てるしかないのかもと覚悟した上での事であったがために、その喜びようはひとしおであり、下手をすると本人以上に周囲が喜んでいた始末であったのだ。


『……よし、わかった。あとは全て、私に任せて置きなさい』


 きっと悪いようにはしないから。

 そう言い残して、父は本宅に戻っていった。

 その日から、様々な事が動き出していた。

 大小様々な出来事が周囲が起こっては青年を驚かせた。

 それこそ、これまでの罪滅ぼしとばかりに、必要以上に張り切ってしまっているのが何となくでも感じ取れてしまうほどに……。

 これまでは、本家の者や家族の目、双方の家や本妻と妾といった親の立場の違いなどの問題もあって、ロクに構ってやる事も出来ていなかった。

 妾の子とはいえ、本家の血には間違いなく。本妻の子が、未だ安心しきれぬほどに脆弱なままである以上、緊急事態への備えとして予備の血を残しておく事自体はさほど悪い手ではなく、このまま下手に葬り去るよりも、いっそ家の外に黙認という形で予備を残しておき、最悪の未来への備えとすべきという判断もあったのだろう。

 そんな生まれる前から家のためだけに生かされる事が定められ、予備の血としての役目だけを与えれた子であったことは間違いなく……。何かあった時のためだけに本家の血を絶やさぬ事だけを望まれ、他には何一つ望まれる事はなく。

 大人しく、静かに。慎ましく、己の分を弁えて……。本家の者達に目障りだと感じられないよう、ただ静かに生きていくだけならば、必要最低限の教育を行える程度には支援することも、さほど問題視はされていなかったし、万が一の時の備えの一環として、現当主との面識やつながりを予備の子にもたせておくという名目での来訪も黙認はされていたのだろう。

 ……だが、許されていたのは、せいぜい、その程度だった。


『……最低限の援助しかしてやれず、申し訳なく思っている』


 かつて、そうやって自分達に対して頭を軽く下げる姿を見たことがあった。

 その時に、名の知られた大貴族であったとしても家の者達に内緒で自由に財貨を右から左へと動かすような真似は出来ないのだなと、奇妙に感心した記憶が残っていた。


『自分の財産を自分で動かせないというのを不思議に思うか? ……まあ、そうなのだろうな。だが、これはさほど珍しい話ではないのだ。貴族として生まれた者は、おそらく皆がそうなのだろうが、基本的に金という物を持ち歩く事はないのだからな』


 我々のような高位の貴族の家に生まれ、そこで育った者の多くは、生涯、通貨という物に触れることはないのが“普通”なのだ。我々にとって「買い物」とは、買いに行く物ではなく、必要な物を買ってこさせるという行為そのものでしかなく、頻繁に欲しくなる物や、必要となる物などは原則として、家の者が気を利かせて、勝手に自分で判断して日常的に必要な物資の一つとして手配しておくべきであるし、いちいちそんな細かい指示をだしたりもしない物なのだ。そのために家令や執事などが居るのだからな。……だからこそ、貴族とは一般人の感覚を知らないことが多いのだ、と。


『それが本人にとって良いことなのかどうかは……。なんとも言えないがな』


 そんな父から聞かされた件だけを考えてもみても、貴族という特権階級の者がどれほど浮世離れした生活を送っていて、一般人なら知っていて当たり前の常識が知識から欠如しているか分かるというものであったのかもしれない。

 ましてや、市場価格や相場などについて明るいはずもなく、金の価値とか価値感そのものも一般人とは大きくズレているのが間違いのない所であったのだから。


『……アイツは体こそ弱いながらも、心までも弱くはなかったらしい。これまで、必死に生にしがみつき、あの歳になるまで生き永らえてくれた。……もしかすると、このまま上手いこと、次代にまで血をつなげる事が出来るのではないか……。そう私達に夢を見せてくれる程に、な。……アイツは、本当に、頑張ってくれた』


 本家の跡取りが、来年にでも嫁を貰う事になるかもしれないという話は、青年の耳にも何度か漏れ聞こえてきていた。……もっとも、もし、そうなって上手いこと血が次世代につながってくれれば、もうお前など用済みだといった意味で、あえて聞かされているのだろうことは、本人も薄々は察していたのだろうが。


『このままお前には出番が生涯こないのかもしれんし、それを私やお前の母を筆頭として、皆が望んでいる事も、年の割に聡いお前なら、すでに承知していよう。そうなれば、遠からず、お前は我々の世界から離れることが出来るようになる。……家と血に縛り付けられた我々との柵から、ようやく解き放たれる事になるのだろうな』


 それはある種の祝福に満ちた言葉であったのかもしれない。言い方は悪いのもしれないが、全てを失う事でしか自由になれないというケースは、やはり存在するのであろうし、青年を縛り付けてきた無数の鎖……。その最も太かった『家』と『血』の呪縛から逃れる事でしか、夢を見る権利を取り戻す方法はなかったし、それしか夢を実現させる方法もなかったのも事実であったのだから。


『そんなお前が、壁の外の世界で自由に生きていくためには、一般市民レベルの常識や経験が必ず必要になるはずだ。そう思ったからこそ、あえて、お前のことは、これまで“平民”として育てさせてきた。……来るべき時に、この壁に囲まれた鳥籠から空高く飛びたてる様に』


 いつか本当の意味で、自由にしてやるために。

 だからこそ、必要以上に手を差し伸べる事が出来ずにいた。

 資金的な意味でも、愛情的な意味でも。そして、権力的な意味においても、だ。

 それなのに、こんなに立派に育ってくれた我が子に……。あるいは、こんな可愛い我が子を育て上げてくれた、ある意味において何ら柵や政治的な意味を必要としない関係において、もっとも愛情を注いだ女への感謝をも、そこにはあったのかもしれない。


『おそらくは、これが最初で最後の“手助け”となろう。……私のことを踏み台にして、精一杯、利用して……。お前は、空高く舞い上がっていきなさい』


 おおよそ初めて口にされた、もう一人の我が子の『願い』を。本当の意味で愛した女が産んだが故に、これまで利用され、本家の者達から疎まれ、意図せずして犠牲にしてきた。そんな悲劇の子への償いの意味もあって。……父として全力で夢をかなえる手助けをしてやろうと、あの手この手を使ってくれていたのだろう。だが、それでもフィルクの持つ才能はいささか異形かつ異質すぎていたのかもしれない。


「今のままでは成功は難しいと正直、思い悩んでいた。……だけど、そんな僕を天は見放していなかった。こうして、君と。……君という“奇跡”と出会わせてくれたんだ!」


 これで全てが上手くいく。上手くいかせて見せる。そこには、そんな意思が溢れていた。


「今度こそ、絶対に、失敗できない。絶対に……。絶対に、失望させる訳にはいかないんだ。……だからこそ、僕は僕の最大の欠点を武器に変える必要があった。……精緻の極みとまで評価された僕の技術を、ついに僕は、最大限に生かせる方法を見つけ出したんだから」


 君さえ居てくれれば、僕の絵は『完成』するんだ。

 そんなフィルクの見せた喜び様と覚悟を決めた様に、クロスもまたうなずいて見せるしかなかったのだった。




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