エピローグ
エピローグ
一日が過ぎて朝を迎えた。
神はすでに用事が無くなると自分のすべきことだけをし、この場にはいない。人間としても生きられず、悪魔になりきれなかった少女はたった一人で待ち合わせの場所に佇む。
どれくらい時間が経ったのか、誰かに知られることのない事件から少女はずっとこの場所で待っていた。
記憶を書き換えられ、普段通りの生活へと戻った友達を。
「あ、」
少女の口から小さな声が漏れる。待ち人の一人が欠伸をした口を手で隠しながら近づいてきたからだ。
「おっ」
その友達の一人、駒沢命は普段遅刻か来ない事の方が多い少女に驚きと喜びで、途中小走りで近づいてくる。
少女に悲しみはない。
「へっへー、私が一番だよ!」
「まったく、待ち合わせに来られるんだったら毎日そうしてもらいたいもんだ」
思考が動きそうになるのを殺し、少女はいつも通りに言う。
「うん!」
どこか普段と違うような、無理しているように見える少女に命は疑問が浮かぶ。だが、悩みごとがあるなら昨日の時点で教えるだろうと訊かないことにした。深刻な悩みもこの少女ならすぐに言う。友達だからそうするだろうし、今までもそうしてきていた。それに言えない事なら言えるようになるまで、言えない事でも困ったときに力になれればそれでいい。その時は全力を出して友達を助ける。
命はそういう少女だ。
「へへ」
知っているからこそ命を見る少女は、腕に抱きついて笑って見せる。
「なんだ気持ち悪い」
「むぅー、気持ち悪いとはなんだっ!」
じゃれ合って目が合えば笑った。
そのうち、また少し離れた所から二つの影が見える。
「おっそーいっ!」
「ご、ごめんね。朝起きれなくて……って、あれ?」
「なんだーその、なぜ雛がいるの? 的な目はー」
少女の後ろで命が笑い、もう一人の待ち人である神木緒季が命へと視線を送った。
「だってねぇ」
「なぁ」
「むぅ」
ふくれっ面になる少女の頭にポンと手が置かれる。
「雛乃の奇跡を楽しむのは良いけどな、今の時点で遅刻ぎりぎりなんだよ。さっさと行くぞ」
そして、全てはこの少年、神木宗司が起こした事故が始まりだった。
「奇跡じゃなーい!」
少年の身体に潜む異物を取り除くため、その所為で起こりえる災いから護るため、全てを賭けた。
「だいたいお兄ちゃんだって寝坊したでしょ!」
「俺は待ち合わせしてねぇの。大体起こしただろ」
「起こしてもらったけど……、もっと早く起こしてくれれば」
その為に一度は兄妹の仲まで壊した。その課程で二人の関係を修復するのに色々な人を巻き込んだ。
「あー、いましたよ篝さん」
「おおっ、宗司ぃいっ!」
「仲が戻ったのは良いが、緒季は甘えるなよ、腑抜けるぞ」
「そうだイチャつくなー!」
「イチャ、ってそんなんじゃない!」
「……兄と妹でイチャ……ついていたのか……」
「おいおいおい、堂々とシカトしてんじゃねぇよっ!」
「なんだよ、うるせえな。道端で倒れてんの助けてやっただろ。礼ならいらねぇぞ」
「誰が礼なんてするかっ! これで貸しを失くしてやろうって話だ!」
「そりゃあ、どうも」
そうまでしてでも守りたいものがあったから少女は全てを賭けた。
「これでよかったんだ」
少女は静かに漂う青空を眺める。
賭けは負けた。
自分の命を失うことで少女自身も救われるはずだった。しかし、また過去の苦しみをこれからも抱えて悪魔でもなく、人間でもないまま生きて行かなくてはならない。
「もう、チャラならいいんでしょ、本当に遅刻する!」
「兄妹でイチャイチャ……」
「まだ、こっちの話は――」
「もういい、粕田。これで貸し借りはナシだからな宗司」
「ああ、はいはい」
それでも……、
「ワァあああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
「ちょ、ちょっと命っ!? 走るよ雛っ!」
「なんで錯乱してんだ命はっ! 行くぞ雛っ!」
この時が嬉しくて楽しい。
「あーっ、雛を置いていくなーっ!」
だから、真実を知らない三人を少女は追いかける。
別れのその時が来るまでは――。
そして、走って間もなく、誰かの声が横を通り過ぎた。
「ふふ、いずれ真実を話してみたら?」
少女は誰かとすれ違っていた。
だが、立ち止まって振り向いた時にはもう誰もいない。
声だけで誰かを知っている少女は思う。
少女が背負う悩みも、苦痛も、あの事件も、誰も知らないわけじゃない。だからその時が来ても耐えられる。悪魔である少女の事を、たった一人の相反する存在が覚えていてくれるから。
そして、
「べぇー、幸せ(絶望)は私が守るんだよっ!」
相反する存在だからこそ、言われたとおりに何てするもんか、と少女は誰もいない空間に子供の様にあっかんべぇをした。
――そして、少女は走りだした。
その未来に自分の幸せか、地獄か、待ち受けていようとも、見守っていたい友達がいる限りは。