18:祈りを込めて、指輪をあなたに
「聞いてるのかな?」
ノクス様はルカ様の頬を片手で掴んで強制的に自分に顔を向けさせた。
「もう言いません。誓います」
「よろしい」
速やかに答えたルカ様を見てノクス様は笑い――急にふらりと頭を傾け、ルカ様の肩に乗せた。
「兄上?」
反射的な動きでノクス様の身体を支えたルカ様は戸惑っている。
「――必ず無事に帰って来なさい」
倒れそうになったのかと思って心配したけれど、ノクス様は単純に抱擁したかっただけらしく、ルカ様の背中を叩いた。
「言われずともそのつもりです。それより、もう小さな子どもではないのですから、抱擁は止めてください。人前でこんなことをされては恥ずかしいです」
ルカ様の頬はわずかに朱に染まっている。
五人の魔導師たちから向けられる生温かい眼差しに耐えられないようだ。
魔導師たちは全員準備が終わったらしく、仄かな光を放つ魔法陣の傍に佇んでいた。
「いいじゃないか。ルカはいくつになっても私の可愛い弟だよ?」
砕けた口調で言ってノクス様は抱擁を解き、ルカ様の頭を撫でた。
兄弟の微笑ましいやり取りを見守っていると、ノクス様はちょっとした悪戯を思いついたように笑った。
私の前に立ったかと思いきや、両手を伸ばして私をその腕の中に閉じ込める。
「!!? ノクス様!?」
狼狽えていると、ノクス様は私を抱きしめたままルカ様のほうを見て噴き出した。
「あはっ、あははは。まさかルカがそんな顔をする日がくるとはね」
笑いながらノクス様は私から離れた。
「そんな顔?」
興味を惹かれてルカ様を見るけれど、ルカ様は特に変な顔はしていない。
強いて言えば、やや不機嫌そうかな?
「悪かった、もうしない。だから機嫌を直してよ、ルカ」
「別に、不機嫌になどなっていません」
ルカ様の声音は誰が聞いても嘘だとわかるほど冷たい。
「そうだ、お詫びに良いことを教えてあげる」
ノクス様はルカ様に顔を寄せて何かを耳打ちした。
たちまち、ルカ様の顔が真っ赤になる。
「……何を言い出すんですか」
「別に? ただそういう事例があるということを教えただけだよ?」
ルカ様は目を伏せ、なんだか困ったような顔をしている。
一体何を言われたんだろうか。
「魔導師たちも準備を終えたようだし、話はこれくらいにしよう。そろそろ行っておいで」
ノクス様は私たちを優しく促したけれど、私はノクス様に返答することなく、ルカ様を見つめて胸元の指輪を摘まんだ。
私が何を言いたいのかを瞬時に察したらしく、ルカ様は頷いてくれた。
気持ちが通じたようで嬉しくなる。
「ノクス様。この指輪、お返しします」
私は紐を首から外して簡単にまとめ、紐ごと指輪をノクス様に差し出した。
「え。要らないのか?」
「はい。いまの私にはルカ様から頂いたこれがありますし――」
左手を持ち上げ、薬指に光る銀色の輪をノクス様に見せる。
交差した二本の剣と竜――王家の紋章が描かれたこの指輪こそ、私がルカ様の守護聖女である証だ。
「この先私がルカ様から離れることはありませんから、この指輪がなくとも大丈夫なのです。ですからどうか、この指輪はノクス様が持っていてください」
「もし兄上に命の危険が迫ったときは飛んでいきます。どこにいても、必ず」
照れも迷いもせず、真顔でルカ様は断言した。
「………………」
自分の台詞をほぼそのまま返されたノクス様は青い目をぱちくりさせた。
それから、じわじわと顔を赤くし、俯いてしまう。
「……私より遥かに危ない立場にいるくせに……いまから死地に行くくせに……どう考えても命の危険があるのはルカのほうだろう……」
どうにか気恥ずかしさを紛らわせたいらしく、ノクス様は磨き上げられた床を見つめて呟いている。
「ノクス様。僭越ながら申し上げますと、ここは素直にありがとうと仰るべきかと」
不敬なのはわかっているけれど、ノクス様の反応が面白くて、私は真面目腐って言った。
ノクス様はこんなことで怒らない。その確信があるからできることだ。
「……ありがとう」
まだ顔を赤く染めたままノクス様は私の手から指輪を受け取り、「もういいから行って来なさい」と私たちの背中をぐいぐい押して魔法陣の中へ入れたのだった。




