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神様の育て方  作者: 無限
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第五話 誰がために

第五話 誰がために


宗司が外に出ると雲一つない月夜が皮肉にも広がっていた。

行先など宗司は分からない。それでも悪魔の狙いは宗司であることが大男との戦闘で明らかになっている。理由が何にあったとしても、その理由が自分にあるならばどこに行こうと悪魔は来る。今行くべきはできる限り人が少ない広い場所。

そう考えた末、目的も決めないまま宗司は歩を進め始めた。

――が、進み始めるとそこに悪魔の結界を潜り抜け現れた存在が長階段を上り現れた。

神社に掛けられた悪魔の力は、神へと届けられる願いを寄せ付けないものだ。そこに入るためにはまず神社という建物の存在を思い出す必要がある。

命は神社に住まう者だからこそ普段と変わらず、緒季は友人の家としての認識から可能、粕田はエルの力によってそれを可能にしている。

それを微力とはいえ神の力を有した宗司は感覚で感じ取っていた。

だから、

「雛乃っ!?」

現れた雛乃の姿を見た宗司は、無事でいてくれたことに安堵と共になぜこの場に一人で来られたのかが戸惑いも抱かされた。

そして思いつく限りで、悪魔に操られてしまっている可能性に辿り着いた。

しかし、

「ごめんね、宋にぃ」

普段と変わらない呼びかけで呼ばれ、姿形を変えられていない雛乃はなぜか謝罪を述べる。

「なんで…………」

その変化、いや変化のない雛乃の姿に悪魔の戦略に別なものが思い当たる。ようは意識を残したまま人質を取った。

「ひな……の?」

本当にそれが雛乃なのか、操られている雛乃なのかを確認するために戸惑いを含ませながら宗司が呼ぶ。

「うん、雛だよ」

それだけで宗司は安心する。少なくとも雛乃を神の力を使って殴るような事態にはならないと思ったのだ。

「悪い、俺のせいで巻き込んだ」

大男にさらわれた雛乃は気を失っていたから、その意味は分からないかもしれないと宗司は思う。それでも謝らなければいけなかった。それは雛乃には関係ないところで起きたからだ。

そして、どこかにいるであろう悪魔に述べる。

「どこにいるか知らねぇけど目的は俺だろ、雛乃を解放しろ」

すると雛乃の後ろから大男が階段を上り近づいてきていた。

「っち、姿は現さないってのかよ!」

結果的に敗れた戦いの末、大男が悪魔でないのは認識している。宗司が思う悪魔は姿すら現さず人間だけで決着を着けようとしていた。

ところが、大男を後ろに雛乃が首を振る。

「違うよ、宋にぃ」

そんなことよりも、雛乃にこっちに来るように宗司は叫んだ。それでも雛乃が逃げてこられないのは、すでに脅されたせいだ。そう考えれば宗司は拳に神の力を宿す。

「例え人間に無い力でも使えば慣れるもんだなっ」

力の発動を確認した瞬間には大男に向かって走り出していた。一旦、雛乃との距離さえ空けさせれば、雛乃を守ることだけに全力を出せばいい。予定とは違うがエルに雛乃を預けてしまいさえすれば自分のことなど二の次だった。

大男が雛乃の位置に到達するまで今の宗司でも余裕で間に合う――


「――悪魔は雛だよ」


――はずだった。

平然と雛乃の口から言われるそれに一瞬で否定が宗司の脳裏を駆け巡る。それは姿を現していない悪魔に言わされている、もしくは宗司が分からないだけで雛乃は操られてしまっている、そのどちらかだと信じたかった。

だが、宗司の足はその言葉を受け止めるように雛乃との距離を開けたまま停止した。その間に大男が雛乃の後ろへと立つ、まるで雛乃に従うように。

「そんなわけあるかっ!」

言葉ではそう言えた。

だが体は止まってしまった。

だから次の言葉は出せないでいた。

そこに、

「なるほどね、宗司や緒季、命の側にいれば私の動向が窺えた。加えてこの神社はお前の領域(テリトリー)、その中にいる私を常に監視できたというわけだ」

エルが確信めいたことを言いながら賽銭箱の後ろまでやってきていた。

そして、

「緒季…………」

一番この状況を知られたくない緒季が、命と並んで信じられない表情で立っている。

「違うっ! 雛乃は――」

「違わないよっ、全部私がやってきたことだもん。思い出せばちゃんと分かるはずだよ」

まだ、否定できると叫んだ宗司に突き付けられた言葉。それによって昔の記憶が宗司、命にある結び付けをしてしまう。

あの事件が起こるきっかけは風紀委員が篝に言いがかりをつけたことで起きた。しかし、学園側がとった処置の裏でその女子と分かっている人物は見つけることができなかった。それはあの学園の生徒なら誰でも知っている。

じゃあ、なぜ見つからなかったのか。

単純に名乗りを上げることができずにその人物が口を噤んだから。確かにそれならあの事件の重さに名乗れないのも分かる。だが、可能性として限りなく低いと言えた。

なぜなら、篝と接触した人物はお互いに顔を見ているのだ。あの事件があの場で終息したにしろ、町の中で篝やその仲間にまた出会ってしまったら今度こそ一人で立ち向かわなくてはならなくなる。そうなるぐらいなら自分の身を護るため、そして間違ったことはしていないことを証明するためにも名乗るはずなのだ。

しかし、名乗り出なかった。

なぜか……。

風紀委員の中にその該当する人物がいなかったから? そして、篝たちが言った通り難癖をつけたのは風紀委員と名乗った人物だったから?

