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RとP、そしてG  作者: T長
9/13

第九章 〈隙間〉

 翌日、ハデス大司教には

「バラキア隊長との会議は順調に進みました、これから勇者と接触して西の塔に誘い出す所です」

 などと、適当こいておいた。バラキアさんとリータ姫はおそらく今頃、組織の届かぬ場所へと向かっているだろう。ランデブーだよ、ランデブー。西の塔はもう、物語を離れたのだ。

 さて、これで物語はかなり書き変わったはずである。しかし油断できないのは組織の出方。どこで本筋に戻そうと、罠や刺客を差し向けて来るか知れない。魔物組織とおれの対立図式はまだ完全に覆されたわけではないのだ。やはりハデスの殺意を何とかしないと枕を高くして寝れやしない。どうするかなあ。

 うまいモンでも食って作戦会議でもすんべ、ってんで、おれたちは塔に近いカイミ村に寄る事にした。人間の村である。モジャ毛を脱いだおれとペンネと、そのモジャ毛を使って作った即席の白アフロを身につけたグイド。かなり怪しいが、素知らぬふりでおれ達は5Gの宿をとり、村人の怯えた視線を浴びながら飯屋を探しにくり出した。

 しかし、変装していないからおれが勇者だとバレているのだろう。村人達は聞いてもないのに、

「塔のドラゴンは何者かに操られているらしい」

 だの、

「姫は最上階の鉄格子の部屋に囚われている」

 だの、今となっては無意味な情報を囁いて来るので、おれはまったくげんなりしてしまった。うるせえなあもう。知ってるし。市街地はどうにも居心地が悪い。どこへ行っても西の塔、その話ばかりだ。

 だから塔はもう機能してねえんだって、つってんのに、頑なな村人どもは同じ言葉を繰り返す。バラキアさんの悪口も言うしね。くそっ、変装したままでいればよかった。気分悪ィので酒の出るめし屋に入るのは諦め、適当な総菜屋で飯とつまみを買って宿に戻る。薬草だか漢方だかばかり置いてるチンケな店しかなかった為、ろくなつまみが買えなかったが、仕方ない。おれ達は寂れた5Gの宿で、もそもそと床やベッドに座り込んで、しょうもねえ飯を食うよりなかった。

 それもこれも創造主のおかげ。おれは少し腐った気分になる。

 しかし物語は、確実に軌道を逸れてきていると思う。姫とバラキアさんはおれが長らく塔を避け続けていたからくっついてしまった訳だし、こうして魔物組織の手下のふりをしながら旅をするというのも、おそらく最初の筋書きには無かったはずである。

 書き換えは成功している。あとは組織を何とか穏便に解体にもっていけば、おれ対魔物、という当初の物語は進行しようがなくなる。ハデス司教を時間をかけて洗脳し、おれの命を狙わぬように仕向ける事が不可欠だが。

「あと問題は、審判人だよ」

 ペンネが乾物をコリコリやりながら言った。

「審判人がこの展開をどう考えているかだよ。僕らは少なくとも一度、審判人に直接会わなきゃなんないと思う」

 そうなのだ。おれが死んだら、消えて最初から作り直しになっていたかもしれないこの世界を、救済したのは〈審判人〉だ。審判人にはつまり、決定権がある。この世界を、消して作り直すも、存続させるも、すべて奴の一存で決められるとしか考えられない。となると、例え物語の進行を完全に止めて世界の終焉を免れたとしても、審判人がそれを望まなかったらおれ達は、この世界は、

 おしまい。作り直し。

 そういう事だ。だけど一体、審判人はどんな奴で、今何処にいる?おれ達にはそれが分からない。奴は、かつてバグ長の言った、〈外域〉にいるのだろうか?何だか雲を掴むような話だ。しかし、ヒントはある。上空からおれを追いかけて来ている「何かの視線」だ。それは時々いなくなるが、ほぼ常におれを監視している。あれは間違いなく、創造主か審判人、もしくはその部下か何かだとおれは確信している。視線は、何らかの形で必ず審判人と繋がっているはずなんだ。

