23:大暴れ
「助けてもらったからってお礼は言わないからね! 元はと言えばあんたたち人間のせいなんだから! 人間があたしを捕まえて、人間があたしを解放した! ぜーんぶ人間の勝手、ぜーんぶ人間の都合じゃないの! 何の罪もない可憐な妖精をよりにもよって虫取り網なんかで捕まえやがって! あんたたち人間にとって妖精といえば神秘の象徴、頭を垂れて敬い崇めるべき存在でしょう!? そのあたしを、高貴な妖精を! その辺の虫と一緒にするんじゃないわよクソが!! クソクソクソ!! みーんなクソだわ地獄に落ちろ!!」
ルカ様の手によって檻から解放された妖精は金切り声で喚き散らし、虚空に向かって猛然と攻撃動作を繰り出した。
大きく蹴り上げる動作のせいでドレスのスカート部分がめくれ上がり、危うく下着が見えそうになっているのだがお構いなし。
その羽根で縦横無尽に飛び回り、とにかく滅茶苦茶に暴れている。
「……だいぶ心労が溜まっていたみたいですね……」
自由を取り戻したことでタガが外れたのだろうか。
檻の中で怯えていた妖精とは別人――もとい、別妖精のようだ。
「妖精の境遇を考えれば仕方ないことだろうな」
そう答えたルカ様は遠く離れた広場の木々を見ている。
妖精の下着が見えそうだから目線を外しているのだろう。さすが。紳士だ。
「ああもうこのドレス、重たいし、動きにくいったら! 頭の装飾も邪魔! 何なのよこの浮かれた大きな花は! 馬鹿じゃないの!?」
ひとしきり暴れ回った後、妖精は美しいドレスの裾に手を掛けて引き裂こうとし、力が足りなかったらしく諦めた。
その苛立ちをぶつけるように頭の装飾を毟り取って投げ捨てる。
髪を結っていたリボンが解かれ、長い水色の髪がばさりと広がった。
「現実とは残酷なものなんですね。私が読んだおとぎ話の中に出てくる妖精は穏やかで優しい、可憐な淑女だったんですが……甘い幻想は打ち砕かれました」
地面に叩き落された可哀想なリボンを見て、しみじみと呟く。
「ああん!? なんかあたしに文句でもあるの!?」
「何でもありません」
上体を屈めて腰に両手を当てた妖精にギロリと睨まれて、私は口をつぐんだ。
「けっ。勝手な幻想を押し付けるんじゃないわよ。あんたもいっぺん檻の中に閉じ込められてみたらどう? 『穏やかで優しい可憐な淑女』でいられるかどうか自分自身で試してみなさいよ!」
「はい、無理です、ごめんなさい。無茶なことを言いました」
頭を下げると、ぷいっと妖精は顔を背けた。
「ふんっ。人間なんか大っ嫌いよ。バーカバーカ。毎朝家具に足の小指をぶつけて苦しめばいいのよ」
理不尽な目に遭わされたにしては随分と生温い呪いだ。
口は悪いけれど、この子は優しい妖精なんじゃないだろうか。
さっきも助けて『もらった』って言ってたし、ルカ様に助けられたことを感謝はしているんだ。多分。
「すまなかった。人間はお前に酷いことをした。お前が怒り狂うのも当然だ」
吹き荒れる風に黒髪を揺らしながら、ルカ様は人間を代表して真摯に謝った。
ルカ様は妖精を救った恩人であって、何一つ悪いことはしていないのに、それでもささくれだった妖精の心を慰めようとしている。
「………………」
それがわからないほど愚かではないらしく、妖精は口をきゅっと結んだ。
「ドレスが気に入らないなら新しい服を買いに行かないか。人間の都合で押し付けられた服は捨てて、お前自身が好きな服を選べばいい」
ルカ様の台詞に、ぴく、と妖精の尖った耳が動いた。
顔は背けたままだけど、彼女にとって魅力的な提案ではあったらしい。
脈ありと見たのだろう、ルカ様は微笑んで右手を差し伸べた。
「通りに小さな人形を売っている店があったから、一緒に見に行こう。あの店ならお前に合う服があるかもしれない。もし合わなかったら頼んで調整してもらおう」




