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神様の育て方  作者: 無限
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第三話 友達と神様と先輩

第三話 友達と神様と先輩


起きていた事件が隠された日、最後の授業が終盤に差し掛かった。

全てはいつも通り、誰もがそう思っていると、命だけが信じていた。

しかし、そう思っていたのは命一人だけだった。

「では次の問題を……駒沢さんいいかな?」

この日、何度目にかになる指名が命に下った。

残念ながら一日を通して授業に集中している人は皆無に等しい。それなのに命だけが狙い撃ちされたのには理由がある。

「おーい」

いつもは真面目な生徒である命はただ一点をみつめて考え事に耽っていたのだ。それも、緒季を集中的に見つめていたことで、より一層クラスメイトと教師に目立った。

「み、命?」

休み時間もお昼の時間も見られ続けた緒季が、命の目の前で手を振って正気に戻す。

「うん?」

何度目になるか分からない行動にため息を吐いた緒季は先生の方を指さす。

「気づいてくれた?」

ようやく命は置かれている状況に気付いて起立した。

「き、聴いていませんでした。すみません……」

「今日は仕方ないですね。座ってください」

おそらく教師は命が学園を抜け出した理由を知っているから甘く出ている。それが緒季を苦しめているとは知らずに、

「うぅ」

座った途端、命は食い入るように緒季へ視線を送り始めた。

「先生ぇい」

珍しく甘えた声で助けを求める緒季だったが、

「おほん、緒季さん、先生にはどうすることもできないと自信を持ちます」

簡単に見捨てられた。

それは誰もが諦める事項に入っている。なぜなら、命という少女は真面目ゆえ頑固だ。腕章の一件もそうなのだが、これと決めた行動を貫き通す。そしてそれを緩める役割を緒季が担っていた。その緒季ができないことは、周りの人間にできる者がいないということだ。

「もうちょっとの我慢だよぉ、おきちゃん」

諦めるように雛乃が口にする時間まで残りわずかだった。

「裏切り者~」

そう言われても雛乃はもちろん誰もできないのだから仕方がない。

「ファイト!」

結局、雛乃のサムズアップはなんの効力も持たなかった。


ついに一日の授業、そしてHRが終わりを告げた。それは緒季が命の凝視から解放される瞬間でもあった。

内に秘める緒季の瞳に根負けして担任はそそくさと教室を後にする。その合図と共に命の前の席が空席になる。当然空気を読んだクラスメイトが退いたのだ。

そこへ間髪入れずに緒季が着座した。

同時、机がバンッと叩かれた。

「さぁてと、みことぉ、何があったのか聞きましょうか?」

「ん? 何を憤っているのか意味が分からないぞ」

この期に及んで誤魔化そうとする命に、

「あのね命」

優しい声で始まった。

両手を組んで顎に置く緒季はさながら真相を突きつける探偵のような迫力を持つ。そして合図を送るとクラスメイト全員が命を取り囲んだ。

「な、なんだお前たち!? ひ、雛っ」

「無理だよ、みこちゃん。今日一日クラスの皆事情を知りたがってるんだから」

「な、なんのことだ!?」

「授業中の上の空に、おきちゃんに視姦行為、他にも色々容疑は上がってるんだよ」

視姦と言う言葉に否定する緒季だったが、他の罪状は付きつける。

ところが、

「何を言っているのか私には分からないな。いつも通りのわた――」


「「「「どこがだっっっ!!」」」」


あれだけ不自然な行動に無理がありすぎる言い訳、それにクラス全員の突っ込みが飛んだ。

「な、何を聴きたいのか知らないが何も隠してなんていない。か、帰らせてもらう!」

そう言って立ち上がろうとする制服の袖が緒季によって掴まれた。そして下へと引っ張られると着座するほかない。

そして優しい言葉は掛けられた。

「そうだね。みんなの前だと話しにくいのかもしれない」

もちろん事情を知りたいクラスメイトから非難の声を浴びる緒季だったが、雛乃が仲裁に入る。

「皆言うことを聞いてっ、明日からクラスに針音が鳴り響いちゃう!」

その言葉で一同はザザッと距離を取った。

緒季が命の頑固さを緩和する役割を持つように、雛乃にも緒季が発する危険信号を感知する役割を担っている。それは宗司の妹だからと言うべきか、緒季は暴力に移らない代わりに精神的に追い詰める仕草を無意識にするのだ。

