第六章 〈魔窟〉
爬虫類野郎が飛び去った方角は、東だった。まあ、だいたいだけど。魔物組織のアジトはそっちにあるらしい。東は、谷だった。そう、熱帯雨林で若ハゲがラリったりしなきゃ着いてたはずの、デス・バレー。死の谷である。
死の谷つっても、見たところ、普通。普通の森と谷だ。要するにこれは魔物組織のアジトが設置してあって、魔物が跋扈する危険地帯になっていますよ、という形容としての「死」の谷って事なんだろう。創造主の考えそうなネーミングである。じゃあもう、いっそ魔物アジト谷とかにすりゃいいじゃん、わかりやすいし……っておれなんかは思うけど。ま、とにかくおれたちは、その魔物組織のアジト谷に向かった訳である。
それで、おれとペンネが何を考えているかっつうと。
魔物のアジトに、魔物のフリをして潜入しようというわけなのである。
だからまず、手近な魔物を捕まえて、身ぐるみ剥いで変装せにゃならんの。そうだよまた変装だよ。
とは言え、さっきの爬虫類みたいなのをマトモに相手にしてたらこっちの身が危ない。ここは穏便に、楽にいきたいよね、ってんで、おれたちは落とし穴を掘って罠を仕掛けた。茂みに隠れて待つこと5時間。いいかげん眠くなってきた頃、激しく木々を揺らす音。かかったか!ってこん棒持って穴を覗きに行くと……。
えっ、何、このでかいモジャモジャ生物。穴に落ちたと言うより、嵌まり込んでいる感じ。巨大な白い毛の塊は熊とかナマケモノにも似ている。動けないようなので、襲って来る心配は無さそうだ。
これは、魔物だよね?
ちょっと考えてしまった。つうか魔物って定義もさ、どうかと思うぜ正直。曖昧すぎるよ。
モジャモジャ生物は嵌まり込んだままぎゃあぎゃあわめいている。人語は解さないようである。なんだかカワイイ気もするのでちょっと気が咎めたが、おれたちはモジャモジャ生物に焼酎を呑ませてぐでんぐでんにし、寝ている間に、可哀相だが、毛を刈らせていただきまして、それを全身に纏った。
白い二体のモジャモジャ生物と化したおれとペンネは、お互いを見て思った。
ああ、まあ、文字通り、魔の物っちゃあ魔の物だな……と。
おれは身長そんなに無いからね。可愛いモジャ君ですよ。でもペンネは、巻毛の生えたキュウリみたいになっていて、ひどく珍妙だった。悪いけどおれの方がかわいいよなあ……絶対。
それでまあ、こんな変装で魔物に仲間と思われるのかどうかは別としてだ。とりあえず勇者には見えないからイイだろ、ってんで。おれらは谷の最深部へと歩を進めた。何でそっちへ行ったかって、すげえそれっぽい洞窟を見つけたからである。いかにもアジトって感じの。
この「いかにも」ってのがすげえ重要。おれは分かってきたのさ。物語は、いかにもな感じが好きなんだ、って事がね。
洞窟。
の、前に立っていた魔物は門番のようで、岩そっくりの肌質の生き物だった。
「何だ?妙な奴らだな。何者だ」
だと。岩肌男に妙とか言われたくねえよ、なめるなこの猿岩石が……などと言い返すかわりに、おれはウラ声を出した。
「ウンそう!おれモジャ山!よろしくね」
「どうも。僕はモジャ原です」
おい、ペンネなに普通の声出してんだ、狡い。おれがバカみたいじゃねーか、くっそ。岩肌男は一瞬ポカンとしたがすぐに応えた。
「あっ、新しく入って来た人?へ~。俺、岩田。俺いま25なんだけど、同い年ぐらいじゃない?よろしくね。あっ、中、暗いから足元注意しなよ」
……なんだ、話しやすい魔物もいるじゃん。安心した。
岩田の言う通り、中は暗く、そして魔物のアジトらしい頽廃的な雰囲気ではあった。しかし、これは、「死の谷」って言うほど酷いモンではないと思う。寧ろおれけっこう好き、このムード。植物のツタをあしらった壁や。牛骨の照明も、なかなか洒落ているじゃないか。もうちょっとパンク寄りでもいいと思うけど。
