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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-15.優秀さの裏には


 ──なにかおかしい。


 そうクロスが、何やら良く分からない類の不安感を抱いてしまったのは、数日おきに行われている取り調べの真っ最中での事だった。


 ──何故、この人はイーストレイクに居た頃の事を殆ど聞いてこないんだ。


 そんな不安感にも似た薄気味悪さが表情に出ていたのだろうか。

 テーブルを挟んだ向かい側に座ったマークスは、俯いて何やら調書に書き込んでいたのだが、自分を見つめている視線に気がついたのだろう。わずかに眉を持ち上げて顔を起こすと、口の端を嫌な笑みの形に歪めながら訪ねて来ていた。


「どうした? そんな変な(つら)して」

「……いえ。王都への旅路が、そんなに気になるのかと不思議に思ってしまいまして」


 イーストレイクを出て王都方面へと旅立とうしていた幾つかの商隊の中から、出来るだけ遠方に向かう物を乗り継ぐようにして、クロスは王都へと旅をしていた。

 その道中では鍛え上げた己の二級治療師としての力を無料で提供することで、旅の間の衣食住といった必要最低限の生活環境を提供して貰ってもいた。

 ちなみに、治療師が本格的に商隊に手を貸すということがどういう事かというと、商隊においては荷馬車を引く最大の労働力は、言うまでもなく荷馬であるのだが、そういった馬達は、当たり前の事ではあるのだが、生き物であるので、体の作りこそ違うものの、人間と同じように治療魔法を施す対象とする事が出来るのだ。

 それに加えて、日々、出来る限りケアされているとはいえ、基本的には長期に渡る旅の間、毎日のように働かされて続けている馬達の消耗具合や損傷具合などは推して知るべしといった所であり、ケガの治療などについても、ごく軽度と判断される場合には応急処置を済ませた後は、そのまま自然治癒に任せて放置される事も多かった。

 馬の大規模な生産地があるお陰だろう、値段の方も比較的安価に抑えられている事もあって、ケガの具合が重症化するなどして、いよいよ使い物にならなくなるまで使い潰しては、次の馬を買い足して使えなくなった馬を売ったり処分したりといった使い方をする場合が殆どであったのも原因の一つであったのだろうが……。

 ちなみに、これは余談であるのだが、そういった馬の消耗を抑えられるだけでなく、十分なケアを治療師が手伝う事で施せるという事もあり、場合によっては殺処分レベルのケガからであっても回復が望めるという事もあって、都市部以外の農村などでは教会で人だけでなく家畜や馬といった動物の治療なども治療師は求められる場合もあったりする。

 そんな訳で、人だけでなく馬への治療なども含めた礼として、報酬の方も僅かな金子ではあるが一応は貰っていたし、それが商隊全体への多大な貢献度を考えるに少しばかり少なすぎる額ではあったのかもしれないが、本人が欲の少ない聖職者であるという事もあって、そういった点においては特に不満などは抱いていなかったりした。

 クロスにしてみれば、王都まで便乗して乗せて貰えただけでも十分満足であったのだろうし、その上、テントを貸し与えられたり、食事を提供されたり、道中に立ち寄った治療院や教会などが置かれていないような小さな農村などでの治療行為(代価が農作物といったほぼ奉仕活動に近い治療行為)を行う際にも、それに手伝いを出して貰ったりして付き合ってもらったり、宿がある場合の宿代に至るまで負担して貰ったりしていたのだ。

 そんな、おんぶに抱っこな至れり尽くせりな道中であったので、それくらいはやって当たり前とでも考えていたのかもしれない。

 もっとも、それはクロスの主観でしかなく、実際には、クロスが精力的に道中で治療行為や奉仕活動的な治療行為を行っていたお陰で、滞在中の商隊へ荷馬の飼料が無償で提供されていたり、治療行為へのお礼として提供される新鮮な農作物を商隊の面々全員で味わえていたり、無料か無料同然の値段で宿泊場所を提供して貰えていたりと、色々な旨味があったりする他にも、商隊が行商を行う際にも、クロスの治療を受けるついでに売り場の方にも立ち寄ったりするせいで客の入りが普通よりも良かったりもしていたので、商隊側にとってもクロスの奉仕活動は応援する価値があったのも事実であったのだろう。


