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02:遺言はそれでいいんですか?

 ――そうだ、指輪は無事かな。


 私はずきずきと痛む傷だらけの右腕を動かして、服の襟元に手を突っ込み、黒い紐の先にある指輪を引っ張り上げた。


 良かった、ちゃんとあった。


 赤い魔石が象嵌されたこの指輪は「ルカ」と名乗った隣国アンベリスの騎士が助けて貰った礼に、とくれたものだ。


 隣国……いや、国境である山から転落したのだから、もうここはアンベリス王国領内か。


 ルカは今頃どうしているかな。

 夜も遅いし、寝てるかな――あれ?


 よく見れば赤い魔石の中でチカチカと光が点滅している。


 まるで所有者である私の危機を必死で訴えているかのようだ。


 ……なにこれ?


 試しに震える指で魔石に触れてみると、森の中に向かってまっすぐに銀色の光の線が伸びた。


 一秒、二秒……十秒。


 十秒が経つと光の線は消え、魔石の中の光はさきほどより弱々しい明滅を繰り返した。


 また魔石に触れてみるけれど、もう光の線は出ず、私は鉛のように重く感じる右手を地面に落とした。


 ……それにしても眠い。

 起きて助けを待つべきなのはわかっているのに、瞼が勝手に下りてくる。


 凄く眠いけど、寝たらダメだ。

 いま寝たらきっと、二度と起きられない。


 猛烈な眠気に負けて目を閉じ、眠ってはいけないと己に活を入れて目を開き、また眠りに落ちかける。


 そんなことを繰り返してどれくらい経っただろう。


 不意に、前方の森の中から足音が聞こえた。


 驚いたことに、足音の主は歩くのではなく走っている。

 それも尋常ではない速さで。


 ただでさえ視界の悪い森、それも夜の森の中を全力疾走するなんて正気の沙汰じゃない。


 案の定、森を抜けて私の視界に突然飛び込んできたその人は全身傷だらけだった。


 何度木の根に転び、行く手を遮る木の枝や茨に引っ掛かったのだろう。


 人形みたいに整った顔にいくつも傷が走り、赤い筋ができている。


 身に纏う上等そうな服も何か所か破れ、血が滲んでいた。


 ――ルカ……?

 息を切らして私の前に立つ人物を見上げて、呆然としてしまう。


 ルカと出会ったのは一年前、凍えるほど寒い冬の日のことだ。


 たった一人で魔物の群れに突撃したらしく、ルカは放射状に散らばる魔物の死体の中心にいた。


 雪が降る渓谷で致命傷を負い、命を終えようとしていた彼を私は抱き上げ、必死で助けた。


 怪我のせいで捨て鉢になったのか、治さなくていい、死んでも構わないと投げやりに言った彼に頭突きし、そんな寝言は寝てても言うなと白い息を吐きながら熱く説教したのは良い思い出だ――いや、これ、良い思い出かな?


 怪我を治した後とはいえ、ついさっきまで死にかけてた人に頭突きなんて絶対やっちゃダメです、はい。


 とにかく、一年前、たった一度会っただけの騎士はわざわざ私のために駆けつけてくれたらしい。


「………、………」

 彼は何か言いたげに口を開閉したが、全力疾走してきたせいで言葉が出ないらしく、額に汗を滲ませて苦しげに呼吸をしている。


 彼の右手の中指には私が持っている指輪と同じ指輪があり、魔石の中で光が明滅していた。


 どうやら彼と私の指輪は対になっていて、片方に異変が生じるともう片方に知らせる仕組みになっているようだ。


 ということは、さっき伸びた光の線はルカが持ってる魔石と繋がってたのかな?


 じゃないと、一直線に私を目指して来るなんて無理だよね。


 彼は一体どこから駆けつけてきてくれたんだろう。

 こんな、傷だらけになってまで。


「………………」

 胸の奥がじいんと熱くなった。


 信じていた人に裏切られ、殺されかけたことで酷く傷ついた心に、彼の優しさが染みわたって、泣きたくなってしまう。


 あまり幸福とは言えない人生だったけど、ルカと出会えたんだからそう悪くなかったかも。


「……ルカ。私――」

 掠れた声で呼び掛け、手を伸ばそうとした瞬間、なんとか保っていた体勢が崩れた。


 ルカは倒れかけた私の身体を急いで抱きとめ、なんだか泣きそうな顔をした。


 ――ああ、なんて綺麗な光景だろう。


 私を抱く彼の頭上には光り輝く満月があり、夜風に木々が揺れている。


 うん、最後に見る光景としては悪くない。

 むしろ最高だ。

 女神様ありがとう、感謝します。


「おい、しっかりしろ!」

 目を閉じた私の頬に手を当て、切羽詰まった声でルカが言う。


「聞い、て……」


 ルカの腕の中で私は声を絞り出した。


 ルカが息を詰め、私の口元に顔を近づける気配がする。


 もう何も見えないけれど、彼の息遣いを至近距離に感じる。


「……国宝級の、美形に、看取ってもらえて……私の人生……一片たりとも、悔いはないわ」


 残っていた力の全てを振り絞り、私は口角を持ち上げて微笑んだ。


「……。遺言がそれか……お前は死にかけてても相変わらずだな……」


 呆れ声が降ってきた。


 あれ、なんで呆れてるの――なんて思いながら、私の意識はそこでぷっつりと途切れた。

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