ディック
海藍様の宮から帰る直前。お土産として豪華な箱を渡された。
中に入っていたのは……梅の枝を模したお菓子。いわゆる。梅子と呼ばれるものだ。
大華国の伝統的なお菓子であり、私もお土産で貰ったものを何度か食べたことがある。一般庶民にはあまり馴染みがないお菓子――というか、お菓子自体あまり馴染みがないかもしれない。裕福な商家とかならともかく。
一応鑑定してみるけど、毒はなし。
これは一応友好の証なのか。あるいは四夫人としてはお土産を渡すのが当然なのか。もしくは「あなたのような庶民ではこんなお菓子は食べられないでしょう! 感謝することね!」と煽られているのか……。
海藍様はどういうつもりか知らないけど、貰えるものは貰っておくことにする私であった。商家の娘の意地汚さを舐めないでいただきたい。
◇
後宮というか宮廷は毒殺が怖すぎる。なにせ初めて招かれた宴の席で侍女が毒を食べたほどだ。いや私なら自分で自分に術を掛けて回復すればいいんだけど、梓宸や他の人がねぇ。私が実家に帰ったあとにねぇ。海藍様はともかく、瑾曦様や雪花が毒で苦しむのは可哀想だ。海藍様はともかく。
というわけでアレ――毒検知の魔導具を作ってしまいましょう。
神仙術にも『宝貝』というものはあるけれど、こういう道具は欧羅の方が発展しているのよね。修行と称して秘境に身を隠しがちな神仙術士と、世のため人のために市井で働く魔術師では、他の術者との交流やそれに伴う術式の発展に明確な差が出てくるみたい。
今まで入手した欧羅の魔術本や、この前購入した『最新版 回復魔法大全』にも毒検知の魔導具の作り方が書いてあったので、作ってみましょうか。
以前作ったものは家族や取引先に配ってしまったし、『最新版 回復魔法大全』には新しい魔導具の製法も記述されていたので試してみたいというのもある。
まずは原料を入手しなくちゃね。
心当たりがあったので、私は縮地で後宮から実家へと転移した。目的の人物――欧羅商人のディックさんがちょうどよく商取引で実家にやって来ていたためだ。
『――凜風ぁあああぁああっ!』
私が戻ったのを察知したのか、義理の息子兼護衛役の浄が駆け込んできた。
『どういうことだ!? なぜ後宮に泊まっているんだ!? あの男がやりやがったのか!? 油断したらすぐこれだ!』
私の肩を両手で掴み、前後に揺さぶってくる浄。
「ちょっと治療が必要な子が出ちゃってね~。大丈夫よ、梓宸に手を出してくる勇気なんかないから」
『まったく以て甘い! 甘すぎる!』
むがーっと頭をかきむしる浄だった。大丈夫? 義理の息子の情緒が心配よ私?
「ま、それはとにかく。ちょっとディックさんに用事があるのよ」
『今度はディックか!? ディックの野郎か!?』
野郎ってあなた。
「……少し頭を冷やしなさい」
『むがぁあぁああああ!?』
話にならなさそうだったので、浄の頭の上から水をぶっかけた私だった。神仙術で。ちょっとやりすぎてそのまま流されていったけど、些細な問題でしょう。
◇
「凜風さん。本日はどのようなご用件ですかネ?」
「ちょっと譲って欲しいものがありまして」
「はぁ……? 欧羅から持ってきたものでめぼしいものは前回の取引で出し切ってしまいましてネ。そろそろ欧羅に戻って商品の補充をと考えているのですヨ」
「でも、まだあるでしょう? 捨てるわけにはいかないでしょうし」
「……なるほどネ。少しお待ちくださいヨ」
聡明なディックさんはこれだけで私が何を欲しているのか察してくれたみたいだ。
しばらく待っていると、ディックさんは小さな鉄製の箱を持ってきてくれた。
軽い音と共に鍵が開けられ、中から取り出されたのは――赤い朱い、红宝石を思わせる鉱石。かつて多くの皇帝の命を奪ってきた水銀。その原料となる――辰砂だった。
「確かに。捨てるわけにもいきませんし、誰かに売るわけにもいかないので欧羅まで持ち帰るか、途中で海に捨てようと思っていたものですネ。……これを取り扱うなと警告したのは凜風さんでしたが、その凜風さんが買おうというのですかネ?」
「はい。必要な銀はお支払いしましょう」
「……凜風さんは皇帝に見初められ、後宮に招かれたと聞いていますヨ。――まさか、望まない結婚に嫌気が差し、水銀で皇帝を暗殺しようとしていますカ?」
「んなわけあるか」
思わず雑な言葉を使ってしまう私だった。
「え? というか今そんな話になっているんですか? 私が後宮に行ったのは妃の治療のためで、あの馬鹿のためじゃないんですけど?」
「あの馬鹿っテ……。いや、皇帝とは幼なじみと聞いていますし、弟さんから話を聞いた父母さんは大騒ぎ、浄さんも面白いくらい取り乱していましたので、てっきりそうなのだと思いましテ」
「そうなのではありませんのですヨ……」
思わずディックさんの語尾が移ってしまう私だった。
「後宮って気軽に毒殺が起こりそうなので、毒検知の魔導具を作ろうと思いまして」
「毒殺……。噂には聞いていましたが、事実でしたカ……。そういえば、毒検知の魔導具の『芯』には毒を持つ鉱石が使われると聞いたことがありますネ」
「さすがディックさん、博識ですね」
「欧羅では魔導具も取り扱っていますのでネ。もちろん貴族向けで庶民には手が出ないものですガ」
「……今度、面白そうなものを持ってきてくれません?」
「いいですヨ。凜風さんが好きそうなものを持ってきましょうカ」
「ありがとうございます。それでこの辰砂ですが……」
「無料でお譲りしますヨ」
「いいんですか? 輸送費だけでもかなりのものでしょう?」
「他の取引で十分儲けは出ていますのでネ。それに、商品として扱えないものを売って金を稼ぐことは商人としてのプライドが許しませんのデ」
「……そういうことなら、ありがたく」
私が頭を下げながら辰砂を受け取ると、ディックさんは内緒話をするように片目を閉じた。
「その代わりと言っては何ですガ、皇帝か妃が欧羅の商品を求めた際は私を紹介してくださいネ」
「……ちゃっかりしていることで」
「商人なのでネ」
あはは、と笑いあってから握手をする私とディックさんだった。