 ──とはいえ、こんなに詳しく聞かれても……。


 立ち寄った村の数や、どこそこでどんな治療行為を行ったかなどまで、やたらと具体的な治療活動等と、その活動によって、どんな対価を貰ったのか。その他にも、どんな便宜をはかって貰ったか。ぜひ、この村に留まってもらえないかと引き止められなかったかなど……。

 そういった事柄を一つ一つ、ほじくり返すようにしながら、マークスは実にしつこく、何度も何度も繰り返し聞いてきていた。


「……そんな風に、同じことを何度も聞く事に意味はあるんでしょうか」

「話の中に矛盾点がないか、適当にでっち上げてせいで前の時と内容が違ってたりしないか。何度も同じ説明をさせてみて中身の信憑性を探ってみるってのは、こういった尋問の席における常套手段だと思うんだがな」


 そう「な? 何ら変じゃないだろう?」と嫌な笑みと共に言い放って、その日、何度目かになる同じ質問を口にしていた。


「治療師が居ない村を離れる時、このまま村に留まってくれと言われたんだろう?」

「ええ。ここに教会を作ってもらえないかと言われましたよ」


 教会を作って司祭として留まってほしい。

 そう村の者達から請われながらも、今はこうして王都に居るということは、クロスは、その頼みを全て断って王都にやってきたという事になるのだろう。


「それなのに、なんで王都に来たんだ?」

「それを上から指示されたからです」


 そう組織側の都合を優先した結果だと答えながらも、クロスは笑みを浮かべる。


「……その質問は初めてですね」

「そういえばそうだな。……ま、ちょっと気になったことがあってな。それをお前に聞いてみたくなったんだ」


 何度も同じ質問をするうちに、ふとした瞬間に、こうして新しい疑問や発想が涌いて来る事がある。これこそが繰り返し尋問の醍醐味ってヤツだな。

 そう、皮肉げに前置きしながら。


「人を治療するって行為に場所とかは関係するのか?」

「と、いいますと?」

「いや、な。王都で毎日毎日、延々とボロ雑巾みたいになった『死にたがりども』を山のように相手にするのと、農村で村の連中に慕われたり頼りにされたりしながら、のんびりと治療行為を行ったりして過ごすのと、そんなに“やり甲斐”ってやつが違うもんかと思ってな」


 ボロ雑巾みたいになった死にたがりども。

 そう騎士が蔑み混じりに口にする者達とは、会話の文脈的に考えても、大迷宮やバベルで傷ついては運ばれてくる冒険者達の事を指している言葉なのだろう。

 それを察してしまったせいもあったのかもしれない。

 クロスは、自分達の主な治療相手を馬鹿にするような言い方をされたせいもあるのだろう、いつもよりも若干荒い口調で、マークスを諌めるかのように、忠告じみた言葉を口にしてしまっていた。


「そういう言い方は良くないです!」

「ハンッ。死にたがりの馬鹿どもを死にたがりと言って何が悪い」

「彼らは荒事を主な仕事にしてるせいで、どうしてもケガがつきものなだけです。それに、誰も好き好んで死にかけたり大怪我をしたりしている訳ではないでしょうし、そうなる事を最初から望んでるはずがないですよ」


 この街にとっても、冒険者とは大事な存在であるはずなのだ。

 そんな彼らを馬鹿にするような言葉を口にすべきではないと。

 そう、暗に忠告したクロスの言葉が面白くなかったのだろう。

 マーカスは言葉の途中に割りこむようにしながら答えていた。


「はっ! たった一つしか持っていない自分の命なんて大事なものまでチップにして、毎回、懲りることなく伸るか反るかの大博打。そんなアホの極みな事ばっかりやらかしてる様な、真性のクソ野郎どもの事を、他にどう呼べってんだ! 命を張って大金を稼ぐか、それとも無様に死体を晒して魔物どものクソになるか、だぁ? そんな、極め付きの親不孝者どもの集団、ただの阿呆鳥の群れにしか見えねぇんだよ! ……どれだけカッコつけた所で、所詮は、その日暮らしの博打打ち程度の連中なんだろうが! そんな馬鹿な真似をしては稼いだあぶく銭で、毎晩のように大酒飲んでは、乱痴気騒ぎ。飲んで騒いで暴れて、俺達の手を無駄に煩わせやがって! 俺たちゃ、そこまで暇じゃねぇんだよ! あのカス共どもが! 俺は、あの連中が、虫唾が走るほど、大っ嫌いなんだ!」


