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RとP、そしてG  作者: T長
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第二章 〈放浪〉

 泉の周囲わずか3メートル。これがおれの行動範囲だった。何だかもう笑えてきたね。

 何が何でも西に行きたくなかったおれは、町を出てから単純に東に向かったのだが。東は砂漠だった。巨大な虫やら、凶悪な猿なんかがウヨウヨしてやがった。それが、刺激せぬようにどんだけそっと歩いても襲いかかって来るのよ。皆が皆ね。

 1匹ずつならまあ、ぎりぎり何とかなる。チェインソウもあるし。つってもそれでもこっちはいっぱいいっぱいですよ。で、瀕死で辿り着いたこの泉、浸かると体力が回復できるという妙な代物だったのね。こっから離れるとまた襲われて、そんで戻って来て回復、そのエンドレスループな訳で。

 気が滅入る。泉はすごいよ、確かに。傷なんかも全部治るしね。だけどここから全然動けねえから、退屈で死ぬわ。飽きたよこの風景。

 かといって、泉から離れれば虫と猿の地獄。群れで襲ってこられたら、完全にキャパオーバー、手に負えねえ。根性でどうにかなんてならないよ、おれ文化系だからね。

 仕方ないから1匹潰しては泉に戻り、また1匹潰しては戻って、の繰り返しでこの辺の虫と猿の密度を減らす作戦に出てみたのだが、

全然減らねえでやんの。どっから湧いてんだよ、虫と猿の湧く泉でもあるんじゃねえの?と、絶望的な気分で辺りを見回すと。

 何だ、あの箱。

 ぼろぼろに錆びた錠前の付いた木箱が、脇の貧弱な草むらに放置されている。誰かの忘れ物ですかねえ?ひっひ。

 無限ループに退屈しきっていたおれは、迷わず錠を壊した。誰かの恥ずかしい手紙でも入ってりゃ、いい気晴らしになる。

 蓋を開けると、パッパラーン!てな感じの腐った音楽が俺の頭ん中を流れた。ほんと、この音イラつくぜ。何なの?これも陰謀の一部なの?って、そんな事は割とどうでもいい。箱の中身だ。何だったかって、

 何ですかこれ。じゃらじゃらしている。

 ちょ、これ、くさりかたびらじゃん。いらね~!おい何でこんな所にくさりかたびら置き去りにしてんだよ!誰だよ!阿呆だこいつ、天然だ、腹痛ぇ。腹筋やべえ。あっ、回復せな。

 ……いや待て、よく考えたらくさりかたびら。いいかもしんねえ。着るわ、これ着るわ。誰が使ってたか判らんからちょっと気持ち悪いけど。……女子って事はないだろうなぁ。有り得ないよなあ、まさかなあ……なんか、豊満な女戦士みたいなお姉さんが、これを、おお、これを、

 ああ馬鹿かおれは。そんな妄想してたら背後を虫に囲まれてました。やべえ。超絶やべえ。

 虫は鋭い爪でおれの身体をえぐりにかかる。必死にチェインソウで払うのだけれど、数が多いよ、奴ら足6本あんだぜ。それが3匹。合計で18本になりまあす。チャリーン。

 えっ。チャリーンって何だよ。今の音、おれがふざけて言った効果音ではない。くさりかたびらが、虫の爪を見事はね返した音だったらしい。おお、すごいじゃんくさりかたびら!おれは感謝した。

 ありがたや、名もなきうっかり女戦士(豊満)さんよ……


 くさりかたびらのお陰で、おれはなんとか砂漠を抜ける事ができた。どういう訳か知らんが、虫や猿を倒していくと、たまに例の頭ん中の間抜けなラッパが鳴りやがる。そうすると、少しばかりおれ、うまくなってるような気がするんだ。虫や猿をぶちのめすのが。そんなもん上手くなってどうすんだと言われりゃそれまでなんだけど。