そう考えてしまった宗司と命はさらに記憶を答えに近づけていく。

篝たちが乗り込んできたあの時、殴られた生徒は男子だった。それは風紀委員の腕章を付けていて、その女子を呼ばせるためだったはず。しかし篝たちもあの喧嘩の中でそれらしい人物を見つけた反応をしていない。だから、腕章をつけた風紀委員を見つけては一人一人削っていくつもりだったのだ。

じゃあ、なぜ風紀委員だと分かったのか。

それは風紀委員の腕章を付けていれば、誰が見てもその人物が風紀委員だと分かるのだ。

そして、あの事件が起こる前、風紀委員でもないのに腕章を持っていた人物、


『ってこら、なに勝手に人の腕章をつけてるんだ! ほんといつの間に……』

『だって一度は付けたいじゃーん!』


あの時、命の腕章を持っていた雛乃に限られた。

エルが現れるところには一度となく雛乃が現れていないことに、再び篝たちが来たことを知らせに来たのが雛乃だったことに、そして――エルとの会話の中に雛乃の存在が出ていなかったことに全てが結びついてしまう。

「ようやく納得してもらえた?」

悪魔という存在を認められたことを嬉しがるかのように、いつもどおりに雛乃は笑顔を見せる。

「どうして……?」

その命の疑問にエルが答える。

「おそらく宗司との契約を結ぶため、【御神木の種】を持つ人間なんて希少どころか宗司一人しかいない。そんな人間と契約を結べば、一つ行動を起こすだけで神との戦争がまた開戦される。神不足の今そんな事が起きれば間違いなく神の世界は滅ぶ」

「ふふ、ふっあはははははははははははははははっ!」

まるでエルの説明が全てと雛乃は笑い声を上げた。

「ねぇ宋にぃ、一人は辛いでしょ。だから私と一緒に行こう。そうすればもう一人じゃなくなる。あなたを一人にした人間なんていらない」

「雛っ!」

緒季がその言葉を聴き取るのを阻止するかのように命は叫び、【祈刀】を握りしめ変わってしまった友人を止める為飛び出した。

境内の砂利を蹴り上げながら雛乃へ近づいていく。すると、主人の敵と認識し、今まで微動だにしなかった大男が命と雛乃の間に入る。

雛乃に【祈刀】を向けるのは躊躇いがあった命だったが、化け物と化したそいつになら容赦なく切り捨てる。

人間の体格を倍も超えた頭上を狙い飛び跳ねると【祈刀】振り下ろす。当然、そのまま抵抗もせずに終わるはずもなく両手で大男が止めた。

それでも折られることはない。神の力の付与を授かり、力を蓄えた【祈刀】は大男の手を焼き、煙を出すと大男から悲鳴が上がる。

「イケる!」

篝の時は無抵抗に逃げる事しかできなかった。だが今度は何もできないわけじゃないことを知り、そして雛乃へ説教をするために邪魔な相手を倒すことができると確信する。

だが、終わったわけではない。

「みこちゃん、そいつは仮にも悪魔の力を貰ってるんだよ」

雛乃の言葉を耳にした途端、命の体が横に振られた。そして、そのまま力任せに【祈刀】ごと神社へと投げ飛ばされた。

ぶつかればただでは済まないと、宙を舞いながら受け身の態勢を取る命の背中に草のクッションが敷き詰められる。

「エル様っ」

「まったく様はいらないって言ったでしょ。かたっ苦しい」

エルの力によって命は無傷のまま立ち上がる。しかし、助けるのは宗司との約束の上で当然だと思いながら、その約束を交わした相手が命の身も気にせず動かなかったことにエルは苛立ちを募らせた。

「宗司っ、あんた何を――」

「雛乃、お前の言ったことは正しい」

「「「――っ!?」」」

その言葉の続きを最悪な形で想像し、三人の感情が露わになる。

「宗司あんたっ!」

「貴様っっっ」

「……どうして」

その中で緒季だけがエルと命とは違う感情に押しつぶされそうになる。緒季とは違い二人は裏切りの意味で怒りを感じた。だが、緒季だけは兄を信じその道はないものと知っている。

でも、宗司が出した返事は、

「だがな、お前の言う通りにはならない! 俺一人で相手をするっ、三人には手を出すな!」

「このっ、バカ!」

「――っ!?」

「どうして気付いてくれないのっ、おに――」

緒季の言葉が届く前に悪魔の結界の中に三人を閉じ込める檻が出来上がる。

「ふふ、いいよ。三人には手を出さない。それに神はもう力不足、簡単には雛乃の檻は壊せないし、声も届かないよ」

命が【祈刀】で檻を切り付け、エルが神の力によって破壊を試みるが雛乃の言った通り檻はビクともしない。

「その代り雛が勝ったら契約してもらうよ」

「ああ、その代わり、俺が勝ったらなんでこんな事をしているのか話してもらうぞ」

雛乃の存在が悪魔だと知らされても尚、信じることができない一つの答えは、緒季を、命を、そして自分自身を救うことができる。

だから、宗司は再び一人で立ち向かう。

「……ふーん、勝てたらね」

その答えを握る少女の表情が消える。

その意味を知るためには宗司がすべきことをするしかない。

三人が後ろで何かを叫ぶ声もただまっすぐ雛乃を見据える宗司には届くこともなく、想像していたよりも悪い戦いが始める。




「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

宗司の雄叫びと共に決戦は始まった。

両手だけならコントロールできるようになった神の力を宿し大男へと殴りかかる。大男との戦いだけなら一度は勝っている。

問題があるとすれば宗司の体は完全には回復を終えていない。その所為で動きが明らかに鈍いと言うことだ。

当然、宗司はそれを分かっている。始まってすぐに突っ込んだのも勝負を長引かせるつもりはないからだ。

大男も宗司との戦いで少なからずダメージは残っている。

悪魔である雛乃が手を出してこなければ、勝算はあった。

宗司は大男の伸ばされた腕を掻い潜り腹に一発入れると、後退して雛乃の行動を盗み見る。

「大丈夫だよ、二対一なんて無粋な真似はしないから」

嘘は言っていない。そもそも大男を除いても悪魔と宗司では力の差があるのだ。いくら【御神木の種】の力によって力を得たとはいえ、それは【祈刀】を持つ命とそう差は無くなっているのだ。

