06「狂騒」
「いや、キャプテン。そんなことまでしなくても……」
拘束する――中年の警官の言葉に若い警官が戸惑っている。
どうやら彼の常識の中でもやりすぎな行為のようだが、中年の警官はすでに腰から手錠を外していた。
「私は拘束されるようなことはしていないが?」
腹は立つがさすがに警察相手に暴れるわけにはいかない。
両手を挙げて抵抗の意思がないことを示すが、中年の警官は手錠を構えたままこちらに向かってくる。
「後ろに手を回せ!」
「不当な拘束で私を黙らせられると思うなよ! 最後まで抗議しやるからな!」
「口も閉じろ!」
警察と表向きただの旅行者である私。
捕まる道理はないとはいえ、私だけが一方的に不利な状態だ。
だが、ここで引いては人攫いの罪を見逃すことになり、今後もこの駅で罪もない女性が攫われる事件は続くだろう。
次に狙われる子は私の様に抵抗できないかもしれない、ならば力のある私は沈黙してはいけない。
「いいや! 私には抗議する権利がある!」
「ジャップのガールがいきり立ってんな。ここはお前らの国じゃねぇんだよ!」
「人種差別だ!」
「あんたほんとに黙らないな!」
私は正義の気持ちで警察に対応しているが、傍から見ると滑稽な痴話げんかに見えるらしい。
しばらく口論していると、呆れたような笑い声が響いた。
「楽しそうだな、おまわりさん」
「……ダミアン」
ヒートアップしていた中年の警官の声が震えている。
地面に伏している人攫いと、若い警官が息をのむ音が聞こえた。
警察に言われたとおりの姿勢を崩さないまま、視線だけを背後に向けると、二人の男がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
「おや、また会ったね。お嬢さん」
「し、知り合いか……?」
「ああ。俺に道を譲ってくれた優しいお嬢さんだ。で、何をしてるんだ?」
「いやあ……強盗の逮捕に協力してくれたんだ。事情を聞いたからもうお別れするところだ」
白人警官はダミアンと呼ばれた褐色の男に委縮している。
一秒でも早くこの場を離れたいという空気がにじみ出ており、ダミアンの登場で強盗――実際は人攫いだが――の逮捕まであっさりと話が進む。
(……ダミアン。見たところマフィア、しかもボス格。とてつもない大物、と言ったところか)
倒れている人攫いの男すら、さっさとこの場を離れたいらしい。
警官に乱暴に体を起こされても一切抵抗することはなく、黙って連行されていった。
警官と人攫いが去っていくと、さっきまでのもめ事が嘘のように駅の裏は静まり返る。
「災難だったな」
私を助けてくれたのだと、直感で理解した。
彼を思い出す心よりも、体が先に反応する。彼を抱きしめて、お礼を言って、熱い口づけをかわしたいと――
(いや、変態か、私は!)
「…………ありがとう」
私たちは初対面のはず。少し悩んで、目を合わせないように礼を言った。
これなら私は彼の正体に気づいていないというポーズが取れるし、礼を失してもいない。
「こちらこそ。警官と大喧嘩するアジア人なんて、久々に面白いもんが見れた」
「人種は関係ないでしょう」
「あはは! 初々しいねえ。あんた、アメリカは初めてか?」
ぐうう、なんていい声なんだ。ダミアンは私に興味を持ってしまったのか、やたらと絡んでくる。
本来ならマフィア相手に心を許すなどあってはいけないのに、うれしいという気持ちが湧き出てきてしまう。
「あ、あなたには関係ないでしょう」
だが、私も馬鹿じゃない。甘えたくなる気持ちをぐっとこらえてツンと澄ます。
ダミアンは余裕ありげに笑った後、静かにつぶやいた。
「明日も明後日も――十年後もこんな毎日が続く。アンタそのたび喧嘩するのか?」
「必要ならするしかないでしょう」
「……忠告しておくぜ。【この国のルールを理解しろ、自分の肌の色を理解しろ】。お前がどれほどの人物だろうが、これからすべての理不尽を浴びて”賢く”生きていくことになる。毎回喧嘩するよりも、可愛い態度を見せる努力をしたほうがいい」
この男が言っていることは正しいんだろう。
わかっているのに――それを受け入れてしまったら自分が壊れる気がした。
「あなたもさぞや可愛らしく生きてきたんだろうな」
認めたくない、そんな思いで皮肉で返すと男の顔に張り付いていた笑顔が固まる。
効きすぎたか――そう思った瞬間、壁際に追い詰められた。
「っ……!」
ドン、という音と共にダミアンの手が壁につく。
背後には壁、目の前にはダミアンが密着していて動けない。
甘く濃い香水の匂いと、彼の体温を帯びた匂いが鼻をかすめる。革と煙草と、何かもっと本能に近い、男の匂い。息を吸うのが怖くなるほど、距離が近い。
(うああああかっこいい!)
人気のない駅の裏でマフィアを怒らせて壁際に追い詰められているのに、なぜか私の心臓は違う意味で跳ね上がる。
本能に近い感覚が、目の前のマフィアを男として認識する。口から馬鹿なセリフを吐かないよう、ぎゅっと歯を食いしばった。
当然、目の前の男は私を口説く気などない。ぞっとするほど低い声で、脅す様に耳元でささやいた。
「その強気な仮面をみんなが剥がしに来る。それがこの街、狂騒のニューヨークだ」
その言葉にスッと頭が冷静になる。
色ボケている場合じゃない。
静かにダミアンを睨みつけると、彼は再び笑顔の仮面を張り付けていた。
「ダミアン・ヘイダルだ。お嬢さんは?」
「海神織歌」
「オルカ、ね」
ダミアンは握手を求めるように手を差し出してくる。
褐色のごつごつとした厚い手を握り返すと、ダミアンは笑いながら言った。
「ニューヨークへようこそ」
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