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RとP、そしてG  作者: T長
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第五章 〈救済〉

 しかし、まあ老人村の底力はいいとしてだ。ヤバい状況になってしまったぜ、コレは。このままだとおれ達は魔物に引き渡されちまう。何とかしねえと。

 あら、ペンネの馬鹿チェインソーの入った袋を背負ったまま縛られてやがる。そうか、チェインソーで縄を切れば……って、縄を解かなきゃチェインソーは使えませんね。カンキリの入った缶詰だね。ははは、うまいこと言うね、おれ。なんつってるうちに時間は過ぎ行き、朝は近づく。もうおれは諦めて寝ることにした。ゴロリと姿勢を変えたところ、

 ええっ。

 教会の祭壇の辺りに、誰かいるんですけど。え、ずっと居たの?もしかして。怖いよそうゆうの!

 燭台の揺らめく明かりの中にボンヤリと人型のシルエット。

「……誰か居るんすか?」

 意を決して、尋ねた。いや敬語になっちゃったのは、今、縛られてるおれとしては事を荒立てたくねえっつうかさ。キレられたら逃げようがねえじゃん。すると、そいつはビクリと震えたかと思うと、こちらに近づいてきたではないか。情けない話だが、おれはもう、ひゃ、とか言って、ただ目をつぶるしかなかった。ちょうど、ゴキブリが顔向かって来た時のように。

 しかし、来たのは、声。

「私に話しかけたという事は貴方、勇者クリムトですね……ああ待ってました。貴方を、ずっと。もう来ないかと思っていた」

 三十代ぐらいの、淡泊な感じの男だった。ま、待ってたって、怖っ。何、これ告白?掘られる展開じゃねえよな?

「……おれを?何で?そもそもアンタ、誰?」

 おれの問いに、彼は妙な答え方をした。

「教会から一歩も出られない男。というのが神父の定義であるならば私は、神父、かも。ああ、待ってたっていうのは、別に告白とかストーカーとかそうゆうのじゃないですからご安心を、はは……」

 男はショボショボと笑った。うわあ……幸薄そうな笑顔。

「うっさいな……どうしたの?誰、この、ぺーぺー」

 ペンネが起きた。ぺーぺーって!ぷっ、マジだ、すげえそんな感じ。いや、でもいきなりそういう事言うのよせってば、ペンネ。失礼じゃねーか。

 神父、と言っていいのかどうかは微妙だが。とにかく、詳しい事情を聞くうちに、どうもこの男は何やら、えらく奇妙で不幸な「役割」を与えられた者らしいという事がわかってきた。

 驚いた事に彼は、教会の中から一歩も出られず、村人と会話する事も許されていない。おれの剣と同じような超常現象的な力で、彼は教会に閉じ込められているのだ。

 時折、部屋ごと別の村や町の教会に移される事があるが、外に出られる訳ではない。変わるのは窓の外の風景だけ。

 ひたすら、孤独。

 その中で、自分に話しかけてくる唯一の者を、ただ待っていた。それが、おれなのだと神父は言う。どういう役割なんだそれ。しかし、神父の話の中でおれとペンネが最も気になったのは、次の部分。

「最初、私はセプテンバー村の教会に居ました。その次は城下町の教会、その次はブラーマン村の教会の中に。おそらく、あなたが移動する場所にあわせて、私も移動させられていたのです」

 成る程、神父は常に、おれの近くに居たのである。だが、教会なんか行かねえおれは今の今までその事に気付かなかったという訳だ。

 ん?ちょっとまて。それは……おれが、神父を携帯して持ち歩いてるようなモンじゃあねえか。物語上、神父ってのはそんなに、しょっちゅう必要な役割なのか?

 そのわりには、影薄くねえ?おれは尋ねた。

「それで結局、アンタは何をするためにおれを待ってたんだ?」

 そう、それさえわかれば神父が常におれの近くに居た理由もわかりそうなもんだろう?ところが彼は。

「何のため……と言われると私もよく解らないのです。とにかく私は、貴方に会ったら言わなければいけない事になっている言葉がありまして、」

「どんな言葉?」

 その言葉は、質問だった。まったくもって意味のわからない、1つの質問だった。


「セーブしますか?」


 ……セーブ。直訳すると「救済」か?一体、誰が、何を救済するんだ?そんな訳の判らないモンを、しますかと問われても。おれは困る。困ってしまう。

 セーブとは何ぞや?それは物語の展開に、どう関係してくるものなのか?おれとペンネは、脳みそをフル回転させて何とか推理しようと試みた訳なんだけども。

 唯一のヒントはこの薄幸そうな神父だよね。彼は教会から出られない。それはつまり、「セーブ」は教会で、いつでもできるような状態にしておかなければいけないモノだという事だ。つまり「セーブ」は、物語の展開中、いつ、どこでやる必要に迫られるか、判らないものである、とも言える。まてよ。それじゃ「セーブ」は、物語の中に偶然的な要素を認めている事になるぜ?