事実上、悪魔自身が手を出す理由はない。

だったら、と宗司は雛乃を一旦視界から外し目の前の敵だけに集中する。

「――っつ」

大男の拳を紙一重で避け、太ももに蹴りを入れる。神の力を宿らない脚ではダメージは残せなくてもバランスぐらいは、と思ったのだ。

「ふふ、体格差考えたの、宋にぃ?」

「ぐっ、うるせぇ!」

雛乃が口を出した通り、常人の倍以上ある肉質の巨体はビクともしない。それどころか蹴った宗司の脚の方が鈍痛を覚える。

「意識が別に言っているね」

雛乃の声が耳に届くように、確かに宗司に集中力が欠けている。回復しきらない宗司のダメージは頭の痛みや体だけではなく、体力的にもまだ調子が戻っていないのだ。

「くそっ」

「普段から回復に頼って喧嘩ばかりしてるからだよ」

呼吸を乱しながら、宗司は雛乃を睨みつける。

しかし、それに憎しみはない。あるのはただ平然と緒季と命を裏切り、いつも通りに振る舞う雛乃が何を隠しているかということへの苛立ちだった。

そして、宗司はその答えを知っていた。知っていたのだが、それを何かが邪魔をして言葉にも思考でも捉えることができない。

「そうそう、良い事を教えておいてあげるよ。あ、悪い事か」

思考している余裕もない状況で、宗司に新たな悪化が知らされる。

大男が動きを止めたと思うと、突然頭を抱えながら苦しみ始めた。

「雛ね、完全に人を操ることができないんだ。だから、個人差はあるけど暴走するよ」

言い終えた途端、大男は発狂する。

「あ馬場罵亜ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」

「なんだっ!?」

「あーあ、篝って人の教訓を生かして二本足で立たせてたのになぁ」

大男は苦しみ腰を曲げ、そのまま四つん這いになって地面に伏せた。その姿勢から発狂が終わると、ぐりゅっと頭が持ち上がる。

「――――」

宗司の背筋が蛇に睨まれたカエルのように凍り付く。

これは単純な恐怖。

足が一歩後ろへと下がり目の前の敵から逃げ出したくて仕方がない。

「あらら、ここに居ると雛も狙われちゃう」

軽くステップを入れ木に飛び移る雛乃。

それは言葉通り、大男の暴走を意味していた。

気付いた時には目の前から大男が姿を消す。

一陣の風が通り抜ける宗司の体に衝撃が加わった。

「がはっ」

目の前がスライドしていく。風景の残像が目に入り、何が起きたのか理解できないまま、宗司は神社を囲う塀まで止まることなく飛ばされていた。

そして二度目の苦痛の声を出した時、塀が崩れ、宗司は地に腰を落としていた。

化物と化した大男が宗司を見据える。

それを視界に入れた事が奇跡、まだ意識が繋がっていることが不運。圧倒的になった力の差にまだ立ち向かわなくてはならない。

「あぁ、」

無意識に立ち上がり宗司の声から弱音が漏れる。

それを、檻を壊そうと躍起になっていた三人にも映った。

「このっぉ!」

エルは拳に神の力を宿し目の前にある異空間の壁を何度も殴りつける。

「はぁっ!」

命は、持った【祈刀】を何度も見えない壁に斬りつける。

「お願いっ、通してっ!」

緒季は縋る様に見えない壁に手を置き何度も兄を呼ぶ。

だが、全てが無駄に終わり傷一つ付けられない檻へ阻まれた。

目の前で殺戮が繰り返されている。化物の攻撃が力の加減を何度も間違え、強くも弱くも宗司を苦しめる為だけに振るわれる。

ぼろぼろになっていく宗司は微かに動く、逃げる為でもなく、縋るわけでもなく、ぎりぎり意識を残された身体をただなんとなく。意識が飛ぶ前にやろうとしていたことだけの為に一生懸命に目的の為に動かしていた。

そこに大男は、汚い笑みを浮かべながらゆらりと近づいていく。何度と繰り返した力の加減を覚え、目の前の獲物が動けないという知識を得て、最後の攻撃を仕掛ける為に近づいていく。

「どうしたら……どうしたらお兄ちゃんを助けられるのっ、エル!」

「私ができることなら何でもやる! だから、あいつを助ける為に!」

必死に希望にすがる二人にエルは言うしかない。

「……ない。今の私では何もできない」

二人は愕然とした。

神でもできないと言うことは人間である二人にできる事は完全に無いと言われたのだ。神は奇跡を起こせるわけではない。ただ自分たちが住む世界で当たり前にできる事を人間が奇跡と呼ぶだけに過ぎない。

仮に本当の意味で奇跡があるとすれば、宗司自身が起こすしかない。

そう二人は判断した。

助けることも、触れることすらもできないのなら、奇跡を呼び起こすために宗司に気付いてもらうしかない。

諦めない為に――。

「エル」

緒季が静かに呼びかける。

「お兄ちゃんに声を送って」

「どうやって……」

神らしからぬ発言だった。目の前にはエルと悪魔にしか見えていない壁がある。それは決して宗司には届かないぶ厚い壁だった。声が届くぐらいなら初めから宗司に逃げるよう言っていた。それを聞き入れないにしろ、できなかったのだから檻を破壊しない限りはできない、そう決めつけていた。

だが、

「私達にしたようなことができるなら、できるはずです」

ただの人間二人に気付かされた。

「――っ、神である私が動転して気付かないなんてね」

真っ当な方法で声を掛けることができなくとも、神の力を使えば、どれだけ離れていようが、どんな場所にいようがそれはできる。

「私に触れながら話しなさい」

二人が願う希望がエルには残されていた。

緒季、命の手がエルの肩に置かれる。

「神が奇跡に頼るわよ」

絶望を希望に変えるため、上げられた視線の先にいる宗司へと言葉が送られる。

『宗司』

声はエルの呼びかけから始まった。

もう瞼を上げる事すらできない中で、それが現実なのか夢なのかも分からない。それでも声は聞こえる。

『誰かを護るために救うために自分が犠牲になる? バカじゃないのっ! 誰かがそう願った、誰かがあんたにそう言った? それはあんた自身を守るためにやってきただけじゃないの!』

「(…………うるせぇ)」

答えは決して言わない。

『宗司……さん。私はあの時言えなかったことを今言う。私はあの時、後ろにいる友達を護るために何もできなかった。でも、あの時私はあなただって護りたかった。でもそれができなかったから、私はあなたに………』

「(…………いいんだ。俺は……)」

それは宗司自身が気づかなければいけないことだから、言えない。

『お兄ちゃん』

「(緒季…………?)」

懐かしい気がした。

何時からか呼ばれなくなり、今では会話すらほとんどされない懐かしい声。

『私はね、お兄ちゃんに気が付いてほしかった。私がお願いすればお兄ちゃんは返事をしてくれる。でも、それだけじゃ、私がいないところでお兄ちゃんは同じ事を繰り返す。だから子供みたいにお兄ちゃんを遠ざける事で気が付いてほしかった』

