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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-18.絵師フィルク


 取り調べを今日から再開する。

 そう宣言されていた事もあったからだろう。

 忠告通り、早めに寝床についていたものの、色々と変な想像をしてしまったせいで、十分に睡眠がとれたとは言いがたい状態ではあったのだが……。

 宣言通りというべきか、これまでよりも随分と早い時間帯に、何処か見覚えのある格好をした全身鎧姿の騎士が少年たちの房に訪れていた。


 ガシャン!


 通路と部屋を区切っている鉄柵を乱暴に手甲(ガントレット)で殴りつけて、中の収監者達をたたき起こすと、次いで、言葉少なく命令していた。


「H38号。出ろ」


 ぶっきらぼうで言葉が短いのも、自分の性別を隠したがっているからなのもしれない。

 同じ房の収監者仲間の青年からのヨモヤマ話で、そんな話しを聞かされていたせいもあったからなのだろう。

 まだ日もロクに上がっていないような薄暗い時間帯に叩き起こされながらも、クロスは文句ひとつ口にすることなく、僅かな時間で房を後にすることが出来ていた。


「ついてこい」


 そう口にしたきり無言のままに少年を連れて歩く騎士は、後ろをロクに振り返る事もなく、ただ黙々と足を前に進めていく。

 その進路の先に、いつも取り調べを受けていた個室があったので、恐らくは今日もソコなのだろうと勝手に想像していたせいもあったのだろう。

 自分の思っていた場所を平然と通りすぎていく騎士を前に少しだけ困惑顔で足を止めてしまっていたのだが、そんな少年に「歩け」と、暗に立ち止まるなと告げるのは、まるで背後に目でもついているかのようであり……。


 ──そういえば、この人はどうやって、この薄暗い通路の中で、あんな風に視界を面当てで塞がれたままの格好で普通に歩けているんだろう……。それに背後の居る自分の挙動まで見えている様に思えるし……。


 そう疑問を感じながらも、それでも前を歩く騎士に連れられたまま、黙々と足を動かして。色々と見覚えのあったり無かったりする場所を次々に通りすぎていって……。


 ガンガン。


 いつしか二人は、やたらと無骨な作りの金属製の扉の前に辿り着いていた。そして、そこで騎士は平然と金属製の手甲を扉に叩きつけていた。


「私だ」


 その声を聞いて「開けて良し」と判断したのか、ガコンと何やら重苦しい音を響かせた後に、ギギギギと金属がきしむ音を響かせながら、ゆっくりと扉が開いていって。

 そんな向こうには、数人の鎧姿の騎士が武装状態で待ち構えていた。


「……」

「……」


 ただ無言のままに、じっと睨みつけられる。

 その目は、まるで薄汚い毒虫か何かを見ている様な、ひどく冷たい物であって。そんな生まれて初めて向けられるであろう類の視線と、強い殺気を込められた視線をも向けられた事で、足がすくんでしまったのかもしれない。

 少年は思わずその場で立ちすくんで動けなくなってしまっていたが、それは周囲の者達にとっては想定通りの結果でもあったのだろう。

 これまで少年を先導してきた全身鎧姿の女騎士が顎をシャクるようにして指示をすると、ガシャガシャと盛大に騒音を鳴らしながら、おそらくは見習い身分なのであろう軽革鎧(ライトレザー)姿の少年がクロスの手や足に、手早く手枷と足枷を付けて行っていた。


「よし。いくぞ」


 その命令で冷たい視線を向けてくる威圧係とでもいうべき青年二人が左右に付き、背後に見習いらしき少年がついて、女騎士は再び先頭に立つと、その広い背中を少年に向けていた。

 そんな四人一組になって周囲を固められた上で連れ出された先には、やけに懐かしく見えてしまう王都の町並みが並んでいて。

 そんな朝もやの中に浮かぶ久しぶりな風景に、思わず見入ってしまいそうになっていたが、そんなクロスの都合など考慮するはずもない騎士たちは自分達の役目を果たすべく、左右の腕の両方を引きずるようにして、少年に道を急がせていた。

 そんな集団の向かう先には、素人目にもやけに豪華な作りに見えてしまう一台の馬車が待機しており、その広めの席に押し込まれるように座らされていた。


 ──ここは……。何処に連れて行かれるんだろう……。


 これまで頑なに外部との接触を禁じられてきたのに、ここにきて急に(監視つきであるとはいえ)こうして騎士団本部から外に連れ出されるとは、何やら色々と悪い予感しかしてこないのも、ある程度は無理もなかったのかもしれない。


 ──まさか口封じ……?


