17:出発前のひととき
◆ ◆ ◆
三日後、私とルカ様は通称『瞬きの扉』と呼ばれる転送用魔法陣の前にいた。
ここは王宮の北側、宮廷魔導士たちが暮らす『賢者の塔』の一階広間である。
魔法陣の周囲には最高位の魔導『師』であることを示す緋色のローブを着た五人の男女がいる。
彼らは転送先の魔法陣を指定するために複雑な装置を弄ったり、宙に浮かぶ七色のオーブに魔力を込めたりと、必要な準備をしてくれていた。
これから私たちが向かうのは交易都市セントセレナだ。
『瞬きの扉』はその維持に手間と費用がかかるため、国内の主要都市にしかない。
ディエン村に最も近い魔法陣がある場所がセントセレナなのだった。
「仮にも国の王子が危地に臨むというのに、同行者は私だけなんですね」
巫女の法衣を大胆に改造したような衣装を着た私は呟いた。
王宮に滞在したこの三日間でルカ様の立場はわかったつもりではいたのだけれど、改めて現実を知らされるとやはり信じがたい。
「護衛をつけるべきだと何度言っても父上は聞き入れてくださらなくてね……」
忙しい公務の間を縫って見送りに来てくださったノクス様は遠い目をした。
「大丈夫です。護衛は要りません。むしろ足手まといです。戦場を知らず、安全な場所で呑気に剣を振っているだけの貴族連中より俺の方が強い。兄上から頂いたこれもあることですし」
ルカ様が掴んだのは左の腰に下げた剣だ。
一年前も持っていたこの剣は魔剣で、刃こぼれしない上に斬撃を飛ばせるらしい。
「確かに、偉ぶることしか能のない愚かな貴族よりは死に物狂いで戦ってきたルカのほうが強いだろうけれど……一応名誉のために言っとくけれど、貴族の中にもまともな人はいるからね? 貴族不信になってはいけないよ。心を閉ざして、自分から線を引いてしまうのはルカの悪い癖だ。ルカの内面を知ればみんなきっとルカのことを好きになるから、まずは自分を知ってもらう努力をしなさい」
「……。わかりました」
ルカ様は小さく頷いた。
「……貴族に心的外傷でもあるのですか?」
気になった私は口を挟んだ。
「呪われた王子だって言われて、離宮で虐められてたんだ。もちろん、相応の報復はしたよ。一人残らず」
「……ノクス様は本当に弟想いでおられるんですね……」
にっこり笑うノクス様の背後に暗黒のオーラを見た私は冷や汗を掻いた。
怖い、暗黒のオーラが怖い!!
「そうだね。ステラが大事そうに首に下げてる指輪型の魔導具だって、元々は私がルカにあげたものだよ」
「えっ? そうだったんですか」
私は驚いて、ノクス様の視線の先にあるもの――自分の首に下げた指輪を摘まんだ。
「ああ。ルカが右手に嵌めている指輪が、私の手元に残していた指輪だ。戦地に行くルカを心配して、もし命の危険が迫ったときは父上の命令を無視して飛んでいこうと思ってたのに、肝心な時に外してたんだよねえ……?」
再びノクス様から暗黒のオーラが立ち上り、ルカ様は素早く目を逸らした。
そんなルカ様を見て、ノクス様が苦笑する。
「死の淵に瀕したおかげでステラと運命の出会いを果たせたのだから、結果としては良かったんだろうけども。もう二度と『死んでも構わない』とか言わないように」
話したな? という非難の目でルカ様が私を見たため、今度は私がルカ様から目を逸らす番だった。
はい、昨日、ノクス様にお茶に誘われて洗いざらい喋ってしまいました。
さすが王子というべきか、ノクス様はギムレット様に負けず劣らずのお喋り上手で、私からどんどん情報を引き出すんだもの!
おまけに私が知らない幼少期のルカ様の可愛らしい出来事や趣味嗜好なども教えてくださるのだから、もう全部喋るしかないじゃないですか!!
話のついでのように、私がもたらした情報によってローザは近いうちに婚約破棄されるだろうと言われたときは驚いた。
正式に婚約破棄されたら教えてあげようかとも言われたけれど、私は断った。
自分を崖から突き落とした女の話など積極的に聞きたいものではない。
私はいまルカ様の守護聖女となれて幸せなのだから、ローザが二度と私の人生に関わらなければそれで良い、そう答えた。
そうだね、自分を不幸にした相手への一番の復讐は幸せになることだとノクス様も微笑んでくれた。