 そんな感じで、小さな村を発見した頃には随分楽に虫どもを一掃できるようになっていたのである。

 村にはちゃんと宿もありました。例の、激安5Gの店。チェーン店だったとは。やりよるな5Gの宿。

 で、城から拝借したワインで晩酌。わーい。


 ファファラファ〜ン。くっ、まただよこのラッパ。朝っぱらからコレ聴かされると馬鹿らしい気分になる。

 昨日はワインと共に眠り呆けてしまい、第一村人の話すらろくに聞かなかった。おれは早速に、村のちょっと栄えた辺りに繰り出したのであります。

 あっ、何か。この村、いい、おれ好みな匂いがする。こんな昼間っから酒場が開いてるでないの。素敵。じゃ当然、入らない訳にはいかねえわよ。

 店の親父も愛想がよい。この辺は、地麦酒が有名なのだと言う。ほほ~ん、いいじゃない、いいじゃない。おれの人生順調だ。視線の奴もさぞかし悔しがっている事だろうぜ。ざまあみろ。地ビールうめええええ。

 ブラーマン・ビレッジという名のこの村は、すこぶる居心地が良かった。麦酒は美味いし、当たり前だが村人は同じ台詞を繰り返したりしない。相変わらずあの視線は感じるが、つかの間、悪夢から開放されたような気分だった。

 さて。今おれは酒場で知り合った男と意気統合してしまい、奴に村を案内してもらっているのである。奴はおれより少しばかり年上なだけだが、額が、少々まずい事になっている。辛気臭い感じのボンヤリした男で、珠に辛辣な毒を吐くが、いい奴である。名前は、……まだ聞いてねえ。まあ名前なんかどうだっていい。重要なのは、気が合うって事だろ?

「あんた、旅人だろう?どの辺出身なの?」

 額のヤバげなその男が、牧場を眺めながらふと尋ねてきた。牧歌的な風景。嘘ついても仕方ねえって気分にもなるわな。おれは馬鹿正直にも、セプテンバー村の話、それから剣を押し付けられて、王様に会って……ってな一部始終を話しちまった。すると、ポーカーフェイスと思っていた奴の顔色が、若干変わった。

「もしかしてあんた……クリムト・ルーベンスターか?」

 おい……何で知ってるんだ?おれの名前を。しかも苗字まで。何か嫌な予感がした。

 風が吹き抜ける音が聞こえる。おれも、男も、黙っていたからだろう。とにかく気まずい沈黙だった。男は、次の言葉を選んでいる。

 どれだけの葛藤があったのだろうか、やがて男は絞り出すような声で言った。

「クリムト……あんた、逃げた方がいいよ」

「えっ」

 困惑するおれ。男は辺りを気にして声をひそめた。つまりこういう事らしい。

 おれは、まだこの村に来る筈ではなかった。しかし、いずれ来るという事は決まっていて、村人は皆それを知っていた。予定通りおれが来たら、村人達は一斉に、同じ台詞しか言わなくなり、おれを強制的にある使命に向かわせる手筈だったという。

 成る程、前の町でもこの段取りが踏まれていたのだ。で、おれがこの村に課される予定の使命はゾンビ退治だったらしい……って、おい、何それふざけんなおい、マジで?

 おれに村の秘密を明かしてくれた、額の薄くなり始めた感じの男は、ペンネという名前だった。ひょろっと背の高い、猫背のペンネが言うことには。ゾンビを倒すにはメドゥーサの首飾りとやらが必要で、それは例の竜にさらわれた姫だけが持っているものなのだとか。おれは竜退治をエスケープしてここに居る訳なので、むろんそんな首飾りなぞ持っていない。なので、この村の奴らに強制的にゾンビ退治に行かされた場合、普通に、死にます。

 危なかった。いい奴だぜ、ペンネ。しかしこいつはこんな事をおれに喋ってしまって平気なのかしらん。

 ペンネは村のはずれまでおれを見送ってくれた。何と言うか、おれはペンネの身の上が心配だった。おれに秘密を漏らした事で、罰を受けたりしないのだろうか。

「なあ……大丈夫なのこんな事して。これからどうすんのあんた」

「ああうん、別にどうでもいいかな。……バグにでもなるか、ってかんじ」

 虚ろな目でペンネは笑った。そうか、バグになるのか。

「何か、悪かったな……」

 おれは心底、そう思った。

「気にするな。わかっててやったんだよ」

 奴は淡々と続けた。

「そりゃあまあ、迷ったけども。やはり気が咎めたんだ。あんた僕の作った麦酒をうまいうまいって飲んでくれてたからさ」

 記憶が妙な事になる前のおれに、友人と呼べる奴がいたかどうかは判らない。バグ達もいい奴らだったが、これから先、奴らとまた会える確率はそう高くないのかもしれない。友人てのは、一体どんなものを指すのだろう?正直、おれは今ペンネの言葉に涙腺がゆるんでしまったのだ。いや、泣くまではいかねえよ?でもかなりやばかった。