「(…………なにを)」

『嘘。お兄ちゃんは気が付いているはずだよ。でも私を護ろうとしてそれを隠しているだけ、でもそろそろ私にもお兄ちゃんを護らしてよ』

「(……ダメだ……。お前は、俺が護らなきゃ……)」

『……ばか』

『このっ―――、……あんたはくだらないことで悩んでいるのよ!』

頑なに自分の意思だけを貫こうとする宗司に、エルは優しくも呆れた声で宗司が抱える悩みを口に出した。

緒季と命は疑問を表情に出し、宗司を見る。気付かなかったというより、考えた事すらなかったのだろう。それは宗司と会って間もないエルだからこそ、気付けただけのこと。長く一緒にいたことで当たり前だったからこそ、緒季にも気づけなかったことだった。

「(…………よせ……やめろ)」

『幼いころ事故に遭い助かったのを宗司、あんたは周りの人間が願い、手助けしてくれたからだと信じていた。だけど、【御神木の種】があんたの命を救った代わりにあんたは孤独を味わった』

「(…………止めてくれ!)」

『その所為であんたは誰かが願ってくれていないと思い始めた。でも疑ってもそう思いたくないから、孤独に慣れたフリをしてあんたはその答えから逃げていた』

だから宗司はエルと出会い、エルが神の世界の力で幼い宗司の命が助かった事を告げた時怒りで誤魔化した。

『何が緒季を護るよ。あんたはたった一人でもそう願ってくれている、そう信じられた緒季を護ることで自分を護っていただけなのよ!』

宗司は誰かを護るのを義務のように感じていた。あの事故によって周りがそうしてくれたように、誰かを護ることであの時の恩を返せるからだ。

でも、あの時誰も助かることを願っていなかったとしたら、自分が生きている意味が分からなくなってしまう。それが怖くて、孤独という殻に籠る方が楽で逃げ出していた。

本当の意味で一人になることを恐れて。

「(…………俺は…………偶然、神様の力で――)」

『―――っ、ばかっっっ!』

「(――ッ!?)」

初めて緒季が怒鳴る様に怒りを露わにした。

『そんなわけ、そんなわけあるわけない! あの時、お母さんやお父さんがどんな顔をしていたか覚えてないのっ! 周りの人がどれだけ支えてくれたのか知らないのっ! あの時、私がどれだけ泣きじゃくって心配したか……』

聴こえてきた泣き声が記憶の中で重なる。あの時も、緒季は泣きながら宗司を心配しながら泣いていた。

それが嘘だった…………、そんなはずはなかった。

あり得るはずがなかった。

分かっていたはずなのに、緒季が何かを伝える為に起こした行動で疑ってしまった。

『もし、緒季があなたの立場だったらどう思いますか?』

宗司が抱えてきた悩みの重さを知った命は気休めを言わない。例え些細な悩みだったとしても、言ったところでその悩みは宗司だけにしか分からないからだ。

だから、返ってくる返事が分かっているからこそ、訊いた。

「(そんなのっ、緒季が助かる様にっ…………)」

『それが答えです』

宗司が緒季に傷つかない事を望むように、緒季も家族として、兄妹として同じ事を願う。

そんな当たり前の事だった。

今まで目を背けていたのが不思議なくらいに――。

『教えることはまだあったんだけど、先にこれだけは伝えておくは、【御神木の種】は無尽蔵に神の力が使えるわけじゃない。その効力は宗司、あなたに掛けられた願いを変換して使えているのよ』

今までの鎖が解かれる。初めから、神の世界の異物はその力を人間の願いによって叶えただけに過ぎない。つまり、事故も、あの時の事件も、誰かが宗司の事を思い、願っていたということだった。

――だが、

「ン亜ぁ、アあんんんばあああああああああああああああああああッッッ」

抱えた悩みが晴れるのが遅いと言わんばかりに、すでに大男が拳は落とされていた。

「宗司っ!」

「くそっ!」

「おにいちゃんっ!」

微動だにしなくなった宗司に死が突き付けられる。


「ぐべ?」


しかし、その瞬間(とき)が来る前に大男の体が横にズレた。

横から来る衝撃に疑問をもらし、宗司の二の舞を演じるように塀へ激突する。奇跡……が起きたわけではない。

それは当然起きる事態であり、同時に好転したわけでもなかった。

「全く悪い子、契約するのに殺しちゃダメでしょ」

悪魔との契約には生きている状態の宗司が必要、初めから殺す気はなかったのだ。雛乃は木の枝に重力を無視して座ったまま、出来の悪い子供を叱りつける様見えない力を振るい、大男をぶっ飛ばしていた。

事態が良くなったわけでもないけれど、三人は安堵する。

「さてと、勝負は付いたよね。約束通り契約をしよう、宋にぃ」

事実を告げるように飛び降りた雛乃は倒れている宗司との間に邪魔が入らないよう立つ。

悪魔と人間との契約にはお互いの同意が必要。それは会話だけで済ませることができ、契約書へのサインなどもいらない。

そして悪魔の同意は終え、残すは宗司の返事だけだった。

回復の力によって宗司の意識が呼び起される。

返事はまだない。

同時に、緒季、命、エルとの会話への応答もされない。果たして本当に意識が戻り、正常の思考回路を持って満身創痍の体を心もとない腕で持ち上げ立ち上がったのかも定かではなかった。

「………………だ」

頭が持ち上がらないまま囁かれた言葉を聴きとることができないが、次の瞬間宗司の体に異変が起こる。大男によって傷つけられた体がみるみる回復していくのだ。

それに心当たりがあるのは二人、神と悪魔である。

人間が悪魔と契約を完了させた場合。宗司のように特異な例で神の力を持っていなくとも、悪魔から与えられた悪魔の力を使う事が出来るようになる。

つまり、その中に治癒も含まれていた。

嘘でも本当でも契約を口にすればその時点で悪魔と結ばれる。

宗司が何を想い、そうしたかは分からない。緒季や命との会話を負えてもその悩みが解決されなかったのかもしれない。もしくは、現状を打破する手段に悪魔の力を手に入れたかったのかもしれない、そう悪魔と神は捉えた。

完璧に傷が消え、体力までも元通りに戻った宗司の顔が次第に持ち上がる。その時、浮かべていた表情は雛乃に対しての睨みだった。

宗司が選んだものは後者、悪魔と戦うために新しく歪んだ力を手に入れた。

悪魔である雛乃は、なぜか悲しい顔の後に一歩跳び下がる。

それに対しエルは崩れ落ちた。

「…………ばか……やろう」

神の世界では決して堕天の行いに身を委ねてはならない。神の世界ではどんな些細なきっかけで堕天への入り口へたどり着くか分からないからだ。だから、どんな理由があろうとも悪魔との接触は戦闘以外に行ってはならなかった。ましてや契約を結ぶなど言語道断、神の道を捨てたのと同じ。神になるどころか敵として認識されてしまう。

