妖ご用達、深夜のお花屋さん
人々が寝静まる深夜。
丑三つ時にその店は開かれる。
店主だろうか、エプロンを付けた若い女性が近隣に迷惑がかからないようにゆっくりとシャッターを上げた。
店内には美しい花々だけではなく、観葉植物にしてはおかしいイネや麦や野菜、この世のものとは思えない輝きを放つ植物も並べられていた。
花屋にしてはおかしな開店時間と、ラインナップ。
売る気はあるのだろうかと傍から誰しもが思ってしまうほどだ。
花屋の店主の結はせっせと開店準備を進めていると遠くからカコンカコンと下駄の音が聞こえてくる。
結はその音が耳に入ると体温が上がった。
「いらっしゃいませ 冥傑さん」
「どうも、結ちゃん。先月ぶりやね」
結は客を店の前でお出迎えし、挨拶をした。
糸目で銀色の前髪をきれいに斜めカットされているとんがり耳の男性が下駄を鳴らしてやってきた。
冥傑と呼ばれた男はこの花屋の常連だ。
頭二つ高い位置の黄色と緑の虹彩を持ち、猫のような瞳孔の瞳で結を見下ろし、久しぶりの友人でもある結と出会えてうれしそうに目を細めた。
冥傑は店内に入って商品をぐるりと確認した。
「今月の商品、妖力が仰山含まれとる。最高級品やわ。さすがやなぁ。」
「頂いた妖の肥料が効果覿面でした。うちの畑の妖力が年々少なくなっておばあちゃんが店を畳もうと落ち込んでいましたが何とかなりそうです!」
「あんさん家は長ーく世話になっとるからな。妖怪に効く植物を代々作ってくれてほんまに助かってる。店仕舞いされると俺も客にも大打撃や。今じゃここらで妖怪相手に商売してくれるとこは少なくなったし、妖怪に効く薬草を育ててくれるのは君んのところだけになってしもうた。人と妖怪の世界が別れてからどんどん昔ながらのものが手に入らなくなって大変やで。」
この花屋は何代も続く妖怪御用達の薬草となる植物を売る店である。
結は祖母の店を3年前に引き継ぎ、店主となった。
日が昇っている時間は薬草や観葉植物を育て、月に数回ここでお得意様の冥傑を含め妖怪にその時期の植物をまとめて売るのだ。
先ほど冥傑が言った通り、妖怪相手に薬草の材料を売る店は結の店のみ。
重要性から皆色をつけて支払ってくれるので金の問題で店が閉まることは当分ない。
「ほな、全部頂くで」
冥傑がぱんぱんと手を叩くと店の前にいつの間にか置かれていた荷車から小さな丸くてかわいい妖怪たちがせっせと店の商品を荷車に乗せていく。
結は注文票を冥傑に渡し、冥傑は懐から札束を取り出し、カウンターにどさどさと音を立てておいていく。
もう何度もこの光景を見たが、結は全く慣れることはなく札束の量に恐れおののきながら数を数える。
「そういやこれ見せたいもんがあって」
冥傑は指をぱちんと鳴らすとカウンターに植物図鑑では見たことない初めて見る美しい花の植木鉢が現れた。
花弁をよく見ると、薄く虹色に膜のようなものが張っていてキラキラと輝いている。
まるで花をそのまま飴でコーティングしたようなものだった。
「これはな――」
「すみません!花束1つお願いしたいんですけど!!」
冥傑が照れたようにこの花の説明をしようとしたところスーツを来た男性が勢いよく店に入ってきた。
「えっと、申し訳ございません。全商品すでに売り手が決まっていまして――」
「そんなぁ…。開いてる花屋があるって見えて走ってきたのに…どうしよう、今日告白するって決めてたのに残業になって今も待たせてお終いだ…。」
「すみません。この店は完全予約制なので…。」
結は申し訳なさそうに頭を下げた。
ごくたまにふらりと迷い込んだ客が来るのだが、ここは妖怪限定のお店なのだ。
花屋の位置は入り組んだ場所にあって、地図がないと普通はたどり着けないところにある。
(腐りにくい鉢植えの花くらいは入荷しておくべきかな…切り花は絶対に無理だし…。)
結は何度も頭を下げながら肩を落とした若いサラリーマンを見送る。
それを見ていた冥傑はちらりと自分がカウンターに置いた花をちらりと一瞥し、口を開いた。
「自分、恋人の花のためになんぼ払える。好いた女のために貢げるか?」
「じじぶんて何ですか?高圧的な人だな!」
「自分は自分やろ。…意味知らんのか、お前の事や。で、いくら払える。」
「えっえと、い、一万なら…」
若いサラリーマンは慌てて財布の中身を確認して弱気な声で答える。
「二万や。二万払うならこの花、自分にやってええ。どうや」
「飴細工の花…?」
サラリーマンは冥傑が指さす花を見ると、あまりにも芸術的な花に驚いているのか口を開けた。
「すごいきれいだ…。」
「この花を生涯共にしたい人と食べてみい。甘いと感じたら大当たりや。日に当たるとすぐさま腐るから帰ってすぐ食べきれよ」
「えっ食べれるんですか!?…確かにあいつなら腹の足しにならない花よりいいかも!あっありがとうございます!」
握りしめた万札を冥傑に渡し、若いサラリーマンは植木鉢を抱えて急いで待ってくれている恋人のもとへ走っていった。
「あれって妖怪の国のものですよね?人間に渡してもよかったのですか?」
「あれは人間界ではすぐに腐るから悪いことに使いはできんし、身体にも問題ない。たまーに人間が占いのために欲しがる貴重な一品や」
「あれって占いができるんですか!いいなぁ私もやってみたいなぁ。何の占いができるんですか?」
「げっ!あかん、うっかり言ってもうた。」
「?」
「そっそれはな、企業秘密や!!」
冥傑は慌てて視線を外し口元を手で押さえた。
(花の味でお互いがどれだけ惚れてるかわかるなんて言えへん。昔は俺の事親しみ込めてめーくんって呼んでくれてたのに、店継いでから他人行儀みたいになっていってもうたから、俺の事まだ好きかどうか知るためにおやつとして食わせてみようと持ってきたのが余計な一言でおじゃんになってもうた!)
