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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-13.灰汁の強い者達


 基本的に白服の囚人は、ここでは手荒く扱われない。

 それは、ここでの暗黙の了解的な基本的なルールの一つであり、たとえ囚人間でトラブル等が原因であったとしても、その騒動に白服の囚人を巻き込んでケガでもさせたら、当事者達が全員、厳しく処罰されることになる。

 そんな特別扱いっぷりを改めて聞かされたH38ことクロスは、どうしても納得できないといった表情を顔に浮かべていたのだが、そんなクロスの治療を受けていた服にC33と描かれている小柄な少年は青あざの出来た顔をわずかにしかめながら答えていた。


「ここではケガを癒せる治療魔法を使える人は、それくらい貴重な存在なんだ」


 貴重だからこそ特別扱いされる。

 それはケガの治療などの面倒をみてもらう事になる囚人達に限った話ではなく、取調官側にも同じ事が言えたのだろう。つまり、囚人側からも取調官側からも、その双方から色々と特別な配慮的な扱いを受けられるということだった。具体的には、取調べ中に滅多なことでは暴力を振るわれないなど……。


「囚人間で特別扱いはわかりますが、騎士さん達まで何で私なんかに……?」

「何でって……。そんなの自分たちがケガさせた人を治療してくれる人が居なくなったら、あっち側も気軽に手を出せなくなって困るからじゃない? それに治療役を下手に痛めつけたりするような真似して、他の囚人達が暴れだしたりしても面倒だから、かな。多分」


 そうあっけらかんと笑う少年は、前歯が数本折れていたり目の周りが青黒く変色していたりと、見るからにボロボロな青あざだらけで、かなり傷めつけられているのが一目で分かるほどに傷ついていたのだが。


「あ~。アリガト。もう、これくらいで良いよ」

「でも、まだ半分も終わって……」

「いいのいいの。こんなのはテキトー程度が一番なんだから」


 それに下手にきっちり全部治されても、取り調べの時に振るわれる暴力がますますキツくなるだけだから、ありがた迷惑になりかねないんだよね。

 そうすきっ歯のままでにっこり笑いながら口にされた毒のあるセリフに、思わず固まってしまうクロスである。


「まあ、何にせよこれからも度々お世話になるだろうから? また、よろしく頼むね」

「え、ええ。こちらこそ」


 何処か釈然としない物を感じつつも差し出された手を払いのける程には狭量でもなかったのだろう。そんな白服の囚人とCマーク付きの囚人が仲良く握手している姿を見て、小さくため息をつくのは、036の番号を付けられた青年だった。


「まだちゃんと決めてなかったけど、君には今までどおり、今後も生活魔法を頼む予定だから。そのつもりで頼むよ」

「へいへい。りょーかい」

「でも、そうなると雑務が貴方一人になってしまって、作業が集中しすぎていませんか?」

「大丈夫だと思うよ。もともとそんなに作業があるわけでもないんだから」


 本当に収監されている全員が犯罪者であるかどうかはとりあえず脇の方に置いておくとしても、とりあえず、ここにいる全員が騎士団によって取り調べを受けている立場にある囚人という立場にあって、その役目の大半は「取り調べを受けること」に偏っているのが実情であるのは確かだったのだろう。

 そのためにも、生活する上で最低限必要になる衣類と食事と寝床といった、衣食住の三項目については基本的に取り調べる側から無償で提供を受けているという立場でもあった。

 無論、部屋の衛生状態を保ったり、身だしなみを最低限のレベルで整えたりといった、今の生活環境を出来る限り良い状態に維持するための努力や、翌日の取り調べなどに備えた準備(今日の取り調べなどで受けた傷の治療行為などの事だ)を収監されている側に求めたりはするのだろうが、そういった細々した雑務部分までいちいち面倒を見ていてはきりがなかったし、人数的にも手が回らないという裏事情もあったのかもしれない。

 そういった意味でも、自分達のやれる範囲内の事で、自力で調達したり処理できる内容は、自分達だけでどうにかしろよといった、ある種の暗黙の了解的なルールがここでも確立してしまっていたのかもしれなかった。