そうなってしまえば後悔でエルは押しつぶされそうになる。

八神位のエルは、押し上げ式でその神の座に着いたわけではない。人間でいうところの努力や才能を自身で磨きその力を育て上げた。

十二神階という神の座は人間世界に強く干渉し、その力を人間の成長に使われる。それは人間が思うような事柄には使われないが、人間世界の安定には必要な物だ。そして、その行いは神にもよるが少なからず人間の事を思い行われる。

八神位エルという神はその思いが強く反映される神の一人だった。

元々【御神木の種】はエルの持ち物。それが宗司の体内に収められてしまったことも、それを回収する手段として人間を神として育て上げようとしたことも、結局は宗司の人生を破滅へと導くためにしか役立てられなかった。

せめてエルと宗司が出会わなければこうはならなかったかもしれない。素直に失くしてしまった持ち物の罰を自分で受けることを選んでいれば。

「エル」

過去を後悔で塗りつぶされていくエルの肩に緒季の手が置かれる。神世界の事を知らなくともその意味が伝わったのだ。

だが、その手には優しさや慰めはない力強いものだった。

「大丈夫、お兄ちゃんはそういう人じゃない」

真っ直ぐ宗司を見つめる緒季が視界に入る。

「当然だな、雛乃が私たちを落としいれるような性格の子ではない。それを確かめることもせずに、悪魔の力を望むような奴ならとっくに切り捨てている」

命も見ているのは未来(さき)の事。

「エル」

そして、

「お前の力がまだ必要だ。手伝え」

宗司の言葉と共に悪魔の檻が腕を振るうことで風圧が起こり、藁でできた家のように吹き飛んだ。

悪魔、神の力を有して居る者にしか見ることができない宗司の全身から天まで噴き上げる白いオーラは神の力のものだった。


“開花”


宗司の戒めが解放されたことに呼応するように【御神木の種】が咲き乱れる。

「はは、人間のクセに生意気」

目の前にある人間の奇跡がエルを笑顔にさせる。

「あほか、人間だからだよ」

まだ、終わらない。

いや、始まりだった。

これからが、宗司の人生を修正するエルとの出会い。その意味がハッピーエンドで終わる神と人間と悪魔との戦い。

「お前も分かってたよな……。悪魔だとしてもっ!」

悲しみを隠した雛乃は笑う。

嬉しくて笑う。

こうなることを願っていたからこそ心の底から笑みを零した。

「そうこなくっちゃ!」

それを最後の言葉に残して――。

大男が飛び上がると咆哮を上げる。

狙うは一番近い敵。

悪魔の力によって操られたとしても、雛乃はすでに主人から外れ暴走している化物の目に映る者は全てが敵だった。

無防備な雛乃から鈍い音がなった。

「なぜ避けない、悪魔ならっ――」

神が知る悪魔ならコントロールできなくなった人形とはいえ、殺すことで制御することはできる。

だが、繰り広げられる惨劇では、防御はおろか、身構えることもしない雛乃はなすがまま、されるがまま化物の拳を受ける。欲望を忠実に叶えようとする爪が雛乃の服を破り、肉を切りつける。

「この馬鹿がっ!」

掴まれた雛乃を助けるために宗司は大男へと接近した。だが、腕を伸ばすよりも早く雛乃を投げつけられ受け止める、すると気づいた時には大男は地面を割り跳びかかってきていた。

「このっ!」

緒季の悲鳴が聞こえる。ついさっきお互いがお互いを心配する行為を突きつけられ、理解し、できる事なら受け止めていたいと願った。

それでも目の前の雛乃を護るためにはそうすることしかできない。例え自分の身を盾にしてでもそうするほかなかった。だから、今度の行動には回復に頼って無暗に自分を傷つけるだけの安易な行為ではない。

だから、一人でなくなった宗司の横を飛び出した命が駆け抜ける。

「きちんと抱えてろっ!」

味方の登場に雛乃を抱きしめこれから起こる衝撃に備える。

大男の膨張した拳とフルスイングで振る【祈刀】がぶつかる。それだけで抑えられないことは宗司も命も分かっていた。

暴走した悪魔の力と神の付与を受けた力がぶつかり衝撃波を生み出した。

痺れともに命の手からは【祈刀】が投げ出され神社の縁に突き刺さる。

台風のような轟音と暴風が間近で吹き荒れ、大男でさえ後ろに吹き飛び、態勢が崩れていた宗司と抱えられた雛乃も宙に浮く、身構えていた命も同じく飛ばされた。

その反動でくる衝撃波を緒季の前に立ったエルが神の力によって壁を作り神社丸ごと囲う。当然、それだけでは終わらない。飛んでくる三人の衝撃を和らげるために、暴風が吹き荒れる中で草木を繋ぎ合わせて壁を作り、ぶつかるとすぐにドーム状の防御壁で閉じ込めた。

外では次第にその風、音が止み、草でできたドーム、そして神社を囲っていた見えない壁が消える。

それと同時、エルの体が崩れ落ちた。

その身体を緒季が支え、

「もう残ってないわよ」

正真正銘、最後の力を使い果たし戦線を離脱と共に勝利を信じ神代行になる少年に全てを託す。

「十分だ。あれぐらい俺が……いや、俺と命がいればなんとかなる」

「ええ」

その場にいれることを言葉にされたことで、命は微笑みながら抱えられた雛乃に近づく。

「終わってからちゃんと話を聞かせろ。いいな」

大男に殴られたことを配慮し力を抜かれたデコピンが雛乃にされた。

「…………みこちゃん」

「おい、何時まで雛乃に触れているつもりだ。さっさと置いて来い」

女の子の体を障り続けている宗司を戒めたいのか、不器用な言い草で雛乃を心配したのか、単純にお荷物をどかそうとしたのか、立ち上がる大男を見据えて命は言った。

「言い方他にないのかよ」

「ぅう、ひどいよ、みこちゃん」

二人の不満の声を無視して命の味方は緒季がする。

「こんなこと本当はしてほしくないけど、あの人だって誰かさんの所為で犠牲になっての。だから早く助けてあげて」

心当たりがある二人には厳しく突き刺さる。特に悪魔の力で直接的にそうさせてしまった雛乃は冗談では済まされない罪がある。

「どうでもいいから早く片付けてきなさいよ――って悪魔を近づけるな!」

緒季に支えてもらう枠を増やし、宗司は神様(エル)の横に悪魔(雛乃)を下ろした。

「スペース無いんだから我慢しろよ。だいたい気にすることか」

命の手元から離れた【祈刀】を拾い、人間である宗司には全く分からない神と悪魔との間柄。それにぐちぐちと文句を垂れ続けるエルだったが、体が動かないので何もできない。それを支える緒季も人間だから叱りつける口調で「我慢しなさい」と子供あやす様に言うもんだから、文句の嵐は一層激しさを増した。