 そう持論を展開するマークスに理解できないといった視線を向けながらも、それは違うとクロスは首を必死に横に振っていた。


「大体、お前も、俺たちみたいに、連中に迷惑をかけられてる立場だろうが!」

「……えっ?」

「毎回毎回、馬鹿な真似をしては、どてっ腹に大穴を空けられて運ばれてくるような、何度死にかけても懲りるという言葉を覚えようともしない、底なしの真性の馬鹿どもの群れを前にして、お前は何も感じないっていうのか? ……ちったぁムカつくだろ? こいつら、なんで、こんなに馬鹿なんだって!」


 そんな『お前らも大変だろう』といった労わりの言葉にわずかに苦笑を浮かべながらも。


「確かに、そういう部分では、苦労をしてるのかもしれませんね。……仰るとおり、そういう意味で捉えるなら、確かにハタ迷惑な人達ではあるのかも知れませんし」


 そうある程度は肯定してみせるクロスに「だろぉ?」とばかりに頷いて見せるマーカスである。しかし、クロスの言葉は、そこで終わりではなかった。


「……でも、それを迷惑だなんて思ったことはありません。それが私達治療師に求められた役割分担なんだと思っていますから」

「役割?」

「彼らは多少の無理をしてでも、日々冒険を行っては、依頼された物や自主的に収集した品などを街に持ち帰ってくるというのが与えられている役割なんだと思います。そんな彼らの持ち帰った様々な品が、この街の生活を、今よりも豊かにしてくれているというのは、貴方も否定は出来ないはずです」


 この窓一つ無い取調室の天井に設置された照明器具にしても、地下迷宮や地上で自然発生した魔物達の躯から採取した魔石なしには今の明るさを維持出来ないのだ。

 こういったこまごまとした品々にも大なり小なり魔石は使われているのだし、街で目についた道具類や、日頃から目にする事も多いだろう雑貨類の数々にも魔物の皮や特定部位といった迷宮産の素材が使われていたりした。

 それらを収集して地上に持ち帰って来るのが冒険者達なのだから、それを否定出来るはずもなかったし、この街に住んでいる以上は、彼らからの恩恵を受けていないとは少なくとも言えるはずもなかったのだから。


「……そんな彼らのケガを癒やしてあげて送り出すのが、我々に割り当てられた役目であり、自らの意思で選んだ仕事な訳ですから」


 そして、そんな仕事の対価として、彼らが得た報酬の一部を分け前として貰っている立場なのだから、同じ穴のムジナと言われば正しくそうなのであろうし、同類扱いされたしても、それを否定出来る要素は少ないと考えていた。


「だからって、毎回血みどろになって運ばれてくる馬鹿どもに辟易はするだろうに」

「確かに、冒険者の皆さん相手の治療は一筋縄ではいかない傷が多いですし、色々な意味で精神的に辛いというのも確かですね。一日あたりにさばかなければならない患者数も多いですし……。なによりもケガの程度や内容などが酷い事が多いですから」


 基本、主な治療対象となる冒険者たちは迷宮帰りが多い事もあって、殆どの場合において、血まみれであったり、色々な体液まみれであったり、汚濁まみれでもあったりするのだ。

 それを洗浄しながらも同時に治療していくのだから、治療師側の方もあっという間に全身が斑色に染ってしまうのも必然であったのだろう。

 そして、そんな悪夢ような状態の患者のケガをした部分である患部を睨みつけながら、切れていたり、千切れていたり、噛みちぎられていたり、抉られていたり、穴が空いていたり、焼け爛れていたり、場合によっては何故か凍り付いていたり、凍傷を起こしてしまっていたり、毒に侵されていたり、腐りかけていたり……。そうかと思えば、酸などによって溶けかけていたりする場合などもあったりする様な、そんな酷い損傷部と向き合うことになるのだ。

