41:国王様との晩餐
事件から二日後の夜、私はバーベイン様に招かれて王宮の食堂にいた。
白いクロスがかけられた長テーブルには豪華な黄金色の食器と銀色のナイフとフォークが並べられている。
銀の燭台に灯された蝋燭は静かに揺らめき、等間隔に置かれた小さな花瓶には可愛らしい花々が。
ガラスの容器には飾り切りされたフルーツが盛られており、ディエン村でも食べた紅白リンゴが見事な鳥の形になっていた。もはや食べ物というより芸術品だ。
「どうした聖女よ。食が進まぬようだが、遠慮は要らぬぞ。今宵は無礼講だ」
「は、はい」
ルカ様の横に座るバーベイン様に言われて、私はナイフで丁寧に切り分けた肉を口元に運んだ。
宮廷料理人が腕を振るった料理はとても美味しいはずなのだが、緊張で味わう余裕がない。
それはルカ様もシエナも一緒のようで、二人ともさっきからずっと無言だ。
「お、この肉柔らかくて美味しー。甘酸っぱいソースもいいね。さすが宮廷の料理だわ。最高級の食材を最高級の料理人が使ってるんだから、美味くないわけがねーんだよなー」
心から国王様との晩餐会を楽しんでいるのはラーク一人だけだ。
ラークのグラスが空いたのを見て、給仕が新たな酒を注ぎ、速やかに下がった。
「しかし王様も心が広いねー。宝物庫の扉に大穴を開けて侵入し、国の重要文化財を十数点も破壊したのにお咎めなしとは。損害賠償を請求されたら逃げようと思ってたけど、そんなことにならなくて良かった」
「王太子の命を救った英雄を罰するわけにはいくまい」
事件の翌日に開かれた御前会議により、呪術という最悪の禁忌に手を出し人外の身となったアドルフは満場一致で死刑。
現在アドルフ共々王宮の地下牢にいるギムレットは王家の籍から除籍され、海外追放されることが決定した。
ノクス様はさぞ驚かれることだろう。
寝て起きたら王太子になっているのだから。
ルカ様のためにも早く起きないかなと、私はずっとそわそわしている。
でも、あれから二日経ってもノクス様は目覚めず、ルカ様の表情は冴えないままだ。
「そう言って頂けると助かります。暴れた甲斐がありました」
ラークはぺこりと頭を下げた。
「お前は面白い男だな。仮にも国王の前にいるというのに、まるで緊張しておらぬ。ルカのほうが遥かに緊張しておるわ」
バーベイン様は愉快そうに笑ってから、ルカ様を見た。
「陛下と共に食卓を囲む栄誉を賜ったのは初めてですので。お心遣いに感謝致します」
王家の一員として認められているからこそ、対面に座る私たちとは違ってバーベイン様の隣に席を用意されているのに、ルカ様の物言いは家族というより臣下のようだった。
「臣下みたいな言い方するなあ。王様とは全然会話してねーし」
全く同じことを思ったらしく、ラークは顔をしかめてからバーベイン様に顔を向けた。
「なあ、王様。王様にかかってた三つの呪いは解けたんだろ?」
「うむ」
バーベイン様にかかっていた呪いとは、まず最初に《意思の衰弱》――自分の意思が弱まり、他者の指示や暗示を受け入れやすくなる呪いだ。
バーベイン様の意思を弱めて操りやすくさせた後、アドルフはルカ様が黒髪なのを理由に王妃の不貞を吹き込み、ルカ様に対する《嫌悪》と《不信》の感情を呪いとして植え付けた。
だからバーベイン様はルカ様のことを毛嫌いしていたのだ。
「余にかかっていた呪いはノクスと違い軽度のものだったらしいのでな。プリムローズの指摘によって『呪いがかかっている』ことを自覚した途端に解けた。あの妖精には感謝しなければならぬ」
プリムは晩餐会の誘いを断って『蒼玉の宮』にいる。
主人を間接的に救った妖精としてちやほやされるのが気持ち良いらしく、彼女は「ノクスが起きるまで『蒼玉の宮』から出ない」と宣言していた。




