EP 9
覚醒、シャドウ・ウォーカー
中央広場。
そこは、死の静寂と、回転ノコギリの不快な駆動音だけに支配されていた。
「あ、あぁ……」
リーザは震える足で、背後の子供たちを庇っていた。
目の前には、巨大なサソリ型の機械獣。
その尻尾――高速回転する鋸が、リーザの細い首を跳ね飛ばそうと振り上げられる。
(お母様……ごめんなさい。私、歌で世界を救う前に……)
彼女がギュッと目を瞑った、その瞬間。
ズドォォォォォォン!!
突如、天から銀色の流星が堕ちてきた。
凄まじい衝撃波が広場を揺らし、サソリ型機械獣が真横に吹き飛ぶ。
土煙が晴れた後、そこに立っていたのは――。
「……え?」
リーザは目を見開いた。
月光を背に浴びて輝く、全高20メートルの人型兵器。
装甲を極限まで削ぎ落としたその姿は、まるで夜の闇そのもののように静かで、鋭かった。
『――対象保護完了。これより、害虫駆除(BAN)を開始する』
機体の外部スピーカーから、加工された機械音声が響く。
銀色の巨人は、怯えるリーザに背を向けると、ゆっくりと敵の群れに向き直った。
◇
(牛太・視点)
「よくも……俺の推しに、汚い刃物を向けやがったな」
コックピットの中で、俺は凍りつくような怒りを覚えていた。
FPSにおいて、初心者や非戦闘員(NPC)を虐殺するプレイヤーは最悪だ。
ましてや、それが俺の女神リーザちゃんならば、万死に値する。
『ギシャアアアア!』
吹き飛ばされたサソリ型メカが起き上がり、再び襲いかかってくる。
その後ろから、蜘蛛型やムカデ型の増援もワラワラと湧いてきた。
「数は12……いや、15か。処理落ち(ラグ)させる気か? 無駄だ」
俺の目は、すでに通常の知覚を超えていた。
理髪師として培った『ミリ単位の空間把握』。
FPSランカーとして磨いた『フレーム単位の反応速度』。
そして、先ほど自らの手でメンテナンスした機体との『完全同調』。
今の俺に、死角はない。
「まずは、その鬱陶しい尻尾からだ」
俺はグローブを装着した指を、スッと横に薙いだ。
『シャドウ・ウォーカー』が、質量を持った残像を残して消える。
次の瞬間、サソリの懐に潜り込んでいた。
左腕のカミソリ・ワイヤー射出。
狙うは、回転ノコギリの回転軸。
「髪が絡まってるぞ」
ヒュンッ!
ワイヤーが軸に巻き付き、高速回転のトルクを無理やり止める。
ギャギギギギッ!
異音と共に、モーターが焼き切れる。
「カット」
俺は右手のヒート・ナイフを逆手に持ち、すれ違いざまにサソリの『節』――装甲の継ぎ目を撫でるように斬り裂いた。
力任せの切断ではない。
関節のボルトを弾き飛ばし、結合部を解体する『分解』だ。
バラバラバラ……。
巨大なサソリは、まるで最初から積み木だったかのように、一瞬で鉄屑へと変わった。
『なっ!? バカな! 私の最高傑作『デス・スコーピオン』が一撃で!?』
敵の通信回線から、ひしゃげた男の声が聞こえた。
今回のイベントボス、Dr.ドグマだろう。
『貴様! 何者だ! その機体、タロウ軍の正規データにはない動きだ!』
「ただの……通りすがりの理髪師だ」
俺は答えると同時に、次の標的へ向かう。
蜘蛛型メカが酸を吐いてくる。
俺はそれを、落ちていたサソリの甲羅(装甲板)を蹴り上げて盾にし、防ぐ。
「デザインが美しくない。作り直しだ」
俺の指先が踊る。
神速のシザーハンズ。
敵Aの脚を掴み、敵Bに投げつける(ボーリング)。
敵Cのセンサー(目)をワイヤーで潰し、同士討ちを誘発する。
敵Dの動力パイプを引き抜き、強制停止させる。
それは戦闘というより、流れるような『作業』だった。
伸びすぎた枝毛を切り、無駄なボリュームを削ぎ落とし、あるべき形へと整えていく。
「……見えた」
俺の集中力は極限に達していた。
モニター越しに見える敵の機体が、ワイヤーフレームの線画に見える。
弱点が赤く光って見える。
機体の反応速度が、俺の思考速度に追いついてくる。
これが……『覚醒』か。
『く、来るな! 化け物め! やれ! 全機、自爆特攻だ!』
ドグマの命令で、残った5体の機体が赤く発光し、俺に向かって突っ込んできた。
自爆。
広場ごと吹き飛ばす気だ。
後ろにはリーザがいる。避けるわけにはいかない。
「……客の前で暴れるなよ。営業妨害だ」
俺は大きく息を吸い、両手の指を限界まで広げた。
『シャドウ・ウォーカー』が、両腕から無数の極細ワイヤーを一斉に射出する。
奥義――【蜘蛛の巣】。
放たれたワイヤーは、空中で複雑に絡み合い、見えない結界となって5体の敵を包み込んだ。
「締めるぞ」
俺が拳を握り込む。
ワイヤーが収縮する。
突進のエネルギーごとお互いに激突させられ、がんじがらめに拘束された機械獣たちは、身動き一つ取れずに空中で団子状態になった。
「フィニッシュだ」
俺はバックパックの全ハッチを開放。
残弾すべてのナパーム弾と、設置爆薬を、ワイヤーの塊に向けて投擲した。
「さっぱり、いこうか」
指パッチン(着火)。
ドゴォォォォォォン!!
夜空に巨大な花火が咲いた。
敵の自爆エネルギーごと誘爆し、機械獣たちは跡形もなく消滅した。
爆風が広場を撫でるが、完璧な計算により、リーザたちの元にはそよ風しか届かない。
◇
『……敵影、消滅。ミッションコンプリートです』
オペレーターの震える声が響く。
俺は深く息を吐き、シートに背中を預けた。
指先が熱い。
最高のプレイだった。
モニターの中では、銀色の巨人が炎を背に佇んでいる。
その足元で、リーザが涙を流しながら、こちらを見上げて手を合わせていた。
「ありがとうございます……! 銀色の、神様……!」
口の動きで、そう言っているのが分かった。
俺は顔が熱くなるのを感じた。
「(神様って……ただのプレイヤーだよ。でもまあ、推しに感謝されるのは悪くないな)」
俺は少しだけカッコつけて、機体の手を軽く振ってみせた。
そして、ログアウトのコマンドを入力する。
「ふぅ。いい汗かいた。……さて、帰って牛丼でも食うか」
俺は通信機を切り、タロウさんに挨拶もせず、そそくさと軍事施設を後にした。
自分が今、国を救い、伝説の英雄になったことなど露知らず。
ただ、「明日のトッピングは何にしようか」と悩みながら。