一方悪魔の雛乃はというと、

「もう、神様のイ ケ ズ」

全く気にした様子もなく、神とか、悪魔とか関係ない頃の雛乃のままで緒季の膝枕に甘えた。

久しぶりの四人+新しい一人の会話がされ、この闘いの決着をつけに宗司と命は大男と向かい合う。

「一つだけ確認していいか」

「なんだ?」

顔を見合わせることなく、おそらく変わり果てている人間の動きに注意しながら先輩と後輩は戦闘態勢を整える。

「やっぱりこの状況って俺の所為だよな」

「わかっているなら、あの人を助けてやれ」

もうなんの壁もない。

雛乃が悪役に転じ、関係ない人を巻き込んだ理由はただ一つ。

宗司と緒季の仲を取り戻すため。

その為に誰かを巻き込み無茶苦茶な方法を取ったということだった。

それを理解しているからこそ、宗司は確認してみたくなった。

後はクライマックスを迎えるだけ、命が【祈刀】を宗司から受け取る。命が大男の動きを引きつけ、噴き出す今までの力を超えた神の力を持って宗司が殴れば終わる。

いくら化物と化した大男といえ、【御神木の種】で強化された宗司と【祈刀】を持つ命の二対一という、戦隊もののヒーローが卑怯な状況を正当化し尚且つパワーアップした不利な状態で勝てる道理はない。

未経験の戦闘を恐怖すら感情のない化け物が飛び、向かって命が走る。近づいてきた命を捉えた化物が手を伸ばしても、命がしゃがみ後ろから神の力を宿した宗司の蹴りが来れば、経験がないゆえ、考えることができない絶賛暴走中の化物に避ける術はない。

反射で防御は取ったものの、殴られたことがあっても蹴られることは初めての化物が後退し、学習したと思えば命の刀が腹部を突く。

痛みで悲鳴が上がったところで、今まで一人で喧嘩してきた宗司には同情と情けを掛けるという優しさは持ち合わせていない拳が振るわれる。なにより、神の力を宿した拳で殴り、元に戻すことが前提にあるのであれば、鼻ピアスを殴った時と同様手加減しないからこそ、借りは作らない。

その兄の後ろ姿を見て緒季が叫ぶ。

「その人を助けてあげてっ!」

妹の声を耳にした宗司はしっかりと聴き入れ、

こう答えた。


「大丈夫、俺が何とかするから」


絶対的に信用がある二人の――今は思い出。

大男の鼻が曲がり、口からは吐瀉物が吐き出され、全身を一回転半させた大男が転がった。

悪魔の力が黒い霧となり大男の体外が放出される。肉体を筋肉で肥大化させた人間は元の姿に戻った。大学生か、それとも社会人か、すでに成人を迎えている青年は白目を剥いて地面で痙攣している。けど、きっと大丈夫だろう。痙攣しているということは生きているということなのだから。

「これで礼はいらないな」

「お、鬼かっ、きさまはっ! 手加減ぐらいしろ!」

慣れたように言い合いをする二人を待ちながら、悪魔が隣にいることを諦めたエルがもっとも可哀想な人物に言い放つ。

「一番の被害者ね」

その言葉に苦笑いの雛乃が、憐れんだ瞳で緒季が、どうでもよさそうにエルが、言い合いを止めた命が、殴った張本人である宗司が。

その方向に向き直り手を合わて、

「ごめんね」

可愛く、

「ごめんなさい」

神妙に、

「無様」

神も仏もなく、

「すまない」

礼儀を持って、

「悪い」

雑に、

謝って、貶して、謝った。

きっと理解していれば涙が止まらなくあるであろう。けど、知らないのだから問題はない。あとは適当に開放して元の生活に戻してやればいい、だから話題は簡単に変わる。

「それは置いていて、宗司、あんたいつまで【御神木の種】の力を放出し続けるつもりよ」

「は? 知らねぇよ。コントロールなんてできたためしがねぇ」

見上げ、何時まで続くんだと思っていると、白い光の神の力が徐々に細く宗司から途切れるように消えていく。

「おっ、勝手に消えてくな」

「はっ、バカね」

なんの中傷だと思い、説明されていない【御神木の種】とやらについて文句を言おうとした宗司だったが、目の前がぐらりと揺れた。

「神の力を人間が使って体に負担が掛からないとでも思ってたわけ? 明日まで眠りこけるわよ、アホ、間抜け」

ここぞと言わんばかりに、朝から通じて溜まっていたうっぷんをエルは吐き出した。

「……て……め……っ…………」

言い返すことはできない。

身体に外傷はなくとも宗司の体は限界を超えて眠りに付こうとしているからだ。

この異常な喧嘩の終焉を迎える為に――。

「おやすみ、おにいちゃん」

優しい緒季の声を聴き、宗司は眠りに落ちた。




宗司の身を遅れてきた宮司に運ばせ、エル、そして雛乃の体調が回復するのを待ってある疑問についての話になった。ちなみに宮司、篝、粕田があの異常に気が付かなかったのは雛乃が空間を限定してあの争いを気付かせないようにしたからだ。それも疑問の一つになっている。

「で、あんたたちしか理解できない事情について訊きたいんだけど。と言っても、こいつが宗司と緒季の仲のためにやったって言うのは理解したわ。だから、なぜ悪魔であるこいつがそんな事をしたのか説明して」

それが全てと言えば緒季と命は納得するのだろうが、エルの言う悪魔はこういった事に干渉しないものだと決めつけていた。神と悪魔との争いでの印象もあるが、一番の理由は悪魔との接触をしないという神でのルールが関係している。

