EP 7
アイドルを守れ! 誹謗中傷編
その日、俺は上機嫌だった。
獣王レオという、やたら暑苦しいが金払いのいい弟子ができたおかげで、懐が温かい。
今日の俺は、いつもの「銅貨おじさん」ではない。
銀貨を投げ銭できる「太客」だ。
「待っててくれリーザちゃん。今日こそ君に、美味い卵(高級ヨード卵)を食べさせてあげるからな……」
鼻歌交じりに、いつもの中央広場へと向かう。
だが、広場の空気は重かった。
「……詐欺師だろ?」
「歌を聞くと洗脳されるらしいぞ」
「魔女め。国へ帰れ」
心無い罵声。
冷ややかな視線。
ミカン箱の上で、リーザは青ざめた顔で立ち尽くしていた。足元には、誰かが投げつけたゴミが散乱している。
彼女の美しいヒレ耳が、怯えるように震えていた。
「な、何があった……?」
俺は血の気が引くのを感じた。
視線の先、広場に設置された『魔導掲示板』に、その原因があった。
タロウ国が導入した、市民が自由に書き込める魔法の掲示板だ。
そこに、無数の中傷ビラが貼られていた。
『【悲報】自称アイドル、セイレーンの魔術で市民を洗脳していた』
『中毒性のある歌声で、高額なグッズを売りつける詐欺師』
『被害者の会、結成。彼女の歌を聞いて体調を崩した人多数』
「嘘だ……」
俺は呻いた。
彼女の歌にそんな効果はない。あるのは「癒やし」と「インフルエンザ予防」だけだ。グッズだって、俺以外に買ってる奴を見たことがない。
これは明らかに、作為的なネガティブ・キャンペーンだ。
リーザが、震える声で歌おうとする。
「み、みんな……聞いてください……私は……」
「引っ込め!」
「金返せ!」
石が投げられた。
それが彼女の頬をかすめ、赤い筋を作る。
プツン。
俺の中で、何かが焼き切れた音がした。
ヤンキーに絡まれた時とは違う。もっと冷たく、ドス黒い怒り。
それは、FPS時代にチーターや荒らしプレイヤーに遭遇した時の感情に近い。
(……許さない。俺の『推し』の配信を荒らすゴミ共は……BAN(排除)だ)
俺はフードを目深に被り直し、掲示板の前へと歩み寄った。
◇
俺は掲示板に指を這わせる。
理髪師としての繊細な触覚と、ゲーマーとしての解析眼。
この世界では「魔法」と呼ばれる現象も、俺にとっては「プログラム(コード)」に見える。
「……痕跡が残ってる」
誹謗中傷の書き込みに使われた魔力。その波長(IPアドレス)を追う。
書き込みは複数人に見えるが、魔力の質はたったの三種類。
つまり、少人数による自作自演(複垢工作)だ。
「魔力の残滓……たどれるな」
俺は地面に残る魔力の糸を目で追った。
FPSで、ラグを利用しているプレイヤーの回線元を特定するのと同じ要領だ。
糸は広場を抜け、商業区の一角にある立派な店――『ゴールド・ドラゴン薬局』へと繋がっていた。
(あそこか。大手ポーション屋……なるほど、リーザちゃんの歌で市民が健康になりすぎて、薬が売れなくなったって逆恨みか)
動機も手口も特定した。
あとは、どうやって「社会的制裁(BAN)」を与えるかだ。
暴力で店を破壊するのは簡単だが、それではリーザの潔白は証明できない。
「あら? 貴方もこの書き込みに腹を立てていらっしゃるの?」
不意に、背後から凛とした声がかけられた。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
蜂蜜色の巻き髪に、高級なドレス。そして胸元には、天秤を模した金色のバッジ。
どこかのお嬢様に見えるが、その琥珀色の瞳は、俺と同じ「怒り」で燃えていた。
「……あんたは?」
「私はリベラ。リベラ・ゴルド。……この子のファンよ」
彼女は扇子で口元を隠しながら、掲示板を冷ややかに見上げた。
「許せませんわね。根も葉もない嘘で、清らかな魂を傷つけるなんて。……罪の重さを、教えて差し上げなくては」
「……同感だ」
俺は直感した。
この人は「こっち側」の人間だ。
俺はボソリと告げた。
「犯人の居場所、分かりますよ(特定しました)」
「まあ。……ふふっ、話が早くて助かりますわ」
リベラと名乗った少女が、妖艶に微笑む。
その笑顔は、法廷で被告人を追い詰める検察官よりも恐ろしかった。
「行きましょうか。――『開示請求』の時間ですわ」
◇
『ゴールド・ドラゴン薬局』。
店主の男は、奥の部屋で部下たちと笑い合っていた。
「ギャハハ! 見たかあの人魚の面! これで明日からはまた俺たちのポーションが飛ぶように売れるぜ!」
「へへっ、ネット工作なんてチョロいもんですね。誰も俺たちがやったなんて気づきませんよ」
ドォォォン!!