「いいなあ。こういうのってどこで売ってるんだろう」
ペンネは骨の照明がえらく気に入ったようだ。モジャ毛の隙間から覗いた細い目が輝いている。しかし今は魔物組織ご用達のインテリアショップに気を取られている場合ではない。まずは組織の内情と、ここのボスを知る事。それが物語の鍵になるはずなのだから。
しかしまあ、どうかと思うのは、特に何をするでもなくアジト内を手持ち無沙汰でウロウロしている魔物、多すぎだよね、これ。
とある狼人間いわく。
「あ〜、ぶっちゃけ特にする事無いんで。俺とか今、いちおう進入者警備って事になってっけど実際、進入者なんか1回も見た事ねえよ。まあみんな適当にやってるからいいんじゃん?」
また、古い甲冑の化け物いわく、
「たまに若者をさらってきてる奴ら以外は、基本的に、超ひま。でもほら、何か、する事無くてもココ来るとみんな居るし、安心するっつうか」
ううん、悪い奴らではねえんだけど、ちょっと主体性なさすぎで……イラっとくるね。奴らの適当な態度からして、魔物組織は烏合の衆だということが段々分ってきた。しかし、気になるのはこの組織、共通理念とか利益が全然無いみたいなのだ。
「まあやっぱ、みんな魔王様が復活するの期待してっから。魔王様フィーチャーしてる仲間がこうして集まってるってゆう事自体がアツいわけじゃん?きみらも魔王様イイなって思ったから来てるんでしょ?その仲間が、ここに集まってるってことがさ、小さな奇跡みたいなもんじゃん?」
っつーのは牛と鬼のハーフみたいな魔物の話。要するに、どうやら利益云々の会社的組織ではなく、これは魔王とかいう奴の為のファンクラブ的な組織らしいのだ。
わかんねえ。おれには全然理解できねえ。
魔物組織の奴らは、給料も何にも貰わずにボランティアで魔王様に御奉仕しておる訳なのだよ。なんで?みんな魔王のどこにそんな魅力感じてんの?かっこいいの?
って、その辺の奴らに聞いてみた。すると、
「え~?どこがっつうか、オレ魔王様直接見た事ねえもん。でもやっぱこんだけ人集まるって事がさ、もう魔王様の凄さっていうか」
「そりゃ今時、みんな魔王様リスペクトしてっからだよ。逆にさ、してねえ奴なんかいんの?って話。ありえなくね」
うおお……くっそ、なにこいつら説教してえ。その衝動におれは必死で耐えた。行列ができるラーメン屋なら、とりあえず並ぶタイプだろお前ら、え?そうだろ。
で、魔物どもが流されるまま御奉仕している「魔王様」についてだが、これがどうも謎だ。
魔王は今現在、何らかの理由で人前に姿をあらわしていないらしい。しかし近々復活する、という噂が流れ、今、組織は盛り上がっているらしい。復活にあたって組織では様々な記念イベントを企画しているらしく、チェザーレ村で大量に連れ去った人間の若者も、そのイベントに使うんだと。つまり、この組織は、魔王をボスとしているように見えるが、現時点で実質支配しているのはその一連のイベント企画を取り仕切っている奴であり、魔王そのものは未だ姿を見せてはいないのだ。おれとペンネはその、実質的な組織のボスの意図を知りたかった。
おれはそいつを、かなりのキレ者と見ている。魔王不在の組織内で、このファンクラブ的雰囲気を持続させるのはよほど、大衆を扇動する手腕に優れていなきゃできる事じゃねえだろう。問題は、この魔王ファンクラブ組織を使ってそいつが何をしようとしてるか。それがわからない。そいつ自身が単に魔王の大ファンで、魔王を盛り上げたいだけか?あるいは他に目的が?
とにかく、探りを入れてみない事には始まらない。おれたちは魔物達が「上司」と呼ぶ者の居る、アジト最深部へと向かった。
その部屋の扉の横には、いつだったかおれが無限ループと化した、あのキラキラした泉が唐突に湧いていた。壁から地下水漏れてんじゃねーかこれ、大丈夫か?
