表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RとP、そしてG  作者: T長
12/13

第十二章〈内包〉

 魔王は言った。

「我は、悲しくなど、ない。玩具には感情など、ないからだ……」

 嘘だった。かすれた声、それに目の中の深い青い色の海が、こぼれ落ちそうになってんだもの、ここまで来ればもう誰だってわかるよ。馬鹿だなあ……。

「アンタ、ばかだよ。認めちゃいなって。生きてんだから泣けばいいじゃねえの?そうだろ?」

 ああ、何だかおれの方が泣きたくなるよ。けど、魔王はまだ苦しそうに否定の言葉を続けた。

「いいや、生きてなどいない……生きてるはずが無い……それでは、それではあまりに……可哀相だ……」

「……なに?」

 かわいそう。

 確かに今、魔王、そう言ったよな。

 可哀相。

 誰かに対する憐れみの感情を示す、言葉だ。そう、誰かに対して。

「……可哀相って、誰が?」

 おれがそう尋ねた時、魔王は遂に耐えきれなくなったのだろう、ぽろぽろと青色の巨大な水滴を落とし、吐き出した、事実を。

「いるのだ、……我の中に、いるのだ、彼が、閉じ込められて……我が死なねば、出られない」

「アンタの中に?」

 二重構造……いやいや、聞いてねえよそんな話。魔王の中に更に何者かが潜んでいるなんて、そんな、マトリョーシカじゃあるまいし。

「いるって一体、誰が、」

 というおれの問いに、魔王は鳴咽混じりに、しかしはっきりとこう答えた。

「……〈エンディング〉。我の、ただひとりの友だ……」

 エンディング。言葉的には結末、おしまいの意味か。何の?決まってる、魔王の中に潜み、魔王が死ねば外に出られる〈エンディング〉とは、物語の結末そのものに違いなかった。それが魔王から出てくる時こそが、この世界の終焉なんだろう。

 魔王の身体という壁1枚ごしに、世界の終焉が居る。恐ろしさは、あった、そりゃあさ。だけど魔王が、言うんだ。

「エンディングだけが、我の話し相手だった。我らはずっと、ふたりきりだった。彼は、我の体内という暗闇に長く耐えてきたのだ……我は、友の願いを叶えてやりたい。しかし……」

 ああ、魔王は、唯ひとりの友人のために死のうとしていたんじゃないか。おれは想像した。玉の中で出番を待ち続けている魔王と、魔王の体の中に閉じ込められた〈エンディング〉。そのお互いだけの世界を。

「この世界がただの玩具でない事には、薄々、気付いていた……だが、それでは〈エンディング〉は、まるで、死神ではないか。生きている世界を消してしまう、死神だ。それではあまりに、あまりに彼が可哀相ではないか……」

 どうしていいかわからなかった。おれにとってのこの世界と同じく、エンディングは魔王にとって大事な存在なんだ。それを秤にかけられる程、おれはできた人間じゃねえ。選べないっつうの、選べる訳がねえよ。

「我は認めない。この世界は唯の玩具で、生きてなどいない!エンディングは死神などではなく、外へ出る権利がある……誰が何と言おうと、我だけは、そう信じてやらねばならないのだ、なぜならば……」

 魔王はそこで深く、息を吸った。おれはその震える呼吸音に妙な胸騒ぎを感じた。おい、まさか、

「なぜならば、彼の気持ちを知るのは我だけだからだ……友がどれだけ外に出たいか、知っているのは我だけだからだ」

 優しい言い方だった。魔王は、自分の心臓の辺りに、愛おしむように触れると、その手をこちらに伸ばした。

 動けなかった。わかっていたのに。

 おれの目に、鮮明に映った魔王の腕、指、爪、それがおれの足元のチェインソウを掴む細かなしぐさ。

「駄目だ、よせ!」

 おれは一瞬遅れでそう叫び駆け寄ろうとしたが。ぐえ、傷に障る、足がもつれて、ああ、間に合わない……、

 魔王は厳かに言った。

「〈エンディング〉、もうお前は、自由だ」

 ペンネの酒水鉄砲も、グイドの飛翔も届かなかった。音もなく速やかに、魔王はチェインソウで、自らの心臓を貫いた。

 その瞬間、おれの脳に走った思いは、世界が消えてしまう事への恐怖じゃなかった。むしろ、魔王という、この、いい奴過ぎるこいつの命がおれの目の前で失われていく事への、恐怖。それだった。だっておれは、少しでも魔王の話を聞いてしまい、泣く所まで見てしまったわけで。その魔王が胸から青い液体を噴水のように溢れさせて死んでいこうとしているんだぜ、目の前で、さっきまでさ、泣きながら話していた奴がだよ。少しでも知っている命が死んでいくのは、こんなにも、恐くて哀しいモノなんだって、畜生、

