こわいひと
主人である雪花に疑いの目が向けられても困る。とのことなので、铃ちゃんは全ての罪を自白することにしたそうだ。
とはいえ、自分で勝手に毒を食べただけなんだから、そんな大事にしなくてもいいと思うのだけど。
「いやぁ、ことはそう簡単じゃないんだよなぁ」
もう一度外廷に戻り、铃ちゃんを張さんに引き渡したあと。後宮への帰り道で瑾曦様は呆れたように首を横に振った。
「自作自演とはいえ、毒味の侍女が倒れたのは事実。そもそも皇帝陛下のおわす場所に毒が持ち込まれたことが大問題。となると、犯人を見つけなきゃ示しが付かないんだよ。何が何でも、真偽は問わずに、ね」
「え? なにそれ怖い。つまり納入業者か料理人か、配膳をした侍女さんが犯人に仕立て上げられる可能性があったと?」
「可能性じゃなくて、確実にあの中の誰かが選ばれてたな。疑わしいという意味では配膳した侍女が。処分しやすいという意味では庶民である納入業者が」
「うへぇ……」
そんなの真犯人を捕まえなきゃ意味はないのに。意地や外聞のために犯人を仕立て上げちゃうのか……。後宮というか宮廷って怖い。もう生まれたての子鹿みたいに震えちゃう私だった。
と同時に納得する。
「あぁ、だから瑾曦様はあんな場所で推理ごっこなんて始めたんですか?」
「よく分かっているじゃないか」
瑾曦様が推理を披露し始めたのは、瑾曦様の宮へと向かう道。つまりは誰が通ってもおかしくはない場所。本気で私を問い詰める気だったら自分の宮に戻り、人払いをしてからやれば良かっただけなのだ。
そして、瑾曦様は人の視線に敏感だ。じぃーっと見つめてくる春紅様や铃ちゃんに気づけるほどに。
あのとき。この前と同じように、物陰からこちらを伺う铃ちゃんに気づいていたのでしょう。
ちなみになぜ铃ちゃんがそんなことをしていたかというと、雪花からお茶会のお誘いがあることを伝えに来てくれたらしい。私と瑾曦様が話し込んでいたから、声を掛ける時機を伺っていたと。
私には侍女がいないから、雪花とのお茶会の時間をすり合わせることもできていなかったのよね。
ともかく。瑾曦様はこのままだと無実の人間が罰せられると危惧して、真犯人である铃ちゃんを釣り上げることにしたと。雪花を疑っていると口にすれば、自ら罪を告白するだろうと考えて。
「まっ、あたしは铃自身が『お手つき』になるためだと推理していたんだけどね。まさか雪花のための行動とは思わなかったよ」
あっけらかんと自分を下げてみせる瑾曦様。なんだかなぁ。
「瑾曦様って意外と怖い人だったりします?」
「意外と、とは失礼だね。あたしなんて妃に相応しい厳しさと怖さ、そして寛大さを併せ持った賢人じゃないか」
「はいはい」
「……そういう凜風も、意外と怖い人じゃないか」
「と、いいますと?」
「あれだけ庇っていた铃を、ずいぶんあっさりと張の爺さんに引き渡したじゃないか。いや、もしかして庇っていたのは妃である雪花だけで、侍女のことなんかどうでも良かったのかい?」
「失礼な。私は最初から铃ちゃんを庇っていましたよ。铃ちゃんが毒を食べて倒れた直後。診察のために視たときに全てを知りましたから。私、ああいう真っ直ぐな、他人のために動ける人間は好きなので」
「じゃあ、なんであんなにあっさり?」
「そりゃあ……もう梓宸には『お願い』してありますから。皇帝が口を挟めば、铃ちゃんも悪いようにはならないでしょう?」
「は? いつの間に?」
「容疑者の取り調べが終わったあと。梓宸と二人きりで内廷に入ったじゃないですか。あのときに、ですよ」
「……あのときか」
取り調べを見学し、梓宸に貧乳であることを揶揄われたから殺そう――じゃなくて報復をしようと決意して。二人で内廷に入り、瑾曦様や張さんはすぐにゴキベキバキとしたと思ったみたいだけど……その前に、梓宸に話しておいたのだ。犯人は铃ちゃんだと。忠誠心が暴走しただけだから許してやってほしいと。
だって、梓宸は私の嘘を見抜けるからね。下手に誤魔化すより、ここは最初から説明して協力してもらうべきと判断したのだ。
「抜け目のない女だね」
「よく『抜けている』と言われるんですけどね?」
「……いや、まぁ、抜けているのは事実か」
「解せぬ」
なぜ出会ったばかりの瑾曦様からそんな評価をされなきゃいけないのさと不満に思っていると、瑾曦様は腰を折り、私の目を覗き込んできた。身長は彼女の方が高いから、目を合わせようとするとこういう態勢になる。
「ところで。一つだけ分からないことがあるんだけど……。宴の時、雪花に『それは、止めなさい』って警告したのは、何に対してのことだったんだい?」
「あぁ、それはですね――」




