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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-17.偽りの平穏


 今日も取り調べがなかった。

 それ自体は良い事のはずなのに、何やら得体のしれない気持ち悪さを……。

 正体の分からない不安のような物を、そこから感じてしまっているらしい。

 そんな自分の状態を「おそらく不安なんだろう」と簡単に自己分析していたし、なにやら得体の知れない出来事なりイベントなりが将来に待ちかまえているような気がして、根拠もなく嫌な予感という奴を感じてしまっているのだろう、と。

 そう、今の自分の状態を考察してみたりしていたのだが……。


「……どれだけ考えてみても、あまり意味のない事なんでしょうね」


 自分の中で沸き上がり続けている気持ちの悪い“何か”を、何か大きな出来事が将来に待ち構えているのかもしれないと、そう遠くないだろう未来に対する心構えとして、覚悟だけはしておくべきなのだろう。だが、それ以上のことは今の段階で考えていても意味がなかったし、どれだけ考えてみた所で今以上の答えなど出るはずもないのだ。

 そう、とりあえず自分の中の問題らしきものを片付けてしまっていたのだが、そういった内面的な問題とは別にして、いざこうして収監され続けているにも関わらず、全く取り調べられることが無くなってしまうと、それこそ朝から晩まで、ずっと自分に割り当てられた部屋の中で一人、暇を持て余していなくてはならなくなっていた訳で……。


「あ、こんな所にも染みが……」


 だからという訳でもなかったのだろうが、本来は治療行為担当者の白服を着ている者として、特別に作業を免除されていた細々とした雑務や部屋の掃除といった細事に至るまで、取り調べが再開されるまでという条件付きではあったものの、暇つぶしのつもりで引き受けるようになってしまっていたりしたし、最近では壁の汚れのシミ抜きがすっかり趣味になってしまっていたりするせいか、部屋がやたらと綺麗になってしまっていたりする。


「いやぁ、今日はなかなかにハードだったね」

「……今日も、の間違いじゃねぇの?」


 そんな何時もの様に壁のシミ抜きに情熱を燃やしていた暇人H38号ことクロスの耳に、その話し声が聞こえてきたのは、夕食にほど近い時間帯での事だった。


「やあ、ただいま」

「あっ。おかえりなさい。今日は早かったんですね」

「……なんかどっかの新婚夫婦みたいな会話だぞ。お前ら」


 そんなツッコミに「そーかい?」「そうなんですか?」と同じようにクエスチョンマークを頭に浮かべているのだから、まあ良いコンビだと言えなくもないのかもしれない。


「今日は、治療はどうしますか?」

「今日はいらないかな」

「俺も良いや」


 そんな今日も出番なしな返事に思わず苦笑を浮かべてしまうクロスであったが、ここでは治療行為の押し売りは、マナー違反どころかタブー視されてる最悪の行為であることは既に理解していたのだろう。何も言うことなく大人しく引き下がっていた。


