43:不意打ち
ラークとシエナを食堂に残して『蒼玉の宮』へ向かうと、正面玄関の扉の前にモニカさんが立っていた。
「ルカ様。ステラ様。お待ちしておりました」
扉の近くの壁に備え付けられた照明器具――魔法の光がモニカさんの姿を照らしている。
晴れやかなその表情を見て、ノクス様の無事を確信した私は宮中に入ることはせず、庭でルカ様の帰りを待つことにした。
ルカ様が一日千秋の思いで待ちわびた再会だ。
兄弟水入らずで、心ゆくまで語り合ってもらいたかった。
「わあ、綺麗……」
思わず感嘆の声が漏れる。
『蒼玉の宮』の庭園はかぐわしい花の香りに満ちていた。
要所要所に魔法の光を灯した外灯や照明器具が設置されていて、夜の庭園を美しく演出している。
花壇の傍には手すりが洒落た形の白いベンチがあった。
晴れた日にはノクス様がここで本を広げたりするのかもしれない。
もしかしたら、過去にルカ様とノクス様が並んでお喋りに興じることもあったかも。
想像して微笑み、月と星がよく似合う庭園をゆっくり散策していた私は、吹きつけた風を受けて足を止めた。
大輪の白い花が咲き誇る花壇の前に一人佇み、ふと歌を口ずさむ。
――眠れない夜にはその手を取って
空に星を飾りましょう
雨の日には傘を差して
あなたの隣で歌いましょう
いつも、いつでも
あなたが幸せであるように
あなたが笑って、此処にいる
それだけでこんなにも世界は美しく、愛おしい
私は祈る、あなたを想い
私は歌う、あなたを想い
私にとってあなたは光
ただ、ただ、全てなのです――
伸びやかな声で歌い切った直後、拍手の音が聞こえた。
――えっ。
まさか誰かに聞かれるとは思っていなかったため、慌てて振り返ると、外灯の下にルカ様が立っていた。
「良い歌だな。エメルナの歌か?」
「はい。エメルナで流行っていた恋の歌で……いえ、そんなことよりも、ノクス様とのお話は終わったんですか?」
まさかあなたを想って歌っていましたとは言えず、私は足早に歩み寄った。
「ああ。兄上は食事中だったし、目覚めたばかりで長居するのも悪いからな。明日また改めて訪れることにした。今度はお前と、ラークやシエナも連れて来いと言われたよ。俺の話で興味を持ったようだ。父上が息子と認めてくれたと言うと、兄上はとても喜んでくださった。王太子になられたことを伝えたら唖然としていた。当然と言えば当然だな。寝て起きたら王太子になっていたのだから」
ルカ様は笑っていて、私は久しぶりに彼の明るい顔を見た。
「兄上にかけられた呪術を解くためにお前たちが重要文化財を破壊して回ったと伝えたら、絶句した後で苦笑していた。いくら他人の命がかかっているとはいえ、何の躊躇もなく国宝に回し蹴りできる女性はステラだけだろうね、とも言っていたな」
「し、シエナだって躊躇なく聖女の杖をへし折ってましたもの……それに、ノクス様は他人ではありません。ルカ様の大切なお兄様です。私にとっても大切なお方です」
私は一歩足を踏み出して、そっとルカ様の頬に右手を沿わせた。
驚いたように目を大きくするルカ様を見て、私は微笑んだ。
「良かった。ずっと思いつめたように暗い顔をしていたルカ様がいま、頬を緩めて笑っています。ノクス様が無事に目を覚まして、ルカ様に笑顔が戻って――本当に良かった」
巫女姫様には感謝しなければいけませんね、と続けようとした矢先。
ルカ様の顔が近づいてきて唇を塞がれたため、続きは言えなくなってしまった。




