35「ダンス・クレイズ」
――今、何が起きているのだろう。
勝は天井を見ながら呆然としていた。
織歌に言われるまま着替え、スピークイージーに来て、組分けをしたと思ったらダミアンと向き合って手をつないでいた。
”ダンス”で勝負をつけるというところまでは理解できたのだが、何故俺はダミアンと踊ることになっているのか。
なんだか白熱しているので、話を切り出せないまま時の流れに身をまかせていたら、ダミアンの足が股の間に入り込む。
危ない、と避けようとした瞬間にさらにグイと体を押され――
「ぎゃっ――!!」
大外刈りを食らったような体制のまま、俺は床にひっくり返った。
その様子を見て観客がわあわあと沸き立つ。
織歌と目が合うが、すでに”何か”が始まっているのか、間に入ってくる様子はない。
「しっかりしてくれよ、パパ」
ダミアンが呆れたように手を差し伸べてくれる。
何が起きたのかもわからないまま手を取り立ち上がると、ぼんやりした俺の顔を見て恐る恐る聞いてきた。
「おい、ダンスしたことないとか言うなよ?」
「”だんす”」
「……時代遅れな爺がよお」
ダミアンが言っていることはなんとなくわかる。
都会の遊び場も最新の流行も、俺は知らない。
ダミアンにもそれが理解できたのか、大きくため息をついたまま俺の両手を取って乱暴に降る。
「音に合わせて体を動かす」
「”うごかす”」
「ペアで踊る……ふつうは男女だが、同性で組むこともある。最後まで踊れてたペアの勝ちだ」
「”かち”」
ダミアンの説明は雑で乱暴な気がするが、とりあえず理解できた。
要は手を繋いで体を動かしてればいいのだろう。
(しかし、俺がこのざまだ……織歌は踊れるのか……?)
あの子の性格からして勝負を降りることはないだろうが、それが余計に心配だ。
背後から「うおおおおー!」と歓声が沸いている。
ダミアンに手を引かれつつ、顔だけ織歌の方を向ける。
「すげえ! スピンリフトだ!」
「高っけー! やるじゃん!!」
そこでは――織歌はシュヴァリエに持ち上げられ、空中で回転しながら再び地面におりていた。
「お前! なんでそんなのできるんだヨ!」
「日本は今ダンスブームだ! 学生時代に散々踊ってきた!」
「勉強しろヨ!」
ハクレンが同じ突っ込みを入れてくれる。
どうやら織歌は踊り慣れているらしく、そんな会話をしている間にも手先に唇をつけてハクレンに飛ばす振りをする、投げ接吻をして遊んでいた。
「よし、あたしらもキメよお~」
「そうだ! 投げて!!」
ハクレンにも火が付いたのか、C.A.D.がハクレンを持ち上げると空中で回転し、椅子の上に鮮やかに座って着地する。
杖みたいな踵の靴でよくやるもんだ……
ハクレンの動きも軽やかだが、大技の大部分はC.A.D.の実力が支えているのだろう。
C.A.D.は恐るべき体幹をしており、華奢な体で男役を勤め上げる。
椅子の上のハクレンを卒なく迎えに行くと、そのまま手を引いて踊りを続けた。
「…………”あれ”」
「俺達には無理だ」
みっともないのは俺たちだけだ。
一応ダミアンに聞いてみたが、ダミアンは静かに首を横に振った。
◇ ◇ ◇
そんな勝の想いなど知らず、織歌は踊り続けた。
――1時間後。
楽しかった序盤は過ぎ去り、全員の動きが鈍くなっていく。
理由は簡単、酒だ。
対戦前に死ぬほど煽った酒が、激しい運動によってじわじわと体を蝕んでいく。視界がぼやけ、足がふらつき、胃から吐き気がこみあげて来だした。
「きっつ…………」
父とダミアンは酒に強いのか、顔色ひとつ変えず踊っているが、ハクレンとC.A.D.のペアはどちらも頬を赤らめて足元がふらついている。私と踊っているシュヴァリエは体幹は変わらないが、青白い肌に赤みが差し込んでいた。
「うぐう……」
だが、一番ひどいのは私だ。
もともと酒に弱い癖に、序盤から大技を連発したせいで足元は完全にふらついている。
顔は青ざめ、思わず弱音まで吐いている始末……終わりが近いのは誰の目にも明らかだろう。
「まだまだ」
だが倒れそうになるたび、シュヴァリエ上手く支えてくれる。
足元が崩れればさっと手を伸ばし持ち上げてひとつの技として昇華させていた。
「…………」
ありがとう、とは言えなかった。
はっきり言ってもう限界だ。いつ倒れてもおかしくないのに、私を立ちあがらせ続けるシュヴァリエの行為は、優しさや奮起ではないとわかる。
「私から主人を奪っておいて、この程度か……?」
曲の切れ間、ほんの一瞬の間にシュヴァリエの声が小さく聞こえた。
それはあまりにも小さい音。
常に無表情な大男が出したとは思えない、妬みの熱のこもった声ですべてを理解した。
「ダミアンを取られて、悔しいのか」
「…………」
彼は私と同じ。ダミアンに大きな感情を抱いている。
彼を横から奪った私に一泡吹かせたいという気持ちは、ハクレンのそれと変わらない。
「わ、私の本気を……死んでも証明してやる!!」
シュヴァリエの秘かな囁きと対照的に、私の声はよく響いた。
私の声はハクレンとC.A.D.のやる気にも火をつけたのか、二人も自然と笑みがこぼれていた。
お互いラストスパートだ、踊りきろう。
言葉にならずとも発破をかけ合い、私たちは力を込めて踊りあう。
「……そうか」
シュヴァリエの口角が小さく上がる。
彼が笑ったのを、私は初めて見た。
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