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海神別奏:大正乙女緊急指令「九十九人ノ婚約者ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花


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21「面子」

 サラトガ大佐に叩き出されるようにして指令室から出た後、エンゼル神父の案内で戦闘準備室に移動した。

 豪華に飾られた指令室と違い、戦闘準備室は壁際に据え付けられた金属製のロッカーと長椅子がおかれた簡素な部屋だ。

 本来銃を管理しているであろう箱は空になっていて、兵どころか琅玕隊(私たち)のための武器すらも用意していないらしい。


『武器もないのか、あのクソ野郎!!!』


 金属製の扉をガチャリと閉め、声が外に漏れないようにすると、私は怒りに任せて叫んだ。

 日本語で叫んだ言葉はエンゼル神父には理解できないらしく、私の大声にびくりと肩を震わせた。

 

『落ち着けよ。劇場と施設だけは用意してあるじゃねえか』

『中身が空じゃ意味ないだろうが! 私達を追い出して自分たちだけで使う気なんだ!』


 どうどう、と兵曹が私の背中をさする。

 叫べば少しは怒りもおさまるかと思ったが、ベインブリッジ少将との不愉快な会話を思い出すとまた新鮮な怒りが湧いてくる。


『とにかく、人がいないのは問題だ。本部に電報を打って人員を回してもらう!』

『そうだな早く若桜を呼んでくれ』 

 

 若桜水虎――私の幼馴染で同じく新任少尉の彼を呼び出そうとしていたことをなぜか兵曹は先んじて知っていた。

 水虎もまた”1周目”で海底の時を過ごした男の一人……呼び出すのは少しためらわれたが、私が最も信頼しているのも彼ひとりだけ。

 奴は威圧感のある男だから私よりも舐められないだろうし、なにより幼馴染なのだから何かあったとしても話せばわかるだろう。

 

『そうだな、若桜少尉を頼もう。腰抜けのヤンキーよりよっぽど役に立つ。あっちがその気なら、こちらも日本人だけで回してやる』

『……織歌』


 それまでなだめるような声色だった兵曹の声が一瞬、低くなった。

 まるで子供を叱るような声――幼い頃に母親に叱られた声を思い出して、心臓が小さくはねた。


『お前が腹立つのは十分わかるけどよ。あちらさんにだって俺たちの知らない人生があったろう。お互い、人の面子を潰すようなこたあ、しちゃいけねえよ』

 

 兵曹は私の頬に両手を添え、目を見て説教をしてくる。

 この動作も母によく似ている。

 今は遠い地にいる母を思い出すと癇癪が波のように引いていき、代わりに今の自分が情けなくて涙がにじんできた。


『……わかった』


 少し冷静になろう。

 兵曹の手から逃れると、長椅子に腰掛けて息を整える。

 日本語のやりとりなど何もわからなかっただろうに、エンゼル神父は重くなった空気を濁すように、「ダミアンの説明をしますね」と話を始めてくれる。

 ――兵曹とエンゼル神父の大人な対応が、自分の未熟さを実感させられて恥ずかしかった。


「ダミアン・コール・ヘイダル――すでにご存じかと思いますが、ブロードウェイの劇場と芸能界を支配しているマフィアのボスです。表向きはブロードウェイの不動産王をしつつ、文化支援として劇場のパトロンもしています」

「そんな気はしてましたが、やはり大物ですね」


 そこまでの肩書があれば、警察に顔が効き、ごろつきも走って逃げ出す存在なのは納得できる。

 私の記憶の断片にも、彼の顔の広さや影響力が残っているほどだ。ニューヨークでは知らぬ者のいない大物なのだろう。

 だがエンゼル神父は私の言葉に「反応が軽い」とちょっと不満そうだ。


「これはものすごいことなんですよ……! 先住民(ネイティブアメリカン)が白人から土地を奪い返してるんですから」

「いや、すごさはわかりますよ。私にはとてもできない」

「そうではなくて……」

 

 エンゼル神父は言いづらそうに口元を抑え、扉の方向を見る。

 扉の向こうから人の気配がしないことを確認すると、静かに語りだした。


「もう体感されたでしょうが、ここは白人優位の国です。白人の中にすら優劣があり、有色人種はさらにその下、という思想が人々の中に病のように蔓延っています」

「ええ、それはもう身に染みています」

「先住民は市民権を持たず、その序列に組み込まれることすらない。土地も権利も文化も無くした……過去の民として扱われています」


 あまりの話に言葉が出ない。

 先住民のことは情報として知ってはいたが、彼らが生きている今のことまでは知らなかった。

 

「そんな社会で彼はこの大都市の土地を買い漁り、白人を部下にして、白人を劇場で踊らせて稼いでいる。当然、彼の周りは敵ばかりです」


 彼は私が今日受けたような屈辱など鼻で笑えてしまえるような、もっと過酷な環境で暮らしてきたんだろう。

 それなのに、駅でも劇場でも彼は私に救いの手を差し伸べてくれた。

 

「……劇場では彼を責めるような言い方をしましたが、非常に苦労されてきた人です。彼のことを知った上で、徴兵するかどうかを判断してください」

「わかりました。教えていただいて感謝します」


 大きく深呼吸をする。

 脳に酸素が回って、沸騰していた頭が冷静になる。

 この国が私のことを知らないように、私も知らない事ばかりだ。

 私のやるべきこと、それは――

 

「まずは、彼のことを知りに行きます」


 彼のことを知りたいと思った。

 記憶の断片にある彼でもなく、人々の畏怖の象徴としての彼でもない、私を助け導いてくれた「ダミアン・コール・ヘイダル」という男のことを。

お読みいただきありがとうございます!

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