 視線とコンタクトをとる。それしか道はないように思う。

「なあグイド……お前って、どれくらい速く飛べる?」

「どれぐらいって……それほどスピード出ないぜ。ドラゴンの方がずっと速い」

 と、グイド。

「なるほど、例の〈視線〉と正面から向き合おうってのか」

 ペンネはおれのプランに感付いたようで、まだつまみを口の中で玩びながらニヤリとする。

 〈視線〉は、常に上空からおれを見ていて、それは飛んでいる時も同じだった。おれの上下にあわせて、〈視線〉も上下する。だが、〈視線〉よりも速く、上に向かって上昇したならばどうだろう。もしかしたら〈視線〉の正体に追いつけるのではないか、とおれは考えたのである。

「やってみる価値はある気がする。だが少しばかり練習が必要だ」

 そう言ってグイドは立ち上がった。

「ちょっとたったら兄貴達も出てきな」


 まだ日は落ちていない。村から出てすぐの、草原になっている辺りでグイドは待っていた。

 視線は?

 ある。やや南にずれた上空。

「やるか?」

 グイドは爬虫類らしい口角をキュッと上げて言った。そういやコイツこんなに背丈あったんだよなぁ、と思いながらおれはグイドを見上げる。

「やってくれ」

 グイドはおれを抱えた。ペンネは相変わらずの無表情で、まだつまみをコリコリさせながら

「僕も見たいけど、軽い方がいいだろ」

 と、少し後ろに下がった。

「気をつけろよ」

 ペンネのその台詞がぎゅん、と下に飛んでいった。いや、逆だ、おれたちが上に飛んだんだ。

 速い……こ、怖ぇ。

 吠えるグイド。

「おらおらおら~ッ!」

 体育会系の本領発揮の瞬間であった。排尿行為を今一度してこなかった事をおれは後悔したが、どうしようもねえ。なぜだかわからないが、とにかく視線の位置が判るのは、おれだけ。感覚を研ぎ澄まさなくては。集中だ。

「もうちょっと左!左上!」

 逃げてやがる。だが、少しずつ近付いている。風をきる音、違う、これはグイドのコウモリ羽の振動音だ。

 ビシッ、

 白いものが目の前を横切る。ああ、おれが斬っちまったグイドの片腕に巻いてあった包帯か、はずれたんだ、悪かったなぁ……あの時は……

「もう少しだ!」

 10メーターぐらいか、あと少し。その時キラリと、……何かが光った。

「今のは、何だ!?」

 喘ぎながらグイドが叫ぶ。羽音が声を半分掻き消す。おれも怒鳴った。

「視線だよ!あそこにいるんだ!……おい、大丈夫か!」

 おれを抱えたグイドの腕が震えてきた。

「兄貴悪ィ!限界だ……!どうする、投げるか!?」

 え?何だって?

「あそこに向かって!あんたを、投げるかって!聞いてンだよ!」

 なに……?ちょ、それは……しかし、駄目だこれ以上グイドを飛ばすのはまずい。視線は、掴めるモンなのか?さっき光った時、視線は、穴のようにも見えた。畜生、いちかばちかだ、もう知らねえええ!

「投げろグイド!」

 再び、穴が光った。穴だ、やっぱ穴だアレ!

「おるぁっ!」

 あ、あ、あ、

 身体の中心にあるべきものが、無い。空で放り投げられる、ってのはそんな気分だった。おれの身体は空気の柔らかな感触を掻き分け、くるくる、見えない穴に近付く。掴まねえと、視線を、いや穴を、くっそ、何だかわけがわからねえ。しかし正面に今、感じる、こいつだ!

 がくん、という衝撃。

 体重が戻ってきた、腕に。おれが掴んでいたのは蜜柑箱ぐらいの、四角い穴。見えている。視線の正体が。おれは必死で穴に両手をかけ、上半身を滑り込ませた。

 奥行きは60センチ程度なのに、縦横には無限に広い、平たい真っ暗な空間を挟んで差し向かいに、こちら側と同じような四角い穴。いや、窓?

