11:守りたい人は、
「ほう。陛下はお前にステラの処遇を一任すると言っていたが、お前はステラを己の管理下に置く気はないのだな?」
「はい。私の傍に縛り付けるつもりはありません。全てステラの意思に任せます」
「言ったな」
ギムレット様はその言葉を待っていたといわんばかりに口の端をつり上げ、改めて私に身体を向けた。
「ならば単刀直入に言おう。ステラ、私の守護聖女となって欲しい」
「守護聖女……とは、なんですか?」
私は目をぱちくりさせた。
聖女という単語は知っている。
巫女姫を国の象徴とするエメルナ皇国では神力を持った女性を『巫女』というけれど、ベルニカにあるその他の三国では『聖女』と呼ぶ。
慈愛の女神クラウディアが降り立ち、人々に加護と祝福を授けた聖地エメルナは世界中で最も巫女が生まれる確率が高く、巫女姫が張った不可視の結界によって守られているため魔物の被害は他国と比べて圧倒的に少ない。
たまに大地から穢れた瘴気が噴き出すことがあっても、国にいる巫女たちで充分対応可能だ。
しかし、他の国ではそう簡単に聖女は生まれず、常に魔物や瘴気に脅かされている。
現在アンベリスで聖女と認定されている女性は十人ほど。
彼女たちはそれぞれ東西南北と国のほぼ中央にある五つの神殿に属し、日々担当区域の浄化や負傷者の救助に勤しんでいるそうだ。
「王族と守護契約を交わした聖女のことだ。アンベリスの王族には聖女を自分の専属護衛にする権限がある。守護契約と言っても大げさな儀式を行うわけではない。契約の証として、王家の紋章が描かれた指輪を左手の薬指に嵌めてもらうだけだ」
ギムレット様は情熱的な眼差しを私に注いだ。
「君にはエメルナ皇国の元・序列第二位の巫女を凌ぐほどの強い神力がある。どうか神殿にはいかず、私の守護聖女となり、その力を私のために役立ててほしい。私の守護聖女となってくれるのならば待遇は保証する。美しいドレスに宝石、望むもの全て与えよう。二度とカエルや雑草を口にせずに済むぞ」
ギムレット様は冗談めかした口調でそう言って笑った――けれど、その笑みは私には響かなかった。
「……『王太子』ではなく『王族』が条件なら、ルカ様の守護聖女になることも可能なんですね」
私はギムレット様に顔を向けながらも、無意識にぼそりと呟いていた。
「ステラは兄上ではなくルカの守護聖女になりたいのかな?」
ノクス様に言われて、はっと我に返る。
――しまった、とんでもない失言だ!
ギムレット様が私を見る目の温度が下がっていることに気づいてひやりとする。
ああ、まずい、王太子の不興を買った!!
「――ルカ」
急に名前を出されて驚いたような顔をしていたルカ様は、ギムレット様に冷たく名前を呼ばれてびくりと肩を震わせた。
「どうやらステラはお前の守護聖女になりたいようだが。お前の意見はどうだ?」
「……必要ありません」
一瞬だけ、逡巡するような間を置いてから、ルカ様ははっきりそう言って私を見た。
「考え直せ。王宮で暮らしたいと言っていただろう。それなら、王宮での立場や将来のことを考えても、殿下の守護聖女となるべきだ。次期国王となる殿下をお守りすることは、この国を守ることにも繋がる。俺のことなど守る必要はない」
その言葉を聞いた瞬間、私は雪を思い出した。
ルカ様と出会った日、空から降っていた白。
死んでも構わない、そう言い放ったあのときといまのルカ様は同じ目をしていた。
――どうしてそんなことを言うの。
まるで、自分には何の価値もないと思っているかのような、悲しい台詞を。
「ルカも賛成している。これで文句はないな?」
勝ち誇ったような顔でギムレット様が笑った。
「私の宮に至急部屋を用意させよう。そうだな、明日の昼には迎えを《《寄越す》》」
その言葉を聞いた瞬間、膨れ上がった感情が爆発した。
――ルカ様はそんなこと言わない。
ルカ様は自ら迎えに来てくれた。
傷だらけになって、必死に私を抱き上げてくれた。
違う。
私が守りたいのはこの人ではない――違う。
「――お待ちください」
特に大声を出したつもりはなかったけれど、その声は凛と東屋に響き渡った。
椅子を引いて立ち上がった私を、全員が気圧されたような顔で見ている。
「申し訳ございません。私は殿下の守護聖女にはなれません。私を救ってくれた人は、私の運命の人は。――私が心から守りたいと願う人は、ルカ様ただ一人なのです。せっかくのお話ですが、お断りさせてください」
私は腰を曲げて深く頭を下げた。