「そういえば、今日は珍しく傷めつけられてないようだね」

「ああ。今日は、あんま喧嘩しなかったからな」


 その分、うっとうしい質問、延々とされてさ。そっちが原因でキレそうになったケド。

 そうボヤいてみせる少年の声に僅かに苦笑を浮かべて小さく微笑んでみせる。そんな青年の頬には酷いアザが残ってしまっており、かなり強く殴られた事が見て取れていた。


「それよりニーちゃん、なんかそれスゲェな」

「ん? コレかい?」

「ああ。よっぽど上手く殴っても、そんなアザ、普通、のこんねぇぜ?」

「これみよがしに手甲(ガントレッド)で殴ってやろうかって挑発してきた生意気な馬鹿が居たんだよ」


 腹がたったから、ちょっと馬鹿にしてやったら、マジ切れされて殴られたんだ。

 そうニッコリ微笑む青年の思惑など分かるはずもなかったのだろう。

 二人はおもわずドン引きしてしまっていたし、どんな顔をしていいのか分からずにひきつった笑みを浮かべてしまっていた。


「わざわざ自分から痛い目に会いに行ったのかよ。物好きにも程があるっていうか、いくらなんでも無茶過ぎるだろ……」


 そんな呆れたような意見にクロスも僅かに頷いて見せたのだが。


「そうでもないんじゃないかな。少なくとも、今日の失態は、彼を良い感じに追い込んでくれるだろうからね」


 そんなクックックと含み笑いすら浮かべる青年の言葉の意味は分からずとも、何か企んでいて、あえて殴られらしいという事だけはわかったのかもしれない。


「……さては、また、何か企んでやがんのか」

「さて? ただ、僕は彼に思い出させてあげただけだよ。取調室には、原則、武器になるような物は、双方とも持ち込み禁止だってことを。あと、そんな重大なルール違反まで犯しながら、朝から晩まで延々と尋問していたにも関わらず、その結果がほぼ白紙状態な成果ゼロでは、流石に無能の烙印を押されるんじゃないかなって、ね」


 まあ、ガンドレッドなんかつけた金属製の拳で散々に殴られたせいで尋問中の殆どを気絶して過ごしていた僕なんかでは、彼が報告書に何を書くつもりなのかなんて想像も出来ないのだけど……。この事を他の人にこっそり教えておいたから、成果の捏造とかを裏でしでかしていたなら、後で色々と問題になるかもしれないねぇ。

 そう笑ってみせる青年の言葉で、青年が取り調べ担当の騎士にどんな罠をしかけていたのかは分かったのかもしれないが、それでも、そのためだけに金属の拳で殴られるというリスクを犯すのは、やはり無茶だと感じていたのかもしれない。


「正気の沙汰じゃねぇな」

「……そうかなぁ?」

「無茶だと思います」

「まあ、無茶と言われたらそうなのかもしれないね」


 でも、どうしても情報を引き出すための窓口が欲しくてね。

 そう耳元でささやかれた言葉でおもわず眉をしかめてしまっていた。


「知ってるかい? 大きなミスを犯した直後の人間というのは、そのマイナス分を取り戻そうと変に焦ったりして、下らないミスを重ねたり、簡単な誘導とかみえみえの罠だと分かっていても、あえて踏み込んだりしてしまうものなんだよ。自分ならこの程度の誘導、逆手にとって逆に情報を引き出せるはずだ。他のやつならともかく、自分なら、きっと上手くやれるはずだって、ね。……何の根拠もなしに、そう短絡的に、思い込んでしまうらしいよ?」


 僕なんかは、その程度のミスで叱られたからって、そんなに焦ったりして追い詰められなくても良いんじゃないのって常々思うのだけどね。でも、彼らのような、基本的に生まれた時から周囲に過分に期待されながら、蝶よ花よと大事に箱入り状態で育てられて、ひたすら清く正しく美しく真っ直ぐに……。それこそ、大きな挫折なんて、ロクに経験したことすらないだろう、線の細いひ弱なエリートさまなんかは、僕達みたいな雑草魂あふれる雑種とは、覚悟とか意気込みとかが違うらしいからね、と。


「しかも、往々にして、そういう輩ほどに、自分は賢いと思っていて、あえて誘いに乗ってこちらの誘導を逆手にとってるつもりになっているものなのかもしれないね。……裏の裏の裏なんて、一周回った分を省略して考えてしまえば、どっちが騙されているのかなんて、考えるまでもない話に過ぎないのに」


 馬鹿なエリートほど操りやすいカモはいない。

 そう微笑んでみせる青年が外部の情報を得るための窓口を増やすべく何かしら企んでいて、それが現在進行形で順調に進んでいて、今日のケガも思惑通りの結果に過ぎず、あえて頬のアザを残すのも明日以降の仕込みであるのだろうから、きっと何か考えてがあっての事というのもわかった気がしていた。……だが、そこまで分かっているはずなのに、それでも分からない事もあったのだろう。