「なんでだよ畜生!なにやってんだよ!」

 ゆっくりと崩れ落ちた魔王は、青い色にまみれてまだ微かに息をしていて、しかしそれも徐々に消えかけて。ペンネが薬草を食わせようとしていた。おれとグイドは、うろ覚えの救命措置の通りに魔王の気道を確保したり救急マニュアル通り「大丈夫ですか」と声かけをしたりした。大して意味があるとは思えなかったが、何かしないわけにはいかなかったのだ。

 そうしながらおれは何だか、とても腹が立ってきた。何にって、エンディングに対してだよ!魔王は、奴のために死んでいくのに。一言も無しなのか?そんなもんなのか?お前ら、ずっと一緒にいたんじゃねえのかよ。聞こえてるのかどうかは知らねえ。でも言わずにはいられなかった。

「ちょっと……おい!〈エンディング〉この野郎、わかってんのかよ!死ぬんだぞこいつは!お前の為に!いいのかよこれで、お前、こんな事を望んでたのかよ!」

 魔王が、何か言いたげに唇を動かした。ああ、きっとこの期に及んでまだエンディングを庇うつもりなんだ。お前も、何で、そこまですんのかなぁ……泣きたくなるよ、くそ、つーかもう泣いてるよくっそティッシュ持ってねーよくっそ。

 その時。出血を恐れて魔王の胸から抜いていなかったチェインソウが、りいん、と振動した。

「……〈エンディング〉だ」

 ペンネが絶望的な呟きを洩らした。とうとう、出て来ようとしているんだ。

 急速におれの冷静な脳みそが戻ってきた。終焉が、始まる。今まさに世界が、終わろうとしているんだ……。やべえ、とんでもない事になってしまった。消えるんだ、みんな、やべえ、だ、駄目じゃん。

 りいーん、と振動はどんどん激しくなり、おれはただ、あわあわしてチェインソウを押さえたりしたが、当たり前だ、やはりそれは止まない。腹の底から、冷たい塊がだんだん上に上がって来て、あっ、少し吐きそう……。

 どうしよう。考えを整理できないっつうか、手だてが無いっつうか、もうとにかくやばい。詰んだ。掴んでいるチェインソウの振動が、乱拍子でりんこりんこ、うるせえのが焦りを増幅させる。

 って、待て。

 乱拍子、というかこれ、

 おれは耳をそばだてた。金属の振動と同調して聞こえるのは微かな、「言葉」だ。

「………!」

 よく聞こえない。おれもペンネもグイドも、息を殺してチェインソウに顔を近づける。そしておれは尋ねた。

「あんた、もしかして、〈エンディング〉?」

 2秒の間、のち、金属振動に掻き消されそうな音をおれ達は何とか聞き取った。

「……うん」

 小学生の様な、声。

 チェインソウは、声に時折混じる、しゃくりあげるような音にも敏感に反応して震えた。

「どうしよう、ぼく、こんなことになるなんて、思わなかった……」

 小さな声はそう言った。いや、おれも思わなかったよ。ほんとどうしよう。しかし、子供的なものに対しておれはやはり、しかるべき大人の態度を取らねばならず、努めて冷静な振りをして言う。

「君は、あれだよね。魔王と仲良しだったのだよね?今、何が起こっているか、分かってる?」

「ぼ、ぼく魔王がほんとに死んじゃうなんて思ってなかった、玩具だから、平気だと思ってた……どうしよう…どうしよう……」

 泣いている。ヒク、という鳴咽にチェインソウが反応した。〈エンディング〉は、未成熟な子供だったのだ。考えてみたらそりゃそうだ、だって、物語そのものが全然きちんと完結されていないからだ。育ってないんだ。こいつを責める訳にはいかねえな、と思った。責任の一端はおれにないとも言えないし、だいいち、子供は、直面するまで死ってモンがわからない。

「どうしよう、どうしよう、ぼくも魔王も、おもちゃだから大丈夫なんだと思ってたのに、……ぼく外に出たら魔王と一緒に、どこにでも行けると思ってたのに……どうしよう、魔王と一緒じゃなきゃ、ぼくやだよ……でもこんなに血がいっぱい出て、ねえ、死んじゃうの?魔王は死んじゃうの?」

 りんりんとチェインソウは鳴る。魔王を見ると、まだ微かに呼吸があって。おれは具体的な策なんか無かったけども、

「まだわかんねえよ」

 と、願望を口にした。何とかしねえと。つうか、何とかなんのか?畜生。おれは必死で脳みそを働かせる。しかし、そうしてる間にも事態は進行。何だかチェインソウの表面に、紋様みたいなものが浮かび上がって来た。いや、よく見るとそれは紋様ではなく、チラチラと移り変わる、幾つかの映像だった。

 魔王が細かな光の粒子のようなもんに分解して飛び散る画像、見たこともねえ人々におれが喝采を受けている画像、何故だかおれとリータ姫が祝言を挙げている画像、……これがこの物語の結末の映像なのか?ぞっとした。