で、扉を開けようとすると、ごつい感じの魔物の声。
「お前ら何してんだ?ここはハデス大司教の部屋だぞ。立ち入り禁止だ」
って。あっ、あっ、爬虫類野郎じゃねえの。右腕の付いていた部分に包帯を巻いている。正体がバレやしねえかとヒヤヒヤしながらも、おれはとびきり妙な作り声で言った。
「スイマセぇン、おれら業者なんですけどお。魔王様復活関係のイベントで、こちらの責任者の方に二、三確認したい事がありましてえ」
プライドをかなぐり捨てた平身低頭へんな声が効を奏し、おれ達は大司教とやらの部屋に入る事を許された。楽勝だ。必殺土下座を出すまでもねえな。
おれらには都合がよいが、もとよりココの奴らはアジトを守るにしちゃあ警戒心がなさすぎなのだ。侵入者が「わしが侵入者であるッ!」って叫びながら入って来るとでも思ってんのか?声には出さずに苦々しい目で語り合いながら、中に入るおれとペンネ。だだっ広い空間に、怪魔物を模った彫刻。ルビーをあしらったゴシック調の奇妙な家具や祭壇。悪くはねえが、ここまでやると多少食傷気味な感は否めない。そんな部屋に、大司教は、居た。
「何の用だ?此処に入るなと言ったはずだ」
そう言って仏頂面をこちらに向けた、その、ハデス大司教は、あら、何か、意外にも細身長身のやさ男。
「いやスンマセン、ちょっと迷っちゃって」
つって、おれは阿呆のふり、阿呆のふり。
「しっかし、さすがは大司教。素敵なお部屋で。どうです?おれたちで掃除でも致しましょうか?何せ暇なもので」
「いらん。出ていけ」
「だって暇なんすよ大司教。こんな辺境に侵入者なんかおいそれと来ませんぜ。盗られるモンも無いし」
「いや、来る。来てもらわねば困るのだ」
「ええ?そりゃまた、どういうこってす?」
何故かおれ、落語口調。緊張してんの、緊張してんの。
司教は、片眉を少しばかり吊り上げて
「貴様らにそんな話をしても始まらん。出ていけ」
と、一喝。しかし、おれとペンネは諦めなかった。
「いやまたそんな。司教先生のお仕事に口を出す気はございませんよ。しかしですね……」
「司教、来るはずの進入者と言うのは、例の勇者の事ではないのですか?」
ペンネ……いきなりズバリと行きやがった。
「そうだが、勇者の事は一部の魔物しか知らぬはずだ。どこでその話を聞いた?」
「ピエロっす、ピエロ。ね、司教、聞いちまった以上、この件でお役に立てる事があるかもしれませんぜ?」
即フォロー、アンド懐柔。おれの有能ぶり、やべえ。司教は玉の付いた杖にもたれるようにして溜息をついた。
「下級魔物は阿呆ばかりと思っていたが……貴様らのように勝手な探りを入れる者が出るとはな。魔王不在のまま組織を統制するのも限界という事か。……何が狙いだ?」
懐に飛び込むチャンスだった。任せろ、と、おれはペンネに目配せ。
「いえね、おれら、他の奴らより魔王様とお近づきになりたいんすよ。これだけ絶大な人気を集める魔王様と懇意にしてたら、ひっひっ、怖いモン無しですからねぇ」
すると司教はあきれ顔で、
「ふん、下劣な。だが下級魔物にしては頭の出来は悪くない。いいだろう、貴様らに仕事を与える」
これ以上ないってくらい最高にいい球を返してくれた。
「いいか、これから先の話は絶対に他の魔物に洩らしてはならん。もし噂が広まるような事態にならば、問答無用で貴様らの仕業と見なし、即刻処刑するからそう思え」
という恐ろしい前置きから始まったハデス大司教の話……それは、おれたちが解明しようとしている「物語」の、B面とでも称すべき内容であった。
それに沿って考えると、
ああこのやさ男は。主人公であるおれの動きを逐一把握し、おれがどこまで物語を消化しているかを考えながら、それに合わせて魔物組織を動かさねばならないという大変面倒、かつどうしようもなく不幸な役割を担っているとしか思えないのだった。
順を追って司教の話を要約しよう。
まず、魔王が姿を現さない理由は、以前、勇者つまりおれの先祖とやらに封印されたからであるらしい。近年、漸くその封印から復活しかけているのだが、まだ完全ではない。そこで魔王はそのシンパたるハデス大司教を何か凄い秘術みてーので甦らせ、魔物組織を編成させ、その指揮を執らせた。
魔王は何故そんな事をしたのか?