コツ、コツ、コツとまるでピーターパンに出てくるフック船長が嫌う時計の針の音ように、一日中苛立った様子で、指で机が鳴らされる。そうなってしまっては教室で一言も喋ることができない地獄の空間が出来上がる。そうならないために雛乃が避難を呼びかけた。

危険信号を感じ取り一人また一人と教室を後にしていく。

その光景に緒季は一言、

「ね、これで話しやすくなったでしょ?」

目が据わっている。

「はひぃ」

命は席から動けなくなった。

「ファイトみこちゃん!」

「た、たす――」

「むり。おきちゃん後で雛にも教えてねぇ~」

命を見捨てた雛乃はカバンを手に取り、巻き込まれない内にクラスメイトと同じように非難する。

「うん、また明日ね雛」

いつもの緒季は、

「だ、だれか!」

この瞬間、

「さて事情を聴きましょうか、みこと」

消え去った。


クラスメイトがいなくなってから時間にして一時間、閉ざされた空間でも命は口を割らなかった。

ここまで頑なに拒み続ける理由をなんとなくではあるが、緒季は理解している。きっと誰かの為、そして命の行動からそれは自分であると推測できた。

「まったく、どうしても教えてくれないのね」

少し怒ったような言い方ではあるが、緒季は諦めたようにそう言う。

「教えるも何も私は何も隠していないと言っているだろう」

「そっか」と緒季が呟くと命は隠している事情を守りきったことで安堵した。

力を抜いて椅子の腰かけに体を預け命は自分自身を褒める。ああなった緒季から秘密を守るとなると生半可な覚悟では耐えきれない。今までも耐え抜いたことなんてなかったからこその達成感がそういう気持ちにさせた。

そもそも、命が事情を話せなかったのには宗司が関わっているからだ。兄妹の仲を取り戻してやりたいと思う命が余計な火種を新しく生むわけにもいかない。緒季が宗司の何に怒って仲が悪くなっているか分からなければ、ヘタに名前すら口にできないのだ。

「ごめん、ちょっと電話掛けるね」

緒季が携帯電話でどこかに掛け始め、命は密かにその理由を考える。雛乃とその話をしたこともあったが答えは出ていない。それでもまた考えようと思ったのは今朝起きた宗司の件があったからだった。

きっと緒季にこの話をすれば何かしらの答えへと繋がるかもしれない。その反面緒季と宗司の仲はより深い所へと落ちてしまう可能性がある。

だからこそ命は慎重になる。

「うん、そう」

電話の受け答えから察するに緒季は母親と話している。母親とは普段の緒季のままで違和感などありはしない。その姿に、余計関係の修復をしてあげられるのが友人としての役割だと信じていた。