「僕は、朝、皆が食堂に食事に行ったら、部屋を適当に掃除してゴミを集めて、ゴミの集積場に出して。……後は、週に一度くらい、寝床のシーツとかを交換。その時に全員分の着替えを貰ってきて、あとで皆に配る。……基本的には、これくらいしかやることはないね」


 だから、大した手間でもないから気にするな、と。そう苦笑混じりに答えていた。


「じゃあ、俺の仕事は今まで通りってこと?」

「そうなるね。君は生活魔法担当だから、今までどおり毎食後と寝る前に、皆に“洗浄”をかけて回ること。あとは、必要に応じて細々と頼まれたことをやったりといった所かな」

「つまり今までどおりって事で良いんだろ?」

「そうなるのかな? ……うん。そうだね。今までどおりだ。ただ、生活魔法そのものは、新入りの彼も使えるらしいから、定期的な仕事以外でも、もし誰かに頼まれることがあったら、その人に頼まれた魔法をかけてあげてやってくれないかな。具体的には“浄化”とかで血の染み抜きとか……」


 毎日必須の生活魔法は従来通りの人物に。突発的に発生しやすい難易度の高めな生活魔法や頼まれ毎を分担する形で担当してあげて欲しい。

 そう自分の仕事を理解したらしいクロスは、小さくうなづいて見せていた。


「あとケガの治療担当は言うまでもなく白服の君だよ。頼まれたら、もう良いよって言われるまで治してあげてほしい。……注意点は、もうわかってると思うけど、頼まれもしないのに治しすぎないこと。ある程度、見た目でダメージが残ってないと、次の日に手加減抜きで暴力を振るわれたりするからね。……善意の行為の結果、君のせいで余計に辛い目にあったと、その人から逆恨みされる事になるから、十分に気をつけるようにね」


 そう何事もほどほどが一番と忠告する青年にクロスの表情も曇ってしまっていた。


「取り調べで暴力、ですか……」

「ん? 取り調べで暴力が振るわれることは、それほど珍しい事ではないよ? ほら、彼なんて、毎日のように気絶するまで殴られているから、あんな風になってるんだし」


 だからいつも取り調べからの帰りが遅くなるんだ。それに、私もそれなりには取り調べで暴行を受けているよ。そう何でもない事といった風に口にされる言葉に、クロスの表情はますます歪んでしまっていた。


「そんな酷い取り調べ方で良いんですか」

「力尽くで罪を認めさせる。そういった自白強要の手段もあるってことだよ」

「っていうか、ここの連中って、基本、脳筋ばっかだしな。こっちが望んだ通りの言葉を喋らないと、白状しろ、嘘をつくな、正直に喋れ、とっととウタえって馬鹿みたいに繰り返しながら、殴ってきたり、蹴ってきたり、棒とか木剣で殴りかかってきたりとか……。そういう荒っぽいやり方しか、たぶん思いつかないんだろぉな」


 だから、いつも最後は意地の張り合いとか我慢比べになっちゃうんだけどな。でも、こっちのダメージが増えてくると、へたに痛めつけ過ぎたらすぐに気絶しちゃうようになるし、やり過ぎて殺しちゃったら元も子もないしで、だんだんと連中、手詰まりになってきて焦り始めるんだよな~、と。

 そうニッシッシと笑いながら『馬鹿ばっかりだ』とあざ笑う姿を見て、きっと取り調べ中も、この調子で相手を挑発しては、まともな取り調べを受けないで済むようにしているのかもしれない、と。

 そう漠然とではあるが思ってしまったのも無理もなかったのだろうし、それほど的はずれな考察でもなかったのだろうことがうかがい知れた。


「まあ、取り調べ方は人それぞれだろうからね。私の担当の騎士さんは、あまり暴力は振るわない人だけれど、笑顔で笑って話をしている最中に、突然、大声で怒鳴ってきたり恫喝し始めたり、泣き出したり、笑い出したり、暴れだしたりとか、いささか情緒が不安定というか……。色々とエキセントリックな気のある人だしね」


