5-14.動き始める人々
時系列は少しだけ遡る。
「クロちゃんが、収監、された……?」
聖職者である親友が犯罪者扱いされて収監された。
それだけでも我慢の限界を軽く突破しているのに、その理由となる罪状がふざけてるとしか言い様がないような代物だった。
記録上は何も問題ないのに何故か最終判定部分で“通門不許可”が出てしまった。
だから、妖しいと感じたので詳しく取り調べるために本部に連行する。
そんな訳の分からない(どう考えても機材のトラブルとしか思えないような)理由で連行された上に収監までされたとあっては、流石に納得出来るはずもなかったのだろう。
その上、その出来事が、冒険者ギルドで受ける予定だった仕事の依頼人に会いに行く真っ最中の出来事であったがために、色々と口を出してきて当然だったのだろうギルド側から派遣されたアーノルドですらも、面会の申請が拒絶されてしまっていた。
「なんだよそれ!」
それを聞いた黒い服の人物(言うまでもないだろうが興奮しすぎて頭から湯気を立ち昇らせているだけでなく、目をぐるぐるさせながら『あうあう』と大混乱な状態を晒しているヤツのことだ)は沸騰したお湯の如く、ぽっぽーと頭から湯気を立ち昇らせながら猛然と抗議の声をあげていたのだが、彼ら(他のギルドのメンバー側という意味だ)からしてみれば、それも当然ではあったのだろう。
「そもそも、なんで捕まったんだよ!」
そう。クロウに指摘されるまでもなく、そこが問題だったのだ。
今回の収監劇において、実際のところ一番の問題であり争点にもなっていたのは、犯罪者扱いされているクロスが『何の罪を犯したのか?』という部分を、誰もまだ見つける事が出来ていないという点であったのだ。
それもあって、収監されて取り調べを受けなければならない理由なり論拠といった必然性の部分の説明そのものが根拠に乏しく、誰も詳しい説明を受けていないという状態であったので、その扱いを納得出来るはずもなかったのだろう。
──内門の通門申請手続き中に、手違いか何かが起きたのか、通門の許可を判定する機械が変な反応を示してしまった。だから、それを根拠に過去の記録を調べてみたのだが、そこには何の履歴も残っていなかった。こんな風に犯罪歴が何も記録されていないような人物に、なぜ中央区への通門許可が下りなかったのか。これはちょっと妖しいぞ。ちゃんと調べてみればなるまい……。
その程度の理由で何日も拘束されて取り調べを受けているのだから、これほど訳の分からない理由による連行と取り調べも珍しかったのかもしれない。
彼らからしてみれば、ある日、いきなりクロスが何の罪もないはずなのに、騎士団の本部に収監されて取り調べを受ける事になったのだ。
これほど理不尽に感じる話もなかなかにはなかった。
「……そもそもお嬢は、本当に、連中の言う様な“何か”をやらかしたってのか?」
「そんなの、ありえないよ! クロちゃんに限って、そんなの絶対あるわけない!」
そんな盲目的に親友の無実を主張している人物も居たが、他の面子も概ね似たような気持ちではあったのかもしれない。
「……わかりません。ですが、この街に来てからの彼が、何かしら問題のある行動を起こしたという話は聞いたことがありませんね」
そう『正直なところ、自分はこの町で知り合ってからの付き合いなので良く分からない』という前提を入れながらも、その後に自分の素直な気持ちを意見として述べたのは、クロスの上司にあたる司祭であるエルクであり、そんなエルクの言葉にウンウンとうなづいている無条件の盲信者はクロウといった。
そして、そんな二人の向かい側に座っているのはアーノルドであり、そんな三人のテーブルに話を聞かせるためだろう、クロスが連行されていく現場に立ち会うことになったギルドの受付嬢も同席していた。