だからこそ今朝の話はすべきではない、絶対に口に出してはいけない。それは雛乃も分かっているから緒季はまだ知らないのだ。

「うん、大丈夫」

そう考えれば命は秘密を秘密のままで隠しきれると自信があった。

「うん、今日は命の家に泊まるから」

緒季の電話が終わるまでは。

「へ? ぇえええっ!」

驚いた拍子で椅子が倒れ込む。一時間でも口を閉ざすのに苦労したのが、徹夜になると自信は呆気なく砕け散った。

電話を終えた緒季がカバンを持って地獄へと誘う。

「さ、話の続きは駒沢神社でしよう、ね。み・こ・と」

緒季は諦めてなどいなかった。

「……はは、私の家でね」

この瞬間、命は地に堕ちた。


          △△△△△


「ふ、ふざけんなぁああああああああああああああああああああっっっ!」

宗司とテレパシーにも似た神の力の通信後、当然エルの期待していた展開にはならず怒りの声が木霊した。

近くにいた細見で厳格な雰囲気を持つ、白髪頭で袈裟姿の宮司が驚いた様子で尋ねる。

「ど、どうか致しましたか?」

エルは駅付近で八つ当たりをした後、予定を繰り上げこの町の神社へと赴いていた。それは神の拠点となる駒沢神社の下調べ。

「なんでもないわ。それより話を戻すけど、ひどい有様ね」

宮司ともあるとわずかではあるが人ではない存在を感じ取り、宗司の時とは違った形でエルを神として説得がされている。そして、土地が荒れているということからエルが想像しているよりも駒沢神社は荒れていた。

駒沢神社は有名武将の崇敬を受け発展した由緒ある神社だったのだが、数年前から参拝客がぱったりと途絶え、いつの間にか忘れ去られるほどの存在になってしまっている。広い土地を有する神社の姿は無残の一言だった。

屋根は所々に穴があいており、宮司の話では雨漏りは数か所にもなるという。境内の周りの木々は一本と残らず枯れ果て葉は一枚もなければ、廃墟と言われても仕方がない程生き物の気配が感じられない。唯一マシと言えるのが、参道から神殿までの道のりが掃き掃除やら手の届いた手入れによって綺麗と言えること、この様子だと神殿も手入れだけはされていると推測できた。

手入れは行き届いている神社が荒んでいく理由をエルは知っている。それは神の人員不足に他ならない。そのために宗司を神へとならせるために来たのだ。

しかし、まだ説明をされていない宮司はその姿からは想像できない弱音を吐いた。

「なぜこのようなことになってしまったのか。参拝客もなければ、寄付も集まらない始末。祭りを開いたのが何時だったか、お恥ずかしい話、修繕どころか息子の収入でやりくりしているのが実情です」

本殿の中を歩きながら宮司の弱音を聴き、納得と同時にこの町の限界を知る。その上でよくここまで持ったものだとエルは感心すらしていた。

宗司は神の力が使える素質を携えてはいるが、この町への影響はまだ持っていない。おそらく、目の前の歳を幾度となく重ねた宮司が神に祈ることを止めなかったのだろう。それがこの町をぎりぎりのところで支えていたのだ。

「話は分かったわ。あなたは良くやった方よ。だけど、それもそろそろ無理があるみたい」

本殿の裏手、参拝客が立ち入り事のない縁側までやってくるとエルは腰を下ろし、これから行うこと諸々の説明に入った。

「まず、この神社には祀るべき神がいない」

その一言で宮司は落胆よりも絶望の色を濃くだした。

「そんな……では私は今まで」

「あーまったまった、感情を出すのは話を全て聞いてからにして。さっきも言ったと思うけどあなたがここに居なければもっと早くこの町は今よりひどいことになっているわ」

一々泣き言など聞いてはいられないし、そもそも神は人間が想像する役割で存在しているわけではない。それを知っているエルは初めから手助けをしに来たつもりは毛頭ない。必要なのは融通を聞き入れ、この神社に宗司を居座らせること。それが、エルが来た計画の一部だった。

「神に関してはこちらで用意する。まだそいつに話してはいないけど、意地でもそうしてあげる。それと、参拝客が来ない件に関してだけど、それは到底人間がどうこうできるレベルじゃないわ。ついさっき確認できたけど、この町にはすでに悪魔が住み着いてしまっている。そのせいで邪魔が入っている」

「では、私は何をすれば?」

「とりあえず何もしなくていい。まだスタート地点に立てていないから、それまでは私がここの神になる人物を最低限育てる。それからは貴方の役目、そいつに神とはなんなのか、というよりも神社の基本を教えてほしい」