 彼も私の担当になったばかりの頃は、あんな風じゃなかったんだけどねぇ。

 そう、苦笑を浮かべながらクスクス笑っているのを見る限りにおいては、どうやら、この青年も相当な食わせ物というか、かなりの曲者であるようだった。


「……兄ちゃんは、見た目爽やかで優しそうなんだけど、中身は真っ黒な陰険野郎だし」

「一応は、褒め言葉だと思っておくよ」

「これでも褒めてんだ。伊達に騎士どもを二人もやっつけてねぇなぁって」

「やっつけたって……」


 そう妙なセリフが聞こえてきて絶句してしまったクロスに、少年は平然と答えてみせる。


「ん? 居なくなったって意味だけど」

「いなくなった?」

「ええ。たぶん、ここを辞めてしまったんじゃないかな……」


 おそらく私の担当を続けるのが嫌になって。

 そう言いたげな青年が何をやらかして騎士を何人も退職に追い込んだのかなど、考えたくもなかったのだろう。思わず思考を放棄して「そうなんですか」とだけ無感情に答えて見せるクロスに「そうなんですよ」と井戸端会議よろしく苦笑交じりに答えてみせる青年である。


「彼ら、元気にしていれば良いんですけどね」

「向こうはもう二度と兄ちゃんの相手なんてしたくないと思ってるだろうけどね」

「そうなんですかね。ここを出たら、ゆっくり挨拶にでも行こうと思っているんですが」


 色々とツッコミ所の多い台詞に『突っ込まないぞ』とばかり小さく首を横に降っているクロスのことなど気にもしていないのか、腹を抱えて笑う少年は「虐め過ぎだよ」とコメントしていたのだが、とうの青年にしてみれば「やられた分だけやり返しにいくだけです」と頬を指先で撫でながら口にするくらいなのだから、心を病んで退職にまで追い込むまでに相当な暴力を振るわれているということだったのかもしれない。


「ま、どっちもどっちな話しだと思うけどね」


 そう言いながらも、お礼参りそのものには反対していない少年である。


「……そこまでやられて、まだ諦めないっていうのも、ある意味、すごい話ですよね」

「どうしても知りたい事でもあるんだろうね」


 それが何なのかなんて知りたくもないけれど。

 そう吐き捨てるように口にする青年の黒い笑みを直視しないで済むように少年に視線をむけたクロスであったが、そこには興味もなさげな様子で、脱いだ上着の汚れの染み抜きをやっている少年の姿があって。

 その上半身の至る所に点在している大小様々な傷跡や青あざなどの打撃痕がどうしても気になってしまったのかもしれない。


「なにかようか?」

「……いえ。そこまで痛めつけられなきゃいけない程の罪って、何なんだろうって思いまして……。それを考えていたんです」

「罪、ね。……さぁねぇ~。向こうは、なんか俺のことスラムを根城にしてる窃盗団の幹部みたいに思ってるみたいだけど?」


 そんなの、あるわけねぇしとばかりに吐き捨てて見せる。


「ま、大した証拠もなしに身柄おさえたみたいだし? 勾留期限いっぱいまで粘って、今回も終いってトコなんじゃないの?」


 よーしらんけども。そう、どうでもいいとばかりに口にしてみせる少年に苦笑を浮かべながらも「ちなみに彼は二度目の拘留。常連客なんだよ」と青年の方から情報が入ってくる。


「そういう兄ちゃんは何度目なんだ? 確か、前にぶちこまれた時にも居たよな?」

「一度目だよ」


 ずっと収監されているからね。

 そう何でもないといった風に答えてみせる青年であったが、その期間はあまりにも長すぎたのかもしれない。


「そりゃまた変な話だな……。勾留期限とかってないのか?」

「普通ならあるはずなんだけどね」


 常識的に考えて、ただ『妖しいから』というだけで片っ端から街の住人を捕まえて拘留していては、すぐに収容施設が一杯になってしまう。

 だからこそ、騎士団は自分たちが取り調べる価値のある相手だけを狙って捕まえるという事でも知られていた。


「……つまり、ここにいる人たちは、みんな騎士団に目をつけられるような内容の罪状持ち、凶状持ちってことですか」

「騎士団の連中からみれば、ね。……もちろん、この中に何人か『本物』が混じってはいるんだろうけど、結構な比率でハズレも混じっちゃってるんで、本物を見つけ出せるかどうかは彼ら次第ってことなのかもしれない」


