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『悪役令嬢(ただし、前世は推理小説家)は静かに断罪されたい~死亡フラグを回避したら、王宮の名探偵に祭り上げられてしまいました~』  作者: 和三盆


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10/30

第10話『演出家はカーテンの向こうで微笑む』

明日更新予定だった第10話を今日あげておきます。

その為、明日は更新をお休みさせていただきます。

冷気と埃の匂いが混ざった部屋は、沈黙が濃かった。

ランタンの光がゆらゆら揺れて、壁に映る影まで落ち着きがない。


シャーロットは自分の手がわずかに震えていることを自覚していた。

恐怖じゃない。

警戒と、そして――奇妙な期待。


「やっと来てくれたんですね、シャーロット嬢」


その声は、背中のうしろから静かに降ってきた。

足音もなく近づいてくる気配に、心臓が一つ跳ねる。


振り返らなくても分かる。

あの男――“演出家”ことヴァレン・グレイ卿。


気配そのものが、まるで舞台袖の幕を揺らす風みたいだった。


 

「あなたの呼び出しに応じる理由なんて、本来どこにもないはずですが」


「でも来てくれた。それで十分です」


ヴァレンは一歩踏み出して、光の端に輪郭を落とした。

その笑みは、柔らかい。

けれど奥に“底の見えない何か”が沈んでいた。


シャーロットは眉を寄せる。

この男、表情を見せているようで見せていない。

光が頬を照らした瞬間だけ、彼の目の奥に一瞬だけ動く影――

それを読み取るには、普通の勘じゃ足りない。


 

「あなた、何が目的なんです?」


「目的?」

ヴァレンはゆっくりと首を傾げた。

「あなたがどれほど美しい推理をするのか、それを見たい――ただそれだけですよ」


「……美しい?」


「ええ。推理は舞台です。犯人も証拠も観客すらも、劇の一部。

 その“舞台”をどう動かすか。

 あなたは無意識に、それをやっている」


 その表現に、シャーロットの皮膚がぴりりと反応した。


なぜそんなことを言えるのか。

なぜ“無意識”だと断定できるのか。

なぜ、この男の声はいつも“核心だけ”を刺してくるのか。


「――あなた、私の前世のことまで知ってるわけじゃないでしょうね」


「あいにく、そこまでは。

 ですが、あなたの推理の“手つき”は前世を感じさせますよ」


ヴァレンは微笑んだ。

だが、その目は笑っていなかった。


 (この男……本当に危険)


推理力が、恐ろしいほど“自然体”で働いている。

シャーロットは思わず、自分の足がわずかに後ずさるのを止めた。

ここで引いたら負けだ。

そういう直感だけは鋭く働く。


 「さて。今日あなたを呼んだ理由ですが――」


ヴァレンが片手を上げると、奥の扉がトン、という音とともに開いた。


マーリエとライナーが姿を見せる。

二人とも、わずかに緊張している。

この男を前にして落ち着いていられる者のほうが少ない。


 「三つほど、気になる“不自然な動き”があります」


ヴァレンの声はやけに静かだった。

静かだからこそ、逆に怖い。


「まずひとつ。例の密室事件――あなたは現場をほとんど見ずに“推測”を立てた。

 ボクはそれを、あなたの天才性と解釈していましたが……

 どうやら違うようだ」


「違う?」


「ええ。あなたは“犯人の心理”を読んでいる。

 死角の動き、怯え、躊躇い、計画の穴。

 まるで横で見ていたかのように」


シャーロットは息を止めた。

心がひりつく。

読まれている、と思った。


「次にふたつめ。

 あなたは“介入しないように”動いている。

 これは好奇心旺盛な名探偵にあるまじき姿勢だ。

 ゆえに――あなたは本来、舞台に立つ気がない」


「……それの、どこが悪いの?」


「いや?むしろ興味深い。

 逃げたい者ほど、舞台で輝くのです」


ヴァレンの笑みが一段深くなる。


 「そして、みっつめ。

 あなたは知らないはずなのに――“この物語に定められた死”を避けている」


部屋の空気が、刺すように冷えた。


マーリエが息を呑む音が聞こえる。


シャーロットの胸がぎゅっと縮んだ。


「……どういう意味?」

声が少し震えた。自覚したくなかった。


「決まっているでしょう。

 あなたの動きには、まるで“脚本”を知る者のような迷いがある。

 この国の運命を回避しようとしている。

 ただの推理では説明がつかない」


ヴァレンの声は柔らかい。

しかし、その内容は鋭すぎる。


(まさか……ここまで近づいているなんて)


シャーロットは笑おうとしたが、喉が乾いて声が出づらい。


「あなた、まさか……この国の悲劇の“原因”がどこにあるのか、知ってるんじゃないよね?」


「もちろん知りません」

ヴァレンは肩をすくめた。

「ですが――“誰か”が、あなたを殺そうとしている。それだけは、確信しています」


シャーロットの背筋がぞわりと波打った。


 

「だからボクはあなたを守りたい。

 そして――その美しい推理で、舞台を救ってほしい」


やわらかい声なのに、逃げ場を塞がれたような圧があった。


 

「さあ、シャーロット嬢。

 あなたはどう動く?

 舞台に立つのか、それとも――ボクの手のひらで踊るのか」


一歩踏み出すと、ヴァレンの影がシャーロットの足元に重なった。


その瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。


恐怖。

そして――対等な知性に向けた、危険なほどの興奮。


 

「……あなたに、踊らされる気はないわ」

ようやく絞り出した声は、少しだけ震えていた。


ヴァレンはゆっくりと微笑んだ。


「それでこそ、舞台の“主役”です」


光が揺れ、影が伸びた。


舞台の幕は――もう開いているのだった。

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