 だから、もうおれはアレだ……決めたよ。

「……行くとこねえなら、おれと来ない」

 来ない。とか言ったけどコレ、実際は来ない?って聞いてるのね。いや、まあどうでもいいか。そんな事。ペンネは驚いた顔でいいのかと言った。いいんだよ。重要なのは気が合うって事だろ?

 斯くして、おれとペンネは一緒に、ブラーマン・ビレッジから南の、デス・バレーに向かった。理由は、まあ例のごとく特に無いんだけどね。死の谷なんて言うぐらいだから、奴ら、つまりおれやペンネを操ろうとする奴らの息がかかってない場所があるかもしれないだろ?

 ペンネは最初、本当にいいのか、と、何度も言った。

「クリムトさあ、お前は多分、本当は僕じゃない誰かと、パーティを組むはずだったんだと思うよ。僕はただの、酒場の村人だぜ。もっとほら、なんか賢者とか魔法使いとか、そうゆうのなんじゃないの」

 でもよ、パーティっつったら酒だろう。呑み友達が居て当然なんじゃねえの、って、おれは思う訳だよ。


 デス・バレーまでは熱帯雨林を抜けなければならないのだが、これが非常に難行だった。実に色んなモンが奇襲かけてきやがんの。火の玉、きのこ、揚句にこれ何だ、ゲロ?ゼリー?こんなモンまで襲って来るなんて、ホントどうなってんだ、ご時世は。

 そんな中。ゼリーを細切れにして倒した直後の事だ。ペンネがぽつりと一言。

「……ラッパが鳴ってんだ」

 ああ、例の。鳴るよな、珠に。何でだかは知らんけど。

「僕の中で、声が……いや、何だろう?字かなこれは……」

 目が泳いでいる。こいつまさか、さっき襲ってきたキノコ食ったんじゃねえだろうなあ。気持ち悪いよペンネ。

 だがペンネが変になってしまったのは、キノコのせいではなかった。おれには実感としてよく解らん話だが、奴はMPとかいうモンに目覚めてしまったのだと言う。

「MPに目覚めると、魔法が使えるようになるって頭の……黒い旗がそう言って……ははは、妙な気分らよ……」

「ちょ、ペンネ!どこ行くつもりだよ!おいって!」

 呑んでもねえのに千鳥足のペンネはくうらりくらりと、森の中の道なき道を進んでいく。

「♪ゆあ~んゆよん。ゆやゆよ~ん……ひっひ」

 ああ、完全にラリってやがるこいつ。見たことねえから全然わかんねえけど、これが魔法ってやつなのか?

 気味が悪いからなのか何なのか、火の玉やらゼリーやらの怪物どもは、誰もペンネに近づかなかった。不思議だ。ゆあんゆよん、は、ともかくとして、奴はマジに魔法使いとして目覚めたらしい。

 しかし、ペンネめ、若ハゲめ。一体どこへ向かってるんだ?もはやデス・バレーがどっちの方角にあるのかも、わからない。知らねえぞ、畜生。おれは後を追うだけで精一杯だった。千鳥足のくせに、妙に素早い。

 って、あれっ。何いきなり立ち止まってんだお前。

「おい。急に何……」

 おれは絶句した。ペンネが呆とした表情で見つめる先の景色が、あまりに異常で。

 四角い、極彩色の空間?