 そうクスクス笑う青年に何処か薄ら寒い物を感じながらも、それでも勾留期限というものについても聞いてみる。


「犯罪の内容にもよるんだろうけどね。よほど見逃せないレベルの犯罪でない限りは、勾留期限三〇日とかって予め区切っておいて、その範囲内で身柄を抑えて尋問とかするんだよ。……まあ、そういうタイムリミットを最初に決めちゃってるから、尋問のやり方が荒っぽくなって、毎回、肉体言語ばっかりって惨状になるんじゃないかなって、私なんかは愚考している訳だけれどね?」


 そう「自分たちで足かせを付けて取り調べに挑んだりなんかするから、結果として取りこぼしが多くなるんだろうね」と笑ってみせる。

 それは、騎士団が拘留期限内に自白を引き出せずに、結果として釈放に至ってしまった者達の中には『本物』が少なからず混じっていたという示唆でもあったのだろう。そして、逆説的に無実の罪で拘留されている『偽物』も少なからず混じっているという示唆にもなってしまっていた。


「そんな彼らの今の取り調べ方法には、私としては色々と思うところもあるし、問題もあるんじゃないかとは思うのだけど……。他に何か良い方法はあるかと問われても、それをすぐに思いつくわけでもなし……。結果、誰もが歯がゆく思いながらも、今の粗暴なやり方を維持せざる得ないといった状況にある訳だね」


 困ったものだねぇと肩をすくめて笑ってみせる青年は、そこまで話すと自分の話題がいささか脱線気味だった事に気がついたようだった。


「……ああ、そうそう。重犯罪の嫌疑をかけられた容疑者の拘留期限に関する話をしていたんだったね。その場合には、多分……。う~ん……。まあ、内容にもよると思うのだけれどね。多数の死傷者が出ているような案件だったり、損害額が軽視できないレベルの事件だったり、後は国家の安定に関する内容……。いわゆる反体制勢力とかに関する事案だったり、かな。そういった、いわゆる『重たい案件』の場合には、基本的には勾留期限は決められていないはずだよ。まあ、連中が容疑ナシな完全な白と納得いくまで取り調べるか、どれだけ調べても無駄だって諦めるまでって感じになるのかな」


 まあ、そういう意味では、僕達二人は“そっち側”かもしれないね?

 そう小さく、ぎりぎり自分にまで聞こえるかどうかといったヴォリュームで呟かれた言葉によってクロスの表情は一気に硬い物になってしまっていた。


「……貴方、何者なんですか」

「私かい? 私は、言うなれば色々と曰くつきで札付きの囚人という奴さ。まあ、ここでは古参の部類に入るだろうだろうがねぇ」


 集落の長老から森を出ない方が良いぞ、ここを出てもロクなことが待ち受けていないぞって散々脅されてたのに。その忠告を無視した結果が、この有り様さ。……亀の甲より年の功ってやつなのかな。せっかく大きな耳を与えられて生まれてきたんだから、年寄りからの忠告には、もっとちゃんと耳を傾けろってことなのかもしれないねぇ。

 そう笑いながら、肩のあたりまで伸びている長髪をたくしあげて見せると、そこにはわずかに外側に突き出している長い耳があって。


「……貴方、エルフだったんですか」

「そうだね。ここにずいぶんと長いこと拘留されている割には、見た目がこんな風に若々しい理由程度にはなっているんじゃなかな?」


 そう笑いながら寝転がってみせながら。


「ま、心配しなくても、君の場合には、それほど長くはならないんじゃないかな? 色々と、ね……」


 何処かあざ笑うような意味深な笑みを浮かべながら、そう口にしたのだった。



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