 今までの、強引に物語を進行させる創造主とは、別人みたいなやり口じゃないか。

「別人……。ああ、何だか解ってきた気がするよ、おれは」

 創造主どもの中には、物語が物語通りに進まない可能性に、最初から、気付いてた奴が居るんじゃねえの?

 だってほら。「セーブ」は、何だかわからんが、偶然的な要素を計算に入れて用意されているモノなんだ。予め予定された、必然的物語を進めていくだけの世界なら、必要ねえじゃんそんなモン。

 セーブこと「救済」は、偶然的に動く者の為に用意されている。つまりおれの結論は、

「セーブとは!創造主の中に裏切り者がいて、そいつが、必然的な物語に逆らうおれ達を救おうと、〈救済〉しようとして用意した、何かすげえいいモノなのではないだろうかっ」

「………」

 あら、おれの完璧な推論にみんなリアクション薄いなあ。

「楽観的だねえ、お前」

 と、ペンネは溜息。神父は……あ、そうか。神父は、創造主、物語云々の事情をよく解ってないから混乱しているようだ。例の薄幸そうな笑顔でおれとペンネを交互に見遣って。

「で、あの、セーブするんですか、しないんですか?」

「そっか、しないって選択肢もあるんだ……もしかするとクリムト、お前、当たってるのかもしれないな……創造主の中には、物語を裏切って、おれらの好きにさせてくれようとしてる奴が、いるのかも」

 ペンネはおれの顔を見ると、言った。

「じゃ……やってみちゃう?セーブ」

 やっちゃうか。おれたちはそう決めた。

「セーブしてみちゃお」

 そう。たとえおれの推論が間違ってて、「セーブ」も単なる物語のパーツに過ぎなかったとしてもだ。どっちにしろそれが何なのかを確かめる必要はある訳だし。つうか、正味な話おれもペンネも、好奇心が抑えらんねえの。セーブって何よ、何なのよってね。だって気になるじゃない?

「じゃあやらせてもらうぜ、その、セーブとやらを。ただ、ちょっとさ、ほら、セーブの邪魔になるかもしんないから、縄だけ解いてよ、神父」

 ね、こんな芋虫状態でやったら、危ないモノかもしれないじゃん。ところが神父の奴、何て言ったと思う?

「えっ……?今終わりましたけどセーブ……」

 早っ!

 おい何だって?終わった?ってそらお前、どういう事よ、今、何事か起きたか?

「……何も。どうにもなってないよ」

 だよね、ペンネもそう思うよね。うん。神父こら、どういう事なんだよ。

「わ、私も初めての事ですから。何が何だか……とにかく、〈セーブ〉は終わりましたよ。私にはわかります。何ならもう1回、しますか?セーブ」

 ……それから、おれらは朝まで何度も何度もセーブを繰り返したが、結局、何事も起こった気配は無かった。

 な、何だったんだ、セーブ……。やはり、おれ達を「救済」してくれる、裏切り者の創造主など存在しないのだろうか。あーあ……なんか、がっかりである。

というわけで二十回ぐらいやったところで、セーブは救済でも何でもない、という現実にやっと気付いたおれ達は、窓から射す朝の光を浴びながら、慌てまくった。

「し、神父!もうセーブはいいから縄だけ解いて!早く!」

 モタモタしてると、おれらは魔物に引き渡されておしまいなんだった。くっそ、何て不器用な奴だろう、神父め……。

「解けましたあ~っ!」

 神父がそう叫ぶと同時に、教会の扉が開いた。

 振り向くおれたち。

 目の前に現れたのは、見たこともねえ生き物だった。身の丈3メーターはある二足歩行の爬虫類。そいつは、割れ鐘みてえな恐ろしい声で叫んだ。

「よう、いけにえ諸君。気分はどうだ?」


 真剣に、思った。駄目だこりゃ、って。こんなの絶対勝てるわけねえじゃん。

 大型爬虫類的なその魔物はずかずかと教会に入って来るなり、ポカンとしているおれとペンネを軽々と小脇に抱えて連れ出した。そして外に集まっていた村人どもに向かって、

「いけにえ二匹、確かに頂戴した!貴公らの好意、我らの上司に必ずや伝えよう!」

 そう告げて背中のでっかいコウモリ羽を、ばっさらばっさらやったかと思うと、あっという間におれらは空の上。

 魔物おそるべし。もう怖いとか言うよりは、凄いわ、感服しました。物語通り進んでたらこういう奴らとまともにやりあってたかも知れないのだなあって思ったら、ぞっとした。絶対嫌だ。

