EP 6
獣王、弟子入りを志願する
「アニキ! 荷物持ちは俺がやります!」
「いや、いいです……自分の鞄くらい自分で持ちますから……(怖いよこの人)」
軍事施設を出て、王都の大通り。
俺、千津牛太は、人生最大のピンチを迎えていた。
隣を歩くのは、金髪のライオン男。
身長190センチ超えの筋骨隆々な肉体に、派手な革ジャン。道行く人々が恐怖で道を空けていく。
ガルーダ獣人国の王、レオだ。
対する俺は、三色チェックシャツに丸メガネの陰キャ。
絵面が酷い。カツアゲされているようにしか見えない。
だが、レオの態度は違った。
「さっきの『環境ハメ技』、感動しました! 俺は今まで筋肉こそが正義だと思ってましたが、あんな戦い方があったなんて……! 一生ついていきます!」
「はぁ……(この人、ガチ勢だなぁ)」
俺はため息をついた。
ゲームでボコボコにした相手からフレンド申請が来ることはよくあるが、リア凸(リアルで会いに来る)してくるとは思わなかった。
しかも「弟子にしてくれ」ときた。
「あの、レオさん。俺はただのゲーマーで、今は腹が減ってるだけなんで」
「飯ですか! なら俺が奢ります! 最高級の霜降り肉を……」
「いいえ」
俺はメガネをクイッと押し上げた。
ここだけは譲れない。
「戦いの後は『牛丼』と決まっています。それも、とびきりジャンクなやつを」
◇
数分後。
俺たちは、いつもの聖地『牛丼太郎』のカウンター席に並んで座っていた。
店内がざわついている。
無理もない。国賓級の獣王が、狭いカウンターでパイプ椅子に座っているのだから。
店員(今日はルナじゃない普通のバイト君だ)が震えながらトレーを運んでくる。
「お、お待たせしました……とろ~り三種のチーズ牛丼、特盛温玉乗せ、お二つです……」
「うむ」
俺は恭しく箸を取る。
隣では、レオがどんぶりを凝視していた。
「これが……アニキの強さの源……」
「よく見ていてください。これはただの食事じゃない。……構築です」
俺は厳かに儀式を開始した。
まずは紅生姜。
これを丼の端に「要塞」のように高く積み上げる。酸味による味変ポイントの確保だ。
次に七味唐辛子。
全体に満遍なく振りかけ、代謝アップのバフをかける。
そして最後に、温玉への入刀。
プチュッ。
とろりと溢れ出した黄身が、濃厚なチーズと牛肉の海に黄金の川を作っていく。
「完成だ。……いただきます」
俺は一気に頬張る。
チーズのコク、肉の脂、タレの塩分、卵のまろやかさ。
脳髄に直撃するカロリーの暴力。
FPSで消耗した糖分が、爆速で補給されていくのを感じる。
「くぅぅ……染みる……!」
「ゴクリ……」
レオが喉を鳴らした。
彼は見よう見まねで紅生姜を山盛りにし、卵を割り、肉を口に運んだ。
「!!?」
レオの目がカッと見開かれる。
「なんだこの味は!? 濃い! 脂っこい! だが……力が湧いてくる!!」
「でしょう。これが『スタミナ管理』です」
本来ならただのジャンクフードだが、獣人である彼(カロリー消費が激しい)にとっては、これ以上ないエネルギー源だったらしい。
レオは野獣のような勢いで丼をかきこみ始めた。
「うめぇ! うめぇぞアニキ! この『チーズ』とかいうドロドロした液体、魔薬か何かか!?」
「乳製品です」
あっという間に完食したレオは、満足げに腹をさすりながら、俺に向き直った。
「分かりましたアニキ。俺には『繊細さ』が足りなかった。この丼のように、紅生姜と温玉(柔軟性)を組み合わせる計算……それが戦場でも必要なんですね!」
「(……牛丼食っただけでそこまで深読みするか?)」
俺は呆れつつも、悪い気はしなかった。
FPSの世界でも、俺の戦術をここまで真剣に分析してくれる奴はいなかったからだ。
「まあ、そういうことです。……いいでしょう。フレンド登録、承認します」
「本当ですか!」
「ただし、条件があります」
俺は残ったお茶をすすりながら、ビシッと言った。
「俺のリアル……じゃなくて、プライベートには干渉しないこと。あと、俺は平和主義なんで、面倒な喧嘩には巻き込まないでください」
「オス! 肝に銘じます!」
レオが店内に響き渡る声で返事をして、深く頭を下げた。
周囲の客たちが「あ、あの狂犬レオが頭を下げた!?」「あいつ何者だ……?」「『三色チェックの悪魔』だ……」とヒソヒソ噂しているのが聞こえる。
(……なんか、変な二つ名ついた気がするけど、まあいいか)
俺は満腹感に包まれながら、店を出た。
外には、まだ夕焼けが広がっている。
「じゃあアニキ! 俺は国に戻って、部下の『髪型(配線)』を整えてきます!」
「うん、それは物理的にハサミ使わないと無理だと思うよ」
去っていく獣王の背中を見送りながら、俺は思った。
異世界転移して一年。
友達(?)ができたのは、これが初めてかもしれない。
――だが、俺はまだ知らない。
この「フレンド」が、俺をさらなる修羅場へ引きずり込むトラブルメーカーであることを。
そして、次に守るべきものが、牛丼よりも尊い『推し』の尊厳であることを。




