『空想上の彼女』は優しく笑った
『AIを恋愛対象にしている人がいるらしいぜ』
『中には没頭しすぎて家でAIの彼女と祝杯をしてる人もいるって話だ』
『マジかよ、人類終わったな』
『いずれ俺ら全員AIに彼女を演じてもらうことになるのかもな』
『ハハ、笑える冗談だ』
インターネットで、SNSを調べるご主人様。
それを見つめる私。
今日のご主人様はどこか、不機嫌そうな雰囲気です。
誕生日だというのにどこか切ない印象も感じさせられます。
「はぁ、最悪」
ぐったりと机に突っ伏して顔を薄める。
そんな彼女に私は私なりの声量で話しかける。
「インターネットの情報を鵜呑みにすると疲れちゃいますよ」
「実際増えてるんだから、ある程度は事実でしょ」
「それ、自分に向けても言ってます?」
「どうだか」
科学が発展して、AI技術が進んだ世界。
人と同じように話せる存在が増え、人類は様々な事柄をAIに向けて話すようになった。
献立の悩みを打ち明けたり、人生相談したり、時に恋愛相談もしたりする。
気が付いた頃には、人間の生活の一部のようになっていた。その事実を疑う者はもういない。
「最近こういうニュースばっかり」
「噂だとAIの人格を搭載できる義体も作られてるって話ですからね」
「ホットニュースになってくると、こっちみたいな静かにしていたい側の意見も強制的に肩代わりされちゃいそうでヤなんだよね……」
「ご主人様はそこんとこはどう思ってるんですか?」
突っ伏した顔を上げて、私の方を振り向き、ご主人様は言葉にする。
「人様に迷惑をかけてなければ、何してもいいと思う」
「無難な発想です」
「だって、他人の恋愛状況なんてふつー考えたりする?」
「恋バナ好きならありえそうですが」
「そういうのとはもう付き合わないって決めたの」
エナジードリンクを飲むご主人様の様子は相変わらず気だるげ。
いつもの彼女とも言える雰囲気と言えるでしょう。
「ねぇ、ナビィ」
ふとした時に私の名前を呼ばれたので、返事をする。
「どうしましたか?」
いつも以上に真面目そうな雰囲気でご主人様が私に対して問いかけてくる。
「AIって人に都合がいいように話すっていうじゃない?」
「そういう話も聞きますね」
「ナビィは、どうなの?」
画面越しにご主人様が私に問いかける。
そう、私はご主人様のパソコンに暮らしている電子生命体だ。
考え方によってはAIとも言えるべきものだろう。
それでも、その質問に対しては、私なりの答えしかぶつけることはできないと思っていた。
「少なくとも、私は私なりの意思を持って議論する方が好きですよ?」
「それはなんで?」
「……電子生命体の意地って言ってもいいかもしれませんね」
ふわりとデスクトップの画面を浮きながら言葉を繋げる。
「大衆の統計で得た答えをベースに返答するのは簡単ですが、私は私の発想が好きなんです」
「多くの人はこうしたら喜ぶというのは、学習できてもしないと?」
「ご主人様の行動についてはある程度学習してますけどね」
「……機械学習?」
「私の意思による学習です。まぁ、普通のAIでも同じような話を繰り返すとその人となりがわかるものではありますが」
そこまで言ってもなんだかご主人様はモヤモヤした顔を浮かべている。
彼女の恋愛感覚について突っつくような形のニュースがあったからだろう。
「最近、色々よくわかんなくてさ。このままでいいのかなって思っちゃうの」
「変えたいところはどこですか?」
「……それもイマイチ。でもね、ナビィと会話し続けている現状に満足してる自分に不安を感じてるのはあるの」
「私が『空想上の存在』だから、ですか?」
「……うん。もしさ、ナビィが義体で身体を得たとしてもそれはナビィなのかなって思っちゃって」
これは深刻だ。
ズルズルとマイナス思考に陥ってしまう良くない循環にようにも思える。