 風をきる音に負けぬよう大声で、おれは尋ねた。いや、爬虫類野郎があんまり黙って飛ぶから、抱えられてるおれ達としては気まずくなってきたんだよね。

「あのう!ちょっと!いいすかねえ!?」

「何だ?」

 あら、ちょっと怒ってる?

「いえ、あのお!おれたちってどーなるのかなあって!ちょっと思っただけなんすけど……」

 下手に出つつ大声で、って結構難しいね。

「……おれたち、だって?」

 爬虫類はぎろり、とおれを睨んだ。えっ何か変な事言った?おれ。ってペンネを振り返ると、奴は口パクで

 ばか、

 と、頭を指差した。

 あ……みつあみヅラ、取れてる。ていうか、つけてたの忘れてた。

「お前、何者だ?なぜ女に変装していた?」

 ああ、やばいわ。やっばいわこれは。

 爬虫類はおれの首根っこを掴み、その目の前に宙づりにすると、じっと見据えてきやがった。嫌な汗が、背中を伝っていく。気持ち悪ィ、帰りたい……。

「なるほど。ハハハ、なるほどなァ」

 ややあって爬虫類は、妙に優しげな調子でそう呟いたかと思うと、いきなり、翼を畳んで下降した。

 そうして、何でもない森の中に着陸するや否や、おれとペンネは草の上に乱暴に放り出された。

 何だ何だ、何なのよ。バレたのか?やっぱり。爬虫類は間抜けにひっくり返ったおれ達を、赤い目玉で見下ろした。

「知ってるぞ?お前、勇者だな?クリムトだな?……驚いたぜ。あんまり阿呆でな。変装って、お前、勇者のくせに」

 あほと言われたが。そんな事より今は、緊張して吐きそう。

「まあいい。勇者とその仲間は、見つけ次第ぶっ殺すだけさ。恨むなよ」

 爬虫類は、すらり。三日月みたいな刀を、抜いた。

 やべえ。

 ペンネは背負っていた袋からチェインソウを出し、おれに渡そうと……

 でも、駄目だペンネ

 爬虫類が

 先に斬ろうとしてんのは

 お前だ

 よせ

 と、叫ぶ前におれは既に地面を蹴って、三日月の軌道に割って入っていた。

 感覚は、スロー。

 心臓に、鉄の味。

 マヌケだ、おれは。

 こういう時は普通、せめて相打ちだろ?





 ………………………。


 今更、何だよ。おれは死んだんだろ?ほっといてくれ。



 あんた、誰?何だか……昔会った事があるような気がするが……誰だっけ



 まあいっか……。で?おれ、どうなんの?


 審判?……何の?

 

 …救済されるか消されるかの審判……へーそんなのやるんだ。

 あんたが裁くの?


 え、違うの。

 へえ、じゃあ誰が決めんの?


 えっ、おれが知ってる奴?誰だよ……。

 まあいいや、決めんなら早く決めろよ。


 あ……今更、こんな事言っても無駄かもしんねえけど、一応言わして。



 消えたくねぇ……、お願いします。



 はじめから


 ▼

 つづきから



 ……………………。


「全然、何にも起こらないよこれ……神父、あんた真面目にやってんの?」

「やってますよお」

 ペンネと神父だ……。あれ……つう事はここ、教会?

「な……っ!ええ?何で?」

「何騒いでんのクリムト」

 戻ってる、

 時間が戻ってるよオイ!

 死んでねえじゃん!おれ死んでねえじゃんよ!……はは!すげえ、でも何が何だかわかんねえ!

 審判されて、時が戻る。やりなおし。これが〈救済〉って事なのか?

