第七章 〈意志〉
さて、成り行きで大司教から命じられた「自分探し&自分かどわかし」の旅に出発しなけりゃあならなくなったおれ達。とりあえず先ずは所々で聞き込み調査をしつつ西の塔に向かい、そこでバラキア氏に会い、勇者を見つけた後どのように罠にかけるかを相談する。という段取りで動く事に。ところがまずいオプションがついてしまった。
出る前にハデス大司教は、経費と、小さな小箱を渡してきた。この小箱で大司教とリアルタイムに通信ができるらしいのだ。非常にまずい。そのまま逐電しようと思っていたが、これでそういう訳にもいかなくなってしまった。
さらに悪い事に、移動手段としてあの片腕の爬虫類野郎を連れていくがよい、などと言いやがるハデス。余計な事しくさって……。おれはこの爬虫類野郎が苦手なのである。何せ一度ぶっ殺されてんだもの、怖ェよ、本当。だいいち正体がバレたらおしまいだ。なのに、よりによって、因縁のある爬虫類野郎が一緒とは……。
じっとりと冷や汗に塗れ、最悪の気分でアジトから出て来たおれ達の前に降り立った爬虫類野郎は、例の真っ赤な目を吊り上げて、キシシと笑った。
「アンタら特殊任務だって?へえ、じゃあ、業者ってのは、ウソだったのか」
うっ。焦燥感。コイツまさか……もう、気付いてる?
「まあ乗れや。腕がアレだからカゴに乗ってもらうがな」
乗るしかなかった。だって躊躇すればかえって怪しまれるじゃねえか。気まずい雰囲気の中、爬虫類野郎はおれたちの乗った籠をぶら下げ、コウモリ羽の飛翔。地面が、わっと遠ざかる。
「いやぁ……どうもどうも。助かりますよおハハハ……」
つって、おれはその場を取り繕おうとしたのだけれども、風に流されて爬虫類野郎には聞こえないようだったので、虚しくなってやめた。いきなり籠を落とされたりしないだろうか。おれはチラッと爬虫類野郎の顔色を伺った。と、同時に。
「アンタら、何で魔物のふりしてる?」
爬虫類野郎のその台詞は、おれには地獄の釜の沸騰する音に聞こえた。
「おい、聞こえてるだろ?勇者」
ざあっ、と血の気が引いたのが自分でも分かった。
「そっ……おまっ、なぁに言ってんすかそんな、おれはただのモジャ山くんですよ?」
駄目だ、おれ……。
「し、失礼じゃないか君」
ペンネのフォローも意味がわからない。ポーカーフェイスだが奴も動転しているのだ。そんなおれ達を爬虫類野郎は、せいやああああっ!と、カゴごと下に投げ捨て……たりはしなかった。
「焦らなくとも別に落としたりする気はない。俺はアンタと戦って負けた。そういう事だ」
はあっ?
「い、意味がわかんないんすけど……」
「舎弟として扱ってくれて構わねえという事だ」
舎弟っておい、本気かこいつ、しかもアレ反則勝ちだったんだけど……。
というわけで文化系のおれに舎弟ができてしまった。
どうやら爬虫類野郎は超単純思考の持ち主で、自分に勝った→自分より強い→偉い。というヤンキー的論理によって判断を下したのだろう。加えて腕一本で許した(単に殺しにビビっただけなんだが)おれに恩義も感じているようであった。
「アンタらの事は兄貴と呼ばせてくれ」
って、あの目で睨むモンだから、
「は、はい」
おれが敬語になっちゃったじゃねえか畜生。ともあれ、爬虫類野郎がおれの正体をバラさないでいてくれるのはありがたい事だ。司教の前でも黙っていた所を見ると本気なんだろう。名前はグイド。体育会系ヤンキーである。
チェザーレ村からしょっぴかれた時には余裕が無くて気付かなかったが、空から見るこの世界ってのは、何だか幾何学模様の絨毯の如き景色で。混じり合わない森と海と砂漠。その明確さは何だか美しくも悲しい光景であるように思えた。
などとセンチメンタルな気分に浸っていたらハデス大司教から、通信が入る。台無しだ。
「応答しろ。今どこに居る?勇者の足取りに関する情報は得られたか?」
司教の奴、必死だな。まあ無理もない。奴はおれを殺す罠の順調な運営だけが、人生の目的となり果てているのだから。しかし何か他に趣味見つけた方がいいよアイツ、鬱病になっちゃうぜ。
「はァいモジャ山です。今、砂漠の上空です」
