EP 14
天然エルフの市場破壊を止める
千津 牛太の朝は、玉ねぎの価格チェックから始まる。
自作の牛丼を極めるため、彼は市場の相場変動に敏感だった。
その日、タロウ国の中央市場は、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
「おい! なんだこの野菜の山は!」
「値崩れだ! 大根が一本1円(1銅貨以下)でも売れねぇ!」
「誰かあのエルフを止めてくれぇぇ!!」
市場の中心。
そこに、災害の中心地があった。
「さあさあ、みなさん! お腹が空いているんでしょう? どんどん食べてくださいな!」
輝くような金髪に、新緑の瞳。
とてつもない美少女エルフが、笑顔で魔法を乱発していた。
彼女の名はルナ・シンフォニア。世界樹の次期女王候補にして、歩く経済破壊兵器である。
彼女が杖を振るたびに、最高品質のキャベツやトマトが「ボロン、ボロン」と虚空から湧き出てくる。
それは善意だ。純粋な慈愛だ。
だが、経済学的に言えば**「無制限の供給過多」**という名のテロ行為だった。
「(うわぁ……美人だなぁ……じゃない、ヤバいぞこれ)」
人混みの外で、牛太はメガネを光らせた。
彼の脳裏に、前職・コンビニ店員時代のトラウマが蘇る。
『発注ミスで大量に届いた廃棄寸前のおにぎり』の悪夢だ。
「(このままだと野菜が腐って疫病の原因になるし、農家は連鎖倒産、さらに物流が麻痺して……俺の『牛丼』の玉ねぎも手に入らなくなる!)」
牛太にとって、牛丼の危機は世界の危機と同義である。
彼は三色チェックのシャツの袖をまくり、戦場(市場)へと飛び込んだ。
◇
「ストーップ! そこのお姫様、ストップです!」
牛太はルナの前に立ちはだかった。
ルナの隣にいた執事――ネギの化身のような奇妙なポーン(ネギオ)が、鋭い視線を向ける。
「む? なんだ貴様は。不審者か?(どう見ても不審者だが)」
「あ、いや、俺はただの通りすがりの……『在庫管理者』です!」
牛太はキリッと言い放った。ただのバイトリーダーだった過去を、それっぽく言い換えただけだ。
「このままじゃ市場が死にます! 今すぐ『供給』を止めて、『流通』を整理しないと!」
「え? でも、みんなお野菜食べたいって……」
「今必要なのは生鮮食品じゃない! 保存と加工、そして他地域への転売ルートの確保です!」
牛太のスイッチが入った。
彼は震える商人たちに向かって、手際よく指示を出し始めた。
「そこの八百屋! 溢れたトマトは全部煮込んでペーストにしろ! 瓶詰めなら半年持つ! タロウ国名産『太陽のトマトソース』としてブランド化だ!」
「そこの運送ギルド! 大根と白菜はすぐに塩漬けだ! 隣の獣人国へ輸出するぞ! あそこは肉食メインだから、漬物は飛ぶように売れる!」
「お姫様! あなたは野菜を出すのをやめて、氷魔法で『巨大冷蔵倉庫』を作ってください! 温度管理は5度以下で!」
矢継ぎ早に飛ぶ指示。
それは的確かつ合理的だった。
現代日本のコンビニで培われた「廃棄ロス削減」と「商品回転率」のノウハウが、異世界で炸裂した瞬間である。
最初は戸惑っていた商人たちも、牛太の指示通りに動くと利益が出ると分かり、目の色を変えた。
「おおっ! トマトソースが即完売したぞ!」
「獣人国から大量の肉(バーター取引)が届いた!」
「このメガネ……すげぇ! 『物流の神子』か!?」
わずか数時間。
地獄絵図だった市場は、活気ある交易都市へと変貌を遂げていた。
◇
「ふぅ……こんなもんでしょう」
仕事を終えた牛太は、額の汗を拭った。
満足感。
棚卸しが綺麗に終わった時と同じ快感が、彼を包んでいた。
「すごいです! 貴方、魔法使い様ですか!?」
ルナが目を輝かせて駆け寄ってきた。
彼女は牛太の両手をギュッと握りしめ、至近距離で顔を覗き込む。
「あんなに散らかっていたお野菜たちが、綺麗に旅立っていくなんて……! 私、感動しました!」
――はい、ここで牛太の『認知機能』がバグります。
「(ッ!? ち、近い! いい匂い! 森の香り! ……待てよ、エルフの姫が俺の手を握る? 感動したと言った?)」
牛太の脳内スーパーコンピュータが、誤った解を導き出す。
「(なるほど。『貴方の手腕に惚れました』ということか。エルフは優秀な種を残すために強いオスを求めると聞く……つまり、俺の遺伝子(在庫管理能力)を欲している!?)」
彼はニチャアと口角を吊り上げ、早口で答えた。
「い、いやぁデュフフ! これくらい嗜みですよ。僕と一緒になれば、毎日新鮮な野菜料理(牛丼の付け合わせ)には困らせませんよ? 世界樹の森の管理も、僕がリノベーションして差し上げましょうか? まずは動線の確保からですねグフフ!」
気持ちの悪い求愛行動である。
だが、天然の極みであるルナには、その邪念は一切届いていなかった。
「わぁ! 頼もしいですね! ……あ、そうだ! 私、お腹空いちゃいました!」
「えっ? あ、はい。じゃあ食事でも……」
「ネギオ! あっちの屋台で『タロウ焼き』食べに行きましょう!」
ルナはパッと牛太の手を離すと、興味の対象を完全に「食」へと移していた。
彼女はスキップで去っていく。
執事のネギオが、去り際に牛太を一瞥し、「……フン。まあ、礼は言っておく(毒消し草を置いていく)」と呟いて消えた。
取り残された牛太。
だが、彼のポジティブシンキングは無敵だ。
「(……照れ隠しか。ふふっ、可愛いところがあるな。いきなり結婚は重いから、まずは友達から始めようってことか。焦らすねぇ)」
彼は毒消し草を「愛のプレゼント」だと解釈し、ポケットに大事にしまった。
その数分後。
タロウ焼きを頬張るルナに、ネギオが尋ねた。
「お嬢様。先ほどのメガネの男、名を何と?」
「んぐ? ……誰でしたっけ? 野菜の妖精さん?」
認知すらされていなかった。
哀れな牛太。
彼はこれで、アイドル、弁護士、エルフ王女という「三大ヒロイン」すべてにフラグを立てたと信じ込んでいる。
その自信(勘違い)が、彼を次なる戦い――「イケメン勇者への嫉妬」へと駆り立てる原動力となるのだった。