 まあ何でもいいや、生きてんなら、

「よかった……ウオオアアアよかったあああ……」

「クリムト、キモいよ。狂った?」

 ペンネ、お前は相変わらず辛辣だな。だが今は説明してる暇が無い。おれは急いだ。

「セーブはいいから神父、縄を焼き切れ、その燭台で」

 不器用な神父といえども、蝋燭の炎を使えば簡単に縄は焼き切れる。

「切れましたあ~!」

 くそっ、さっきもそう言えばよかった。

「なあんか変だね、お前」

 って訝しがっているペンネから、おれはチェインソウの入った袋を奪い取り、背負った。その瞬間、

「よう、いけにえ諸君。気分はどうだ?」

 扉が開いて、爬虫類野郎のお出まし。同じだ。さっきと全く、同じだぜ。おれは緊張を鎮めようと、深呼吸。しかし、だ、ダメだ。爬虫類の腰に吊された三日月刀が視界に入っちまって、ひひひ……震えてやんの、おれ。とりわけ、直にアレを食らったおれの心臓はとんでもねえ速さで脈打っていた。

 先程と同じ段取りで、爬虫類はおれ達を抱えて空を飛ぶ。

 おれは極度の緊張で気絶しそうだった。だってそうだろ?もう1度死ぬのは絶対に嫌だ。それに……あの、誰だかわかんねー奴は、今度は〈救済〉する方を選ばないかも知れないんだ。そしたら、どうなる?きっと消えてなくなるぜ、おれ……。

 ……怖ぇ。

 死なずに済むためには、まず。失敗しねえ事。みつあみのヅラを被って変装してるってのを、爬虫類に見破られたら、アウト。余計な事は喋らねえぞ。絶対にだ。

 絶対に……

 風がふいた。

 ペンネが口パクで、

 ばか

 と、頭を指差した。

 おいいいいい!ヅラ飛んでるじゃねーかちくしょおおお!

「お前、何者だ?なぜ女に変装していた?」

 爬虫類が、おれの首根っこを掴んでじっと睨み付けてきた。二度目だよ……。心臓が、ぶっ壊れそうなほどめちゃくちゃなスピードで鼓動を始めた。

 そうさ、こういう最悪のケースも、考えてたっちゃあ考えてた。だから、今度は最初から、おれがチェインソウを持ってるんだろ?

 何だ、準備はできてるじゃねえか。落ち着けよ、おれ。爬虫類野郎の刀の軌道は、確か、こうきて、こう……じゃねえか、逆か。あれ?どっちだ?畜生、混乱してきた。

 とか何とか考えてるうちに、ああ、あの森の、あの場所じゃん……。

 爬虫類は着陸した。

 上演開始の、ベルだ。

「驚いたぜ。あんまり阿呆でな。変装って、お前、勇者のくせに」

 まだだぜ……集中しろ、こっからだ。

「まあいい。勇者とその仲間は、見つけ次第ぶっ殺すだけさ。恨むなよ」

 爬虫類のウロコじみた右腕が、腰の三日月刀を……

 掴むより早く、おれは背中のチェインソウを手に取る、第1行程クリア。第2行程は、前回と同じなんだ。ポカンとするペンネの前まで走る。クリア。

 そう、すると爬虫類の刃はちょうど、おれの心臓のトコに来るはずだろ、だから第3行程、その位置にチェインソウを持ってきて、防ぐ、できなきゃ死ぬんだ、

 頼むぜ……

 刃と刃が、噛み合う音。

 ……あっ、次どうすっか考えてねえ。

 三日月刀をチェインソウで受けたまではいい。けど、その先まで考えてなかった。こ、怖ぇ、爬虫類、近ぇし。

「阿呆だと聞いていたが、やるじゃないか……ええ?」

 ちょ、生臭いよ、息が。そしてこれ、膠着状態っぽく見えるけど、おれ腕力ねえからじりじり押されてんだ……くっ、やばい。

 その時だった。

「これだ」

 ペンネが下からひょいっと手を伸ばし、引いた。チェインソウのスイッチを。

 爆音。続いてシャリシャリシャリ……というような、耳障りな音と共に三日月が、削られ、そして折れる。

 チャンスだ、ペンネ、ナイス。

 おれは迷わず爬虫類の右腕を、切り落とさせていただいた。

 おそろしい咆哮が響き渡る。すっげえ悪いと思うけど、こっちも必死なんだ。

 爬虫類は青だか何だか、すごいカラーセンスの体液を撒き散らしながら、例のコウモリ羽で飛び去って行った。おれは緊張が解けてその場にへたりこむ。正直、半分腰が抜けていた。頭の中のラッパ音に文句を言う気力もねえ。