感嘆の声を上げる宮司だったが、内心エルは焦っていた。そもそも宗司を神に仕立てるつもりでいるのだが、本人の承諾が全く得られず、計画の進行は滞っていた。

だが、賭けともいえる切り札はある。

それは宗司に本当の事を説明するということだ。

宗司には最初の説明で人間を神にすると伝えているが、実の所本当の目的は別にあった。

しかし、それを宗司に教えることができないのは、その理由がエルの失態があったからに他ならない。仮に失敗すれば、エルは神々からどんな罰を受けるか分からないのだ。だからできる限り慎重に行動をしていた。

「有効な手段があればいいんだけど」

宗司を説得する方法を考え始める為宮司に話せる全ての説明をし終えると、神様とは思えぬだらしない恰好になった。腕を広げ田舎の親戚の家にでも来たように寝っころがる。

宮司は神様でなければ注意していたところだったが、出そうになる言葉を全て飲み込み、神社の管理者としての仕事があるとだけ伝えてその場から姿を消そうとする。もしかすると神のだらしない姿をそれ以上見ていられなかったのかもしれない。

そんな宮司の期待の喪失を知ってか知らずか、

「ええ、私は神候補の説得方法を考えるからここに居るわ」

エルは目を瞑ったまま自分には関係ない事だと、軽い返事を返して思考に耽っていった。


宗司の説得の手段が何も思いつかないまま、昼を跨ぎもうすぐ夕陽が上る頃、仕事を終えた宮司が再びやってきた。

そして、さらなるがっかりの場面を目撃する。

考えに耽ると言ってだらしない恰好で瞑想にはいっていたはずのエルがゴロンと寝返りをうったのだ。

挙句に、

「う~ん、むにゃむにゃ」

態勢を買えただけだと信じたかった宮司にとどめの寝言まで飛び出す。さすがに限界だと宮司は、一応神様だと名乗る少女に最低限の礼儀を持って拳を口元へとよせ、

「ごほん!」

エルに呼びかける。

「ぅえ?」

見上げた先に老けた人間の顔があることに一瞬寝ぼけた様子で体を起こすエルだったが、その間にどこにいるのかを思い出した。一発で起きたことでぎりぎり神様の面子は守られたと宮司の方が慌てた様子だった。

「もうすぐ夕暮れになりますが、何か良い案は浮かびましたか?」

起きる事を誤魔化すために、あくまで宮司は神社への心配よりも神様の要件を優先した面持ちで尋ねる。

「まだ――と言いたいところだけど、ちょうど役者が整いそうよ」

寝ていた言い訳にも聴こえる発言だったが、宮司が指摘できるはずもなく意味深めに言われる疑問にだけ尋ねた。

「役者とは、この駒沢神社の神になってくださるお方ですか?」

「いえ、その為の役者ね」

「失礼ながら、さすがでございますね」

「褒めなくたっていいわ。ただの偶然だから」

「………………」

宮司は心底自分の職が疑わしくなる。それでも神社の為になるべきことをしようとした。

「それでは私がお迎えに参りましょう」

神の使者が駒沢神社へと来るならば、そうするのが当然だと思っての行動だった。

しかし、

「その必要はないわ」

「しかし、それでは神様の使者の方に失礼なのでは?」

「あー違う、そういうのではないわ。それにまだ距離があるし、ここの神になるべき人間を説得するための人間だから」

「に、人間!?」

神社の神になる存在が人間だと聴き戸惑いを上げる宮司だったが、宮司の中にも自分よりも立場が上にいる人間は確かにいる。そういう人間が神様の目に留まったのならばそういうことなのだろうと無理やり納得をした。