 それこそまさかとも思うのだが、自分のような非力で、戦闘力の面では同年代の子供よりも低いと思われているだろう子供一人に、こんな強面の騎士を三人(見習いの少年まで含めれば四人)当てるというのは、いくら逃亡の危険があるとはいえ、いささか物々しすぎないかと思われたのだろう。


「何故、私を、外に……?」


 もしかすると、多少なりとも今の状況に関する情報を得られるかもしれない。

 そう思った事もあってか、思わず質問を口にしてしまったクロスであったのだが、その問いに答える声は皆無であって。

 続けて口にした言葉で、自分の向かい側に座った全身鎧姿の騎士が僅かに視線を向けてきたのを感じ取れただけだった。


「今日は、取り調べがある。そう聞いていましたが……」


 そこまで口にした時のことだった。

 自分の右側に座っている騎士が、僅かに身動ぎしたのを感じていた。

 そして、次の瞬間。


 ガヂン。


 とてもではないが人間の体が立てた衝突音とは思えない怪音を響かせながら、クロスのすぐ目の前で、横向きに振りぬかれたらしき手甲が、いつの間に差し込まれたのか真正面から突き出された別の手甲の掌によって、寸前で受け止められていた。


「やめておけ」


 そう告げる真正面の女騎士によって、己の金属製の裏拳を邪魔された若い騎士は「チッ」と不服そうに舌打ちをすると、黙って己の腕を引き戻して。次いで、忌々しそうに「ちょっと貴族にチヤホヤされてるからって、いい気になるなよ」と凄んで見せていた。

 そんな同僚に、少年の左側を同じようにかためていた男は「おい」とだけ告げて。おそらくは、暗に『貴族のお気に入りに手を出すな』と忠告していたのだろう。それを受けてますます不愉快そうに顔を歪めていた右側の男であったのだが……。


 ドンッ。


 目の前に座る全身鎧の女騎士が「いいかげんにしろ」とばかりに足を一回踏み鳴らすと、気まずそうに互いに視線をやりとりして、ふぅとため息をつきながら態度を改め、背筋も伸ばして待機の姿勢に戻っていた。

 それを見届けた正面の騎士も小さくため息をついて肩の力を抜くと、位置的に自分の前に座っているクロスに僅かに視線を戻すような素振りを見せながら告げていた。


「お前も、黙っていろ」


 ケガをしたくなかったなら。

 そう暗に告げられているのを理解できない程には鈍くもなかったのだろう。

 クロスも僅かに頷くと床に視線を向けて口を真一文字に引き結んでいたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 クロスが連れて来られたのは王都の内門、東側の内門から入ってすぐの所に店を構える一件の小さな宿屋らしき建物だった。

 ただし、その建物の入り口には『本日、貸し切り』とプレートがぶら下げられており、内側からも人の気配のようものが感じられない状態だった。


「ここだ。入れ」


 そう促されて薄暗い宿の中に入ったクロスの目には、店内に幾つか置かれている丸テーブルの上にあげられている丸椅子の姿が見えていて、見た感じ、明らかに本日休業といった風な酒場兼宿屋といった、ごくありふれた作りの宿泊施設に見えていた。

 そんな建物の入り口はクロスと四人が入ると再び閉じられて、内側からつっかえ棒の複雑版といった風情の施錠が施されて、一応程度ではあったが外部からは安易に入ってこれなくされていたし、それを見届けたからなのだろう。

 建物の外に止まっていたはずの馬車が、自分達をここに置き去りにして何処かへ走って行ってしまったらしき音を聞き取ってしまっていた。


「一人はここに。裏にも一人つけ」


 その指示で一人が入り口の扉に、もう一人が裏口の扉に向かう。


「お前は、ここで二人のために適当に動け」


 その指示で見習いの少年が僅かにうなずくと、早速とばかりに厨房へと駆け足で向かう。

 時間つぶしのための摘みと酒でも準備するつもりなのかもしれない。


「お前は、こっちだ」


 最後に残ったクロスに、そう「ついてこい」とばかりに指で指示して歩き出す。

 そんな女騎士が向かう先は二階の宿泊施設であり、見る限りにおいては二階の一番奥にある部屋へと導かれているらしい事が察せられた。


「入れ」


 ただし、自分はここまでだとでも言うかのようにして、扉の前で道を譲って。

 その横を恐る恐る歩いて行くクロスの耳に、その呟きのような声が聞こえてきていた。


「我々は、ここから先、何が起ころうと、一切関知しない」


 その静かな声は恐らくは自分に向けられているのだろう。

 それを理解したクロスは、僅かに足を止めて、見上げるようにして続きを促す。


「この部屋の中で交わされた会話、出来事についても、だ。……我々は、ただ上からの命令に従って、お前をここに連れてきて、日暮とともに連れて帰る。……ただ、それだけが仕事だ」