 そのあまりの見た目の醜さや、現場での判断によって自らの手によって焼き潰されていたり、凍らされていたりする部位の見た目のエグさ。それらの部位から漂う酷い臭気などによって、気持ち悪くなったりするのも、治療師にとっては、ごく当たり前の事でしかなく。むしろ、喉の奥からすっぱい液がこみ上げてきて、口元を覆う布の内側を汚してしまったりすることも、ごく日常的に起きたりしている出来事の一つでしかなかったのだろう。


「……予想以上に悲惨な事になってんだな」

「そこまでしてでも生きて帰ってこようと足掻き、努力してくれているんです。それは、裏を返せば、生きて私達の元にたどり着きさえすれば、後は私達がどうにかしてくれるといった絶対的な信頼を預けてくれている証でもあるんだと思います。……そんな彼らから寄せられる無条件の信頼を裏切ったりする訳にはいきません」


 自分達に寄せられる信頼に応えたい。

 死にゆく者を一人でも救い上げたい。

 目の前の患者を癒やし救いたい……。


 そういった願いと想いを胸に、治療師達はどんな酷い状態の患者を前にしても、それに怯んだり、心を折られて倒れたりすることもなく、黙々と目の前の患者を癒やし、一人でも死にかけた患者の救うべく、ただ無心のままに治療に当たる事だけを求められていたし、そうすることが自分達にとっての当たり前だと感じて居たのかもしれない。


「なるほどな。それがお前たちの正義って訳か」

「はい。……傲慢極まりない台詞にしか聞こえないかもしれませんが」


 少しだけためらうような素振りを見せながら。


「私は、全ての患者を救いたいのです」


 それは余りにも無謀で傲慢な、無茶に過ぎる願いであったのかもしれない。だが、その言葉はクロスの日常を知る者にとってみれば、ある意味において、非常に納得のいく台詞でもあったのかもしれないのだ。

 何故なら、それくらい日々、クロスを筆頭とする治療師のチームは無茶とも思える魔力の過剰消耗を繰り返していたからだ。

 一滴すら残すことを許さない程に力を使い切れと表現されるほどに、己の限界まで魔力を絞り尽くし、押し寄せてくる患者を次から次へと治療して回りながら、自分達の目の前で地獄の釜に向かって一直線に転げ落ちていこうとしてる患者達を、無理矢理にでも現世に繋ぎ止め、こちら側に力尽くで連れ戻してきていたのだ。

 それが治療師の仕事の有り様であり、自分達の役目であると教えこまれていたからだ。


「……それが求められているとはいえ、正直、よくやるよ」


 お前みたいなガキンチョが無茶ばっかりしやがって。そういった賞賛込みの苦笑いのニュアンスを含んでいるのだろう言葉に、それはよく上司であるエルク司祭からも言われているとクロスの側も苦笑を返していた。


「それが出来るのは自分達だけで、死にかけた者達にとっては、私達が最後の希望になるのだと心得ろと叩きこまれますから……」


 だからこそ患者が死ぬ、その瞬間まで絶対に諦めるな。

 お前が絶望して良いのは、患者がもう絶対に生き返らないというのを確認した後だけだ。

 そんな心構えを叩きこまれていたのも原因だったのかもしれない。


「その教えとやらを最大限に活かせる環境が、ここだったって訳だ」


 農村部では王都ほどにはハードな環境はありえない。

 だからこそ、優秀な治療師になればなるほどに他の教区から優先する形で王都に送り込まれ、そこで心を病んだりして自ら命を断つまで使い潰される事になるのだろう。

 そういった不幸な出来事などもあったりするせいか、色々な意味で王都の治療院は、人の入れ替わりがやたらと激しいことでも知られていたし、それ以上に過酷な現場である事でも知られていたのだが、治療師にとって王都の治療院を紹介されたり斡旋されたりするのは、最高に名誉な事であるといった風潮もあって、それを聞いた者達に「アイツらおかしいよ。なんでそんなヤバイ職場紹介されて喜んでるんだ。理解できねぇ」といった表情を浮かべさせる一番の原因になっていたのかもしれなかった。