『悪魔』は基本的に自由意志の元、物事を荒げる事に干渉してくる存在。神、人間、悪魔の間でさえそれは適応する。そして、その物事が綺麗に収まるなんてありえないはずなのだ。

それに関しては緒季と命は訊く必要がなかったものだ。だが、エルという存在がいることで、それは訊かなければいけないものに変わっていた。

それは人間であるがゆえに必要な前置きで明らかになる。

「雛はね、もう何十年もこの町に住んでるんだ」

今となっては受け入れやすくなった悪魔と人間の違い。簡単にいう所の寿命の違いだった。

人間である二人は雛乃と一緒にいた時間を思い出し、違和感がない事に驚きはあるものの、最後にはやはり受け入れる。それが友達だと思っているからだ。

ところが、その寿命の違いを知っていたエルは別の意味で驚きの感情を抱く。

「悪魔が人間社会にそんな長い間、問題も起こさずいる事の方が気になるんだけど。……って、そういえばあんた純正悪魔だったわね」

雛乃が声もなく頷き、今までの説明に無かった単語に人間二人は疑問で見詰め合う。

逐一説明しながら経緯を知るのは面倒だとエルは思っていても、関係している二人が話しについてこないのは問題があるためするしかない。雛乃が素直に話しているのは緒季と命にであってエルが数に入っていない可能性があるからだ。

雛乃がその説明をしてもいいのだが、すでに神の方面からある程度説明がされているため、無駄な時間を掛けない為にエルがする。

「堕天神、堕天使が悪魔と呼ばれることは説明したわよね」

頷きの返事を確認して続ける。

「本当ならあんたたちをここまで関わらせる気が無かったから――ってそんなのはもういいわね。で、悪魔と呼ばれ存在がもう一ついるの」

「それが純正悪魔……?」

「ええ。神から堕天神、堕天神から悪魔に変わる呼称とは違い、堕天神、もしくは堕天使の間にできる子供の事をそう呼んでいるの。その説明には【力】の説明がいるわね。長くなるから簡単に教えるけど」

「宋にぃが使っていた力は【御神木の種】によるものだけど、あれは少し特殊なの。基本的な力で神でも悪魔でも天使でも使える」

エルの説明を聴きながら緒季と命が理解している範囲を雛乃は突き止めた。それにエルが自分の立場を奪われた不服を親の仇でも殺すような睨みを見せたが、雛乃は気にしないでその役を奪い取る。

「で、大まかな違いはね――」

「神は神の主である御方に新しい力を、私なら植物を使うような力を与え、悪魔はその基本的な力を自由に創り変えて、例えば人間を操る力なんかに変えた。で、純正悪魔は――」

むかっ、っと今度は雛乃がその役を奪われ唇をヘの字へ変える。

けど、すぐに、

「悪魔の力の他に加えて“契約”っていう力を生まれ持っているの。それは純正悪魔にしかない力」

してやったり、とエルを小馬鹿にしたようにニヤリと笑う。

「黙れ悪魔」

「なにおー、悪魔はあくまでも小悪魔だぞ、てへっ♪」

「バカか」

「かっちーん」

子供の喧嘩に緒季がゆっくりと立ち上がりにらみ合う二人の横に立つと、ゴンッ、ゴンッとげんこつを落とす。

「いたッーい!」

「いったッ、神に手を上げる人間がどこにいるのよっ!?」

突然の愛の鞭に頭を抱えてしゃがみ込む二人に緒季が笑顔という迫力で言い放つ。

「仲よくできる? それとも――」

もう一度拳が持ち上げられた。

「雛はエルに譲るよ、うん」

「く、屈辱……」

それでも力を使い切ったエルの頭部はまだズキズキと痛み、二発目を耐えることはできそうにないので我慢するしかない。

「それで前置きは済んだでしょ」

本来の説明に戻すために投げやりに聴き返し、それを緒季は「もう」とだけ言って叱りの言葉とした。

「うん。そうだね、これ以上伸ばしても仕方ないし」

そう言った雛乃の表情は悲しそうで、まるで別れを告げているようにも聴こえ緒季と命は急激に不安に襲われた。

「ひな――あ、……あれ…………」

不安をかき消すため、言いたくない事なら言わないでほしいと伝えようとした途端、唐突に睡魔に襲われた。

「……な……にを…………し……」

戦闘の分だけ命の症状は早く出た。膝を突き言葉を絞り出すこともできず床に倒れ込む。

誰の仕業か、緒季はすぐに気が付いた。

出会ってから明るく、誰にでも気兼ねなく話しかけるような少女は人間として接してきたいつも通りの笑顔だったからだ。

「……どう……し、て……」

人間である以上悪魔の力に抵抗はできない。無理やり重くなる瞼を持ち上げることもできず、雛乃の最後の言葉が囁かれた。

「ごめんね……、バイバイ」

緒季が眠りにつき、その側で雛乃は二人の友達を眺め続けている。

「始めから死ぬことも計算に入れていたということか」

考えても見れば、なぜ今更なのかという話だ。緒季と宗司の仲が悪くなってから少なくとも二年が過ぎている。その間、そうしなかったのは悪魔という存在を消すことができる者がいなかったからなのではないか。

だから、神社に神であるエルがいると知りながらあのタイミングでやってきた。宗司一人を引き離したのはエルに緒季と命に事情を話させるため。神社を悪魔の領域にしていた雛乃ならそれは十分可能だ。

「そうしないと辛いからね」

悪魔と神が残され始めて人外の二人が向き合う。

「なぜだ?」

「悪魔って自分勝手なんだよ。たとえ子供ができようと興味が無ければ捨てる。そんな子供は力の使い方も知らず生きていくためには何かに紛れなきゃいけなかった」

「それで人間界に……」

「人間は優しい生き物だよ。ただ彷徨っていたどこの誰かも、どんな存在かも知らずに私を受け入れてくれる。でもね、私を育ててくれた人間も、学園で友達になってくれた人間も、いずれ変化が訪れない私に違和感を覚えるんだ。学園を卒業してから数年は大丈夫だろうね。でも時が長くたてば経つほどそれは隠せない」