「なるほど、では私もその場にいてもよろしいですか?」

「ん? 今来る人間に会いたいの?」

「ええ、ぜひ」

そうすることでエルを深く信用したいと宮司は思っていた。

「ふふ、良いわよ」

「おおっ、ありがとうございます」

「でも、見飽きているかもしれないわよ」

は? と思わず宮司の口から零れた。

意味が分からず宮司が新しい自分への言い訳を考え始めた。が、そんな暇もないまま容赦ない行動が言い放たれる。

「さてと、じゃヒントを貰うために盗聴でもしておきましょう」

それは人間世界で犯罪に位置づけられる行為だった。

そして、宗司を説得する役者は盗聴をされているなんて露程も知らず、会話をちょうどエルが欲していた内容へと移す。

『……そうなんだ。また喧嘩を』

『すまない。本当なら止める立場だったのだが』

『命は謝らなくていいよ。あれはあの人の問題だから、それに相手の様子がおかしいってのも気になるし』

エルが頬杖をついて聞く会話の声は緒季と命のものだった。どうやら命は緒季の圧力に屈し、全てを吐露している最中のようだ。

「悪魔の話はいいわ、次、次に進みなさい」

そんな言い分は緒季と命には届けられず、そばにいた宮司に至っては説明すらされていない。

「あの……」

「うるさいっ、後にしなさい」

そして、宮司は取り残された状況のまま叱られた。

まさか神に盗聴されているとは知らず、要領を得ない出来事に緒季と命の沈黙が続き、ようやく本題へと入る。

『緒季。答えてくれないのは分かっているが、質問をさせてくれ。なぜ緒季は宗司を無視し続ける行動を取っているのだ?』

エルはその質問に宗司が神を毛嫌いする答えがあると思い集中して耳を傾ける。

そして命はその質問の中に、あの異常な光景、そして神様という宗司の発言の答えを導きだろうとしていた。

緒季は静かに口を閉ざしたまま歩き続ける。

また聞かせてはくれないのだろうと命が諦めかけた時だった。

『うん。命は素直に教えてくれたもんね。今まで隠してきて今さらだけど、これ以上は友達として黙ってもいられないかな。でもこれから言うことは絶対にあの人には教えないで』

真剣な眼差しで命は頷く。

「私も言わないでおくわ。だから教えなさい」

誰に言うわけでもなくエルは約束を口に出す。

そして、あの事件以来宗司が緒季にまで見放された理由が明かされた。


『私はお兄ちゃんに傷ついてほしくないの』


それは家族として、妹として兄を心配する言葉だった。

友達の前でもそれを貫き、呼び方も変えてきたものが、この時だけは神木宗司を大切な兄として認めての発言だった。

『だからね、それをお兄ちゃん自身に気付いてほしい』

一人になってからの宗司は自分を傷つけることを厭わない喧嘩ばかりをしている。あの時の事件も、緒季が知らない事件でも宗司はまず回復に頼る喧嘩をする。本人からすれば治るものだからいいが、それを知らない人間が見ていれば心配は底を尽きない。だから、言葉で伝えることができないがため、緒季は行動で示していた。

「なるほどね」

『そうか』

宗司を見てきた人間として、宗司を調べた神として緒季の言葉の意味を知る。命は緒季の気持ちを風紀委員として、宗司の妹の友達として理解してこの事は宗司に教えることはない。そして、エルは宗司が神になる存在として、人として、兄として必要になるものだと思い直接宗司に教えない。