「……嬢ちゃん。実際のトコ、そのへん、どーだったんだ?」
「彼が連行された時に、私が騎士団から受けた説明でも、大きな理由は二つだけでした」
「二つ……?」
「機械の誤作動だけじゃなかったのか?」
「いえ。最初に目を付けられた理由は、機械で通門不許可の判定が出てしまったことでした。でも、本当の理由は他にもあったんじゃないかと思います」
そういった説明は、実のところ、その場でも受けていた。
そして、何故、クロスをわざわざ連行してまで取り調べなければならないのかという部分の理由についても、ある程度は察しもついていたのかもしれない。
「彼は、その……。酷く、怯えていたんです」
「おびえ……? あの、お嬢がか?」
「はい。うつむいて、小さくなっていて……。ぶるぶる震えて、ひどく真っ青な顔をして……。あれは、まるでこれから処刑されるんじゃないか、みたいな顔をしていた気がします」
記憶の中の映像を掘り返すようにして思い出していきながら。
「じゃあ、その時に、お嬢から何か言われたか? 誰かに助けを求めていたとか、誰かに何かを伝えておいてくれとか。そういった伝言みたいなものはなかったか?」
「いえ、何も……。ただ、本当に何も反応がなかったというか。誰にも何も言わずに、ただ、促されるままに黙って連れて行かれてしまったので……。そんな、彼が自分の扱いについてどう感じていたのかは、正直な所、本当に分からないままなんです」
反応らしい反応を見せなかったために、自分の扱われ方に不満を感じているのか、それとも妥当だと納得していた。それすらも判断がつかなったのだろう。
普通なら突然言いがかりをつけられて連行されたのだから良い訳や文句の一つでも口にしなければおかしいのだが、それすらもなく。
かといって、ごく普通の反応としての言い訳を口にするでもなく。
誤解だ、何かの間違いだ、といった弁明すらも一切なかったほどなのだ。
そういった意味でも、あらゆる意味で無反応で、ただ怯えて震えながら黙って連れて行かれただけなのだ。それは、あたかも……。
「言い方は悪いんですけど、まるで……」
あれではまるで、絶対にバレるはずがないと思い込んでいた秘密を、不意打ち同然のタイミングで暴かれてしまったことで極度の挙動不審状態に陥ってしまっていたような……。
そこまで言いかけたとき、自分に「そこまでだ。それ以上は良い。余計なことを言うな」とアイサインを送ってくるアーノルドの視線に気がついたのだろう。
受付嬢は思わず口にしかけていた言葉を半ばで飲み込むようにして止めてしまうと、黙ったままうつむいてしまっていた。
「……まあ、これで、あの時にも何があったのか、おおよその推移ってヤツが分かったな。お嬢は、騎士団の連中に言いがかりをつけられた時に、一切否定も抗議も言い訳もしなかった。そのせいで、その場で有る程度の罪状を認めちまったって見なされたってことか。つまり、それが連行された本当の理由だったんだな」
犯人に「お前がやったんだな?」とカマをかけて脅してみたら「はい。私がやりました」と、言葉でなく露骨なまでに態度で示して見せた。
その結果、詳細は不明だが何かしらやらかしたと自供したと判断されて、後は詳しく話しを聞かせてもらおうじゃないかとばかりに、事実関係を調査するためにも資料の類が揃っている本部に連行した。
つまりは、そういう事だったのだろう、と。
「……ただ、その後が良くないみたいだ」
恐らくは、ここで騎士団は一つの大きなミスを犯している。
クロスの精神状態が一番悪かったであろう、秘密の露呈直後のタイミングで「で? お前、何をやったんだ? ん?」と無理やり尋問して聞き出さなかったのだ。
そのせいもあって、それからしばらく時間を置いて行われた本部での取り調べにおいては、クロスはすっかりと平静を取り戻してしまっており、既に容易に口を割るような状態ではなくなってしまっていた。