小箱を開けて、中に向かって喋る。原理は魔法らしいが、なんかちょっと馬鹿みてえ。
「聞き込みの結果を報告しろ」
聞き込みなんか勿論してない。本人だもの。だがおれは従順に答える。
「ええと、勇者らしき人物が泉の付近でタコ踊りをしている所を見たという魔物がいました」
おれが泉の付近でウロウロしていたのは本当だ。嘘には少し真実を混ぜるのが鉄則。
「タコ踊りとは何か
「害のない笑顔でふらふら左右に揺れる踊りです、司教。勇者って悪い人じゃなさそうですねえ。あの、なんか、そう、ユーモラスで」
ハナクソをほじりながらそう答えたら、ぷっ、とペンネが真顔で噴いた。
「それから勇者はチェザーレ村で夕焼け空を見ながらチューハイを呑んで少ししょんぼりした感じになっていたそうです」
ただいたずらに出鱈目を並べ立ていた訳ではない。これはおれの作戦なのだ。
「いやあ、勇者っていいやつかもしれないですねえ」
そう。ハデス大司教の、勇者に対する殺意をなくする為のアピールである。斯くして幻滅させ、かつ憐れみ、親近感なども誘発し、対決を回避する。
これぞ勇者マスコット化計画。
「何がいい奴なものか。貴様勇者の肩を持つ気か?だとしたら処刑は免れんぞ」
「めめ滅相もない!」
ちっ、いきなりは無理か。だが徐々に洗脳してやるぜ。
通信を終了させた後、おれ達は森に着陸して夜を明かす事に。そうなるとまあ、当然酒が入る。ペンネは
「MPが減るよぉ」
などと訳のわからぬ事をほざきながらも気前よく酒を提供してくれて、グイドはそれに感激した様子でガバガバいっていた。なかなかの酒豪である。
「ときに勇者の兄貴」
と、グイド。
「何?」
「こうして兄貴と酒が呑めるのは楽しい。組織に戻る気も無い。だが同時に何か、足が宙に浮いたような不安もある」
ドキリ、とした。おれだって不安はある。これでイイのかと自問する事もある。
「頼む。俺はアンタに付いて正解だったと、言ってくれ」
暫くして気付いた。泣き上戸だグイド。
「俺は、絶対的な誰かの指図を受けないと不安なんだ。正直に言うと組織がグダグダで方向を見失っているから、見切りをつけて兄貴に乗り換えただけの駄目な奴なんだ」
グイドはそう言っておろろ、と酒をあおる。
そう、奴もまた物語の役割を踏み外し、創造主の後ろ盾を無くした者なのだ。するとペンネが一言。
「お前ね、クリムトは頼りにならないよ。コイツの側につくってのはそれはつまり自分で道を切り開かなきゃならないって事だよ。楽しいけど不安。でも不確かだから楽しいのさ」
イイ台詞だが、若干けなされた気もした……。
長い夜。それからおれとペンネは、グイドにそれまでの経緯と、おれ達が何をしようとしてるかを全て打ち明けた。どうかとも思ったが、おれが一度グイドに殺されてる事も話した。酒のせいもあったが、グイドがあんまり正直に自らの内面を吐露しやがるもんだから、何だか悪い気がしたんだ。おれは既にこの実直な爬虫類男が苦手ではなくなっていたんだろう。
「どうするグイド。おれたちと来る?」
グイドは直ぐには答えなかった。鼻をすすりながらじっと考えていた。そして、
「ウウッ……俺はものを知らな過ぎるんだ。もっと色々なものが、見たい。そして考えてみたい。だから兄貴、アンタについていくよ」
と言ってから木杯に残った焼酎を一気にあおった。
ひねくれ村人、ペンネ、泣き上戸ヤンキー魔物、グイド。創造主の意思と関係無い、おれの個人的な友人である。おれは両親もニセモンで、村からは早々に追い出された天涯孤独な主人公としてスタートした訳なんだけども。
でも今や、呑んで語り合う友人がいる。この世界は、そう悪くない場所なんじゃないの、と思う。ここは物語の為に作られた世界かもしれないけれど、それでも、消滅していい世界じゃない。創造主ならびに、一度はおれを救済した審判人よ、アンタ達は、あの視線を通しておれを見てるんだろ?見てるんなら、分かるだろ?
アンタ達からしたら作り直しのきく世界でも、ここにはおれ達が、こうして生きてんだよ。だから、なあ、頼むから、消すとか、やめてくれ、頼むよ。