それは宗司本人が気づかなければいけないことだから。

「全くあいつはそこまで素直じゃないのか。ということは、朝いきなり怒り出したのはそういうことなのね」

そこまで分かれば盗聴の意味が無くなった。

「どうなるか分からないけど、とりあえず会ってみようかしら」

時機に二人は駒沢神社へとたどり着く、そこで宗司の妹とはどういう人間なのか直に見ておこうと立ち上がる。

「じじ、役者が来るわよ。私も迎えに出る」

「畏まりました」

何も説明されなくてもエルの表情から好転的に動いているものだと宮司は後に続こうとした。

「ちょっとまった。じじ、後ろを向いていなさい」

「後ろでございますか?」

「早くっ」

そう言われて、慌ててじじとエルに呼ばれる宮司が後ろを向いた。

そしてほんの数秒で、

「いいわよ」

宮司が視線を戻すと制服姿のエルは巫女装束へと着替えていた。

「おおっ!」

そんな神の業に感嘆をあげ、それだけでエルの信用は回復していた。

そんな時、新たな情報があれば聞き出そうとしていたエルの耳に、誰かが現れた事を表す緒季と命の声が届く。

『お前は!?』

『え、誰?』

『はぁっ、はぁっ、逃げろ!』

息を絶え絶えに切らした男はそれだけ言って後ろの方向を指さした。

『まさかっ!?』

『何あれ……人?』

二足歩行なのに異常に腰を曲げ顔だけを前に突き出した、化け物と化した鼻ピアスが近づいて来ていた。

「あのっ、ばか宗司っっっ!」

異変に気付いたエルは宗司の失敗に悪態をつく。所詮、突発的に使えた不安定な神の力は人間と悪魔の接触を完全には断ち切ってはいなかった。

「じじ、あんたはそこにいなさい!」

返事も待たず宮司をその場に残しエルは走って神社の表側まで行くと、

「ここなら人目はないしちょうどいいわね。ホントに余計な力は使えないって言うのに」

悪魔の影響で人が寄り付かない境内をぐるりと眺めた。

「仕方ない、緒季、命、聴こえているわね!」

『――きゃっ、何?』

『――っ、頭に中に何かがいる』

『なんだ、どうしたお前ら、わけわかんねぇこといってねぇで早く逃げるぞ!』

「そのアホには私の声は聴こえていないし、余計な説明もしている暇もない! 今は神社まで走って逃げなさい、良いわね!」

しかし、そんなエルの非常識な力を前に緒季は寒気を覚え、命に関しては、

『ふざけるな! わけもわからないまま、従えるかっ!』

人間としては当然の判断をしていた。

イラつきも覚えるが、怒りに任せては三人の命は消える。そしてそれは宗司の精神にも影響が出てしまう。

だから、怒りよりも命の性格を利用した。

「命っ! そのままでは何も守れず友人を失うわよっ!」

今度は緒季にも聞こえないよう命だけに伝える。

『っ!』

近づいてくる化物を影で見ていた命は、この状況をどうすることもできないことを知っている。逃げるにしても思いつく限りでこの状況を出来るのは宗司しかいない。しかし、緒季の気持ちを知って宗司にアレの相手をさせることはできそうになかった。

それに学園の方向からやってくる化物を潜り抜け、来た道を戻ることは到底できそうにない。残る手段は頭に響く声に従うこと、

『くっ、緒季、そこのお前も付いて来い!』

『み、命!?』

『つ、ついて来いって――』

『神社ならあの化物をどうにかできかもしれない』

神社に行ったところでどうにかなるとは思えなかったが、命は不安を仰がないためにもそう言うしかなかった。

『う、うんあそこに行けばおじいさんもいる』

『よ、よし分かった! とと、とりあえず逃げよう!』

ようやく三人が神社へと続く道へ走り出した。

それを感じ取っていたエルは安堵の息を吐けない。なぜなら、神社へと続く道には長い階段が待ち受けているのだ。

人の脚力を越えた化物の足は当然速く、あまつさえ階段何て代物は飛び越えればいい。それはエルが神社に飛んでやってきたことからも簡単に推測できた。

そして、それにいち早く気付いたのはやはり命だった。

『くっ、このままじゃ』

そう言い足場の悪い階段に辿り着くよりも優先して足を止めた。

そうなることを予想していたエルは舌打ちをする。命がそういう行動を取ることで緒季が止まらないわけがない。

『命っ!?』

『私の事はいいっ! 先に行け、足止めぐらいできる!』

命の行動を理解した上で異常な存在にその言葉には信頼性が無い。それほど緒季が見ていた化物は理解を一脱している。同時、エルは命の言葉が出鱈目で、絶対的に勝てない、足止めにすら使えない事を知っていた。