悪魔と人間の寿命は違う。そうなると体の成長や変化の差が浮き彫りになってきてしまう。

「だからその度に人間の記憶を消して潜り込んでいたのか。だが……、緒季や命、宗司だったら」

「うん。……もしかしたら、本当の事を言えば受け入れてくれたかもしれない。でも、嫌われて私を化物として見てくるかもしれないって思ったら、私はこうするしかなかったんだ」

悪魔の力をもって生まれたばかりに、人間の心を持ちながらもうまく生きていけない少女。宗司と本気で契約を結べば叶うかもしれないことを拒否し、自らを消すことで友達を護ることを選ぶ少女。

「記憶を消すにしても雛が消えるところを、この二人に見せるわけにはいかないから」

エルは少なからず同情を覚える。しかし悪魔は悪魔、神であるエルはそれを覆すことはできない。

なにより本人が受け入れようとしている。

「だが、宗司は神の力を持っている。悪魔と言えど記憶に干渉することなんてできない」

仮に緒季と命の二人の記憶を消したところで宗司の記憶には雛乃が残る。自分の存在が消える事を隠そうとする優しい悪魔の計画は完璧ではないまま終わる。

ところが雛乃は声を出して笑った。

「二年」

月日の提示。

「それだけの期間があれば、宋にぃの体の中にあるものを調べる事はできたよ」

「どういう意味だ」

「貴重な物を失くすだけあって何も知らないんだね。あれは元々人間の体に入れるようなものじゃない」

「ふざけるな。そんなこと知っているわ。あれは人間の手助けをするために御神木となる木に植え付けるものくらい私が知らないはずが無い」

エルは憤りながら答える。

だが、

「本来の形はそうだね。人間の願いを力に変え、その力で土地の安定を促す。でも今回人間である宋にぃの体に入った。感情のある宋にぃに」

エルは疑問を浮かべる。確かに今まで人間に植え付けられた前例はない。だから取り外すこともできないと判断したために宗司を神にすることを企んだ。

「雛はね。緒季ちゃんと宋にぃの仲を戻す以外に、もう一つやらなきゃいけないことがあったの」

エルの脳裏に宗司の体から天まで噴き出した神の力を思い出す。本来御神木が力を使う場合、根から地脈を通じ土地を安定させる。それも少しずつ壊れた個所だけを修復し、いっぺんに力を使われることはない。

「まさか…………!?」

「そうだよ。宋にぃの体が持たなかったように【御神木の種】も過度な力の使用に耐えられるはずがなかった」

始まりは篝という男との喧嘩、それから宗司は回復という神の力を使い、徐々にその神の異物を目覚めさせた。だが、それだけでは神に近づくことはあっても【御神木の種】が無くなることはない。だから、急激に神と悪魔という世界に引っ張り出し、強制的に神の力を何度も引き出させた。

その結果、ゆっくり開かれるはずだった花弁は、宗司の感情によってこじ開けられた。急激な成長で枯れることを厭わずに。

「そこまで計画されていたのか」

「ふふん、神の力を手に入れる人間なんてそうはいないよね。でもそうなったら、悪魔が目を付けるかもしれない。それにあなたも神の力を失くした宋にぃに関わる理由を失うからね」

エルは素直にすごいと思う。

「私が来る前からこうなる時を想像し、対処を練っていたということか。宗司を……いや、人間に神と悪魔の戦争のようなことが起きないように」

こくん、と頷いた雛乃は全てを締めくくるために無防備のままエルに近づいていく。

「そしてこれが最後、ちゃんとあなたにも伝わるように殴られることもした」

悪魔が操っている化物の攻撃を受けても死ねるはずはない。だが同じ力を持つ神なら違う、無抵抗、さらにはダメージが残っていれば制限を掛けられているエルでもトドメはさせる。宗司にさせることができないなら、神にやらせればいい。どんな形であれ、神と悪魔は敵同士、悪魔は神の手によって裁かれる。

「これで、終わり。いい思い出だけを持って雛は逝ける」

全てに別れをいう雛乃目から喜びの涙が流れる。やっぱり別れは辛い、それも自分の事を忘れられるとなれば尚更、でも、それでも大切な人の心を護れた。だから嬉しいと素直に言えた。

「……そう、残念ね」

ところが、

「あなたはまだ死ねないのよ」

雛乃が思うよりも残酷な発表は残っていた。

雛乃の目が剥きだしになる。

「どうしてっ!?」

すでに神としてのエルは宗司達の気持ちを考える必要が無くなってしまった。宗司が神の力を失った時点で記憶を消さなければならない。そこまでなら悪魔である雛乃の計画の一部だ。

だが、エルは人間の世界に失くした【御神木の種】を秘密裏に捜索していた。人間を神に仕立てるというのは、所詮その神の異物を取り戻す過程に過ぎない。だが、ここで悪魔を始末すれば他の神に必ず知られる。

悪魔を野放しにするのはリスクが伴うが、すでに雛乃は無害と言って良い。確実ではないとしても、悪魔が人間界に隠れているのは少なくないのだ。

「神の世界のバランスを保つために、私が神の座を降りるわけにはいかないのよ。だから、悪いけどあなたを殺さない。それに自害を選べないあなたは苦痛と共に人間と生きていくのよ。悪魔の寿命が尽きるまでね」

それこそ、永遠とも感じる孤独。

「そんな……」

なにより、苦痛を遥かに超え、まやかしでも誰かと共に生きる喜びが目の前に突き付けられてしまった。

「関わった人間の記憶は都合よく改変して私が弄っておくわ。三人の記憶は貴方が選びなさい」

「鬼、悪魔…………」

「悪魔はアンタでしょ……でも、ごめんなさい。私には何もできないわ」

同情が神で禁忌とされる言葉を残し、エルは関わった全ての人間の記憶を改善しに姿を消した。ただ一人、本当に取り残されてしまった一人の悪魔は小さな力を使う。

「雛に……ひぐっ……選べるわけないじゃんか……ぅう」

二年前に起きた事件から、今に至る不必要な記憶を削り取るために人間の心を持った悪魔は緒季、命、そして宗司の三人の記憶を弄った。

そして、完璧でなくとも守りたいものは守った少女は悲しくて泣く。

「……ぐす…また仲よくしてね……ぅうぅ、あぁ………」

これからの幸せを目前に、未来まで続く絶望を感じ取り、また一人になってしまった少女の声は誰にも届かない。

それを知っていても少女は流れる涙を止めることができなかった。


その日、宗司の孤独を受け継ぐように一人になった少女は声を出して泣き続けた。

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