だからこそ、取り調べにおいてクロスのイーストレイクに居た頃などの過去を暴くための最大の手がかりが入手出来ていない状態が続いており、色々と無理をしてでも今の状態を関係者から隠す必要があったのだ。
「おそらくだが、連中は、まだ確証を得られていない」
今の情況証拠だけで自供もなければ証拠もないといった状態においては、クロスの過去を暴くには到底手がかりが足りていない状態であり、その結果、クロスを拘束し続ける根拠や理由に乏しい状態に陥っていたのだ。
──おそらくは、その最大の弱点を俺たちに悟られなくなかった。だから連中は、関係者の面会すら拒絶していたんだろう。
その考えはほとんど邪推の域にも達していたが、それでも色々な状況がそれらを裏付けるようにして物語っていたのだから。
「ということは……?」
「ああ、いけそうだな。おそらくだが、お嬢を、連中の手から取り戻せるぞ」
「ほんとに!?」
「ああ」
いくら王都の治安維持のために並外れた強権を与えられているエリート集団、王宮騎士団といえども、何ら正当性の見いだせない拘束や収監、大した理由や根拠に基づかない言いがかり同然の取り調べなど、いつまでも、そんな無茶を続けられるはずもないのだから。
ましてや、その無茶な行為に対して正式な形でギルドや教会組織、ツテやコネを使って助けを頼んだ貴族筋からのクレームが入れば尚更であったのだろう。
少なくとも冒険者の多くが世話になっている治療院の筆頭クラスの治療師がいつまで経っても現場に戻って来れないというのは冒険者達からの多くのクレームが寄せられる原因にもなるだろうし、そんな冒険者達からの多額の税を徴収している国にしても、立場上、そういった声は無視出来ないはずなのだから……。
──全ては最初の一手を誤った事による大誤算って奴だな……。自分達の目の前で尻尾を出すような間抜けだったから、その身柄を確保出来たからといって、そこで手綱を緩めて一息入れちまった。その事が、どうやら完全に裏目に出たらしい。
……無論、騎士団の方にも言い分はあるのだろう。
機材のトラブルか何かで過去の犯罪歴などが上手いこと参照出来ない状態になっているが、ちゃんと素性を調べて、そこから過去の記録などを当たり直してみれば、過去の正式な記録や犯罪歴が載っているだろうと。
そう、他の犯罪者と同じだろうと、ある意味において軽く考えてしまっていたのだ。
──おそらく、連中はまだお嬢の過去を暴けていない。
細かい詳細までは分からずとも、クロスが過去に何かしら大きな事件に関わっていて、その小さな子どもサイズの体にエレナの輪冠……。黒い茨の刺青を複数入れられていて。しかも、それが四重に何かしらの『力』なり何なりを封印されているらしい事が見て取れるとあっては、並大抵の事ではないのだろうという事も察する事は出来ていたのだ。
それを予め知らされていたのは、アーノルドが、元ナイツの双璧とも呼ばれていたような主要メンバーの一人であり、個人としても黒騎士の二つ名をもっていたような高ランク冒険者であるというだけではなく、ギルドマスターの信任も厚い、隠語で言うところの“雑用係”(表沙汰に出来ない事からギルマス直々の秘密の依頼まで何でもこなすという意味)にして、クロスとクロウ二人の教員係にして相談役兼監視役という、いろいろな意味で側に張り付くのが仕事となる人物だったからでもあったのだろうし、同じような役目を依頼されている司祭のエルクにしてみた所で、それは同じであったのだ。
──四重封印に加えて、錆の目立ってきた元ナイツのロートル一匹に、ブランクがあって少々曇り気味とはいえ現役の剣聖様一人……。そこまで動員して何を警戒しているんだ……?
