第三章 〈世界〉
真実。重要な事だが。
正直、おれはそんなもん聞きたかねえのである。だって何か、怖くねえ?夜、空を見てるとさ、急ゾッとする事ってあるだろ。あれに似た感じ。……あれ、おれ、なんでそんな事はきっちり覚えてんだろうな。まあいいや。おれは小声でペンネに、聞くのやめねえ?と囁いた。しかしペンネは無表情を微かに引き攣らせ、言ったんだ。
「僕は、知りたい。役割を裏切った僕は、いつかバグになるかもしれないじゃないか。聞かなきゃ損だぜ。クリムトお前、怖いのかよ」
くっ、何だと。いいよ!わかったよ!世界の真実だろうが何だろうが、聞いてやろうじゃねえの……
つっておれは、逆ギレのノリでとんでもねえ真実を知る事となってしまったのだ。
実際のところバグ長は、カンに障るぐらい厳かな口調でこの話を語ったのだが。長ェから、おれフィルターを通して要約する。
この世界を作った創造主達は……そう、「達」っつうのは一人じゃなかったから。そいつらは、外域という、世界の外に住んでいる者達なのだという。外域がどんな所なのかはバグ長も知らない。
とにかく、その外域に住む創造主達はある日、何らかの理由で、ある「物語」を作ろうと考えたのだ。
で、物語にはまず舞台が必要だろうってんで、その時、この世界の大まかな地形がチャチャッと作られた。ついで生物も。そんで人間もね。
ずいぶんテキトーな奴らだろ。
そう、この世界は創造主達の考えた「物語」のために作られた、ただの舞台。ハリボテの玩具、カキワリの背景という訳よ。けっ。
そして創造主どもは舞台に乗った生物達に運命を与えた。物語の、主要人物、あるいは脇役、あるいは敵、あるいは単なるその他大勢としての、それぞれが演じるべき運命を。
ここまで作り込むと世界はだいぶ複雑になってきている。だから、間抜けな創造主どもは時折失敗をおかした。
世界の中の、失敗した部分。それがバグなのである。
おれは最初の町のバグ達の暗い目を忘れてはいない。
「世界から落伍した」
そういう意味だったのだ。
「ワタシはその失敗の中でも、最も致命的な失敗なのだ。それゆえに、ワタシに近づくだけで、正常に作られた者にまで失敗のかけらが伝染してしまう。それは物語、そしてこの世界そのものを消滅させてしまう可能性すらある」
バグ長はそこまで話し終えると、周囲の風景をキラキラと瞬かせた。
生まれながらに失敗作。それも致命的な。やるせねえ。ああ、それはすごくやるせねえ事だよ……。おれはバグ長が気の毒に思えた。いや、まあ最初は怖えとか言ってたけどさ、バグ長が、そんな事を知りながらここでずっと、孤独にチカチカしてたっつうのが、何だか悲しいじゃねえか。
世界はただの物語。失敗作として生まれたバグ。まったく、何てこった、この世界はこんなにろくでもねえモンなのか?聞き終えておれは言葉を失っていた。
すると今まで黙りこくっていたペンネが、突然口をきいた。
「……バグ長」
バグ長!?おい、お前もそう呼んでたのかよ!つうか本人に言うなよ!