冥傑は自分の体温が上がっているのがわかって慌てて妖術で体温を下げ、結の方は冥傑の耳が赤くななっているのに気づかずに見落としてしまった。
「それじゃあ俺もここでお暇させてもらうわ!」
「大事な商品私のせいでお譲りすることになってごめんなさい!次の来店にお詫びの品用意しておきます!」
「ええよ!ええよ!笑顔で迎えてくれるだけでええ。望ちゃんにも伝えてや!」
可愛い眷族に命令し荷車を牽かせ、そそくさと立ち去った。
冥傑止めることができなかった結はカウンターの棚に置いていた箱をそっと出した。
(渡せなかった…)
箱には結が作ったドライフラワーが可愛く丁寧に入れられていた。
以前結は冥傑と話したとき彼が花言葉を知らないと聞いて、下心を気付かれず自分の思いを冥傑に贈れると思って初挑戦したものだった。
冥傑のイメージカラーと感謝や愛情などの花言葉を持つものをピックアップして作ったのだ。
予想外の訪問者に驚いて冥傑が店に出るまで思い出せなかった。
(一七年間の思い、次に会う日に渡せるかな。)
「おばあちゃんはお花屋さんなのにお花を売らないの?」
「おばあちゃんのところはねぇ夜にお花を売るんだよ。」
一七年前、仕事が忙しい両親に祖母の家にひとり預けられた記憶。
夕ご飯を食べ終わった後、せっせと開店準備をする祖母の姿に疑問を持って結は聞いた。
お花屋さんは明るい時にしか開いているのを見たことがなかった。
結は変なのと思いながら2階に上がり、敷いてある布団に入った。
暫くしてカコンカコンと響く音に目が覚め、それがどんどん近くなってくることに震えあがり、祖母を探しに一階の店へ降りていくと、とんがり耳でさらりと綺麗な髪を三つ編みにまとめて肩から垂らしている釣り目の男が店の入り口に立っていた。
結はその男を見て胸がどきりと鳴った。
男が結に気が付くと、祖母に伝えた。
「あらあら、怖くなって降りてきてしまったの?」
「おばあちゃん、お客さん?」
心配そうに駆け寄ってきた祖母に、結は男の方を指さして言った。
「嬢ちゃん、俺が見えとるんか?」
幼き結はこくんと頷くと、糸目の男は嬉しそうに口端を上げ、カコカコと下駄を鳴らしながら近づき、結の視線に合わすようしゃがんだ。
「自分が跡継ぎなんか。良かったなぁ望ちゃん」
「冥傑さん、まだ孫が継ぐって決まったわけじゃないですよ」
冥傑は結の頭を撫でている手をとめ、残念そうにした。
「そうやなぁ、継ぐ継がないは強制できへんな。ほな、帰るさかい、嬢ちゃんもはよ寝な望みちゃんみたいなええ女になれへんで」
そういって冥傑と呼ばれた男は商品を片手に、下駄を鳴らしながら出ていった。
「望ちゃんってだれ?」
「ふふふ、おばあちゃんの名前が望っていうのよ。冥傑さんは私がおばあちゃんになってもちゃん付けなのよ」
「おにーさんにまた会える?」
「来月また来るよ。彼は月一の常連さんなの。」
結はその言葉に食いついて、祖母の家に泊まりたいと両親におねだりするようになった。
両親も祖母も許してくれて、冥傑が来るだろう土日にお泊りすることとなった。
最初は冥傑が来るまで起きてようとしていたが、いつの間にか寝落ちしてしまい、起こしてくれなかった祖母に怒りを向けた。
ものすごい癇癪を起したことを知った冥傑は結によく聞こえるよう下駄の音を大きく響かせてやると約束した。
子供は夜更かししたらあかんと冥傑の眷属たちが荷車に商品を乗せるのを待つ10分だけ冥傑とお話するようになった。
会話で冥傑が妖怪だと知った。
冥傑は結から見てとても好みの見た目をしていた。
妖怪の面白い話をたくさんしてくれた。
冥傑に褒められたくて祖母の手伝いをして商品の名前を憶えていった。
優しくて格好良くて結が本気になるのに時間はかからなかった。
しかし妖怪と人間が結婚できないのを知るのも早かった。
詳しく言うと結婚できないというわけではなく、寿命の差が問題だということだ。
冥傑とたとえ結ばれたとしても、あっという間に自分は醜くなって死んでしまうのだと理解した結は、
途端に種族の違いに悲しくなった。
成人してから結は冥傑さんのために子どもを産んで跡継ぎを作る方がいいと考えるようになったが、恋人探しをする気にはなれなかった。
(冥傑さん、大好き…)
じくりと胸を突き刺す痛みに眉をひそめながらドライフラワーを元の場所に戻し、閉店準備を始めた。
その後、誕生日プレゼントは何がいいと尋ねた冥傑に結が何気なく今回の花を強請ったり、冥傑が持ってきた時の花の味を二人が知るのはまだまだ先の話である。
いつか読み切り漫画で描こうと思っている作品です。