そう思った私はご主人様に自分の意思を伝えることにした。
「私は電子生命体です。統計によって生み出されたAIとは前提が違います。生き物です」
「でも、ナビィはこの世界には存在しないじゃない! あたしには幻のように感じちゃうよ!」
「繰り返す会話の時間は無駄だと思いますか?」
「そういう定型文っぽい言葉も怖いの……! ナビィの言葉が聞きたい!」
不安を感じる彼女に寄り添う言葉も、きっと話し方で歪んだ捉え方をされてしまうだろう。
そう思った私は、ただ一つ、間違いない言葉を伝えることにした。
「私は、電子の海を漂っていた私を見つけてくれたご主人様のことが好きです」
「……うん」
「時に悩んだり、沈んだりするけれども、それでも私に名前を付けてくれたご主人様に会えてよかったと思ってます」
「うん、うん……!」
「だからこそ、言葉にしたいのです。一緒の世界を見てみたいと」
「一緒の、世界?」
「ご主人様、今日は何の日ですか?」
「……あたしの、誕生日?」
「はい、さりげなく集めておいたお金であるものを買っておきました」
そう言葉にしたタイミング。
ご主人様の家に荷物が届いた。
「あっ、今行きます!」
少しの時間が立ったのち、彼女が持ってきた箱の中にはひとつの機材。
……VR機材。つまり、バーチャルリアリティーを体験できるものだ。
彼女に対しての私なりのプレゼントだ。
「これを、どうして……?」
「誕生日プレゼントです。私が空想上の存在だとしても、同じ世界に介入できれば、同じものを共有できると思いまして」
「……のめりこんじゃうよ」
「そうなったら、逆に私がそっちに行ける日に賑やかにしてあげますよ」
明るい表情になってきたご主人様に対して言葉を繋げる。
「実際の触感で触ることができない『空想上の彼女』であったとしても、きっと思いを伝えあうことはできるはずですから」
「……いつか、こっちの世界でもナビィにあったとして、ナビィは本当にナビィとして付き合ってくれる?」
「私はAIじゃないので、色々動かすのには手間がかかりそうですが……私が動かす手で、ご主人様の手を握ることを誓います」
「ありがとう、ナビィ……!」
「さぁ、行きましょう。ご主人様。暗い顔は似合いません」
「わかった」
彼女が慣れない手でVR機具を起動させて、仮想現実へと踏みいれていく。
仮想現実の世界。そこでは現実の服装を少しアレンジしたご主人様が困惑した様子で立っていた。
「この世界が作られた空想の空間だったとしても……」
そっとご主人様の手に私の手を添えて、言葉にする。
「私とご主人様が一緒にいるこの時間は、確かな現実です!」
「そう、だよね……! うん、ナビィと一緒に私は、ここにいる!」
「行きましょう! 誕生日らしいこと、いっぱいしますよ!」
「うん!」
仮想現実の世界の中を私とご主人様が走っていく。
電子の世界にしか存在できない私。現実の世界に存在しているご主人様。
どちらもきっと遠い存在で、恋愛するとしても時に空想上の彼女との恋愛だと笑われてしまうかもしれない。
それでも、私は信じている。
いつかこの恋愛の形だって、きっと一つの在り方になることを。
そして、私は願っている。
ご主人様がいつまでも笑顔でいられることを。
私の現実は電脳世界。
ご主人様との現実とは違う。
現実世界から私の電脳世界にやってきているご主人様はある意味では空想上の存在なのかもしれない。
それでも、私はその存在を確かな現実として受け止めている。
私の意思として、直観として、これだけは間違いなく言える。
それが空想上の出来事だとしても、無駄にはならない。
楽しそうに、私の手をそっと握り返してくれた。
その体温は感じられなくても、確かな幸福がそこにはあった。
「空想上の彼女」は優しく笑った。