「世界が物語だって事ならば、その物語は、いつか終わるのか?そしたら……世界はどうなるんだ?」
ナイスクエスチョン、若ハゲ。おれもそこ気になってた。でもバグ長って言ったの訂正しねえんだ…いいんだ。
「ワタシにもわからない。しかし……」
えっ、いいんだバグ長もバグ長でいいんだ。スルーなんだ、そこ。デカチョーみたいだから怒るかと思ったのに。
「おそらくは、消滅する。もとより物語の為に作られた世界なのだからな」
バグ長は、ふうっとゆらめいた。
「だが、世界が物語の開始を待っていた時代は、終わった。それだけは、わかる。物語はもう始まっている。終焉に向かって進み出しているはずだ」
消滅に向かって、世界は動き出している。役割を持つ者は、その役割を全うしようと、動き出す。
そうか、おれを操ろうとしているものは、その、終焉に向かって突き進もうとする「物語」そのものなのだ。
まいったな……。おれはどうやら、大変なモンに喧嘩を売ってしまったんじゃなかろうか。
鬱的な気分で茫然とするおれ。ふとペンネを見ると、猫背をシャキッとさせて腕を組み、眼をつむっている。イカレたのかって思ったが、違った。いや、違ってねえな。やっぱイカレてる、ある意味。ペンネは考えてやがったんだ。おれが売った喧嘩に勝つ方法を。
奴は言った。
「バグ長、もしも、もしもさ、物語の筋を書き換えたなら……世界はそれでも終焉するかな?」
ペンネお前、思ったよりクレイジーな奴だったよ。
「筋書きを、変えるだと?そんな事は、物語の主人公でもなければ……」
バグ長の周縁がショッキングピンクに輝いた。ペンネはニヤリとしながら、
「主人公なら、ここに」
こっちを見た。
……えっ……おれ?
「お前以外に、誰がいる?僕は、だって、伝説の勇者クリムト・ルーベンスターにゾンビ退治を強要する村人の役割だったんだぜ。これが物語なら、主人公はその勇者様とやらに決まってるじゃないか」
ええ~?おれが?いやいや、有り得ないって。マジで、やめてよ。
「それに、お前きっともう、既に筋書きを変え始めてるんだよ。お前が僕をパーティに加えた時点で、僕はもう村人ペンネの役割を逸脱しちまってるんだから」
……嘘だろ?主人公なんて。この世で最もおれの性に合わねえ役どころじゃないか、だって、そうだろ?主人公って普通、正義の熱血漢だろが。おれのような文化系アル中に主人公やらしてどうすんだよ。ああ何かもう、最悪だ。バグ長が言うには、
「物語の主人公は、物語の開始と共に生まれる」
らしい。それって、おれに人生の記憶が無くて、いきなり部屋にぽつんと、ただ居た、っていう、完璧にその現象を説明してる気がしました……。うわあ……。
じゃあもう、いいよ。勇者でも主人公でも味噌でもクソでも、何でもいいですよ。おれはもうすっかりヒネた。
そうだよ、はは。主人公が筋書きを変える事ができるんなら、おれ好みの、イカレたストーリーにしてやるぜ。創造主どもが怒り出すような、ひっどい物語にな。
そう、重要なのは、これは物語であると同時におれの、人生なんだって事。そこ。
そう考えたら、頭の中のモヤモヤが、若干晴れたような気がした。色々と知りたくねえ事を聞いてしまったが、結局、おれはバグ長に会えてよかったのだと思う。
そんで、筋書きを変えるためにまずはどうするか。って話になった訳だが。
とにかく、これから先も世界のあらゆるものが、何とかして本筋の物語に戻そうとあの手この手を使ってくるに違いないのである。なので、
「僕思ったんだけど、逆にさあ。一見、物語に沿ってますよみたいなフリだけして、役割を持った奴らから情報を集めんの。そんで本来の物語の展開を把握した上でことごとくそれに逆らうってのはどう」
極悪な若ハゲはそう言い放った。
わるいやつだ、おまえは。おれは何だか可笑しくてたまらなくなった。
おれ達は、バグ長に教わって、ここから最も近い村に向かう事にした。人が居る場所、というのは物語の情報が何かしら得られる可能性が高いっつう、相変わらず適当な理由なんだが。
別れぎわ、バグ長は四角い空間をゆらゆらさせて
「無事を祈る」
とだけ言った。よく見るとかっこいいよね、あの極彩色。
「筋書きを変えて、世界の終焉を免れたら、酒持ってまた来るよ。デカチョー……じゃねえ、バグ長」
まつがえた。ごめんバグ長。つうかバグ長って酒呑むのかね?
かなり歩いてきた所でふと振り返ると、まだ少し、点滅するバグ長の光が見えた。
それは何だか、けっこう綺麗で、悪くない光景だった。