 するとエンディングが苦しそうな声を上げた。

「ぼく魔王の中にいたいのに、身体が、外に、ひっぱられる……痛い…いたいよう…」

 蚊の泣くよう呻き。チェインソウの、魔王に突き刺さった部分から、ズズ、と、画像の映り込んだ範囲が上に上がってきた気がして、おれは気付いた。〈エンディング〉の体というのは、この、結末の映像そのものなんだ。ああ、エンディングは今、魔王の中に留まろうとしてチェインソウにしがみついているんだ、必死で。

 なあ、魔王、わかるか?エンディングは、やっぱりアンタと一緒じゃなきゃ嫌だってよ。親友てのは、どっちかが犠牲になったりするもんじゃねえよ……。

 おれはそれを口には出さなかったけれども、魔王の指が微かに動いた。オーケー、お前生きる気なんだな。おれはそう受け取った。

 終焉は始まりかけている。けれど、親友を死なせたくないエンディングは、物語の力に逆らって、魔王の体に留まろうとしている。

 今、おれがやるべきことって一体何だ?冷静にならなきゃあ駄目だ。ぐるぐる回転しやがって、おれの思考、まわるな、止まれ止まれ、静まれーい、ちゃんと考えろ!

 そうだ、忘れている事がある。そもそもおれは何をしようとしていた?審判人にコンタクトをとろうとしていたんだ。そうだ審判人だ!ヤツなら何とかできるんじゃねえのか?だって、この世界はそもそもヤツの玩具だったんだろ?

 俺は尋ねた。

「おい、エンディングくん!質問がある、もしかしたらコレで魔王を救えるかもしれない。黒い板を、知らないか?」

「黒い……板?」

 エンディングは、りいん、りいんと、荒い息で答えた。

「そう、あいうえおとABCが全部書いてある。板。見た事ある?」

「あ……お、おべんきょう板のこと?」

 おべんきょう板、って……もしかして、魔王のやつ、ひらがなと英語をエンディングに教えていたのか?うわ、何か……カワイイですけど。泣かせるじゃねえか。

「それ今、何処にあるか、わかる?」

「うん……あの、この中にあるの……」

「つまり、魔王の中に?」

「来て」

 えっ、魔王の中にってこと?えっ、入れるの?おれが迷っていると、エンディングは、チェインソウにはみ出た部分の映像を、てのひらの形に歪めて差し出してきた。

 ええい、もう何でもやるよチクショー。

 エンディングの、映像でできた手を掴むおれ。するり、と滑るようにおれの身体は何だか平面的な感じなモノになり、まるで印刷機にかけられるように、中へと吸い込まれた。

 

 魔王の、中へと。


 真っ暗、ではなかった。そこは美しい空間で、色に溢れていた。マーブル状に様々な色が、流れたりうねったりしている。洞窟にずっと監禁状態だった魔王に、もしもエンディングという存在がいなかったら、ここはこんな色をしていただろうか。

「ぼく、外にひっぱられてそっちに行けないから、お兄ちゃん、かわりに、探して……」

 エンディングの声だけが、空間に響いた。ぺらぺらになったおれは、カラフルなマーブル柄の空間を泳ぐように、奥へ。

 しかし魔王の中のマーブル色は、どうも段々、動きがゆるやかになってきているようだ。死にかけているからなのか?それがおれを焦らせた。やばい。ボヤボヤしてると魔王が死ぬ。

 霧のようなピンク色をかきわけた所にぽつん、と黒い塊が見えて、おれはやみくもに手足を動かしてそれに近付く。ぺらぺらになっていても激しく動くと身体は痛みを感じた。それに、何だかちょっと息苦しい。まさか空気が、少ないとか?この中。おれはヤベエ、と呟きながら黒い板の前に降り立った。

 仮名、そしてABCD……こいつに間違いない。しかし、何だろう?文字の一部が光っている。

 行儀よく並んだ板の文字がまるで、何かが通り過ぎているかのように1文字ずつ、光を放つ。方向は、縦横様々。「か行」の途中で右に曲がったかとおもえば、「は行」で急に折り返したり。光が生きているみたいだった。

 そしてポチン、と音がして、板の上部に文字が現れた。

『せ』

 せって何だよ!これは、審判人のメッセージなのだろうか?と、思った所でおれは先ほどより息苦しさが増している事に気付き、板を抱えると慌てて上に向けて泳ぐ。

 ポチン。

『ー』

 また何か現れた。くそっ、おれは今までになく真剣に働いてんのに、何が『せー』だ審判人。続きは『らー服』か?くっそ。

 最上部付近まで到達するや否や、スルン、と気持ちの悪い感覚と共におれは魔王の外に排出された。

「あったか?」

 ペンネが魔王の傷口を酒で消毒していたので、おれは少なからず酒を頭から被ってしまった。チェインソウは……かなり上の方まで映像に侵食されてしまっている。

「あったんだけど……」

 ポチン。また音がした。板を見ると、そこには、

『ぶ』

 の文字。

 せーぶ。んん?審判人、セーブしろと言っているのか?しかし審判人が、この世界を消す気なのか残す気なのかおれにはわからない。信じていいもんなのか?今セーブしたら一気におしまい、って事も有り得るんじゃねえの?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