EP 12
弁護士リベラと「損害賠償」
その日、千津牛太の幸福度はカンストしていた。
推しのアイドル・リーザと(脳内で)結婚の約束を取り付けた彼は、鼻歌交じりに王都の地下、軍事施設へと出勤した。
「ふんふ~ん♪ さて、今日のテストプレイもサクッと終わらせて、式場のカタログでも貰いに行くか」
彼は完全に浮かれていた。
だが、その浮かれ気分は、司令室のデスクに置かれた「一枚の紙切れ」によって粉砕されることになる。
「……ん? なんですかこれ」
牛太が手に取った書類。そこには、赤字で禍々しくこう書かれていた。
【損害賠償請求書】
請求額:3億5000万ガバス(約35億円)
「……は?」
牛太の思考がフリーズした。
メガネがズレる。
震える手で詳細に目を通す。
市街地A区画:道路損壊費用(アスファルト溶解による)
建設中ビルB棟:倒壊による損失
広場C:爆破による植栽の全損
その他:民間人への精神的ショックに対する慰謝料
「え、ちょ、待って……これ、昨日のイベントの?」
そこに、タロウ国王ではなく、見知らぬ軍の経理担当官(神経質そうな男)が現れた。
「やあ、英雄殿。昨夜の活躍は素晴らしかったですね」
「あ、はい……で、この請求書は?」
「貴官の戦闘による被害総額です。いやぁ、派手にやってくれましたねぇ。敵を倒すのは結構ですが、『公道を油まみれにして燃やす』とか『ビルを倒壊させる』とか、やりすぎですよ」
担当官が眼鏡を光らせて詰め寄る。
「本来なら国家予算で賄うところですが、今回の作戦は貴官の『独断専行』も多かった。よって、過失割合として3割ほど負担していただこうかと」
「さ、さんわり!? 35億の!?」
牛太は泡を吹いた。
牛丼無料パスは貰ったが、現金資産は銀貨数枚しかない。
一生かかっても払えない額だ。
「払えなければ、労働で返していただきます。そうですね……死ぬまで地下鉱山で魔石採掘とか」
「そ、そんな……俺はただ、ゲームをクリアしただけなのに……!」
牛太が膝から崩れ落ちる。
脳裏に浮かんでいたリーザとの幸せな結婚生活が、音を立てて崩れ去っていく。
(終わった……俺の人生、借金まみれのバッドエンドだ……リーザちゃん、ごめん、指輪どころかパンの耳も買ってあげられない……)
絶望に染まる牛太。
担当官が「では、こちらの誓約書にサインを」とペンを差し出した、その時だった。
「――異議あり(Objection)!」
凛とした声が、司令室に響き渡った。
コツ、コツ、コツ。
優雅なヒールの音と共に現れたのは、蜂蜜色の巻き髪を揺らす、絶世の美少女。
ゴルド商会の令嬢にして、最強の弁護士、リベラ・ゴルドである。
「だ、誰だ君は! ここは軍の機密エリアだぞ!」
「ゴルド商会法務部、リベラですわ。……私のクライアントに対して、随分と理不尽な要求をなさっているようですわね?」
リベラは扇子で口元を隠し、冷ややかな瞳で担当官を見下ろした。
その迫力に、担当官がたじろぐ。
「く、クライアントだと? いつから彼が……」
「今からですわ」
リベラは牛太の元へ歩み寄ると、崩れ落ちていた彼の手を取り、優しく立たせた。
甘い紅茶の香りが、牛太の鼻腔をくすぐる。
「大丈夫ですわ、牛太様。……私が来たからには、貴方に指一本触れさせません」
「リ、リベラさん……!」
牛太の心臓が早鐘を打った。
後光が差して見える。女神だ。いや、聖母だ。
「(ま、まさか……俺のピンチを聞きつけて駆けつけてくれたのか!? 何の見返りもなく? そんなの……『愛』以外に考えられないじゃないか!)」
牛太の脳内回路が、またしてもショートした。
リーザに続き、この美貌の弁護士までもが自分に惚れている。
これはもう、異世界転移特典『ハーレムルート』確定演出ではないか。
「さあ、議論を始めましょうか」
リベラは牛太を背に庇うと、担当官に向き直った。
先ほどの優しげな表情は消え、そこには『捕食者』の笑みがあった。
「まず、請求書の前提が間違っていますわ。昨夜の戦闘は国家存亡の危機における『緊急避難』が成立します。民法720条により、賠償責任は免除されるのが筋です」
「し、しかし! 彼の破壊活動は過剰で……!」
「過剰? 誰が判断しましたの? 敵は自爆機能を持つ兵器でした。もし彼がビルを倒壊させて封じ込めなければ、被害は王都全域に及び、死傷者は数万人に達していたというシミュレーション結果が出ておりますが?」
リベラは懐から分厚い資料を叩きつけた。
「むしろ、彼のおかげで被害が『その程度』で済んだのです。本来なら、国は彼に35億を請求するのではなく、350億の報奨金を支払うべき案件ですわ」
「うっ……ぐうっ……」
「さらに言えば、未成年のテストパイロットに対し、十分な説明もなく過酷な戦闘を強いた『安全配慮義務違反』。および、事後の不当な請求による『精神的苦痛』。……これらを合わせて、逆にこちらから国を提訴してもよろしくてよ?」
リベラの口調は流暢にして苛烈。
専門用語と数字の暴力で、担当官をタコ殴りにしていく。
牛太はその背中を見つめながら、恍惚の表情を浮かべていた。
「(す、すごい……早口だ……俺と同じ『早口』属性だ……! しかも俺のために、国と戦ってくれている……!)」
牛太の中で、リベラの好感度が限界突破した。
彼女の知的な横顔に見とれながら、彼はニチャァと笑みを深める。
「(なるほどな。リーザちゃんは『癒やし』担当、リベラさんは『実務』担当。俺の嫁選び、難航しそうだなぁ……デュフフ)」
一方、完全に論破された担当官は、白旗を上げていた。
「わ、分かりました……請求は取り下げます……! だから訴訟だけは……!」
「懸命なご判断ですわ」
リベラはニッコリと微笑み、請求書をビリビリに破り捨てた。
そして、振り返って牛太にウインクをする。
「解決しましたわ、牛太様」
「あ、ありがとうございます! あの、お礼と言ってはなんですが、今度食事でも……」
牛太がデレデレしながらデートに誘おうとした、その時。
リベラは彼の耳元に顔を寄せ、甘い声で囁いた。
「お礼は結構ですわ。その代わり――『貸し』ひとつ、ということで」
「え?」
「貴方のその『神速の指先』と『マグナギア』……私の法廷闘争(物理)のために、いつかお借りしますわね?」
彼女の瞳の奥が、怪しく光った気がした。
だが、恋は盲目。牛太にはそれが「二人だけの秘密の約束」にしか聞こえなかった。
「は、はいっ! いつでも呼んでください! 僕の全てを捧げます!」
「うふふ、頼もしいですわ(チョロいですわね)」
リベラは満足げに去っていった。
残された牛太は、破り捨てられた請求書の紙吹雪の中で、勝利のポーズを決める。
「勝った……。借金もチャラ、美少女弁護士とのフラグも成立。……俺の異世界ライフ、順風満帆すぎる!」
彼が「便利な手駒」として契約されたことに気づく由もなく。
牛太はスキップ交じりに、次の牛丼を食べに向かうのだった。