少なくとも、クロスの中に隠されているのだろう『何か』は、そこまでして守りながらも、同時に警戒しなければならないほどに危険な代物であるらしい事だけは否が応でも察する事が出来ていて……。
だからこそ、それに何かしら関係しているのだろうクロスの過去とやらが、ひどく厄介そうに思えて仕方なかったのかもしれない。
「やりようはある。そう考えて良いのですよね?」
「ああ。まずは正攻法からだ。お嬢ちゃん。依頼遂行中の不当逮捕として、ギルドから王宮にクレームを入れてくれ」
「騎士団でなく、王宮に、ですか……?」
「ああ。あの石頭どもに直接言っても効果はないが、上の連中は別だ。少なくともギルドから直接クレームがきたとなれば耳くらいは傾けるし、何事だって問い質すくらいはするだろうさ。そうなると、理由もなしに拘束していますが何時までも通じるはずがない」
それに、流石に表立っては口には出せないのだが、この国の税の徴収に少なからず関わっているだけでなく色々と裏側の部分の仕事を手伝っている立場にもある組織である冒険者ギルドからの直接的な王宮へのクレームというのは、王宮サイドに色々と貸しがあるために、非常によく効くのだ。
「私にも何か出来ますか?」
「ああ、場合によっては、ソッチのほうが効果的かも知れん。まずはヘレネ教会の司祭として正式に抗議をしてくれ。あとは、上層部か中央の本部にでも働きかけて、そっちからのクレームも欲しい。可能なら教会組織とか治療師組合とかからのクレームって形でねじ込めるとありがたいな」
「……なるほど。抗議に関しては了解しました。……ほかの物については、ちょっと難しいかもしれませんが、出来る限りやってみましょう」
単純な抗議活動やクレームに留まらない半ば無理難題に近い事までまとめて頼まれてしまったせいだろう。
エルクは眉をわずかにへの字に歪めて悩む素振りを見せながらも、それでも精一杯の努力を約束するためだったのか、了解の返事を返していた。
「あとはそうだな……。出来ればギルドとか治療院に顔を見せた高ランクの連中にも頼んでみるか。治療院にさっさと腕の良い治療師を戻してくれないと安心して商売に打ち込めねぇだろうがって感じで上にクレームとか不満とか不安といった文句の意見を入れてもらうって感じか? それをギルドでまとめて上に……。こっちも王宮とかに上げると良いだろうな」
こちらの方は個人からの苦情といった形であるだけに効果の方も薄いかもしれないが、苦情を入れている連中が税収に少なからず影響を与える事の多い高ランク冒険者の群れなだけに、王宮サイドとしてもガン無視は流石に出来ないだろうからといった、いわゆる搦め手に相当する部分だった。
だが、これもやらないよりはやったほうが良いのは言うまでもなかったのだろうし、実際に治療院の利用者で意識のある者からは「今日はいつものちっちゃい若先生はいないのか?」と聞かれる事も多々あったのだから、まんざら実態から乖離している訳でもなかった。
「ほかには?」
「そうだな……。あとは……。ん~……。あっ、そうだっ。俺らのコネがあった。どこまでご利益が残ってるかはわからんが、昔のツテでも頼ってみるか?」
「ツテ、ですか……」
「ああ。ほら。昔、仕事とかで色々と便宜を図ってやったりして色々と貸しを作ったろ。あの頃の中堅所の奴らとか組織の下っ端連中でも、その後、上手いこと生き残ってれば、良い感じに出世して上の席に移動してるだろうからな。それを上手く使えば、王宮に影響力のある大貴族とか豪商連中をどうにか動かすことも出来るかも知れんだろ?」
これについてはどの程度自分達の影響力が残ってるかが問題になるし、どの程度のコネが生き残ってるかも調べてみなければわからないといった運の要素がかなり大きい賭けに近い手ではあったのだろう。
ある意味において、コレは出たとこ勝負にしかならない類の非常手段であったので、これこそ結果は神のみぞ知るといった所であり、ハナから結果など期待してはいけないし、しない方が良いといったレベルの策ではあったのだが……。
だが、それでも手は手なのだ。
とりあえず使える手を全て駆使してでもクロスの身柄を連中から取り戻すという一点では、全員の方針は一致していたのだから。
だからこそ、後は動いてみるだけだった。
結果は後からついてくると信じながら、今はとりあえず考えたり悩んだりするよりも動くべき時だったのだから。
そうして、一度手元に連れ戻してしまえば、もう二度と中央区に行かせなければ騎士団などと関わることもなくなるだろうから、と。
そう楽観的な期待と、明るい希望と展望を胸に人々は動き出そうとしていたのだが……。
『そんな自分達に見えている面が、必ずしも真実ってヤツの記されている部分とは限らんのが世の常ってヤツだわな。……奴らが正しいと信じている物が実のところ間違っていて、連中が間違ってると考えている物が実際には正しかったりするのも……。まあ、皮肉な話でもあるんだろうがな……。まぁ、だからこそ、この世は面白いんだが……。この楽勝にみえて、実は相当に分の悪そうな賭け。果たして吉が出るや、凶が出るや。……どちらにせよ、後は、あの馬鹿息子の踏ん張り次第って所なのかねぇ』
そして、そんな人々の動きを、その自称悪魔な青年は嘲りの混ざった笑みを浮かべて眺めていたのだが、ここには、そんな青年の姿はおろか、声を聞き取ることの出来る者すらも皆無だったのだった。