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『悪役令嬢(ただし、前世は推理小説家)は静かに断罪されたい~死亡フラグを回避したら、王宮の名探偵に祭り上げられてしまいました~』  作者: 和三盆


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第27話 『北倉庫の囁き』

北倉庫は、昼間でも人影の少ない場所だ。

まして、夜ともなれば風の音だけが頼りになる。


ひやりとした夜気が、肌の上をすべる。

三人が立ち止まったのは、背の高い倉庫の前──黒い影が伸びて、地面に長い線を描いていた。


アルフレッドが剣の柄に手を添え、低く息を吐く。


「中は静かだな。

……嫌な静けさだ」


シャーロットは頷きながら、倉庫の扉に指先を置いた。

冷たくて、重たい。


(ほんとうに、ここに何かがある……?)


その問いは、期待にも不安にも変わる。

レドモンドが生きているなら、それは希望だ。

けれど彼がヴァレンに捕らわれているなら──その事実が胸の奥で重く沈んだ。


ぎ、と扉が開く音が闇に溶ける。


中は、思った以上に広い。

木箱の影が積み重なり、舞台装置のパーツが天井の梁まで吊られている。

まるで昼間の賑わいが跡形もなく消えた舞台裏のようだった。


マーリエが小さく腕をすり寄せる。


「……寒い。

ねぇ、何か……妙じゃない?」


「ああ。空気が揺れてる」


アルフレッドの声が低く落ちた。


シャーロットは倉庫の匂いを吸い込む。

木、糸、油、布、そして──ごくうすく、石膏の粉の匂い。


(ここだ。ヴァレンは本当にここを“舞台”にした)


足跡を探す。

床には古い傷が重なり合っているが、奥へ向かう一本だけ、比較的新しい線があった。


靴の跡ではなく……


「……脚立の跡ね。大きめの」


シャーロットが指を這わせると、粉の粒がぱらぱらと落ちた。


「ヴァレンが人形を組むなら、脚立は必須だ。

しかもこの跡、つい最近だ」


アルフレッドが鋭く言う。


「つまり、レドモンドを“ここで扱った可能性が高い”ってことだな?」


「ええ。でも──それだけじゃない」


跡の先には、壁を覆うように粗雑に布が掛けられていた。

色は暗い藍。

布の端が、風もないのにふわりと揺れた。


マーリエが息を呑む。


「……なんで、揺れてるの?」


「中に……空気の流れ?」


シャーロットは布にそっと触れ、めくった。


その瞬間、空気が変わった。


薄い、けれど確かな匂い──香料。

かすかに甘く、それでいて乾いた花のような香り。


「この香り……レドモンドの、舞台の香りだ」


そう呟いた途端、胸の奥がぎゅっと痛くなった。


布の裏側には、小さな作業室のようなスペースがあり、机の上には紙と道具が散らばっていた。

そして、その中央に置かれた“たった一枚の紙”。


シャーロットは一歩、二歩と机へ近づいた。


紙には、走り書きの筆跡があった。

震えているのではなく、何かを急いで伝えたいような線。


『影は人からはじまる

 舞台裏を探せ

 奥の、奥へ

 僕はまだ終わっていない』


その文字を見た瞬間、胸に熱いものが押し寄せた。


(レドモンド……間違いない。この筆跡、全部覚えてる)


アルフレッドが近づき、紙を覗き込む。


「これは……本人の書いたメッセージか?」


「ええ。

ここに“生きていた痕跡”がある。

しかも、逃げようとしていた。

ヴァレンの目を盗んで」


マーリエは唇を噛んだ。


「じゃあ……まだ助けられる?」


「間に合うなら、ね。

でも……」


シャーロットは紙の片隅にある小さな染みを見つけた。

黒い点。

墨ではない。

もっと……焦げたような色。


「これ……蝋燭のすす?」


「ヴァレンの仕掛けによく使われるやつか」


アルフレッドが表情を鋭くした。


「罠の、一部かもしれない」


シャーロットは頷き、息を整えた。


(ヴァレンは“ここに来ることを前提に痕跡を残した”。

なら、ここは序章。

レドモンドが本当にいる場所は……もっと“奥”。)


足元に、細い線が続いていた。

白く、ほとんど見えない。

石膏を溶かしたあとに細い筆で引いたような線。


「見て。

レドモンドのメッセージと同じ方向へ──“道筋”がある」


マーリエが小さく震える声でつぶやいた。


「誘われてる……?」


「ええ、間違いなく。

でも、それでいいわ」


シャーロットは線の先へ視線を向け、決意を固めた。


「ここから先は、ヴァレンが本当に“見せたい幕”。

レドモンドの生存が、ただの希望じゃなくなる場所よ」


アルフレッドが剣を軽く抜いた。


「行くぞ。

……覚悟はいいか?」


「もちろん」


シャーロットは微笑んだ。


(舞台は整った。

あとはこの“幕”を、私の手で引き裂くだけ)


三人は、薄い石膏の線を辿って倉庫の奥へと踏み出した。


闇の中で、風でもないのに布がかすかに揺れる。

その揺れはどこか、人が息をしているようにも見えた。

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