 おれには、そう見えた。

 ジャングルの真ん中に四角く広がる異空間。不思議な事に、周りの景色との繋がりは絶たれていない。どう言えばいいだろう、そこだけ極彩色のフィルターをかけたようになっているのだ。

 平面なのに奥行きがある、何とも奇妙な……。ああ、じっと見てると鳥肌がたってくる。何だよコレは。

「……あれ、何これどうなってんの。クリムト、何これ?つうか、ここどこ」

 おれが聞きたいわ畜生。ペンネのハゲは正気に戻ったようだった。お前、MPでラリってたの覚えてねえの?おめでたい野郎ですね。

 しかし、おめでたいのはおれも同じだった。間抜け面で極彩空間の前に突っ立っていたおれは、何者かに背後を取られたのだ。

 あ。やべえ。これやべえ。冷たい空気のような、薄~い気配の「何か」が、おれの背後に回り込んでいる。幽霊だ、幽霊だよ絶対これ!

「ペ、ペンネ、ペンネ……あのさおれの後ろにさ、あの……何か、いる?」

 おれの言葉にポーカーフェイスを振り向かせたペンネは、ぎゅ、と眉間にシワを寄せた。

「僕は今、目がおかしくなっちまってるみたいだ。だから半信半疑で聞いてな。クリムト……僕にはお前が2人居るように見える」

 えっ!えっ!ぇええ!?怖ェ!めちゃくちゃ怖ェ!考え得る恐怖体験の中で最も怖ぇえ!絶対振り向けねえ!

「それ以上近づくな」

 え、今、何か言った?

「……僕じゃない。多分こいつが……」

 ペンネは四角い空間を指差した。再び、声。

「後ろに、下がれ」

 極彩色の、四角い空間。それだけでも破壊的なインパクトがあるっつうのに更にこいつは、ものを言いやがったのだ。

 怖すぎる。自分の幽霊も怖いが、喋る空間、しかも極彩色だぜ?何かもう、ゴメンナサイおれが悪かったです、って謝ってどうする。混乱してるな、おれ。とにかく、ペンネもおれも、今にも吐くか失禁するかしそうな顔で、じりじりと後ろに下がった。

 すると。あら、……おれの背後の冷たい気配が、すうっ、と消えた。どうなってんのこれ。

 空間はおれの心を見透かしたかのように言った。

「恐れるな。それは幽霊ではない。影だ」

 しかし、よく考えてみろ。姿の見えない視線が四六時中、監視しくさるわ、村人は同じ台詞を繰り返すわ、頭の中ではラッパのメロディ、揚句の果てにはゼリーが人を襲うようなご時世ですよ。この期に及んで、サイケな四角空間が喋るぐらい、畜生、何だっていうんだ。もう、やけだ。

「あんたは一体、誰なんだ?人なのか?」

 チカッと、空間が瞬いたような気がした。くっ、やっぱ怖いわ。意味がわかんねえもん。

「ワタシは……世界を致命的に踏み外したもの。バグ達の長である」

 ……通じた。やはり、こいつには明確な意思があるのだ。しかし、バグ……乞食達の長だって?このサイケ空間が?どういうこっちゃ。

「お、おれバグには世話になったんだ、前の街で。あんたが彼らの仲間だって言うなら、危害を加える気は毛頭、無いんで、」

 だから、やめてね。何か、いきなりウオーッてなって爆発したりしないで下さい。というニュアンスを込めて、おれはそう言った。

「わかっている。お前達はどことなく、我々と似た匂いがする。ワタシもお前達に危害を加えるつもりは無い」

 顔が無いから表情は読めねえけども、サイケ空間のその言葉に、おれとペンネは少しばかり安心し、ホッと顔を見合わせた。

 しかしサイケ空間てのもアレだな、呼びにくいな。バグの長ならバグ長って呼ぼう。いや、おれの中だけで、の話だけどね。

 バグ長によると、先程おれの背後に現れた影、あれは一種の病で、ああゆう状態を「バグってる」と言うらしい。おれの場合はごく一時的な症状で済んだ訳だが、以前、町で会った乞食達はもっと深刻で、影そのものに成り果ててしまった本体の無い者達なのだという。言われてみりゃ妙に、存在感薄めの奴らだった気もするけど。

「つまり結局、バグってのは何なん……ですか?」

 ああっ。敬語で発言してしまった。おれって結局、卑屈な男。

「……知りたいのか?」

 バグ長は言った。一瞬、空間の形がゆらめいた。

「……世界の、真実を」

 くっそ、やっぱバグ長怖ぇ。



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