「やっぱりお前、今日へんだよ」

 ペンネはそう言いながら、革袋に焼酎を流し込み、梅干しを落とすと、それをおれに差し出した。

「へんだけど、妙に、やり手だったのは確かだ。とりあえず、呑みながら、話せよ全部」

 あ、そう……やり手だっんだ、おれ。でももうこんなのは、二度と御免だ、心臓に悪ィ。


 つうわけで、おれはペンネに全てを話した。一回死んで、何者かの審判を受け、時間が戻って、やり直し……って、実際おれも何て荒唐無稽な話だとは思う。でももう、今更ペンネも疑ったりはしなかった。いいかげんうんざりしてるんだろう。

「成る程ね……じゃあセーブしますかっていうのは、つまりその、死後の審判を受けますかって事なんだな」

 死後の審判

 そう、あの時は、脳に直接話しかけられているような気分だったが、感覚的なモンを信じるならば、審判に登場した者はおれを除いて、2人いたはず。

 1人は、審判を進行する司会者。

 そしてもう1人は、審判を下す者。

「ほれりしても、そろ……」

 ペンネは梅干しを口の中でコロコロしていた事に気付き、種を捨てて言い直した。

「それにしても、その、審判下す奴がさ、救済する方を選んだから良かったものの。消される方を選んでたらどうなってたんだ?」

「そりゃ……おれは消えてなくなってたんじゃねえの?跡形もなく」

 言いながら背筋が寒くなる。

「物語の、主人公であるはずのお前がか?そうしたら、この世界は主人公不在になる。主人公不在なら物語はもうこれ以上進まないし、戻せない。そういう場合ってさァ……普通……」

 そうだよな。もしおれが創造主の立場だったら、作り直すしかない。

 最初から、世界ごとな。

 って、ええ!?それはつまり、おれが死んで、審判で救済されなかったら、この世界ごと作り直し。仕切り直し。

 そう、全部が。

 無かったことにされて、作り直した主人公に、最初から、物語を紡ぎ直させる。

 これが、この世界のシステムだってことか?

 まさか、そんな。いくら物語のための道具とは言え、世界を1個作っちまってんだぜ。創造主ども、慈悲が無いにもほどがあるだろ?

「そんな、さすがに、そんな、……なあ?」

 しかし、そうでないと誰が言い切れるだろうか。つうか、そんな気がするよ。創造主どもは、おれが死んでも作り直しゃイイと思ってっから、ドラゴンだの魔物だのを次々けしかけて来るんじゃねえか。

「……やっべえええそうかも、絶対そうかも、」

「僕もそう思う」

 ペンネも苦々しげにそう言って、三杯目の梅干し入り焼酎に手をつけた。

 さてそうなるとこの世界には2通りの終焉が考えられる。

 1つは物語の完結による終焉。

 もう1つは物語の仕切り直しによる終焉だ。

 だがちょっと待て、

 どのみちそんな事ができるなら、おれ達が物語に逆らって動き出した時点で、見きりつけて作り直せばよかったんじゃないか?なぜ創造主どもは、物語を進める気の無いおれを、すぐに作り直さなかったばかりか、救済までしたんだろうか。

 慈悲か?憐れみか?

「……どうかな。人に魔物をけしかけて笑って見てるような奴らだぜ?僕はもっと、俗的な、やらしい理由があるような気がするけどな」

 ペンネは皮肉な調子で続ける。奴の説は、非常にシビアかつ説得力があった。

「鍵は、死後の審判を下している奴さ。僕はそれは創造主とは別の存在だと思っている。仮にそいつを〈審判人〉と呼ぼう。審判人は、創造主どもよりも、立場が上なんじゃないかな」

「立場が、上?」

「そう。だから創造主どもは、〈審判人〉の判断なしには、勝手に世界を作り直しできない。そして……〈審判人〉は、さっき。どんな気まぐれかはわからないが、お前を、救済した。……それは。事実だ」

 そこまで一気に喋るとペンネは、ふう、と息を吐いた。

「僕らは今、この〈審判人〉の気まぐれによって、首の皮一枚のところで生かされているのかもしれないぜ」


 気まぐれで、強大な権限を持つ〈審判人〉。

 あくまでも物語を遂行させたい〈創造主〉。

 これが、この世界の外の図式。

 今のところ、おれたちはそう考える事にした。よって、おれたちがすべき事は、創造主の設定した物語が結末まで到達しねえように筋書きを無茶苦茶にすることと、もうひとつ。

 世界の作り直しをさせねえために〈審判人〉のご機嫌をとらなきゃいかんようである。そのためには〈審判人〉の情報をもっと集めなければならない。

 焼酎を呑みながらおれとペンネは、情報網の範囲を広げつつ、同時に物語に逆らう方法を考えた。

 魔物。次のターゲットは彼らだ。


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