第一話:呪いの発動と決意
神聖王国エリュシオンの王宮は、聖女認定式の前夜、静かに夜を迎えていた。
セレナ・エル・リュミエールは純白の寝台に横たわり、胸の高鳴りをそっと抑えていた。
明日、彼女は正式に「聖女」
として認められる。
神聖なる光に選ばれた姫として、王国中に優しい祝福を届ける存在になるのだ。
「やっと……ここまで来られた」
幼い頃から聖女候補として、毎日祈りを捧げ、厳しい修行を重ねてきた。
恋も、甘い言葉も、すべてを心の奥にしまって。
すべては、この日のためだった。
セレナは目を閉じ、明日の儀式を思い浮かべる。
純白の聖衣に身を包み、神殿の祭壇で神の光を受ける自分。
民衆の温かな歓声。
父王の誇らしげな眼差し。
婚約者であるアルベルト王子の優しい微笑み。
「……きっと、幸せになれるよね、私」
そう小さく呟いて、彼女は穏やかな眠りについた。
――翌朝。
朝陽がカーテンの隙間から優しく差し込む頃、セレナはベッドから起き上がった。
侍女たちが丁寧に用意した純白の聖衣が、部屋の中央に掛けられている。
絹のように滑らかで、神聖な光をまとった美しい一着。
彼女の誇りであり、象徴だった。
「さあ……着替えましょう」
侍女の一人がそっと近づき、寝間着を整えようとする。
セレナは頷き、静かに身を任せた。
聖衣を手に取り、頭からかぶる。
瞬間――
「――っ!?」
突然、強い痛みが全身を走った。
まるで心の奥から締め付けられるような、熱い衝撃。
セレナは小さな声を上げ、聖衣を掴んだまま膝をつく。
「ひっ……あぁ……? な、何……?」
聖衣が、まるで生きているように動き始めた。
純白の布が縮み、形を変えていく。
胸元が大きく開き、腰回りの布は短くなり、裾が膝上まで上がってしまう。
動きのたびに肌が露わになる、異様な姿になってしまった。
「いや……いやだ……!」
セレナは慌てて鏡の前に駆け寄る。
そこに映っていたのは、もう「聖女」
ではなかった。
金色の長い髪が少し乱れ、碧い瞳が涙で潤んでいる。
白い肌に、黒い革紐のような布が絡みつき、身体を不自然に強調している。
とても恥ずかしい、異様な衣装になってしまった。
「こんな……こんなの、私じゃない……」
大きな絶望が胸を締め付ける。
涙がぽろぽろとこぼれ、頬を伝う。
聖女の衣装のはずが、まるで呪われた衣装のよう。
全身が熱くなり、震えが止まらない。
「どうして……どうしてこんなことに……」
彼女は膝を抱え、床に座り込んでしまった。
小さな嗚咽が部屋に響く。
侍女たちは驚いて立ち尽くしていたが、やがて一人が急いで宮廷魔術師を呼びに行った。
数十分後。
宮廷魔術師長である老賢者ガルドが、厳しい表情で部屋に入ってきた。
「王女殿下……これは……」
彼はセレナの姿を見て、息を呑んだ。
すぐに魔力の残りを調べ、呪文を唱える。
「……とても強い呪いです。着る衣装を、着る人の気持ちとは関係なく『一番不快で動きにくい形』に変えてしまう呪い。しかも、この変化は体に深く刻まれていて……簡単に解くことは難しいでしょう」
「解けない……の?」
「呪いをかけた人を倒すしかありません。おそらく、異界の魔物ベルゼフォンを呼び出した者が、呪いの中心になっているはずです」
セレナは顔を上げた。
涙で濡れた瞳に、静かな決意が宿る。
「……ベルゼフォン。闇の森の奥、悪魔の城に住む魔物……」
「王女殿下、まさか……」
「王国に心配をかけるわけにはいきません。
父上にも、みんなにも、知られてはいけない」
セレナは震える手で立ち上がった。
鏡に映る自分の姿を、もう一度見つめる。
異様な布が身体を締め付け、動くたびに不快感が走る。
恥ずかしさと恐怖で全身が熱くなる。
「こんな姿で……外に出るなんて……」
それでも、彼女は唇をぎゅっと噛んだ。
「私が、行きます。呪いを解くために」
夜。
王宮の裏門から、セレナはこっそりと抜け出した。
黒いマントで身体を隠し、フードを深く被っている。
でも、呪いの衣装はマントの下でしっかりと存在感を放っていた。
歩くたびに布が肌に触れ、不快な感覚が走る。
すでに心は落ち着かず、足取りが重い。
裏門近くの通路で、見回りの衛兵が一人、松明を掲げて立っていた。
「誰だ、そこにいるのは!」
セレナは息を詰めた。
逃げようとした瞬間、マントが風に煽られ、ずるりと落ちてしまう。
「――!?」
衛兵の目が、セレナの姿を捉えた。
月光の下、異様な衣装の王女。
布が身体を不自然に強調し、動きにくい姿。
「な……王女殿下……!?」
衛兵の瞳が、驚きと戸惑いに揺れる。
セレナは逃げようとしたが、足がもつれる。
呪いの衣装が、まるで意志を持ったかのように動きを封じる。
「待て……!」
衛兵が近づき、セレナの腕をそっと掴んだ。
その瞬間、彼女の身体がびくんと震えた。
ただ触れられただけなのに、全身が熱くなり、不快感と恐怖が一気に押し寄せる。
「ひゃっ……!?」
「王女殿下……こんな姿で……大丈夫ですか……?」
衛兵は心配そうに声をかけ、セレナを優しく壁に寄せかけた。
片手で肩を支え、彼女を落ち着かせようとする。
「あぁ……や、やめて……!」
セレナは必死に抵抗するが、身体は震えが止まらない。
肩を支えられるだけで、心臓が激しく鳴る。
「王女殿下……落ち着いてください……」
衛兵は優しく声をかけ、セレナの肩をそっと撫でる。
セレナは涙を流しながら、震える声で呟いた。
「……ありがとう……」
彼女は小さく頷き、よろよろと立ち上がる。
心に、微かな温かさと、消えない不安を残しながら。
セレナは衛兵に背を向け、夜の闇へと消えていった。
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