突然、店のドアが爆音と共に吹き飛んだ。
店主が飛び上がる。
土煙の中から現れたのは、チェックシャツの陰キャと、優雅に日傘を差したドレスの少女。
「な、なんだ貴様らは!? 不法侵入だぞ!」
「不法? いいえ、正当な『調査』ですわ」
リベラが一歩前に出る。
「ゴルド商会法務部、弁護士のリベラです。貴社に対し、信用毀損および業務妨害の疑いで、即時の立ち入り検査を行います」
「ゴ、ゴルド商会だと!? 証拠はあるのか!」
「証拠なら、ここに」
リベラが俺に視線を送る。
俺は無言で、店主の机の上にあった『魔導通信機』を指差した。
「その通信機に残ってる魔力ログ、掲示板のものと完全に一致してますよ。……あと、そこのゴミ箱に入ってる『誹謗中傷ビラ』の書き損じ。指紋(マナ紋)ベタベタですね」
「なっ……!?」
店主が顔面蒼白になる。
俺の目は誤魔化せない。FPSで0.1ドットの動きを見切る動体視力は、現実の証拠隠滅も見逃さない。
「く、くそっ! やっちまえ! こいつらをここで消せば問題ない!」
店主が叫ぶと、裏から用心棒の男が現れた。
操るのは、戦闘用マグナギア『アイアン・ゴーレム』。
「弁護士だろうがなんだろうが、ミンチにしてやるぜぇ!」
「野蛮ですわね……。牛太様、お願いします」
リベラが下がった。
俺はメガネを位置を直し、ポーチから『シャドウ・ウォーカー』を取り出した。
「……推しのライブを邪魔した罪は、重いぞ」
用心棒がゴーレムを突撃させる。
だが、俺には止まって見えた。
俺の指が弾ける。
ヒュンッ!
ワイヤー射出。
ゴーレムの腕が振り下ろされる前に、その関節にワイヤーが食い込む。
遠心力を利用して機体を宙に浮かせ――そのまま、店主の顔面スレスレの壁に叩きつけた。
ズドンッ!!
「ひぃっ!?」
「次はない」
俺の冷徹な声に、店主と用心棒が腰を抜かしてへたり込んだ。
戦闘時間、2秒。
あとは、法律のターンだ。
「さて……」
リベラが分厚い六法全書(鈍器)を片手に、ニコリと笑った。
「示談になさいます? それとも、タロウ国営放送で貴方たちの悪事を全国中継した後、全財産を没収される『法廷バトル』をご希望かしら?」
◇
翌日。
広場の掲示板には、店主による直筆の謝罪文が貼り出されていた。
誤解が解けたリーザの周りには、再び人々が集まり始めていた。
「ごめんね」「信じてたよ」という声に、リーザが涙ぐんでいる。
俺は遠くのベンチから、その光景を眺めていた。
隣には、優雅に紅茶を飲むリベラがいる。
「貴方、なかなかやりますわね。あの『特定スキル』、私の探偵としてスカウトしたいくらいですわ」
「遠慮します。俺はただの……通りすがりのファンなんで」
俺はパーカーのフードを被り直す。
リーザが笑顔で歌い始めた。
「♪ガンガンガン! アタマガガン!」
その笑顔が見られれば、それでいい。
俺は満足げに牛丼屋へと向かった。
だが、この一件で俺は、ゴルド商会の令嬢リベラという、とんでもないコネクションを作ってしまった。
そして、そのコネが、次の「国家的危機」で俺を呼び出すことになるのだった。




