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『悪役令嬢(ただし、前世は推理小説家)は静かに断罪されたい~死亡フラグを回避したら、王宮の名探偵に祭り上げられてしまいました~』  作者: 和三盆


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第3話 『影の策略と、罠の設計図』

 王宮に日が差し込む。朝食の匂いと共に、新聞代わりの広報布告が廊下を駆ける。シャーロットはそれを目にしながら、薄く笑った。噂は彼女を追い越し、名探偵という呼称はもはや消えない烙印になりつつある。


 だが、彼女の頭の中にあるのは、名声でも称賛でもない。一通の匿名の手紙、そして現場で見つかった微細な刃の痕だ。


 王太子の顧問役としての立場は、表向きは曖昧。だが、実行する仕事は容赦なく生々しい。密室のトリックを追い、証拠をひとつずつ剥がしていく作業は、きれい事では片付かない。


 まずは手紙の筆跡を解析する。王宮には文字に長けた書記や翻刻士が多い。シャーロットはそのひとりに短く頼み、筆跡の特徴を上げさせた。


 結果は意外なものだった。筆跡は巧妙に“癖”を消しており、意図的に匿名の匂いを付けた痕跡がある。さらに、紙そのものは王都の外れの商店でしか扱われない粗悪な漉き紙。誰かが目立たぬように選んだ“見えないのに目につく”材料だ。


「仕込みが細かい。だが、イタズラではない」


 シャーロットは小さく呟き、次に現場の装置を復元するための工作図を描かせた。木の溝と金具、窓の擦り傷。彼女の脳内でひとつの機構が組み上がる。


(外見は密室だが、機械が“外の力”を模倣した。あるいは、外の刃を“内部の力”に見せるための仕掛けだ)


 問題は、そんな工作が誰の手によってなされるかだ。王城の近くには職人や工房が多い。だが、細工の精度はただの職人仕事ではない。軍用具を扱う工房、あるいは王宮直属の調達係ならば可能性がある。


 夜、シャーロットはひとり密かに城下へ向かった。目当ては、伝聞で聞いた『鋸屋の屋根裏』。そこには古い道具と共に、よく仕込まれた偽装を作る者がいたという。


 薄暗い路地を歩きながら、彼女の心は妙に落ち着いていた。推理は冷徹だが、行動は時に大胆になる。それは昔からの癖だ。面倒な正義よりも、面白い謎に手を伸ばす欲求が強い。


 屋根裏に辿り着くと、そこは想像よりもずっと広かった。古物が積み重なり、埃の匂いが濃い。だが、欠けた器の裏から、金具に残る不自然な削り屑が見つかった。


「仕事は外とは異なる。だが、技巧はある」


 シャーロットはその場で小さな器具を手に取り、息を殺して観察する。そこに付着した油と鉄粉の混ざり具合。機械の製造跡は、軍需品のものに酷似している。


 つまり、使える人物は二つに絞られる。軍の工房に出入りする者、もしくは王宮と関係の深い職人だ。


 戻った翌朝、彼女は王太子にその可能性を示す。アルフレッドは目を細め、静かに頷いた。


兵站へいたんには、外部の武具業者が入る。だが、王宮に私的な依頼をする者もいる。誰が得をするのか。内外を問い直すべきだ」


 その言葉は深い。内外を問い直すということは、騎士団の誰かが、あるいは上層部の誰かが、現状を変えたがっていることを意味する。目的は何か。混乱か、あるいは特定の人物を孤立させるためか。


 シャーロットはふと、原作小説のヒロイン――エリザベートの顔を思い出す。高潔で理知的な彼女は、多くの読者に愛されるが、物語上では常に“光”に晒される存在だ。


(誰かがその光を利用しようとしているのかもしれない)



 捜査の合間に、シャーロットは王都の宴でエリザベートと顔を合わせる機会を得る。原作のヒロインは、実物もまた穏やかで控えめな微笑みを湛えていた。だが、彼女の瞳には一片の鋭さがある。


「シャーロット嬢。……噂は聞いておりますわ。名探偵などという大層な称号、あなたには似合わないと存じますが」


 エリザベートの言葉は柔らかい。だが、会話の間に挟まれる一言一言に、何かを測るような計算がある。シャーロットはその様子を興味深く観察した。


「あなたは本当に私を――」


 シャーロットは言葉を濁し、代わりに微笑む。エリザベートの存在は、彼女の“物語的立場”を揺るがす。好悪は別として、互いの存在はどこかで交差する運命にある。


 夜半、城内で再び小さな騒ぎが起きる。今度は、王宮の私室に置かれていた重要な書類が紛失していた。紙片が切り取られ、一部のみが持ち去られている。


 シャーロットは直感的に、それが単なる盗みではないと感じた。誰かが“紙の一部”を持ち去る理由。それは、情報の一部を切り取り、読み替えるためだ。


「やはり、単なる密室トリックではない。これはもっと大きな、ゆっくりと進行する策略だ」


 彼女はページの切り取り跡を調べ、紙の縁に付いた微かな印。そこには、特定の封蝋の痕跡が残っていた。封蝋は王宮内でしか使用されない特別なものだった。


 言い換えれば、犯行は王宮内部の誰かによる――あるいは王宮のサービス網を利用した者の仕業だ。


 調査を進める中で、シャーロットは自分が得た知識と引き換えに、ますます深い場所へと足を踏み入れていることに気づく。真相が露わになれば、必ず火種が飛び散る。巻き込まれる者が出るだろう。だが、放置すればもっと大きな被害が出るかもしれない。


 彼女は静かに、しかし固い決意を胸にする。


(私は、この物語の駒である。しかし、駒にしては少しばかり賢すぎる。ならば、駒を動かす者たちの手を暴かねば)


 それは、単なる生存戦略ではない。彼女の推理心が、いつのまにか国の未来の一部を握っている。


 第三話の終わり、シャーロットは夜の王宮の屋根に立ち、風を受ける。下には無数の窓と人の営みが広がる。その一つ一つが嘘と真実を抱えている。


 どこか遠くで、誰かが小さく笑ったように思えた。それは敵か、協力者か。彼女は答えを見つけるために、もう一歩踏み出すのだった。

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