56:青空の下で歌を
「大丈夫だ、自信を持て。お前はこれまでずっと練習してきただろう。もし失敗したとしても誰も責めたりはしない。責める人間は俺が許さない。安心して歌えばいい。きっと皆、お前の歌に魅了される。夜の庭園で歌うお前に魅了された俺のように」
返事をしようとしたそのとき、強風を受けた帽子の装飾が激しく揺れ、私は慌てて頭を押さえた。
帽子の装飾や髪が乱れているのではないかと心配になったけれど、ここには鏡がないため確認しようがない。
ルカ様が手を伸ばして頭の装飾を整えてくれた。
ついでのように私の銀髪を撫で、微笑んで言う。
「いつもお前は綺麗だが、今日は一段と綺麗だ。塔の上に立てば、きっと皆が釘付けになる」
「……そうだといいんですが。守護聖女の名に恥じないよう、頑張ります」
甘い台詞に照れながら、私は改めて自分の格好を見下ろした。
古風な金の刺繍がほどこされた青と白の法衣。
左手に持っているのは国宝である『聖女エレンティーナの杖』。
呪術媒体のうちの一つだったこの杖はシエナがへし折ってしまったけれど、ドラセナ王妃の肖像画のように修復されていた。
その代わりに、杖の持ち手が以前より太くなっているのは気のせいではなさそうだ。
虹色に輝く丸い球体――大きな魔石が備え付けられた杖はずっしりと重く、聖女としての責任を感じさせる。
人々のひときわ大きな声が聞こえて、私は顔を上げた。
耳を澄ましてみれば『拡声器』の前に立つ司会者が「この度の式典の歌い手は、かの有名な『戦場の天使』だ」と私の紹介をしている。
二つの村と北の街を浄化し、加えて王太子の命を救った素晴らしい女性だと、とにかく私を褒めちぎっている!!
ちょっと待って、持ち上げすぎです!!
そんなに期待値を上げられたら、いざ私が登場したときにガッカリされかねないんですけど!!
「行こう。塔の上まで送る」
紹介が終わる頃になっても動けずにいる私の手から杖を取り上げてルカ様が歩き出した。
彼の背中を追いかけて隣に並ぶ。
敷かれた赤い絨毯を踏みしめ、スカートを摘まんで一歩一歩、法衣の長い裾を踏まないように気を付けながら階段を登っていく。
ルカ様は私が転ばないよう注意深く見守ってくれているけれど、一ヶ月に及ぶ淑女教育により、長い裾と付き合うコツは習得していた。
「頑張れ」
無事塔の頂上に到達すると、一段低いところで足を止めているルカ様が私に杖を差し出した。
風に黒髪を靡かせながらルカ様は微笑んでいる。
私なら大丈夫だと信じてくれているのだ。
「はい」
私は微笑み返して杖を受け取った。
不安や恐れを勇気で塗りつぶし、階段を降りていくルカ様に背を向けて先へと進み、民衆の前に立つ。
途端、全身を揺さぶられるほどの歓呼の叫びに包まれた。
「聖女様ー!!」
「あなたが戦場の天使だったんですね!! 一年前、主人の命を助けてくれてありがとう!!」
「私の息子もあなたに助けられましたー!! 本当にありがとうー!!」
「きゃー聖女様、きれーい!!」
「ステラ様ー!!」
一生懸命に両手を振る人、口笛を吹く人、口に両手を添えて叫ぶ人、拍手する人、興奮に飛び跳ねる子ども。
眼下に群がる人の多さに目が眩みそうになる。
どこを見ても、人、人、人。
まるで世界中の人々がここに集まり、自分を見ているかのようだ。
群衆の最前列でシエナが大きく手を振っている。
シエナは「知った顔が近くにいたほうが緊張しないでしょう」と言って、ルカ様の護衛を自分よりも腕の立つラークに任せてあそこにいてくれている。
――大丈夫。私はやれる。
杖を握る手はもう震えていない。
失敗しても自分が許すとルカ様が言ってくれた。
私は群衆に向かって微笑み、小さく手を振った。
ますます歓呼の叫びが大きくなる。
宮廷楽団の準備が整ったのを見て、大きく息を吸う。
――どうか聞いていてください、ルカ様。
平和を祈るこの歌は、誰よりもあなたに捧げます。
そして、蒼穹の下、私は鈴のような声で歌い始めた。