「……何をするつもりなんですか? というか、何をしたいのでしょう?」

「なに、ちょっとね。……外の動きがやけに慌ただしくなってきてるみたいだからねぇ……。少しばかり本腰を入れて、本格的に探りを入れてみるかなって気になったのさ」


 そんな要領を得るような得ないような、話に翻弄されながらも。


「あんまり無茶なことばかりすると、そのうち、もっと酷い目にあいますよ?」

「この程度なら慣れてるし、もっとひどい目にも何度もあってるからね。今更気にしないから、大丈夫だよ。……といっても、君は、単なる強がりだと思って、僕の言葉を信じてくれないのだろうけどね」

「そいつの言うてること、かなり誇張とか入ってるけど、基本、嘘は言ってないと思うぜ?」


 そいつはガチでヤバイ奴だからな。

 これまで面白半分に半殺しの目にあいながらも、それをやった相手を退職にまで追い込んだりとか、どうやったのか考えたくもないようなエグい手を山ほど隠し持ってんだから。

 そんな何とも言いがたい評価を受ける青年は、それでも苦笑程度しか浮かべておらず、自分に対するキ○ガイ印の危険人物扱いな評価にも、微笑んでみせただけで、何も反論はしようとしていなかった。

 少なからず自分がやらかしている事や、やらかしてきた事などが、色々と洒落になってない内容なことを、自分でも理解していたのかもしれない。


「この体一つだけで努力してきた成果としては、そう悪くないと思うのだけど?」


 そんな悪ぶりもしない青年に呆れたような声が返される。


「死屍累々の墓標だらけの戦果の果てに、これは聖戦だったとか抜かしちゃうのか」

「おっ。イイね、それ。覚えておこうかな」

「皮肉も通じゃぁしねぇ。……っていうか、聖戦つーか、どっちかってと性戦……」

「おっと、それ以上は子供には聞かせちゃダメだよ。教育に悪いからね」


 お前みたいな規格外の悪党と一緒の房にブチ込まれる事以上の『悪い教育』なんて、この世にあるわけないだろ。常識的に考えて……。

 そう青年の軽口を一言で切って捨てた少年の評価に三者三様の表情を浮かべていたのだが、まさかこの房に居るよりも遥かに劣悪であろう『自称父親を名乗っている魔族らしき男に、日々淫夢に引き込まれて悪戯されたり色事などを仕込まれていたりする』といった、色々と悪夢のような魔窟(と書いて、某自称悪魔曰く『愛の巣』と称する場所)でクロスが日常生活を送っていたなど、想像すらも出来るはずもなかったのだろう。

 だからこそ、普通の聖職者なら嫌悪感を浮かべてしかるべきはずな青年の言動に対して、何の反応も見せないという点で不自然さがあったのだろうし、あるいは、そういった反応を探るための冗談や猥談といった類のやりとりであったのかもしれないのだが……。


「こいつにだけは、綺麗なままで居て欲しいってか? 今更じゃねぇの?」


 せっかく、何故だか、自分達と同じように取り調べを受けているにも関わらず、一人だけ騎士団の奴らから暴力を振るわれないで済んでいるんだからってか?

 そう言いたげな少年の軽口に青年は何も答えず。


「……あんだよ? ホントの事を……」


 ただ、その言葉の続きを遮るようにして、届く所にあった少年の頭に、ポンッと掌を乗せただけだった。


「そういう事は“仲間”に対して言うものじゃない。いいね?」

「……ああ」

「分かったなら良いんだ。……悪かったね」


 最後の謝罪はおそらくは自分に対する物だったのだろう。

 それを理解していただけに、その言葉に対する返事は送れずに済んでいた。


「いえ。それにホントのことですし……」


 わざわざ言われるまでもなく、この施設内で何らかの形で取り調べを受けている者達の中で、クロスほどに何の暴力も振るわれていない収監者はいなかった。

 他の房に入れられている同じ白服を着ている者達ですらも、何らかの形でケガをしているのが、ここでの日常であったのだから。


 ──何故か私だけは暴力を一切振るわれていない。


 その異常さや、待遇の良さ、特別扱いっぷりなどは、嫌でも目についてるはずだったのに、それを指摘されたり陰口を叩かれていなかったのは、おそらくは目の前の青年による目に見えない『配慮』のおかげであったのだろう。

