21:妖精の競り
「どうしたんだ?」
ルカ様に言われて、私は夢から覚めたような心地で目を瞬いた。
左側に顔を向ければ、ルカ様が不思議そうに私を見ている。
「アン、何してるのー? 置いていくわよー!」
「やだー、待ってぇ、お母さん!」
もう一度右手を見ると、黒髪の女の子は母親の腰に抱きついていた。
母親を見上げて笑うその顔は年相応に無垢なもので、さきほどの異様な気配は消え去っている。
追いかけて問い詰めても無駄だ。
あの子は何も覚えていない、そんな気がする。
「……いえ、私にもよくわからないんですが」
人ごみに紛れて消えた親子からルカ様に目を戻し、広場の方向を指さす。
「たったいま、神か、精霊か、幽霊か……正体不明の何かに言われました。向こうにいる妖精を助けなさい、と」
「妖精?」
ルカ様が困惑するのも無理はない。
妖精なんて、お伽話の中の存在である。
たとえ実在したとしても、深い森の奥でひっそり暮らしている妖精がこんな街中にいるはずがないのだ。
「はい。妖精です。意味がわかりませんよね。私にもさっぱりです。でも、とにかく妖精を助けないといけないみたいなので、探しに行ってもいいですか」
「……わかった。行こう」
胸中では疑問が渦巻いているだろうに、ルカ様は何も言わず、ただ私の言葉を信じて了承してくれた。
「ありがとうございます」
二人で移動し、広場に足を踏み入れた直後、前方から大声が聞こえた。
「――さあさあ皆さま、どうぞご覧ください!! 本日の目玉商品!! 遥か北の森からやって来ました、愛玩妖精です!!」
どよめきが起こり、悲鳴のような凄まじい歓声が上がった。
「……いま妖精って……」
「本当にいたのか……」
私とルカ様は顔を見合わせ、人だかりのほうへ走った。
「すみません、通してください」
人の輪を強引に抜けて前に出る。
輪の中心にいたのは、はち切れんばかりの身体を上等な服に押し込めた商人らしき男だ。
木箱の上に乗った男が両手に持ち、高く掲げているのは手のひらほどの大きさの金属製の檻。
檻の中には息を呑むほど美しい妖精がいた。
十歳くらいの可憐な少女の耳を尖らせ、そのまま小さくしたような容姿をしている。
光を浴びて煌めく水色の髪は左右の側頭部で高く結われ、髪の根元はリボンで飾られていた。
華奢な身体に纏うのは大胆に背中が開いたデザインの青いドレス。
妖精の背中からは七色の煌きを持つ半透明の四枚の羽根が生えていた。
何よりその瞳が印象的だった。
光の加減によって異なる色に見える、決して人間には持ちえない七色の瞳なのだ。
大勢の人間の目に晒された妖精は檻の真ん中で蹲り、真っ青な顔で震えている。
それなのに、群衆は「こいつは凄い、本物のお宝だ、いくらだ、いくらでも出す」と興奮状態だ。
商人は騒ぐ群衆を宥め、落ち着かせてから競りを始めた。
百、二百、三百、千。
あっという間にその額は跳ね上がっていく。
目の色を変えた群衆は希少な妖精を競り落とすことに夢中だ。
檻の中で小さな身体を丸め、膝をきつく抱えて泣くのを必死で我慢している妖精の気持ちなど誰も気にしない。
一万、一万五千、二万。四万! 五万出す! なら俺は七万だ! 私は十万!