 おそらくは何かしらの政治的配慮という物が行われたのだろう。

 クロスの脳裏に、そんな考えがよぎる。

 ……もっとも、一番の問題は、そんな騎士団すら問答無用で言うことを聞かせる事ができるような大物貴族などに知り合いなど居るはずもないということなのかもしれないが。


「初めまして。僕はフィルクといいます」


 果たして、そんな部屋の中には、一人の薄汚れた格好をした青年が待ち構えていて。

 そして、差し出してくる手は何故だか絵の具らしき染料でひどく汚れていたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 まあ、座って。

 そう促されたクロスは言われるがままにフィルクに指し示された椅子に腰掛けたのだが、その手足には当然のように手枷と足枷が繋がれたままであって、ジャラリと酷く剣呑な音を響かせていた。

 それを見たフィルクは僅かに眉をしかめていたが、相手は仮にも騎士団本部に収監されている犯罪者であり、そんな危険人物を本部から連れ出させた以上、ここから逃亡される訳にはいかないというのは青年も十分に理解していたのであろうし、その危険性がほんの少しだけでもある以上、それを防ぐために手足の自由を制限しておくというのは必要最低限の備えとして必要になるという事も、一応は理解はしていたのだろう。

 ……無論、納得などはしているはずもなかったのだが。


「ごめんね。それを外してあげられると良かったんだけど」

「……いえ」


 ものすごく警戒されている……。

 状況的にはむしろ当たり前であったのだろうが、それが少しだけ歯がゆい物を感じさせたのかもしれない。


「さっきも名乗ったけど、僕の名前はフィルク。見ての通り、しがない街の絵描きだよ」


 両手を広げて肩をすくめて見せる青年の格好はごくありふれた地味な色合いの平服の上に、絵の具汚れこそ酷いが、おそらくは愛用の品なのだろう。随分と年季の入ったエプロンといった格好であって、見ただけで職業が察せられるような特徴のある姿ではあったのだろう。そして、それは部屋の外にたむろしている騎士たちの重武装っぷりとは対照的過ぎる程に対照的で、それだけに平和的とも言えそうな格好ではあったのだ。


「絵描き……。画家なんですか?」

「ん~……。それを否定するほどに下卑してはいないつもりだけど……。でも、実際、それほど大層な立場じゃないんだけどね」


 まずは挨拶代わりに簡単な木炭画のスケッチでも描いてみようか。それで君にも僕が本物の絵描きだって納得してもらえるだろうから。

 そう、おもむろに挨拶がてらに絵を一枚どうだいと訪ねてきたフィルクに、クロスも僅かに警戒心を解くと、肩の力を抜いて座り直して見せていた。

 それはおそらく、相手にも感じ取れたのだろう。僅かに笑みを浮かべると、それまでイーゼルに乗せられていたままだった大きめのキャンバスを床の上に下ろすと、そこに新しい板を乗せて、木炭を持ち上げていたのだが……。


「あっ。それ……」

「ん?」


 さて、どう書き始めようか。

 シンプルにバストアップでいくか、思い切って顔を中心とした構図でいくか。

 今回は素材が飛び抜けていいから、出来れば顔を中心にしたいかなぁ……。


 自分的に嬉しい悩みにウンウン内心でうなっていたフィルクであったのだが、そんな自分からモデルの少年が僅かに視線を逸らしてしまっていることに気がついたのは、そのすぐ後のことだった。


 ──さっきまで、こっちの一挙一挙動まで見逃さないぞって感じで見つめてたのに。


 おそらくは油断なんてしないからなって意思表明だと思われていたのだが。

 そんな相手が、こんなに安々と視線を外して隙を見せただけでなく、そのまま視線を戻さない等ということがあるのだろうか、と。

 そう不思議に思ったフィルクは、自分の同じくモデルの少年の視線を追ってみたが、そこには先ほど自分がイーゼルからおろした一枚の人物画だけがあって……。


「その絵……」

「これかい?」

「はい」

「ちょっと君とは別口でギルドにデッサンのモデルを依頼していた子の絵でね。……それなりによく描けてるんじゃないかなって、自分では思うんだけど」


 そんな説明に「私と同じ仕事を……」と何やら考えこんでしまっていた。


「知り合い?」

「……え? あっ……。はい」


 その小さな、消え入りそうな返事には、色んな感情が込められていて。


「まるで泣いているみたいだ」


 そして、そんな青年の言葉に、少年は何も返事を返さなかったのだった。



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