 それをうすうすではあったが、クロスも理解出来るようになってきていた。


 ──でも、それもそろそろ限界なのかもしれない。


 ココ最近の取り調べの皆無さに至っては、ついに『特別扱いもいい加減にしろ』といった、やっかみなどを抑えることが難しくなってきてしまっていたのかもしれない。


「大丈夫だよ」

「え?」

「幸いというべきか、不幸にもというべきか。君の、ココ最近の『特別扱い』は、そろそろ終わるみたいだからね。……っと、言ってる端から、さっそく来たようだね」


 そんな言葉からしばらくして、クロス達の房に一人の見慣れない騎士が訪れていた。


「H38号。明日は朝から取り調べの予定が入っている。おそらくは夜までかかるだろうから、今夜はしっかりと寝て、明日に備えて準備おくように。……以上だ」


 その騎士は、そう一方的に告げると、もう用はないとばかりに三人に背を向けていた。


「明日からは雑用はまた免除のようだね」

「分かりました」

「……しっかし、変な指示だったな。明日はたっぷり可愛がってやるから、しっかり寝て体力を確保しとけよ、お嬢ちゃんってか? ……お前、明日、まじヤバイんじゃねぇの?」


 そう変に心配されるのも無理もない指示内容だったのだろう。

 翌日の予定がアナウンスされるのも珍しければ、その内容の方も異例中の異例だった。

 まさに異例尽くしの指示内容であり行動であったのだ。


「……どう考えるべきなんでしょうか?」

「それを、僕に聞いてどうするんだい?」

「そーだぜ、ニーちゃんが何か知ってるはずねぇだろ」

「いえ、何故だか貴方に聞いたら何か分かるんじゃないかって気がしたもので……」


 そうスイマセンと謝るクロスに青年はニンマリ笑って答える。


「まあ、それほど信頼されたとあっては、ここで何かしら応えなくちゃ格好がつかないかもしれないなって、その気になってしまうんだから、君もなかなかに人が悪いというか、男心のくすぐり方を心得ているというか……」


 まあ、その勘の良さと度胸に免じて一つだけ教えてあげよう。

 そう口にすると、耳を寄越せと指をクイクイっと動かして見せて。


「……君にとっても、悪い話じゃないはずだ。少なくとも、何かしらの転機になってくれる可能性がある」


 今教えてあげられるのは、これくらいかな。

 そう小声で耳打ちして、最後にふぅ~と耳に息を吹き込んでクロスをビックリさせると、青年は体を話して微笑んで見せていた。


「そんな訳で、君はさっきの騎士のお嬢さんの台詞通りに、もう寝るべきだろうね」

「あ!? さっきのでかいヤツ、女だったのか!?」

「あんな筋肉ゴリラでも、胸があって、ついてなかったら、一応はメスなんじゃないかな」

「ひっでぇ~!」

「でも、あの子もちょっとだけだけど、可愛い所があったりするんだよ。色々と我慢できなくなってきて、思わず声を出してしまった時とかの、あの恥ずかしそうに表情を歪めてる所とか、一見の価値ありって感じでねぇ……。いやぁ、可愛かったなぁ」


 おいおい、悪食にも程があんだろーよと、ジト目でツッコミを受けながらも、それでも片目をつむって答えてみせるあたり、流石というべきなのかもしれない。


「……ニイちゃん、前からパネェって思ってたけど、やっぱスゲェ男だったんだな!」

「ノーコメントです」

「でも、こんな風になっちゃダメだぞの代表格なんだからな。覚えとけよ!」

「酷い評価だね」


 ある意味、それは平和なやりとりではあったのかもしれない。

 内容のほうは、限りなく不道徳ではあったのだが。

 ……そして。


「初めまして。僕はフィルクといいます」


 果たして、その邂逅はどんな未来を少年にもたらすというのであろうか。

 あるいは、それこそ神のみぞ知るということだったのかもしれなかった。



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