2.新しい命令と過去
——
「そのパーティーに潜り込んでAFを持ってきてください。効果について詮索することは許しません。」
通話越しに依頼という名の命令が下される。
「手段は問いません。いつも通り、こっそり盗み出してくれれば結構。こちらとしては少々人が消えたとしても、気にしないのですが…」
男の口角が上がる。上がっているような気がする声で続ける。
「熟練のスカベンジャー相手に殺すという選択肢は、取れませんか。失敬失敬。」
普通にムカつく。スマホを握っていない方の拳に力がこもる。しかし、煽りが効いてると思われるのも癪なため、平然を装って答える。
「雑用をしまくったおかげで無駄に筋肉と体力は付いてきたんだ。そのパーティーが見つける前に見つけ出して持ってきてやるよ。」
争いは好まない。それに一般人がスキル持ちに勝てるわけがない。強力なアーティファクトでも持っていれば話は変わるが。皮算用すぎるな、我ながら。
だが体力がついてきたのは事実。一般人相手なら、ちょっと経験がある冒険者くらいなら撒けるはずだ。
「…では、持ってくるように。」
反応が面白くなかったのかもう飽きたのか。冷めた声で伝えると男は電話を切る。ほっと胸を撫で下ろし、ふと胸部で手を止めた。色々な記憶がフラッシュバックのように思い出され、思わず手をきゅっと閉じた。
——
魔力暴発。俺が巻き込まれた事故の真相。
ダンジョンが生成されると同時に大気に魔力と呼ばれるものが混ざり込むようになった。これがスキルを使用するために必要なエネルギーだという。スキル持ちにしか知覚できないものらしく、要は物が燃えるには酸素が必要であることと同じらしい。
その魔力をエネルギーとして発電などに利用できないか研究が積み重ねられている。誰でも魔力を知覚できるようになり、その魔力を使って生活を豊かに!っていう具合にさ。
魔力には膨大なエネルギーが含まれている。使用されるスキルの数々を見ていれば誰しもがそう思うし、実際にそうだった。魔力を研究し、実験段階だった魔力炉が暴走を起こし大爆発した。核爆弾のような放射能はないが、その爆発力は核のそれを超えていた。
あの時見た青い光がトンネルを崩落させた。トンネルの中にいた俺の家族は、無事でいられるはずもなかった。そして俺にも、トンネルの外から爆風で飛んできたポールが胸に突き刺さったんだ。肺と心臓が諸共潰され即死した、はずだった。
「ここは」
視界が暗い。そして全身が痛い。意識がぼんやりする。何も思い出せない。いや、思い出したくない。目の前で。家族は。
泣いてるはずなのに涙が出ない。身体が弱っているのか、涙を流す体力すらなかった。指一本たりとも動かせず、掠れた声で返答してくれる誰かを探す。
「バイタル、正常。衰弱が見られますが、術後経過異常なし。」
「実験は成功です。」
どこか抑揚のない声が響く。術後?実験?
「そうですか。いやはや、これで我らは一歩また近づきましたねぇ。」
リノリウムの床を歩く音が聞こえる。
近づいてくる声はどこか恍惚とした様子を含んでいた。暗くて顔はよく見えないが、覗きこまれ、そして耳元で囁かれる。
「あなたに心臓を与えました。それは人工アーティファクトの擬似心臓。金属を使わず動力は大気中の魔力であるため止まることはない。」
「しかし」
「止めることはできる。」
わざとそれぞれの言葉を強調して伝えてくるそれは、朦朧としてる俺にもはっきりとわかった。こいつは、俺を傀儡にしようとしている。
「それと、妹さんにも。」
神経が冴え渡る。急速に意識がはっきりとした。妹が、サキも心臓を?いやそれより、生きてる?
動かないと思っていた手が目の前の男の腕を掴む。力は弱々しいが男は驚いた表情でこちらを見た。
「とう、さんと、かあ、さんは」
「残念ですが。原型もありませんでしたので、さすがに。」
血液が冷えていく。父さんと母さんは、死んだのか。そうか。妹は、生きてる。そうか。でもいつでも止められる心臓を、入れられて、てことは俺もサキもこの男にいつでも殺さ——
「これから、よろしくお願いしますね。」
丁寧でありながら、粘着質で下卑た男の声を最後に身体が限界を迎えた。激痛と共に目を覚ました時には、家族4人で住んでいた家ではなく、今住んでいるマンションにいた。