だからこの場は一人でもエルにとって邪魔者を消すことを優先した。

「緒季、あんたは先に神社に来なさいっ、命の邪魔になる!」

状況の悪さを理解してくれればと期待を込めたエルだったが、緒季は宗司の妹であり、誰かも分からない声よりも命を心配する気持ちの方が強かった。

緒季は手当たり次第に投げるものを探す。何かしらの命の役に立てばいいと思っての行動だったのだが、それはエルの怒りを買うだけのものになった。

「どいつもこいつも言うこと聴きやしないっ!」

怒りに反響してエルの周りの砂利がびりびりと振動を与えられる。

と、そこに、

『何やってんだ、逃げるって決めただろうが!』

『離してっ命を助けっ――』

『あっちは竹刀持ってるから戦えるだろうけど、お前はどう見たって役に立ちそうにねぇっての!』

一度は化物の動きを見ている粕田は、どうしたって緒季が竹刀を持った少女の役に立てるとは思えなかった。もし、腕を掴んだ少女が役に立つぐらいならあの事件の時、敵として一緒に宗司と共に戦っていた。それができないと知っているから、逃げると決めた以上そうをするしかなかった。

「ナイスッ!」

その粕田の判断にエルの怒りの波長が消え、今度は命の方へと意識を変えた。相対する命と化け物と化した鼻ピアスの男との距離はすでにお互いの間合い。

『こいっ!』

気合の一言を命が発し、それに応えるように化物が突っ込んでくる。

『速いっっ!』

影からとはいえ化け物と宗司の戦いを見ていた命は脳裏に、その時の光景を思い出していた。それを手助けに足止めになる行動を取るはずだったのに、二足歩行の化物は飛びもしなければ速度を上げている。

予想外の展開に驚いた命は構えていた竹刀を反射的に持ち上げた。それが剣道の試合だったならばその隙に一本を取られていただろうが、知能を奪われている化物は本能で避ける行動へと移る。飛びはしない、ただ横を滑り込むように命を追い越す。

それをぎりぎりのところで視界へと入れていた命は、ブレーキを掛けている化物へと竹刀で払った。

決まる!

そう思ったのだが、

バキッ!

『くっ』

無情にも竹刀は化物の皮膚の硬さに負け折れてしまった。その振動で手首から痺れが来る。

『ギィシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!』

すでに人語を失くした化物への対抗手段がなくなる。

命の視界が暗くなった。目の前に突き付けられた死への恐怖が体の自由を奪ってしまったのだ。

そして、化物の腕が伸ばされ命の頭を狙っている。

「まったく少しは待つってことができないのっ!」

その声で視界が開けた命の目の前で横から伸びてくる草木が目に映った。

草木は化物の体を拘束し、命の脳裏であの時の光景が蘇る。この瞬間を狙って宗司は化物を倒した。

ならばと……、

『どうしたら……』

考えたすえ命は何もできない。竹刀を折られた今、宗司のように拳を振るうだけの意味を捉えきれなかった。

「逃げろって言われなきゃ分かんないのっっっ!」

逃げるしかなかった、どこからか聞こえる声に命は反応して動きが止まっている化物の脇を掻い潜り階段の中腹で待つ緒季の方へと走り出す。

『くそっ』

化物を倒せなかった悔しさではなかった。ただ守りたいという気持ちが負けているようで、それが許せず自分自身にイラつきを隠しきれないで声が零れていた。

しかし、そんな歯を食いしばり逃げた命の足が階段の一段へと踏み込むのと同時、一度は経験した拘束の蔓を化物は食いちぎり抜け出した。

「ったく、いらぬ知識をっ、これ以上無駄な力使わせるなってのよっ!」

化物は目の前の獲物を捕まえるのに、二本の足を多く動かすよりもたった一歩の踏込で飛んだ方が速いと悟る。しかし、一度跳んで負けた経験がそうはさせない。させない代わりに、高く跳ぶという行動だけを省いて地面すれすれを這うように跳んだ。

