嘘告の代償
地方勤務から王都に配置転換になった。
新しい職場の廊下で、幼なじみと出くわした。
女だてらに眼鏡をかけ、働く女性の凜々しさが眩しい。茶色の髪を引っ詰めて相変わらず地味だが、真面目でいい子なのは知っている。冗談が通じないのがあれだけどな。
「よお、これから俺もここで働くから、よろしくな」
さりげなく左手の薬指をチェックする。
ない。よし!
俺はすごい美形というわけではないが、平均より上でまぁまぁモテる。なにより出世株だ。
……そんな俺に声をかけられたというのに、反応が薄い。普通の表情で、普通の職場の同僚という感じの対応が返ってくる。
照れているのか、慣れていないのか――ここは俺が積極的にいってやらないといけないのかもな。
「再会を祝して飲みに行こうぜ」
「……仕事中ですので、そのような発言はお控えください」
気のせいか、うっすら軽蔑されたような……?
いや、お堅い真面目な女の照れ隠しだろう。
「なんだよ。幼なじみに会って嬉しくないのかよ」
緊張しないでいいんだぜ。
「そのような認識はしておりません。忙しいので失礼します」
ツンケンしている。
なんだよ。つれないな。
ああ、ここは職場だから公私混同しないとか、そういうのか。
「じゃあ、仕事が終わったら『鉄鍋』って店で。待ってるからな」
先日、歓迎会で連れて行ってもらった店だ。少しうるさい店だが、あの緩い雰囲気が緊張をほぐしてくれる。
引退した兵士がやっている店だから、安心して飲めるだろう。
ところが、彼女は鼻にしわを寄せて、睨んできた。
なんだ、その顔?
「ふざけているんですか? 行きません」
そう言って立ち去った。
俺が何かしたのかよ?
まあ、いい。来ないといっても義理堅いから、顔を見せるくらいはするはずだ。
酒を酌み交わしながら、話を聞いてやろう。
ところが、彼女は来なかった。
つい飲んだくれてしまい、二日酔いで出勤することになった。
栄転したばかりなのに上司に怒鳴られ、水をぶっかけられた。
華々しく活躍するはずだったのに、ケチがついたぞ。
「おい、なんで来なかった?」
着替えに戻るときに、事務官の棟に寄った。運良く廊下を歩く彼女を見つけ、早足で追いついた。
「なんのことでしょう?」
「昨日! 俺は待ってたんだぞ」
「行くとお返事していませんが」
「それでも来るのが誠意ある人間ってもんじゃないのか!」
俺はこんな扱いを受けたことなんてない。不誠実にも程がある。
彼女は、心底うんざりという顔を見せた。
「では、言います。あなたと個人的に出かけるなど、絶対にありません。
あなたのお誘いは、すべて『罠』だと認識しています。仕事のこと以外で話しかけないでください」
そう言い捨て、彼女は背中を向けた。
「え、なんでだよ……」
広い廊下に、俺は取り残された。
立ち尽くす俺に「廊下が濡れています。早く着替えた方がいいのでは……」と掃除夫が声をかけた。
「うるさい。掃除夫の分際で」
怒鳴りつけた俺に、掃除夫はなぜかニタリと嫌な笑いを向けた。
それから数日後に、飲みに誘われた。
「もう慣れたかよ」
と、酒を注がれる。
最初の職場は遠方だったが、王都に近い街の出身だ。帰ってきたという感覚の方が強い。
王都の剣術場とも交流があり、貴族の武門の子弟とは顔見知りだったりする。
きっと、これから俺は出世する。手柄を立てたら、騎士爵も夢じゃないと思う。
そんな希望に満ちた中での、不満。先日のつれない幼なじみのことを愚痴った。
親しげに肩に手を置いていた先輩が、すっと体を引いた。
「あー、犯人はお前か」
「何のことです?」
先輩が呆れた顔をして、同僚が睨んできた。
「彼女が『自分はモテない』って思い込んだきっかけだよ。
お前が子分に『告白したいと言ってる子がいる』って呼びに行かせたんだろう?」
昔、武芸大会の子どもの部に参加したときの、ちょっとした思い出を……なぜ、知っている?