 おれはその、こちら側の穴に上半身をひっかけてぐらぐらしていた。平たい空間の向こうの正面の壁には、硝子の嵌まった平面的な窓。こいつは一体、何ぞ?窓の向こうはよくわからない。色んな色が渦巻いて動いているみたいにも見える。おれ遂に頭がおかしくなったのかな。って、思った瞬間。

「とうとうこんな所まで来たな」

 声がした。平たい空間の上の方。見上げても何もいない、真っ暗だ。気配だけ。

「わしの姿は誰にも見えん。そのようにできている」

「……誰なんだ、あんた」

「そうだな、お前の言葉を借りるなら、〈司会者〉と、呼べばいい」

 司会者。そうだ、おれが1度死んだ時に、救済審判の進行役をしていた奴がいた。ああ、確かにいた。

「おれをずっと監視していたのは司会者、あんただったのか?」

「……正解だ。が、同時に不正解でもある」

 どっちだよ!というツッコミをぐっと飲み込むおれ。

「説明してくれ」

 だって怒らせたらこの平たい空間に突き落とされっかもしれねえし。

「まあ、少し待て。仕事があるんだ」

 司会者がそう言うと同時に突如、空間上に板が現れた。黒い板。その板に白い文字が浮き出る。おれの側から見ると鏡文字だったが、

「……処理中……電源を切らないで下さい」

 そう読めた。

 ああ、なんだかもう、気が狂いそうだ。 

 けれど、おれは脳を使って考える事を放棄したりはしたくない。頭そんな良くもねえしプライドなんて呼ぶほどのもんじゃねえけど。考える事をやめたら、おれはおれでなくなってしまう。必死だった。司会者の話を理解する事は、おれにとってある種、戦いだった。

「お前の事はずっと見て来た。お前には本当の事を話していいと思っている。ただし、それはお前にとって、いい話とは限らない。それでもいいんだな?」

「御託はいい……言えよ」

 そうは言ったものの本当は、怖かった。この平たい空間の意味のわからなさも、向かいの窓も、黒い板も、司会者も。でも逃げる訳にはいかないのだ。聞け、ちゃんと聞けおれ、しっかりしろって、くそっ。

「視線を通してお前を見ていたのは、わしと、もう一人、この窓の向こうのお方だ。お前は審判人と言っていたな。読みは、当たっている。あの方は、この世界の全てを握る存在だ。消すも、残すも、指1本で決定できるのだから」

 やっぱり。消せるんだ審判人は、世界を。

「奴はこの世界をどうするつもりなんだよ」

「慌てるな。あの方の意思はわしも知らん。わしはただ、窓の向こうのお方に、この板で補足説明をしているだけだ。お前がした行動のディテールや、会話なんかは文字にしないと向こうには伝わらないからな」

 それがさっきの鏡文字ってことか。成る程。だが、おれにはそんな事より、一番ききたいことがあった。

「審判人は、なぜそんな決定権を持ってるんだ?」

「……それは、」

 司会者が言い淀む。

「それは、……遊びだからだ」

「な、何だって?」

 聞き返してしまった。遊び、なの?そんなモンなの?この世界。嘘だろう?

「遊びなんだ。審判人の遊びの為に作られた玩具なんだよ。お前も、わしも、皆」

 言葉が無かった。なんとなく、そう、なんとなくそんな気はしてたんだ。だけど、本当にそうだなんて、聞きたくなかったぜ……ああ、畜生、

「けれども、聞けクリムト。玩具にも希望はあるんだ」

「うるせえ、ちょっと待て。ちょっと、待って」

 おれは泣きたかった。なんか心が、ピクピク震える程、悔しかった。空に浮いた穴に半身を引っ掛けているだけなので、当たり散らす事もできやしない。ただ足をばたばたさせるしかなくて、ばかみたいだ。しかも玩具。悲しき玩具。ばたばた人形かよおれは、くっそ、なんだよ、なんなんだよ、

「泣くな、勇者のくせに」

「泣くわ阿呆!玩具なんだぜおれ達は!……全部、誰かの遊びの為の。畜生、じゃあおれ何のために今まで、考えたり、生きたりしてたんだよ!それ見て笑ってたのか?審判人は!なんだよそれ、何だよ、ふざけんなよ、」

「悔しいか?」

「当たり前じゃねえか……それ通り越して悲しいよ」

 あ、ハナたれそう。

「……そうだろう。そこなんだ希望は」

 何言ってるのかわからねえよ、司会者。

「つまりな、お前には心がある」

 当たり前だろ、何が言いたいんだ?姿が見えない分、余計解らないっつうの。

「お前だけじゃない、このわしにすら、ある。この世界全てのものに、ちゃんと心があるというのが、他と違う所なんだ。いいか?しっかり聞け。これは、有り得ない事なんだよ」