「まあ、お前の評判は色んな奴らから聞かされたよ」

「そうなんですか」

「ああ。いくら魔人とはいえ、その年でそれだけやれるのは大したもんだっていった、ごく真っ当な評価から、お前のお陰で廃業せずに済んだから感謝してるって、そう無邪気に喜んでる馬鹿ども多かったそうだ。……つーか、お前、再生魔法まで使えるんだな」


 そう普通に褒められたことが嬉しかったのか、クロスはわずかに笑みを浮かべていた。


「なるほど。こりゃ、そう遠くないうちに一級資格をとって司祭の仲間入りだろうなんて言われるはずだわ。……あの黒いエルフの兄ちゃんが一番期待してる若手だって言ってたが、それも分かる気がするな」


 そんな思わぬ高評価に、わずかに苦笑を返しながらも、首は横に振られていた。


「……まだ私には、一級資格は無理だと思います」

「そうなのか? 四肢欠損レベルからの再生ってヤツは、それこそ司祭クラスの奴でしか無理って話なんだろ? だったら、逆に言えば、お前は司祭レベルの力をすでに持ってる治療師だってことになるんじゃないのか?」

「……いえ、それは違います」

「何処がだ?」

「一級資格を取るためには、死者蘇生の大魔法を成功させた実績が必要になるんです」

「……死者蘇生」

「はい。治療魔法においては、最高難易度を誇る大魔法です。……アレを使いこなせて、初めて一級治療師となれて、その上で司祭に任じられる事になるんだと思います」


 もっとも、亜人の中でも最も忌み嫌われている魔人である自分では、同じ亜人であっても、さほど人族から忌避されていない黒エルフであったエルクのようには、すんなりと司祭にはなれないのであろうが……。

 そう内心で考えながら気を抜いていたせいもあったのだろう。


「……ああ。そういえば、お前の評判で面白いのがあったな」

「どんなのです?」

「死にかけた奴らを助けようとするお前の姿には、何か鬼気迫る物を感じるってな」


 そんな言葉を皮肉げにかけてくる相手の口調と表情に、思わずクロスの顔も険しい物になってしまっていた。


「まるで、自分なんかどうなっても良い。どうなっても構わないから助けたいんだって。……そんな風に見えるってな? ちなみに、これはお前んトコの治療院に出入りしている、お前のチーム以外の治療師の兄ちゃん達から聞いた、お前への評価の本音ってヤツだな」


 なんだか余りに悲壮というか、必死過ぎてついていけない物を感じてしまう。

 よくぞそこまでやれるなといった、感心や尊敬を感じる部分は確かにあるのだが、それ以上にどこか背筋の辺りが冷えてくるような薄ら寒い物を感じてしまって、あのチームには、何処かついていけないと思ってしまう。

 なんだか、このままここで死んでしまいたいと願っているように感じられてしまう。

 何故、そこまでのめり込んでしまうのかと見ていて逆に不安になるし、心配にもなる。

 そんな大量の恐れを感じて心配しているという意見もあったのだと。

 そうマークスは、苦笑と共に口にしていた。


「多かれ少なかれ、お前達治療師には、自分を犠牲にしてでも治療行為に打ち込んでしまうといった、いささか前のめりになりやすい、困った性質なり性分があるらしいな。それは、皆に共通しているらしいが……。お前さんの場合には、それもいささか度が過ぎてるみたいだな? これほど多くの同僚から尊敬されるのと同じくらいに畏怖されていて、それ以上に心配されているとなると……。もはや、鬼気迫るというよりも、何かしら理由があって、そうせざる得ない状況ってヤツに追い込まれているとしか思えん」


 何故、そこまでやるのか?

 いや、何故、そこまでやってしまう程にのめり込んでしまったのか?

 そこには、そんな問い掛けが込められていた。


「答えないのか? それとも答えられないか? ……まあ、良いさ。それなら、俺が代わりに答えてやるよ。……お前には、何か、そういった必要以上の自己犠牲を己に強いなきゃいけない“何か”があるんじゃないのか? それこそ、そこまでしなくちゃ自分を許せなくなるような。何かしらの理由があるんだろう?」


 そうだな。……たとえば“贖罪(しょくざい)”とか。


「どうだ? それほど的外れな意見じゃない自信ってヤツがあるんだがな?」


 そんなマークスの言葉にクロスはただ歯を噛み締めて震えていたのだった。



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