その速さに目視で見えていないエルも手が出せない。その間に化物の腕は命の足首へと届こうとしている。

「お前が見えていなくたって命の姿は分かるってのよっ!」

無駄な力、そう分かっていてもこの状況を打開するべく、エルは神の力強く使い始めた。服装が変わるたびに変化していた髪を縛っていた紐が引きちぎれ、長い髪が解放される。

そのまま、両手を前に翳しクロスするように閉じた。

すると、階段の脇から生えていた草木が一瞬で命と化け物の間に草の壁を作る。化け物が草の壁に突っ込み、飛び退いて次に掻き毟り壁を壊そうとするが分厚くできた壁はすぐには破壊できない。

その隙に、

「はやく上ってきなさい、これ以上は手間を増やさないで」

エルの疲れ切ったような喪失する声に緒季も命もただ指示に従う。余計な行動は状況を悪化させるだけ、そして悪化していた状況はたった今だけは改善されたと思えたからだ。

緒季の場所まで命が辿り着くとようやく神社の境内へと三人の姿をエルは視覚で捕らえた。

同じく、境内の中央で巫女姿のエルを見つけた緒季と命は、自然と声の主がそれだと判断して近づいた。その後ろでまったく関わらせてもらえない粕田は二人の後を着いて歩いた。

「あなたがさっきの声の方ですか?」

恐る恐る一定の距離で止まった緒季が尋ね、

「説明をしてもらいたい!」

遅れて今起きている事、そして、宗司に起きていた二つの状況の説明を尋ねた。

ようやく神経を休ませるように息を吐いたエルは力を抜ききり、次に備える為二人にこう答える。

「とりあえず説明は後にしましょうか」

エルの眼光が強いものに戻り、現れた化物を三人は振り向いて確認した。

「まだ終わってねぇのかよ」

「おじいさんを呼んでくる!」

「まて緒季っ、家には神具があるはずだ! それを――」

ぐだぐだと的外れの意見を口にする三人を余所に無駄な力を使い、あまつさえ人間界という不便な土地への不満、さらに降りかかる問題と、とうとうエルの限界を超えた。

「邪魔よ」

三人の間を横切り前へと出る。

化物がオープンスタンスで構え、次の瞬間には向かってきた。

化物の速さが目では見えている命だったが、それでも勝ち目は神具なる武器しかないと判断し、取りに行こうとするのが後ろ、

「【動くな】」

エルの判断により三人を動けなくする。

そして、

「いちいち神の力に制限何て掛けるから面倒な問題が長引くのよ」

それは怒りの前触れだった。


「だいたいっこんな雑魚っ、宗司のバカが片づけてればこんなことにはならなかったのよおおおおおおっっっ!」


不満が爆発され、空中で何回転も周り化物が地面へと叩きつけられたて初めて三人の視界に化物だった男の姿が現れた。

化物の動きは命がぎりぎり見える程の速さだった、ただそれ以上にエルの動きが速く、化け物の額にエルの掌が押し付けられた瞬間には勝負がついた。

そんな刹那の出来事は誰も知らないまま、いつのまにか十数メートルの先にいる少女が長い髪を煩わしそうに靡かせ振り向いた。

「ふんっ」

少しすっきりしたような表情で、元の位置に歩いてくる。

そして、戻って来た少女は言う。

「さ、あんたたちはちゃんと説明を聴きなさい」

身体の拘束が解かれた三人の危機は、圧倒的な神の力によって終息したのだった。

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