表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海神別奏:大正乙女緊急指令「九十九人ノ婚約者ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/29

16「ふたりとも私の婚約者だ」

「その男は私の婚約者です」


 私の口は、とんでもない言葉を放っていた。


 兵曹を守ることが正しいかどうかも今の私にはわからない。

 彼は自分の身分を明かさないし、ダミアンが言うには神父の判断は信用に値するもののようだ。


「いかなる理由があろうともあなたの独断で処刑はさせません」

 

 だが、このまま兵曹を見殺しにはできない。

 口から出まかせではあるが、真偽の判断は政府を通さなければできない。

 多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 

「だから何だというのですか」

「いや、だから……!」

 

 はったりは堂々とかますもの……なのに、エンゼル神父の冷たい瞳に心が挫けそうになる。

 こちらは政府まで盾にしているのに、まるで話を聞いてくれる様子がない。


こいつら(海魔)は神が赦さなかった命のなれの果て。この世に存在してはいけないものです」

「彼の存在はこれから説明しま……」

「説明はいりません。庇うならあなたもここで殺します」

「いやいや! 私は日本の軍人ですよ!?」


 「知ってますが?」という言葉の代わりにエンゼル神父は侮蔑のまなざしでこちらを見下してくる。

 家の片隅で死んでいる害虫を見るような、どこで生まれどう生きたのかなど知る必要もないと言わんばかりの、無感情な目。

 

(これが神父のする目か!?)

 

 あまりの光景に言葉が詰まる。

 だがその間にもエンゼル神父の刃は兵曹の喉元に食い込んでいく。

 

「ま、待て待て待て!」

「邪魔をするならあなたから殺します」


 慌ててエンゼル神父を止めようとするが、エンゼル神父はこちらを振り返ることもなく空いていた片方の手で銃を向けてくる。

 私は自分の身分を明かしたし、簡単に処刑されるような立場ではない。

 だが、そんなことはこの男には関係ない――海魔の何がこの男をここまで狂わせているのだろうか。

 

(そしてこいつは本当に運命の人なのか!?)

 

 そんなことを考えている間に、後ろからダミアンに引き寄せられた。

 

「織歌、もうやめとけ」


 引き寄せられる、というよりは後ろから抱きすくめられたというほうが正しい。

 もう無駄な動きはさせないと言わんばかりに胴に腕が巻き付いている。


「あいつは狂人だ。本当に撃つぞ」


 耳元にダミアンの低い声が響く。

 彼がまとっていた余裕のある雰囲気は消え、仕事中のマフィアのトーンに変わっている。

 ダミアンの視線の先にはシュヴァリエがいて、彼もまた銃を構えていた。

 どちらが先に撃つか、緊迫した空気があたりを包む。

 

『優しいな、お前の婚約者は』


 緊迫しているのだ――このあほ兵曹以外は。

 兵曹は喉に刃が食い込んでいるというのに、私とダミアンの様子を暖かい目で見つめている。

 そうだ……こいつは英語を話せないから、ほかならぬ自分が【婚約者】扱いで切り抜けようとしていることすら知らないのだ。

 

『他人事だな貴様は! 今助けてやるからじっとしていろよ!』


 幸い英語が話せないのでぼろを出すこともないだろう。

 兵曹の間の抜けた台詞で冷静さも戻ってきた。


(兵曹の金色の瞳、これは公爵家の証だ。彼がどんな人間であろうが、公爵家に縁あるであることだけは間違いない)


 胴に回されたダミアンの腕に手を添えながら、この場を凌ぐ言い訳を必死に考える。

 彼の熱い体温に触れていると、エンゼル神父の冷たい瞳にも勝てる気がした。


「か、彼は……日本が長年秘匿してきた……海魔の能力を持つ特異存在だ。ほかならぬ貴国が協力を願い出たため、特別に送り出した」

「特異存在……?」

「殺せばすべての話は終わりだ。彼が何者か知りたければ、武器を下ろしなさい」

「……わかりました」

 

 もちろんでっち上げだ。

 だが、エンゼル神父の動きが止まった。

 彼は兵曹を殺そうと思えばいつでもできたのに、話す機会は与えてくれる。

 つまり、エンゼル神父も兵曹の正体をつかみかねているに違いない。

 淡い希望ではあったが、文字通り首の皮一枚でつながった。

 

「なら、そこの犯罪者にしましょう」


 だが、エンゼル神父は甘くなかった。

 銃口は私の上に移動し、ダミアンに狙いを定める。


「待て! 彼は関係ないだろう!」

「彼は海軍大尉をたぶらかして自分の手元に置くような犯罪者……その上海魔を庇うのであれば、拘束する理由は十分です」

「俺かよ……ほんとにいかれてるな」


 シュヴァリエの指先がトリガーにかかり、緊迫した空気が再び戻ってくる。

 エンゼル神父の考えていることは手に取るようにわかる。

 極秘任務中に私が銃撃戦などおこさせるわけにはいかない。

 標的を変えることで私に選ばせようとしているのだ――兵曹を取るか、ダミアンを取るか。

 

(その手には乗るか……!)


 人の立場と好意を利用した策略にだんだん腹が立ってきた。

 誰かの引いた図の通りに動いてたまるか。

 私の道は、すべて私の意思で決めてやる。

 

「彼も……私の婚約者だ。引き取りたいのなら政府を通じて全力で抗議させてもらう」

「はぁ?」

 

 またもエンゼル神父の冷たい声が響く。

 

「……おい、さっきあの連れと婚約者だって設定にしてただろ。適当なこと言うな」

「適当じゃない」


 頭上から呆れたようなダミアンの声が聞こえる。

 だが、私は断じて適当を言っているわけではない。

 兵曹とダミアンの立場を守ったままこの場を切り抜けるには――これが最適解なんだ。


【全員ヲ攻略セヨ】


 そう、海の底で指令を受けたじゃないか。

 

「ふたりとも私の婚約者だ」

お読みいただきありがとうございます!

反応、コメント、ブクマ励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