33「Cheers!」
「――この二股女!!!!」
4月の夜のこと、チャイナタウンのバーレスクにて。
ハクレンの金によって貸し切りにしたバーレスクに私は呼び出されていた。
スピークイージーを併設しているこの場は乱痴気騒ぎまで考慮に入れた仕様になっているのか、テーブルと椅子を脇に寄せればフロア中央に客が踊れるスペースが出来上がる。
フロアには中国系のマフィアとバーレスクの踊り子たちという多国籍な人種が円を描くように並んでいる。
その円の中央で、私とハクレンは対峙していた。いや、させられていた。
「二股、二股かあ」
二股とは、父とダミアンのことだろう。
【ふたりとも私の婚約者だ】、そうエンゼル神父に啖呵を切ったことを思い出す。
設定は口から出まかせではあったものの、父にもダミアンにも深い情を持っていたのは確かだし、私の人生をかけて彼らの身の安全を保障する決意は変わらない。
……それを世間では二股と呼ぶことは考慮していなかったが。
『俺が父親だと伝えりゃあ、誤解は解けるんじゃないか?』
ちなみにこの場には父とダミアン、そして彼を常に守り続けるシュヴァリエも同席している。
きょとんとしている父が哀れだったのでハクレンの台詞を逐一翻訳してあげた結果、この騒動の一端が自分にあると知った父がそっと耳打ちをしてきた。
『……お父さんは、私と婚約者でいるのは嫌なんですか?』
トラブルを回避のための助言だとわかっているのに、父の台詞に胸がざわつく。
拗ねた態度でいつまでもハクレンに言い訳をしない私に、父は困ったようにダミアンを見上げる。
「”ダミアン”」
「俺が困るって? 別に構わねえぜ、勝?」
私と父は親子だとは伝えていないが、苗字が同じなのでおそらく親戚だと思っているダミアンは、助けを求める父をからかいながら受け流す。これは強者の余裕だ。私と父の間に全く恋愛めいた空気を感じないからこその、余裕。
(いや、確かに恋愛関係ではないが……! 否定されるともやもやする!)
だがそんな事情を知らないハクレンは、この状況に怒り狂ってしまった。
「てめえダミアンに何言わせてんだ! 責任取れヨ!」
「取るさ!」
「じゃあその根性、ワタシが試してやるヨ!」
――というわけで、やっと本題に入った。
今日はハクレンとの決闘の日だった。
「喧嘩とかマジ無理だしい。楽しくダンス対決しよ~」
ハクレンの側に立つC.A.D.の、のんびりとした声が決闘に沸き立つフロアに流れた。
勝負はダンスマラソン――男女ペアになって力尽きるまでダンスをし、最後まで立っていられたペアの勝ちという、非常にシンプルな内容だ。
「なるほどな。ドレスコードがあったのはそのためか」
「”どれす、こーど”」
ハクレンに場所を指定されたとき、「チャイナタッチのあるフォーマル服でお越しください」とドレスコードもしっかり指定を受けていた。
幸い劇場にはいくらでも衣装があったので、誘いを受けて私はチーパオ風のドレスを着てきた。
父はマオカラーの縦襟のスーツ、ダミアンはこういう遊びには乗らないかと思ったが「恥はかかせられない」と龍の意匠をあしらったスーツを着てくれた。
「ダンスはフリースタイルでいいけど~、体力温存でしょぼいダンスしたら観客からブーイングが飛ぶからねえ」
「観客は公平に、ダミアンのクラブの従業員とワタシの部下で半々だからな!」
C.A.D.とハクレンの説明に呼応するように、フロアには若い女の黄色い声とチャイニーズマフィアの野太い声が響きわたる。
高音低音入り混じる不思議な歓声の中、私たちはトランプを引いて組分けをした。
「だ、ダミアンだヨ!」
「はいはい。よろしくな、プリンセス」
トランプのキングを引いた、ハクレンとダミアンのペア。
「勝だ~、よろしくねえ」
「”きゃっど”」
クイーンを引いた、父とC.A.D.のペア。
……今更だが、C.A.D.も参加するらしい。
「シュヴァリエか、よろしく」
「よろしくお願いいたします」
そして最後、ジャックを引いた私とシュヴァリエのペアが出来上がった。
(で、でかい……)
改めてシュヴァリエを見てみると、まずその大きさに驚かされる。
ダミアン曰く「6フィート3インチ」はあるらしい。
彼もまたハクレンの特殊ドレスコードに従い中華風の衣装を着ていた。
黒地に光沢のあるシルクサテン調のスーツに黒い立襟のシャツが彼の白い肌を際立たせる。
ダミアンほどではないが男性としてはやや長めの白銀の髪は、横髪の一束を遊ばせながら無造作に後ろで束ねられている。
黒い服と白い肌のコントラストの中で、深い海のような藍色の瞳が宝石のように存在感を放っていた。
「そしてさらに公平を期すため、全員死ぬほど酒を飲むヨ!」
シュヴァリエの瞳に目を奪われている間に、ハクレンの部下が大量の酒を運んできた。
軍人の私とハクレンとの体力差は気になっていたが、どうやら酒に酔うことで埋めるらしい。
(……酒か…………)
次々と現れる酒瓶を前に心配がよぎるが、ここまで来て引くことはできない。
全員がカップを持ち、「乾杯」「Cheers!」と思い思いに叫びながら一気に酒を飲み欲し――
「かんはい!!!!」
――わたしはぶったおれた。
「どうした織歌!?」
「おはけ……にはへへ……」
「なんだって!?」
ぐるぐると回る視界で立つこともままならない中、崩れ落ちる前にダミアンが支えてくれた。
「てめー酒のめねーのかヨ! スピークイージーでなんか頼んでただろ!?」
「へいそーに、のまへるつもりで………」
のどがやけるようにあつく、のうみそがふっとうする……
「どうする? ちょっと休むか?」
ダミアンの優しい声がいつもより脳に響いて、心臓が爆発しそうだった。
理性はどこかに行き、ダミアンの黒い瞳に吸い込まれるようにして顔を近づける。
この愛しい男への気持ちを、添い遂げる覚悟を、ハクレンに認めてもらいたい。
「んっ――!!」
そのままダミアンの唇を奪うと、飲み干した酒の味がした。
酔いは全く収まる気配がないが、それでも元気は出た。
私はどうにか立ち上がり、ハクレンに対峙する。
「しょううら!」
「テメー喧嘩売ってんのか!!」
そうして、ハクレンを盛大に怒らせつつ、ダンスマラソンがスタートした。
★★★
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