 心が、あるのが、有り得ない事。それは逆に考えると

「本来なら、おれ達に心なんか無かった。そう言いたいのか?」

 空気が揺れた。司会者、笑っているのか。

「お前の武器は飲み込みの早さだな。その通りだ。わしは最初それにひどく戸惑った。心があっては玩具として成立しないからだ」


 司会者は、この世界という名の玩具が本来どういうモノになるはずだったのかを、おれに語った。

 もとより世界は、世界と言えるものですらない、ただの玩具として作られたらしい。審判人のために。

 その玩具は、内容のわからない物語の中の主人公を操り、手探りで物語を予測して進行させ、最後まで完結させるという複雑な遊びを楽しむためのパーツが組まれたセットだった。

 勿論、そこに心は無い。主人公という駒を審判人が動かし、物語通り進み易いように周りのパーツがヒントを出したり誘導したりする、それだけのもの。失敗したり主人公が死んでも、最初からやり直せるのだ。

 そしてその玩具の中で司会者は、審判人に物語のディテールや進行状況を文字情報として表示する、単なるシステムにすぎなかった。そうであるはずだった。

「玩具のスイッチが入れられた時の事は覚えている。あの時はまだ、わしに心は無かった。最初にわしは、審判人にこう表示した。主人公の名前を決めてください。審判人は、答えた」

 クリムト

「おれの名前、」

「そうだ。その瞬間、何かが起きた。気がつくと、世界は始まっていたのだ。形こそ玩具の姿だったが、心を持った、確かに存在する世界として、わしらはそこに生きていた」

 ああ、そうか世界は。おれと共に生まれたんだ。この世界は玩具の形をとっているけれど、単なる玩具そのものじゃなかった。偶然の産物かもしれないが、おれと共に、確かに生まれて、存在しているんだ。ここに。

「……司会者、あんた、おれが生まれた時に、いたんだな、すぐそばに」

「ああ。そうして世界が始まってから、ずっと見て来た。主人公という駒としては最低だったが、お前は生きた人間らしく自由に動いた。心を持っていても玩具の形式に甘んじていた者達を、変えていった。だから物語は完結に向かわず、世界は終焉を迎えずに済んでいるんだ」

 やり方は間違ってなかったんだ。おれは少しばかりほっとした。

「なあ、アンタ審判人に最初、おれの名前を決めさせたんだよな?」

 おれは、絶望から徐々に立直りつつあった。生まれた世界は、もうただの玩具じゃない。おれは生きてる。だから生きる事に執着したいのだ。

「おれも審判人と、コンタクトをとりたい。できるんだろう?アンタなら、司会者なら。その板みたいなヤツ使ってさ、」

 司会者はしばらく黙った。おれは答えをじっ、と待つ。

「できなくは、ないが……。この黒い板に表示される言葉のパターンには限りがある。決まったメッセージ以外の言葉は伝えられないし、受けとれないのだ。ただし、1枚だけ特別な板がある。それを使えば……」

 コンタクトは、可能。

「特別な板?」

「審判人がお前の名前を決めた時に使った板だ。予め平仮名文字と英文字が全て書かれている」

 その文字を1つ1つ、指し示す事でコンタクトが可能かもしれない、と、司会者は答えた。

「何処にあるんだ、その板は」

「……魔王が持っている」

 な、なんで?魔王が一体そんなものをどうして必要とするんだよ。

「板は1枚1枚使い捨てだ。古い板は、全て魔王が持っている。魔王はな、物語の進行具合を知る必要がある。進行にあわせて復活するタイミングを推し量らなくてはならないからだ」

 何てこった。敵役たる魔王には極力関わりたくなかったんだがなぁ……。板を手に入れるには魔王と会わなくちゃならないってことだろ、これ。畜生、下手すりゃブッ殺されちまう。思案にくれていると、ふと背後から、風が。

「クリムト!」

 振り向くと、グイドとペンネが血相を変えて飛んでくる所だった。

「何、どうした?」

「やばいよ。司教に、バレた全部。塔の下っ端魔物の中に、チクッた奴がいたらしい」

 くそっ、随分早いな。まずい事になりやがった。

「司会者、おれ行くよ。その、色々と、どうも。板を取ってきたらまた来るから」

「ああ。気をつけてな」

 何だか父親のような言い方だった。ああ、そうか、生まれた時からおれを見てたんだよな、司会者は。



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