第四十話:帰還の道・心の葛藤
崩壊する悪魔の城から、セレナは命からがら脱出した。
黒い石壁が崩れ落ち、炎と煙が空を覆う中、彼女は最後の力を振り絞って外へと飛び出した。
呪いが解けた今、純白の聖衣は再び彼女の身体を優しく包んでいる。
胸元は控えめに閉じられ、腰回りは優雅に流れ、穏やかな姿に戻っていた。
初めて、普通の聖女らしい装いだった。
「……終わった……」
セレナは荒野の岩に凭れかかり、深く息を吐いた。
身体に残る熱と疼きは、呪いの記憶としてまだ消えていなかった。
それでも、彼女はゆっくりと立ち上がり、王国への帰路を歩き始めた。
長い街道を進む間、聖衣は優しく肌に触れるだけのはずだった。
しかし、心の奥底に残る感覚は、彼女を静かに苛む。
歩くたびに、過去の試練がよみがえり、身体が無意識に反応してしまう。
通りすがりの旅人、商人、農夫。
彼らの視線が、純白の聖女に向けられる。
美しい女性として、敬意を込めて。
だが、セレナの瞳には、もうかつての清らかさだけではなかった。
どこか、静かな渇望のようなものが宿っていた。
ある村の外れで、セレナは立ち止まった。
若い農夫の男が、彼女をじっと見つめている。
セレナは、ふと聖衣の裾を軽く整えた。
胸元が少し開き、穏やかな谷間がわずかに覗く。
「……お兄さん」
小さな声で呼びかける。
男は息を呑み、近づいてきた。
セレナは自ら彼の手を取り、藪の奥へと導く。
そこで、二人は静かに言葉を交わした。
互いの心の隙間を埋めるように、ただ寄り添い、温もりを分かち合う。
それは、激しいものではなく、静かで、切ない時間だった。
「聖女になる道は……もう、遠くなったのかもしれない」
セレナは涙を浮かべながら、呟いた。
「でも、この身体は、もう普通の幸せを求めていない……」
完全に自覚した。
試練をくぐり抜けた身体と心は、もう元の清らかな聖女には戻れない。
姫でも、普通の女性でもない。
ただ、自分自身として生きていく道を選ぶしかない。
王都が見えてくる頃、セレナの目はすでに、静かな決意の輝きを帯びていた。
純白の聖衣を纏いながら、彼女は穏やかに微笑んだ。
「……帰ってきたわ」
その微笑みは、清らかさを失っていたわけではない。
ただ、そこに新たな強さと、自由が加わっていた。
旅は、終わった。
しかし、セレナの新しい人生は、ここから始まろうとしていた。
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