EP 8
ログインしたら、首都が燃えていた
その日の夜。
俺は自宅のアパート(家賃2万5千円、壁薄め)で、優雅なひとときを過ごしていた。
机の上には、テイクアウトした『牛丼太郎』の牛皿。
手元には、メンテナンスを終えてピカピカに磨き上げられた愛機『シャドウ・ウォーカー』。
「ふふっ……完璧だ。この関節の滑り具合、ドワーフの技術長が見たら泣いて喜ぶぞ」
ニヤニヤしながら箸を伸ばした、その時だった。
枕元に置いてあった『G.G.社』支給の専用通信機(スマホ型)が、けたたましいアラート音を鳴らした。
『緊急警報! 緊急警報! 対象プレイヤー:牛太。直ちにログインしてください!』
画面には真っ赤な文字で**【EMERGENCY QUEST】**と表示されている。
「おっ? ゲリラクエストか?」
俺は箸を置いた。
最近、テストプレイが順調すぎて暇していたところだ。
運営も、飽きさせないようにイベントを用意してくれたらしい。
「了解。ちょうど腹も満たされたところだ。消化運動といきますか」
俺は通信機を掴み、アパートを飛び出した。
向かうは王都の地下、秘密の軍事施設へ。
◇
「来たか牛太君!!」
司令室に飛び込むなり、タロウさんが血相を変えて駆け寄ってきた。
いつものジャージ姿ではない。王としての正装、そして顔には脂汗が浮かんでいる。
「遅いぞ! 状況は最悪だ!」
「こんばんは。タロウさん、演技気合入ってますねぇ」
俺は感心した。
さすが一国の王が運営するゲームだ。NPCの切迫感が半端ない。
「状況説明を。ブリーフィングは?」
「モニターを見ろ! これが『現実』だ!」
タロウさんが指差した巨大スクリーン。
そこには、地獄絵図が映し出されていた。
夜の王都。
その大通りを、異形の機械獣たちが我が物顔で蹂躙している。
建物が燃え、人々が逃げ惑う。
爆発のエフェクト、崩れ落ちる瓦礫の物理演算。あまりにも高精細なグラフィック。
「うわ、すっげ……。これムービーじゃないんですか?」
「違う! 現在進行形の映像だ! 敵は『狂気の科学者』Dr.ドグマが放った自律兵器群『キメラ・ギア』だ!」
ドグマ。
確か設定資料にあった敵キャラの名前だ。マッドサイエンティストで、違法改造を繰り返す悪役。
なるほど、今回のイベントボスか。
「騎士団は!? ガレス隊長たちは何してるんですか?」
「出撃したが……ダメだ! 敵の性能が違いすぎる! すでに半数が撃破された!」
画面の隅で、以前俺がボコった白銀の騎士ロボットが、敵の黒い触手に貫かれて爆散するのが見えた。
やられ役としての仕事ご苦労様です。
「牛太君! 頼む! この『悪夢』を終わらせられるのは、君の操るメガ・ギアだけだ!」
タロウさんが俺の両肩を掴む。その手は震えていた。
熱い。熱い展開だ。
俺の中に眠るゲーマー魂が疼き出す。
「任せてください。……『首都防衛戦』、クリアしてみせますよ」
俺は不敵に笑い、コックピットへと滑り込んだ。
◇
『システム起動。同調率、安定』
『メインエンジン、出力全開』
馴染みのオペレーターの声と共に、俺の意識は20メートルの巨人『シャドウ・ウォーカー(改)』へとリンクする。
視界が開ける。
そこは、燃え盛る王都のど真ん中だった。
(うわ、熱っ!? 温度センサーのフィードバックもリアルだな……)
肌を焼くような熱気を感じながら、俺は周囲を見回す。
敵影確認。
レーダーには無数の赤い光点。
目の前には、蜘蛛と戦車を合成したような、気味の悪い多脚型ロボットが群がっている。
『ギシャアアアアアッ!!』
不快な金属音を上げて、蜘蛛型メカが酸の弾丸を吐き出してくる。
俺は反射的に操縦桿を操作した。
「……汚ねぇな。マナー違反だぞ」
スッ。
最小限の動き(サイドステップ)で酸を回避。
同時に、バックパックからワイヤーアンカーを射出。
シュバッ!
ワイヤーが蜘蛛の脚に絡みつく。
俺はそのまま機体を回転させ、遠心力で敵をぶん投げた。
ドガアアアン!
投げ飛ばされた蜘蛛型メカが、後続の敵部隊に激突し、まとめて爆発四散する。
『す、すげぇ……! 一撃で!?』
『あれが噂の新型機か……!』
通信回線から、逃げ遅れた騎士団たちの驚愕の声が聞こえる。
俺は冷静に次弾(弓矢)を装填しながら、戦場をスキャンした。
敵の数は多いが、動きは単純だ。これなら処理落ちすることなく殲滅できる。
そう思っていた時だった。
ズームしたカメラ映像の端に、見覚えのある場所が映り込んだ。
「……あそこは」
中央広場。
昼間、リーザが歌っていた場所だ。
そこには今、避難し遅れた人々が取り残されていた。
そしてその中心で、子供たちを庇うように両手を広げて立っている、小さな影。
――リーザだ。
彼女の目の前に、巨大なサソリ型のキメラ・ギアが迫っている。
その尻尾の先端には、禍々しい回転ノコギリが取り付けられていた。
「いやぁぁぁっ!」
悲鳴が、集音マイクを通じて俺の耳に届く。
NPCの悲鳴じゃない。
俺が知っている、あの子の声だ。
「……おい」
俺の脳内で、何かのスイッチが切り替わった。
ゲームだとか、イベントだとか、そんなことはどうでもいい。
俺の『推し』の聖域(ライブ会場)を荒らし、あまつさえ彼女に傷をつけようとする不届き者。
「運営公認イベントの最中に、特定プレイヤーへの粘着行為か?」
俺の目からハイライトが消える。
グローブを握る手に、ギリリと力が込められた。
「――BAN(排除)対象だ。一片のデータも残さず消してやる」
『シャドウ・ウォーカー』のスラスターが青白く発光する。
俺はリミッターを解除した。
神速の指先が、怒りという名のコマンド入力を叩き込む。
「いくぞ。……虐殺の時間だ」




