31「いやだ」
【ご覧あれ! 遥かなるインディアンの大地からやって来た、“サベージ・ボーイ”!】
1904年、シカゴ。
ギャングに攫われた6歳のダミアンが、見世物として初めて舞台に上げられた場所。
【”消えた民族”の最後の戦士! 幼いその雄姿をご覧ください!!】
バーレスクの司会が下衆な台詞で場を盛り立てる。
ランプに布を張って妖しい色で彩った派手な舞台。
幕が上がると、そこには安い造形の原始の森のセットが備えられている。
天井からぶら下げられた羽飾り、ティピーを模して造られたであろう謎のテント、申し訳程度の焚火が舞台を照らしている。
ダミアンは無理矢理に背中を押され舞台に立たされると、観客から笑い声が漏れる。
(こわい、こわい、こわい……)
客席は真っ暗で、舞台の上からは誰の顔も見えない。
それでも、みんなが嗤っているのがわかった。
恐ろしくて立ちすくんでいると観客から野次が上がる。
【歌え!! 踊れ!!】
【犬を持ってこい! 一緒に躍らせろ!】
めいめいに喚く観客を前に、すがるように舞台裏を見ると、ギャングが折檻用の鞭を持って俺を待っている。
幼いダミアンは喉を震わせて歌った。
一族に伝わる勇猛な戦士の歌、だが歌うたびに客席からは嗤い声が湧いてくる。
殴られたくないから、怒られたくないから。
いい子にしていれば、死なずに済むのだから。
「■■■■■!!」
真っ黒な会場の中で、誰かが少年の名前を呼んでいる。
誰にも伝えたことのない、親からもらった大切な本名。
その名前を呼びながら、女の子が舞台の上に飛び出してきた。先ほどまで騒いでいた観客は不気味なほどに静まり返り、黒い影となって舞台演出のひとつと化していく。
ここにいる人間はダミアンとその女の子だけだ。
「やっと、会えた……!」
黒髪の女の子は涙を流しながら、ダミアンをしっかりと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
「会いたかった……!!」
私は感極まって泣いていた。
昨晩怒らせてしまった婚約者は、いじらしくも仕事の合間に私の元へ来ていてくれたのだ。
歌の練習を切り上げ――演奏家は怒っていたが――、ダミアンの元に近づいてぎゅっと抱きしめる。
ダミアンはぼんやりとしていたが、途中で「はっ」と息を漏らして正気に戻る。
「どうした? 大丈夫か?」
「なんでもねえよ……」
ダミアンは少し呼吸をして息を整える。
大丈夫じゃなさそうな気はするが、こんな大勢の前で心配をしてしまうと彼の面子が立たないだろう。私は彼の言葉を信じて黙っていた。
「練習を見に来てくれたんだな。シュヴァリエも!」
ダミアンの奥には、壁のように立つ大きな男の姿が見える。
白銀の髪に深い青の瞳が印象的な美男子だ。あまりにも美しすぎてうっすらと輝いて見える。
名前はシュヴァリエと言って、ダミアンのボディーガードだ。
「こんにちは、レディ」
顔も美しければ声も美しい。彼がひとこと喋る度、まわりの演者たちが男女問わずため息を漏らしている。
だが本人は無口なのか、私に挨拶をしたっきり黙ってしまう。
そんな彼の姿を愛想がないとは思わない。影となり主を立てる姿に騎士道を感じて、ダミアンは素晴らしい護衛をつけて居ると誇らしく思ったほどだ。
「練習、頑張ってるな」
シュヴァリエを見続けていると、ダミアンが拗ねたように手を引っ張る。
こういう嫉妬深いところも可愛らしい。付き合って二日目にして、好きなところがどんどん増えていくことに、胸が高鳴った。
「そうなんだ! 私がヒロインをやるからあなたにはぜひ主役を務めてほしくて――」
だが、話が本題に及ぶとダミアンは「まだ諦めてねえのか」と呆れたように呟いた。
「アンタのやること全部応援するぜ。だが、俺が出るのは無しだ」
「で、でも! あなたにやってもらいたいんだ! これは琅玕隊の大切な任務でもあり……」
「へえ、徴兵したとたん立場を持ち出すのか。それが婚約者にやることか?」
「うぐうー!!!」
ダミアンに口では勝てない。
私の荒い論理の穴を突かれると、これ以上何も言えなくなってしまう。
「ボス、そろそろお時間です」
そして時間も、残酷に私たちを離す。シュヴァリエのひとことでダミアンは薄く笑うと「またな」と言って立ち去ろうとしてしまう。
「シュヴァリエがやるんじゃだめなの?」
だがその背を、ヨルが引き留めた。
ヨルの言葉にダミアンとシュヴァリエは脚を止め、こちらを振り返る。
「君綺麗だし、白人だし。ダミアンが命令すれば言うこと聞くような人でしょ」
「いや、でも、霊力が必要で……」
霊力がないと【歌】に破邪の効果がない。そう言おうとした時、ヨルが静かに呟いた。
「あるでしょ?」
ヨルがすっとシュヴァリエを指さす。よく目を凝らすと、彼の周りにうっすらと光が漂っているのがわかった。強すぎる霊力が彼の周りに淡い光となって表れているのだ。
常人では気づかないが、確かにそこにある光。ただでさえ美しい顔のシュヴァリエがオーラを纏い、輝いているように感じたのはこのせいだろう。
「えっ、いや……でも……」
私は初めての隊員であるダミアンと公演をしたいのだ、と言いかけて、その言葉を封じる。
これは私の我儘だ。人類の平穏の基礎となる神聖な儀式に私情を交えてはいけない。
それでも――
「ダミアンがいいんです。舞台の闇も光も知っている彼なら、人の心を震わせる【歌】を歌えると思ったから」
私は、彼に歌って欲しかった。
心の内を言葉にすると、自分でもわからなかった本心が見えてくる。
私は彼に教えて欲しいのだ、舞台の光と闇を。
「……織歌」
「なんだ――んっ!?」
それまで黙っていたダミアンに、突如唇を奪われる。
C.A.D.の「きゃあ~!」という甘い悲鳴と、「うわ」と父の引いている声がする。でも、そんなことはどうでもいい。
熱い激情に身を委ねると、身も心も溶けてしまいそうだった。
「俺がやらなきゃ、俺以外がここに立つのか?」
「それはいやだ」、とダミアンが拗ねたように言う。
ということは、出てくれるのか? そんな淡い期待を込めてダミアンを見つめると、ダミアンは静かに微笑んだ。
「でも、出るのもいやだ」
「うぐうー!!!」
どちらもダメだった! いや、いや、とごねるダミアンも可愛らしいが、これでは私の望みは何も叶わない。
困り果てて頭を抱えていると、ダミアンの優しい声が上から響いてくる。
「でも、それじゃ前に進めねえよな」
ダミアンは私の頭に小さくキスをすると、誰にも聞こえない音量で呟いた。
「シンクゥテメトゥ」
「しんくぅ――」
言われた言葉を復唱しようとすると、「しい」と唇に指をあてられた。
「お前がこの意味を理解したら、舞台に立ってやる」
ダミアンはそう微笑むと、今度こそ振り返らずに立ち去ってしまう。
私には大きな課題と、耳に残る彼の声の熱だけが残された。
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