理由は、おれ。
奴は、かつて自分を封印した勇者の子孫であるおれが再び自分を封印するのではないかとビビっているのである。やさ男の仕事は、魔物組織を駆使しておれを探し出し始末する事なのだ。
さて、そうしてやさ男はおれを殺すために様々な罠を張った。
しかしそれは全て、おれが正義感の強い勇者で、困った人々を救う事を生き甲斐にしている人間だという事を前提にして仕掛けた罠。全くの誤解だ。この妙な思い込みはおそらく、おれをそのような人間として操るつもりだった創造主が、やさ男に予め吹き込んでおいたのだろう。
ところが、実際のおれは全然、罠にかからないばかりか、どこで何をしているのかも知れぬ有り様。やさ男は、行動の読めない勇者が、どのような形で組織を、または魔王を狙っているのかと、常に怯えていた訳なのだ。
それにしても、村人だの王様だの、おれには直接関係がねえ奴に被害を与えて、その被害者本人達に「助けて下さい、何とかして下さい」と言わせる事で、おれの正義感や同情心に訴えかけ、おれを魔物組織の前におびき出そうという……その有り得ないほど回りくどいやり方。そんな方法をクソ真面目に遂行し、まるで創造主そのもののように必死で「物語」を運営しようとするこの大司教は、もはや完全に創造主に洗脳されきっているとしか思えなかった。
本来であれば、おれもこんな風になる筈だったのだろうか、と思うと身震いがする。つくづく気の毒な男だ。
それで、おれとペンネがハデス大司教に任された仕事というのはそのまんま。
「貴様らの1つ目の任務は、勇者の行方を探し、その行動を報告する事だ。その際、他の魔物には、魔王が勇者を恐れているなどと口が裂けても言うんじゃないぞ。士気に関わる」
「へえい」
「それから2つ目。報告が済んだら、お前らは勇者と接触し、何としても西の塔の罠に勇者をおびき出せ。罠は連続して張ってある。まずはあそこに呼び出さねば始まらんのだ。心してかかれ!」
「へえい」
こうしておれらは、自分で自分を捜索して罠にかけるという珍奇な任務をおおせつかったのである。
薄暗いアジトの角部屋、おれとペンネは大司教から渡された「勇者の足取り」に関する数々の報告書を読みながら苦笑していた。
報告。王家潜入班・土屋。勇者は姫の救出を誓っていたが、翌日姿を消していた。我々のスパイ活動に気付いた模様。注意されたし。
報告。西の塔班長・バラキア。勇者、未だ姿を現さず。姫、大変激昂。姫、食費予算赤字。資金追加求む。
報告。ブラーマン村共同墓地・ガイル。勇者来たると噂立つも、墓場には現れず。また、村に噂広まりし頃には既に姿消したり。
報告。チェザーレ村前警備班・伊東。目撃した班員・倉吽が激しい二日酔いで報告困難の為、詳細不明。
噴き出しそうになるのをこらえて真面目な顔つくってこれ読むのすげえ辛かった。死ぬかと思ったぜまったく。
おれたちはようやく物語の全貌を掴んだ。
ポイントは、魔物組織。それから魔王だ。この物語はおそらく、おれが魔物組織の罠を次々に打ち砕き、そして魔王を封印するに至る。そういうバイオレンス的物語なのである。細かい部分は知らないが、それが肝なのは間違いない。何せそのために1つ組織が作られているぐらいなのだから。
つくづく嫌なストーリーである。創造主はどうしてもおれと魔物を戦わせたいようだ。でもおれはそんなの死んでも嫌だっつうか、そんな事になったら死ぬだよ、どのみち。
ともかく、何とかして組織とも、魔王とも、やり合わねえようにしねえと。滅ぶ、世界が。