「呼ばれて来た彼女を取り囲んで『ああ言えば、のこのこ来ると思ったぜ』って、指をさして嘲笑ったんだな?」
同僚が、肉の塊にフォークを突き刺した。
「子どもの頃の、ちょっとした出来心じゃないですか」
半分くらいは、告白してもいいと思っていた。いざとなったら恥ずかしくなっただけで。
「出来心か。ずいぶんと軽く考えているんだな。
――彼女の気持ちを考えたことがあるか?
嬉し恥ずかしでドキドキしながら行ったら、罵倒されて、惨めな思いをさせられたんだぞ。
子ども時代の心の傷が一生治らないことなんて、珍しくないだろ」
先輩があきれ果てたように、酒を飲んだ。
ええ……。
そんな深刻に捉えなくてもいいだろうが。次に会ったら誤解を解かなければ。
「彼女は親に『恋人はできたか』と訊かれて、『絶対にできない』と答えたそうだ。
そこで不審に思った家族が調べて、昔の出来事が判明したらしい」
「健気ですよね。親に泣きついたらそんな小僧は一ひねりなのに、黙って耐えて……」
こいつら完全に彼女の味方だ。上官の娘だから、忖度もするか。
「お前、栄転だって喜んでたけど、地方にいた方が良かったかもな」
先輩が無責任なことを言って、からかってくる。
「絶対に、お前だけはありえないって、わかるか?
お前に嘆く資格はない。ただ待ちぼうけにされただけなら、優しい対応だと感謝しろよ。
彼女は自分が恋愛対象に見られることはないと思い込んでしまった。真面目に告白しても『罰ゲームですか』って周りをキョロキョロ見るんだぞ」
同僚が忌々しげに言う。こいつ、あの子に惚れてるのか?
「好きな子にちょっと意地悪しちゃうってあるだろう? 子どもの頃の出来心だって言ってるじゃないか。いつまでも根に持つ方が、どうかしてるぜ。
気にしてなけりゃ、告白まがいのからかいさえしない。大人になったら、少年の照れくらい理解して、好意を汲み取るべきだ」
なんで俺がここまで責められなきゃいけないんだ。よくある話だろうが。
「ははは、果てしなく自分に甘いんだな。深く傷つけた男が好かれるはずないだろ。
とにかく、これ以上何かしたらお前、社会的に潰されるぞ」
先輩は最後の忠告だと、縁起でもないことを言って脅してきた。
「幼なじみがカッコよくなって恋愛するって、王道じゃないですか」
俺はムキになって言い返した。思い出がある分、有利なはずだ。だって、彼女は地味だし。
「平民だけど一代騎士爵が何代も続いているから、そろそろ男爵になるんじゃないかって噂がある。注目株なんだよ」
同僚はさらりと言った。それは……大きな魅力かもしれない。
「男爵にならなくても、怪我に動じない女性ってありがたいよな。
遠征も理解してくれるから、安心して仕事ができる」
先輩は妻帯者だから見る観点が違う。思った以上に優良物件なわけだな。
「田舎と違って、ここでは軍の品位を重視している。下の者を理不尽に扱ったら密告されることがあるから、気をつけろよ。
二日酔いでふらふらとか、そういう細かいところも上司が把握してるからな」
「僕は気をつけてますって。掃除夫とか庭師とか調理師とか」
わはは、と何が面白いのかわからないが、笑いが起きた。
俺は初恋の子に誤解されていると知って、それどころじゃないんだが。
「お前はマイナススタートで、とてもじゃないが勝負に舞台にすら乗れないだろうな。
大人しく、指をくわえて見ていろ」
同僚が俺に人差し指を向けて、命令した。ムカつく。
「『幼なじみ』が、強敵どころか馬鹿でよかった」と同僚が笑った。
「いや、これは自称『幼なじみ』で、彼女にとっては毛虫以下だろ」
先輩がひどいことを言う。
――子どもの頃の出来心が、俺の将来をずたずたにしたと言われた。
だが、そんなに悪いことをしたか? 悪気はなかったんだぞ。
そうだ。明日、花束でも持って謝りに行こう。




